#010 シックス②

「スキルホルダー解放戦線のメンバーによって起こったMGC本社ビルで起こった襲撃事件。

 人質の内の一人、六専特区の男子生徒が極度の緊張状態下に置かれ、スキルを暴走させてしまい、やむを得ず現地に居たうちのエージェント、ウォールナットが応援の到着前に制圧に当たった。

 十二名の戦線メンバーは“アルファ”という人物を返せと主張していた様だが、詳細は不明。

 また、襲撃者たちはウォールナットと、その場にいた火室桐裕かむろ きりゅうという一人の一般生徒によって制圧された、と――」


 来海から受け取った報告書を読み上げ終えたボスは、その資料を会議机にぱさりと置いた。

 

「さて、桐裕君。ここで幾つか質問をしてもいいかな?」

「はい」

「どうして君は、ウォールナットに加勢した? する事が出来た?」


 何を聞かれるかと思えば、大した事では無い。

 この問いには、俺は迷わず答えることが出来た。


「女の子が一人戦っているのに、それを見てるだけってのはどうにも。もし目の前で死なれても、寝覚めが悪いですし」

「ふぅむ……」


 ボスは俺の答えが不満なのか、少し目を細めて唸る。

 来海は壁にもたれ掛かったまま「別に、私なら一人でも問題無かったわ」と溢す。

 ボスはそれに苦笑いを軽く返した後、続ける。


「しかしだな、桐裕君。相手は十二名、その内五名がスキルホルダーだった。多勢に無勢だ。しかも、銃を携帯している。君は撃たれる事が怖くなかったのかい? 自分が死ぬかもしれないとは思わなかったのかい?」

「まさか、怖いですよ。死にたくはない」

「どうだかねえ。そう言えば、さっき君は僕にこんな事を言っていたねえ。――『あんたは大人で、俺はスキルホルダー』ってねえ」


 静観していた来海が凄い剣幕で睨みつけて来る。

 ボスは続ける。

 

「つまり、そういう事だよねえ。君は“銃を持った十二名を相手取っても勝てる”という 自信が有ったからこそ、あの場でああいう行動を取ったんじゃないか――と、僕は見ているんだが、どうだい?」

「さあ。俺にはそんな自信、有りませんよ。ただの一般生徒です」


 俺とボスは視線を交差させたまま、一瞬の間。


「……ま、いいや。ところでねえ、桐裕君」


 と、ボスは追求を諦めたのか、居住まいを崩して、軽い感じで話題を変える。


「僕らの組織――S⁶シックスは常に人手不足でねえ」

「はあ」

「それでね、どうかな? 君もS⁶シックスに入って見ないかい?」


 ――え?

 

「ちょっと、ボス!!?」


 まさかの提案に、来海も食ってかかる。

 俺もまさかそんな事を言われるとは思ってもいなかったものだから、面食らって固まってしまった。


 ボスは来海を適当にあしらいながら、もう一度問うて来る。


「どう? 興味ない?」

「え、いや……。いきなりそう言われても……」


 ボスは食い下がって来る。

 

「スキルホルダーの子供たちと相対する為には、同じ力が必要だ。僕らがスキルホルダーの戦力は確保しておきたいっていう事情は、分かるだろう?」

「それは、勿論です」

「だけど、誰でもという訳にはいかない。強力なスキルと、強い精神、そして人を想える心を同時に持つ者でなければならない。僕は君にはそれらが備わっているんじゃないかと、この短い間だけど、話していて思ったんだけどねえ」

「それは、買いかぶり過ぎです。さっきも言った通り、俺はただの一般生徒です。来海ほどスキルをコントロール出来てもいませんし、それに……俺には、正義の味方をやる資格も無い」

「正義の味方ねえ……。ま、それはともかく、ウォールナットは訓練を受けているからねえ。比べちゃ駄目だよ。それは彼女にも失礼だ」


 俺は来海の方を見る。

 彼女はふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。

 ボスは続ける。


「ウォールナットは優秀だ。でもね、それでも広い特区内の調査を彼女一人だけに背負わせるには大変だから、手伝ってあげて欲しいんだよ。君、特区歴長いでしょう」

「それは……そうですね。もう8年くらいになります」

「でしょう? スキルは、まあ百歩譲って君の言う通りで力不足なのかもしれない。でも、君は銃を持った襲撃者に立ち向かう度胸と、女の子を放っておけない優しさも持っている。それは間違いない。

 そして、何より特区内の地理や事情に詳しいっていうのが、今回の彼女の調査任務においてとても助かるんだ。

 僕は、君なら役に立ってくれると、そう思っているよ。ね、どうかな?」

 

 俺は少しの間黙り込み、逡巡する。

 自分の目的、望みと照らし合わせて、どうするべきかを考える。


 S⁶シックスは新たなスキルホルダーの保護、並びに犯罪行為に及ぶスキルホルダーの制圧を行う組織だ。

 しかし、俺には自分が正義を執行し誰かを裁く様な資格など無い。犯罪者の制圧なんておこがましい。

 では、スキルホルダーの保護の方はどうだろうか? それによってスキルで困っている誰かの助けになるのなら、それは俺の目標に通ずる所が有るのではないだろうか?

 俺はもう、スキル――第六感症候群という病によって誰かが傷付くのは見たくないし、この手で誰かを傷つけたくはない。


 俺がスキル研究の道を進もうと思ったのは、“スキルの完璧なコントロール”を目指していたからだ。それは自分のスキルで誰かを傷つけない為。だからMGCの職場見学会にも参加した。

 そして、来海は俺がこれまで見て来た中で、その理想に最も近しい人物だった。それはあのスキルを暴走させた男子生徒と来海の念動力の質の差を見れば一目瞭然だ。

 この組織に入れば、俺もそれに少しくらいは近づけるかもしれない。

 

 ――なら、決まりだ。


 俺は口を開く。


「俺は、何をすれば?」


 ボスはにっと満足げに笑う。


「いいねえ決まりだ。ひとまずは、先程も頼んでいた通り、ウォールナットと共に特区内の調査任務に当たってもらう。特区については詳しいだろうから、是非彼女のサポートをしてあげてくれ。詳しい任務内容については、追って伝える」

「分かりました。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げる。

 

「こちらこそ、よろしく。そして、ありがとう。火室桐裕かむろ きりゅう君。改めて、君の仲間入りを歓迎しよう。ようこそ、S⁶シックスへ」


 ボスは立ち上がり、俺へと手を差し出して来る。

 俺はその手を握った。

 来海のやれやれといった風な溜息が聞こえて来る。

 

「それじゃあ、桐裕君。S⁶シックスのエージェントとなった君にも、コードネームが必要だよねえ」


 と言って、ボスは一度天を仰いで考える。

 しかし、来海は不満気に口を挟む。

 

「ちょっと、ボス? こいつにコードネームなんて勿体ないわよ。W-001のナンバーネームで良いじゃない」


 来海はよく分からない数字の羅列を口にする。

 

「おいおい、勝手に自分の部下にしようとするんじゃないって。僕は桐裕君に期待しているからねえ、ちゃんとウォールナットと同列に扱わせて貰うよお」


 話しぶりから察するに、ナンバーネームというのはコードネームを持つエージェントの部下に与えられる番号の様だ。

 

 それから、しばらくうんうんと悩んだ後、やっと思いついたボスは再び口を開いた。


「よし、決めた。君のコードネームは――“ローゲ”だ。うん、そうしよう」


 ボスはぴったりだと言わんばかりだが、初めはいまいちピンと来なかった。

 俺はその後少し考え、そしてその命名理由に思い至る。前に、そういう物語を読んだ事が有った。


「なんか、思ってたのと違いました。ボスやウォールナットみたいに、もっとそのままの奴が来るのかと思ってましたけど、どこか回りくどいというか……」

「いやあ、そう思ったんだけどねえ。ま、ともかくだ。桐裕きりゅう君改め、ローゲ。これからS⁶シックスのエージェントとして励んでくれ。よろしく頼むよ」

「はい。よろしくお願いします」


 かくして、六専特区の一般生徒だったはずの俺は、成り行き的にS⁶シックスという組織のエージェントとなってしまったのだった。

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