#045 プラスエス⑤

 荒れ果てた研究施設。

 壁や床のタイルは剥がれ、照明もチカチカと点滅している。しかし、それはつまり電気が通っているという事。

 入口に在ったのと同じ靴の後も、広い廊下の奥の方へと続いている。


 広い廊下の奥へと足早に進んでいると、突如声がする。

 

「――止まれ!!」


 直後、銃声。

 四方八方、滅茶苦茶にな弾幕が俺たちを襲う。


「うおおおおッッ!?」


 ブラザーズは頭を抱えてその場に伏せる。

 しかし、俺と来海はその場で応戦した。


「――威嚇射撃ね。命を奪う勇気もないのなら、そんなもの捨ててしまいなさい」

「……ふぅ」


 来海は念動力テレキネシスで自分の方へ飛んで来た弾丸を宙で静止させ、俺は発火能力パイロキネシスで視界に入った弾丸を焼却した。

 元々相手は弾を当てる気も無かったのか、狙いも定まっておらず天井や床に向かって乱射していた様だ。こちらへ飛んで来た弾は殆ど跳弾だ。


「あ、あんたら……さすがだな」

S⁶シックス、つええ……」


 ブラザーズが恐る恐る立ち上がる。


「やるじゃない、ローゲ。やっぱりあなた、上手よ」

「まあ、上手く行ったな」


 俺は曖昧に笑ってそれに応える。

 全く、信頼してくれているのは有り難いが、こちらは上手くやれるか冷や汗ものだ。

 

 すると、銃を撃って来た奴らが声を上げる。


「な、ナンバーツーにここを通すなと言われてるんだ! 大人しく帰るんだなっ!!」


 やや上ずった子供の声だ。

 他にも何人もの子供、中には俺たちと歳の近い者も居る。

 スキルホルダー解放戦線のメンバーたちだ。彼らはナンバーツーに騙されて、利用されているのだ。

 

 そこに、また別の者が声を上げた。


「お前ら! 聞いてくれ!」


 舎弟ブラザーズ、けむる音也おとやだ。


「目を覚ませ、お前ら! 俺たちはナンバーツーに良い様に騙されてたんだ!」

「あいつはアルファ様を人体実験のモルモットにしてやがったんだ! そこを通してくれ、アルファ様が危ねえんだよ!」

 

 しかし、解放戦線の子供たちは取り合わない。


「うるさい!! 黙れ!! お前らこそ裏切ってS⁶に付きやがって!!」

 

 幼い彼らに都合の悪い現実を突き付けた所で、はいそうですかと飲み込んではくれない。

 それどころかより頑なになって、逆上するだけだ。

 

 しかし、どうしたものか。

 相手がナンバーツーなら、“生死を問わない対処”が出来るだろう。

 だが、今目の前に立ち塞がっているのは解放戦線の子供たち――被害者だ。


 殺すわけには行かない。しかし、銃を携帯している所為で下手をすればこちらの命も危うい。

 そこまで考えてこの配置を取ったのだとすれば、ナンバーツーは本当に性根のねじ曲がった邪悪だ。


 来海が歯痒さを押し殺した声を上げる。

 

「時間稼ぎだわ。厄介ね……」


 と、その時。

 突如廊下に煙が立ち込める。


 この状況、知っている。そして、続いて何が起こるのかも。

 直後――、


「――アルファブラザーズ必殺、音と煙のイリュージョン!!」


 広い廊下、白い煙に覆われた視界の中、キーンと甲高い音が響き渡る。


「うわああああ!! なんだ!? なんなんだ!!?」


 解放戦線の子供たちは阿鼻叫喚。

 視覚と聴覚を同時に奪われ、平衡感覚を失って、足を縺れさせたち壁にぶつかって倒れていく。


 藍原あいばらの所で俺たちも喰らった、アルファブラザーズのスキルによる攻撃だ。

 しかし、今回俺たちにはその防御手段が用意されていた。

 

 車内で貰ったゴーグルと耳栓だ。

 ゴーグルにはサーモグラフィーと同じ機能が搭載されていて、視界は良好。


 音波の攻撃が止めば、すぐに耳栓を外して彼らに向き直る。


けむる! 音也おとや! 助かった!」


 同じ様にゴーグルを装着した、作業着の上にユニフォームを羽織った金髪と茶髪の二人の後ろ姿。

 

「おうよ! 俺たちはアルファブラザーズ! アルファ様の為なら、例え火の中水の中だぜ!」

S⁶シックス! ここは俺たちが相手してやる、先に行きな!!」


 そして、彼らの羽織るユニフォームの背には、スキルホルダー解放戦線の“S”の文字――いや、その上から、黒のマジックの手書きで“6”の数字が書き足されていた。

 “S⁶シックス”――それは、戦線と袂を分かつという覚悟の証だろう。


「今の内に行きましょう、ローゲ!」

「ああ!」


 俺たちはブラザーズの作った白煙の道を走る。

 去り際、背後から声が聞こえてきた。


「「死ぬときは一緒だぜ、ブラザー!!」」


 

 俺と来海は施設の地下に在る、最奥部を目指して進んで行く。


S⁶シックスだな! 止まれ!!」


 解放戦線のユニフォームを羽織った大人の男たち。

 今この場でナンバーツーの手先として立ち塞がるという事は――、


「プラスエス残党か!」


 なら、容赦する必要は無い。


「邪魔よ!」


 来海が両の手で計八本のクナイを投擲。

 念動力テレキネシスによって自由軌道の弧を描く働き蜂たちが、容赦なく次々とプラスエス残党たちを刺して行く。

 塗られた麻酔毒は一瞬で全身へと回り、意識を奪う。そして、倒れた男を蜘蛛の糸の様な透明ワイヤーで簀巻きにしていく。


 さすがの手際で、瞬く間に残党たちの山が出来上がった。


「さあ、先を急ぎましょう、ローゲ」


 エージェント:ウォールナット、蝶のように舞い、蜂のように刺す。


 

 障害を突破し、地下へと到着。廊下を進み更に奥を目指す。

 左右に見送るガラス張りの部屋には、怪しい試験管や散乱したファイルの山、どんな用途で使う物だったのか割れた水槽のような物まである。

 この辺りは出火元が近いのか火災の跡も残っていて、散乱しているそのどれもがもう使い物にはならない。

 打ち捨てられた研究施設だ。

 

 しかし、火災跡が見られるという事はつまり、この施設最奥部がアルファ、ベータ、ガンマの三名の非検体が拉致監禁されていた場所であるという事。

 俺たちはもうその目の前まで迫っているという事だ。目標は近い。

 

 なんとなくそれらの光景に目を引かれてきょろきょろと視線を彷徨わせていると、来海に横から肘で突かれる。


「興味があるのは分かるけれど、物色は全部終わらせてからよ。もっとも、目ぼしい物はもう押収済みで燃えカスしか残っていないでしょうけれど」

「いや、そうじゃない。悪い、先を急ごう」


 やがて、大きな扉が見えて来た。

 扉は固く閉ざされていて、びくともしない。


「駄目だ、電子錠でロックされている」

「待って、技術班に頼んでハッキングを――駄目ね、電波が届かないわ」


 来海がS⁶に連絡を取ろうとするが、応答はない。地下だからか、それともジャミングでもされているのか――ともかく、別の手段でこの扉を突破しなければならない。


 と、その時だった。


 突如、扉の奥から轟音が鳴り、施設全体が震える。


「何だ!?」

「もしかして――シロ!?」

「ナンバーツー……あいつ、シロに何かしたのか!?」


 まさか、間に合わなかったのか……?

 いや、大丈夫だ。こんな所で足踏みしている場合じゃない。やるしかない。

 

 一度、大きく深呼吸。

 そして――、


「――下がっていてくれ」


 数歩、扉から下がる。

 来海も俺のやろうとしている事を察して、無言で頷き後退。


 俺は腰を落とし、手を扉へ向かってかざす。


 ――大丈夫だ、今の俺なら、やれる。


 そう自分に言い聞かせる。

 しかし、まただ。奥底から湧きあがって来る熱、手先の痺れ、動悸。


 脳裏にチラつくのは、炎に焼かれ死んでいく家族たちの顔のイメージ――と、それに混ざって、この研究施設が火の海に包まれて行く光景。

 こんな所に居るからだろうか、そんな非検体脱出時の地獄のようなイメージまで浮かんでくる始末だ。


 余計な思考が邪魔をする。集中がブレる。

 駄目だ、このままでは――、


「――大丈夫よ、桐祐きりゅう


 その時、俺の背中に、そっと小さな感触。


「く、るみ……?」


 気付けば、来海が俺の傍まで寄り、背中に手を添えて支えてくれていた。

 来海は優しい口調で言葉を続ける。


「――あなたの気の済むまで、何度だって言ってあげるわ。あなたは上手にスキルを扱えている。……悔しいけれど、天才の私なんかよりも、ずっとね。

 もう誰かを傷つけたりなんかしないって、私が保証してあげるわ。大丈夫、殻を破りなさい。私も付いているわ」


 ――まったく、女の子に気を遣わせるなんて、情けないな。でも、おかげで随分と落ち着いた。

 

 奥底から湧きあがって来ていた熱が、ゆっくりと冷えて行く。

 痺れも、動悸も無い。

 頭の中で暴れていた嫌なイメージも、洗われて行く。


 水面に立っていた波紋は止んだ。

 思考は明瞭だ。


 もう一度、深呼吸。


「ありがとう、来海」


 そして、灼熱の業火が、視界を赤熱色で染め上げた。

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