#047 嵐と業火②

 “大気操作”――普通なら空気の流れを操り、風を起こす程度のスキルだろう。

 しかし、これまで彼女が見せた能力は――、景色を歪めて姿を晦まし、かまいたちを起こし、激しい嵐を起こす。

 どれも通常では考えられない、人体実験による改造を施された結果の超高出力。

 

 そして、ナンバーツーの資料の記述にも有った。

 拡張していけば、やがて天候を操る事も可能であろう――と。


 景色を歪めていたのは、空気中の水蒸気を操り光の屈折を利用して光学迷彩の様にしていたのだろうと推測できる。

 それからも分かる事、シロのスキルは“出力だけでなく、コントロール精度すらも恐ろしく高い”という事だ。

 

 そのスキルを、シロは無意識の防衛反応でなんの手加減も無く放って来る。

 来海に匹敵するかそれを超える程の超精密なスキル操作だ、一筋縄では行かないだろう。


 ――エージェント:ローゲ、並びにエージェント:ウォールナット。両名、現在時刻より第一非検体アルファの鎮圧に当たる。

 

 俺のスキル、発火能力パイロキネシスは直接シロに対しては使えない。

 火傷が――なんて甘い事を言っている場合では無いが、それでも殺してしまう危険が高く、鎮圧向きでは無い。


 よって、まずは来海が切り込む。

 セーラー服に黒のタートルネックインナーとタイツ、黒ずくめの忍者スタイル。

 茶髪のポニーテールを揺らしながら、舞うように暗器を投擲。


「――ごめんなさい、シロ! ちょっと痛いけど、我慢して!」


 八体の働き蜂が女王の命令――念動力テレキネシスによって自由軌道の弧を描き、対象を狙い定めて飛んで行く。

 クナイの刃には麻酔毒が塗布されている。一刺しで意識を奪う特別製だ。

 これなら最低限のダメージでシロを無力化できる。

 

 ――しかし、


 「――ぁぁ……ぁッ!!」


 シロの掠れた叫びと同時に、突風が巻き起こる。

 小さなクナイは風に煽られ、狙いを外して壁や床に散乱した。


「くっ……駄目ね、届かないわ!」

念動力テレキネシスで軌道を操作出来ないのか!?」

「あの子のスキルに対して、私のスキルじゃパワー負けしているのよ……」


 来海は一瞬歯痒さに顔をしかめるも、すぐに新たなクナイを取り出し、構える。

 

「でも! だからって諦められる訳無いでしょう! もう一回よ!!」


 頼もしいバディだ、俺も負けてはいられない。


「分かった。なら、俺がシロに向かって突撃して注意を引く。その隙にウォールナットはクナイを壁沿いに回り込ませて、気付かれない様に刺せ――!」

「でも、そんな事をすれば、あなたが――」


 来海は先の言葉を詰まらせる。

 

 そんな事をすれば、俺はあの風圧を諸に受ける。

 それならまだ致命傷には至らないだろう。しかし、もしもあの不可視の刃――かまいたちを受ければ、一溜まりもない。

 これは賭けだ。しかし、それしかない。

 

 俺の覚悟が伝わったのか、来海は言いかけていた言葉を呑み込み、再び口を開いた。


「――いいえ、何でもない。任せたわよ」

「ああ」

 

 手筈は整った。

 

 俺はすぐに走り出す体勢に入る。

 すると、まず来海はMGCの時に一度見せた煙玉を投擲。辺りに薄く白煙が立ち込める。

 風が強く広い室内だというのもあり、視界を邪魔する程ではない。


 しかし、壁を添うように走る小さなクナイの存在を隠し、そして不可視の刃の輪郭を作り出す土埃の代わりとしては充分だ。


「うおおおおお!!!」


 シロの注意を引き付ける為に、あえて俺は大きく気合の咆哮を上げて、地を蹴った。

 

 ――と、その時だった。

 

 気付いた。シロは虚ろな視線のまま、片手をこちらへと向けている。

 何か攻撃の予備動作だと直感。

 しかし――、

 

 ――何も起こらない? いや、違う。

 

 ぐらりと視界がブレて、走り出そうとしていた足を縺れさせて、横転。

 指先が痙攣する。呼吸が浅い、胸が苦しい。

 突然、体調に異変をきたす。


 そして、視界の端でカランと金属音と共に、指向性を失ったクナイが地面に転がった。

 なんとか首を動かして、後方を見る。


「く、るみ……」

「くっ……かはっ……」


 見れば、来海も同じく、息苦しさに悶える様に地面に崩れ落ちていた。


 どうやって俺たちの動きを封じたんだ? この体調不良は一体?

 痙攣、呼吸障害、この症状は、まさか――、


「――酸素、中毒……」


 大気操作のスキル――それによって、空気中の酸素濃度を操っていたのだ。

 まさかそんな使い方まで出来たとは、想定外だった。

 

 そして、ぼやけた視界の中、気付く。

 俺たちを囲い込むように、円形状に煙幕の煙が無い空間が出来上がっていた。

 おそらく、この円形の中が酸素濃度を操作されている範囲だ。


 すると、俺の身体がひとりでに、まるで引きずられている様に円の外へと動く。

 ずり、ずり、と少しずつ動いて行く。

 まさか――、


「来海、お前――」


 見れば、来海が苦し気な表情のまま、俺の方を見ていた。

 これは念動力テレキネシス、来海は俺の服を引っ張って円の外へ出そうと言うのだ。

 視界がブレて呼吸もまともに出来ないという悪状況下でも、来海のスキルコントロールは正確で、少しずつだが俺の身体は確かに範囲外へと連れて行かれる。


 しかし、来海のスキルのパワーでは俺の体重を一気に動かすのは難しい。

 少しずつ動かすのがやっとの事で、そんな事をしていたら、来海が危ない。


「き、りゅう……。あなたが、やりなさい……。シロを、たすけて……」


 言葉を紡ぎ終えると同時に、俺の身体は円の外へ投げ出される。

 そして、来海は意識を失ってしまった。

 

 「すぅ……かはっ……げほっ、げほっ……」


 円の外へ出た俺は呼吸を整えて、それから、スキルを発動。

 俺は来海の様に、高濃度酸素の領域内でスキルを制御するのは難しい。

 しかし、今ならいける。


 発火能力パイロキネシスによって、円形領域内に炎が現れ、範囲内の酸素を一気に燃やして行く。

 円形状の範囲に外の空気が流れ込み、領域は崩壊。


 けほけほという小さな咳の後、来海の浅い呼吸音が聞こえて来る。

 大丈夫だ、生きている。

 しかし、先程のダメージは確実に残っている。早期に決着を付けなければ、危ういだろう。

 

 そして、そのまま領域内を燃やし尽くした炎は溢れ出し、実験室内に延焼。

 空間全体を赤熱に染め上げて行った。


 すると、先程まで言葉を発する事の無かったシロの口から、ぽつりと、零れ出るのが聞こえて来た。


「べー、た……。べーた、べーた……?」


 発したその名を、二度、三言と何度も呼ぶ。

 虚ろな目に、僅かに色が戻る。


 ベータ、第二非検体の名。

 アルファとガンマと共にプラスエスから脱出した子供。

 そして、俺と同じ発火能力パイロキネシスのスキルホルダー。


 実験室を呑み込まんとする炎が、かつての記憶を呼び覚ましたのだ。

 炎に気を取られベータの名を呼ぶシロは、こちらを見ていない。

 

 今なら、行ける――!!

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