8:主人公たち





ここは、ペブル村。


王国の南端に存在する寒村。これといった特産品はなく、どこにでもあるような麦とリンゴを育て日々を過ごすような村。


特徴と言えば過去の英雄である“護国の盾”の名を欲しいままにした『リッテル』という老人が領主を務めているくらい。彼の名は王国中に知れ渡っており彼が引退した後もその名が轟いているが、そんな彼が収める村のことについては大半のものが知らないだろう。このぺプル村は、そんな場所だ。



「(そんな何もない村に、数か月ほど前に馬車に乗って客人が現れる。ってわけね!)」



客と言えば荷馬車を引いてやって来る行商人ぐらい、そんなところに現れたのは質素ながらも明らかにお金がかかっているであろう頑丈そうな馬車。すわ何事かと村人の多くが様子を伺いに来たが、領主であり皆の尊敬を集めるリッテルが『古い友人が来ただけ、旅の疲れもあるし積もる話もある。ゆっくりさせてやって欲しい。』との言葉を皆に伝える。


彼の言葉もあり、村の住人達はすぐに彼らはその場から離れ、馬車はリッテルの屋敷へ。そしてその馬車から出てくるのは一人の少女、『ベル』という名の美しい女の子だ。そんな彼女が、村の新しい一員として加わることをティアラたちが知ったのは次の日のことだった。



「(ま、本名がイザベルで、身分は王国の第二王女だったか? まぁ私たち村人からすれば見る事すら叶わない尊きお方なんだけどねぇ~。)」



村人たちも学がないだけで愚かではない。


彼女が持つ独特の雰囲気や、教育を受けた者特有の仕草と言葉遣い。これだけ証拠があれば、彼女が貴族に類する存在、身分の高い存在であることを理解する。だが彼女の新たな保護者となったリッテルや、本人の希望もあり、可能な限り村人と同じように接するようになった。


本来の歴史、『原作』であれば彼女が村に馴染むまで一月近い時間が必要だったのだが……、村人たちが彼女を受け入れるのに時間はかからなかった。


というか秒で『あ、了解でーす。』という感じで収まった。村人たちは秘密を持つ子への対応の仕方をすでに理解していたし、“例の彼女”と同じように扱えばいいことも理解していた。




そう、この村にはすでに例外が存在していたのだ。




「(にしてもリンゴが特産品で、ほぼ放置してても毎年とれるってすごいファンタジーだよなぁ。糖度高くてうまいし。リンゴは医者いらず、とか言うんだっけ? 毎日食べて健康ティアラちゃん!)」



そう、コイツである。


とある日から急に教会での神への祈りをきっぱりとやめた、歩くことすら難しかった少女。


この世界とは違う文化・時代を生きた魂を持つ彼女は、はっきりとそれを自覚するまでの記憶を十分に保持していたが、特にそれを隠す様な事はしなかった。……というか彼女本人が大事なこと以外“ポカ”をしまくる人間なので、思いっきり『ティアラちゃん変わったなぁ。』と思われていた。



そう、バレていたのである。



彼女が隠さねばならない“アユティナ様”のことや、“お掃除”のことなどはまだ露見していなかったが、彼女が高熱で倒れたのち、何かが変わったことは村のほぼ全員が理解していた。


そのためこの村の者たちは、『なんか自分たちと違うなぁ』や『不思議だなぁ』という存在に対しての耐性が出来ていたのだ。というかティアラ本人が色々やらかしていたせいで、『あぁ、ベルちゃんもこういう感じで見守ればいいのね。』と無茶苦茶理解のある大人が出来上がっていた。



「(そういえばママに言ったリンゴのジャムってもうできたのかなぁ。砂糖は高いけど絶対それ以上の値段で売れるよね。おいしいし、領主の『リッテル』のネームバリューを考えれば売れるでしょ。……味見とかさせてもらえるかな?)」



というかこのように、ティアラからすれば何でもない気付きや視点によって、本来この村では生まれなかったようなブツまで生まれようとしている。これはかなり後のことだが、ティアラ発案の『リッテル印のリンゴジャム』はのちに王都で知らぬものはいないほどの嗜好品として名を高めることになる。


……まぁつまり、本人は引き締めているつもりのようだが、ティアラからぽろぽろと零れ落ちていく現代の知識は、まさに宝石箱。


この世界の文明レベルは地球に合わせると中世に当たるレベル。そこに数千年先の知識を持った存在がいれば、まぁとんでもない発展をしてもおかしくない。ティアラの前世が歴史好きであったことや、異世界モノでの領地開発系の小説などを呼んでいたこともあり、玉石混合ではあったがティアラはとんでもない数のやらかしを重ねており、同時に村人たちは彼女のやらかしに感謝していた。



つまり早い話。新しいことや、見知らぬ存在など慣れっこなのである。



元々善良な者しかいない村であったし、ティアラがそれまで病弱ながら調子がいい日は熱心にお祈りするほどの敬虔な信者であったことは皆の知る事実であった。そんな彼女が急に変わり、どんどんと体の調子が良くなりながら、村人たちに新たな知識を与えていく。


村の住人たちからすれば、『ティアラは神から何らかの神託を受けており、それを私たちに伝えてくれている。』と思われても仕方のないこと。


何か隠れてしているようだけど、多分神の声を聴いているのだろう。それを私たちや司祭様に言わないのは、そういう神託なのだから、といい感じに勘違いされていた。




本人と、神に見捨てられたと勘違いしている両親がそのことを聞けば、ものすごい顔をしそうなものだが……、この村では多重勘違いが発生していたのである。




アユティナという王国の宗教観からすれば、悪魔もしくは邪神と判断されてしまう神を信仰し、勝手に村から出て盗賊や獣を狩りまくってレベリングしているティアラ。


そのティアラのことを王国の神から見放された可哀そうな子と判断し、それでも健気に生きようと頑張っている我が子をなんとしてでも守ろうとする両親。


そして両親の過保護っぷりや、ふらっといなくなる上に困ったことがあると自分たちの知らない進んだ知識をボロボロと零してくれるティアラを、神託を受ける子と勘違いする村の住人達。



まさに『なにこれぇ』な状態。



3000年ぶりの信者であり、自身のことを心から信仰してくれている存在。けれどLUKの数値が0から全く動きを見せないせいか、気が付いたら死にかけで私の前に現れた信者のことをガチで心配している神様が、せめて彼女の本拠地では平和に生きて欲しいと彼女から得たなけなしを信仰を使って全力でテコ入れしているような状態である。


ま、本人? 本神は口笛を吹きながら否定しそうなものだが。


つまり、この村は。最近は盗賊をまるっきり見なくなったし、獣が村に降りてくることもなくなった、とっても平和で寛容な地となっていたってこと。別に貴族の娘っぽい人が一人ぐらい来ても全然大丈夫だったのだ。だって神託の子がいるし。貴族ってだけじゃ、ねぇ?




そんな平和な村で。同じ年に生まれた子供たちが集まり、言葉を交わしていた……。







◇◆◇◆◇






「なー、マクー! 最近ウィレム付き合い悪いよなー!」


「まぁベルちゃんと仲良しさんだからねぇ。そういうものなんじゃない?」


「……(コクコク)。」



脳内で“空間”の整理をしながら、友人たちの話を聞き流す。まぁ周回プレイヤーからすれば何度も聞いた会話だ。しっかりと聞かずとも内容は覚えているし、私は言うべきセリフも、どう言い換えれば問題なくシナリオが進むのかも計算済み。



(にしても、この男子三人組を直で見られるとはなぁ。……私がティアラじゃなけりゃよかったんだけど。)



文句を言いながら、ウィレムに負けたくないという意志をメラメラと燃やすライバルポジの『ツラクト』。彼の不満を和らげながらも同調し空気を壊さないように動く『マクビア』。そして何もしゃべらず同意だけを返す『オウフ』。


主人公であり、彼らのリーダー的存在である『ウィレム』のお供三人組。


そして……。



「ほら、ツラクトも妹ができた時すごくはしゃいでいただろ? ウィレムもそんな感じで新しい家族が出来たわけだし、より仲良くしようと必死なんじゃないかなぁ? ほら最初の方あんまり村に馴染めてなかったし。」


「そうかー? みんなむっちゃ受け入れてたと思うけど。……というかオレそんなにはしゃいでた?」



集まる男子たちから二歩ほど離れた場所にいる女子二人、その片方が高笑いをしながら男子たちを指さす。



「御覧なさいティアラ! やっぱり男子はダメダメですわね! あの二人から溢れんばかりの恋の波動を察知できないとは!」


「……なんで煽るの???」



高笑いしながら男子の理解度の低さを嘲笑うこの村一番のお金持ちの家の子『フアナ』に。彼女の親友認定をしてもらってる私こと『ティアラ』だ。


何かと攻撃的というか、煽るような言葉を多く使う彼女をいさめたり間を取り持ったりすることが多い。というかフアナのお嬢様っぽい口調でこの辺りからだったんだね……。なんか最近カッコいいお嬢様が出てくる本を読んだみたいでね? それを真似るような口調になってるみたい。



「えー? そうか?」


「そうですわ! アレ放っていたらいつの間にかくっついてて、15歳の感謝祭あたりで合体して子供三人ぐらい産んでそうですわ!!!」


「合体?」



あ~、フアナ先輩? 男子諸君はあんまりそこら辺の知識薄いのであんまり使わないであげると助かります。はい。というかあなたも年齢的にアウトですからね? というかなんでそんなにおませさんなの? え、ご両親の見た? 妹が欲しいって言ったその日の夜に?


……それ墓まで持って行ってあげてくださいね。絶対に言わないこと。うん。私も例外じゃないですよ。



「というかティアラも解るでしょう! あの雰囲気のヤバさを!」


「……もちろん! だが私は何も知らず無垢のまま20くらいまで行って、領主様や周りの大人や同年代の人間から『そろそろ子どもを……』と言われて、漸くそっち方面のことを理解し! 両者顔を合わせた瞬間に顔真っ赤になる方に賭けるね!」


「………ッ! ティアラ!」


「フアナ!」



お互いの名前を叫びながら固い握手を交わす。いやはや、ここまで仲良くなれるとは思わなんだ。最初は『魔力操作』の習得のために彼女に近づいたわけだけど、普通に仲良くなっちゃったよ。フアナは私のことを“親友”って呼んでくれるし、私も彼女のことをそう思っている。親や大人たちの手伝いをする日や、森の奥地や街道の方に出て盗賊を経験値に変える日以外はずっと一緒に過ごしている。


原作の関係とはかなり違った関係になってしまったが……、まぁ親友には変わりない。特に気にすることはないだろう。そもそも私の目標は自分やフアナに降りかかる凌辱シナリオの破壊で、生き残るためのついででこの大陸を救ってやろうというもの。


致命的な間違えさえ起こさなければ何してもいいのだ!!!



「……またなんかやってるよあの二人。」


「仲いいですよね~。」


「(こくこく!)」



安全のこともあるので私たち子供組は大体全員集まって遊んだりしているのだが……、最近私たちのリーダー格であるウィレムくんの付き合いはそこまでよくない。そのことに対してツラクトは不満を言いたいのであろう。『ベルっていう新入りばっかりに構ってないで! もっと俺たち、みんなと遊ぼうぜ!』と。



「とと! 話を忘れるところだった! 二人で遊ぶのもいいけど、絶対みんなで遊んだ方が楽しいって! こうなったらもう、あいつらのとこ行こうぜ!」


「あ~、まぁ人数が多い方が楽しいのは確かですし。みんなで遊んだ方が安全ではありますからね。最近は盗賊とか獣が来たって話は聞かないですけど、危ないことは確かですし。……いつもの墓地あたりにいるんでしたっけ?」


「(こくこく!)」



そう言いながら子供たちの遊び場である墓地の方まで向かおうとする彼ら。


普通墓地は死者の眠る場所のため負の魔力が籠り易く、アンデッド系の魔物が発生したりするのだが……、村にある教会よりもアユティナ様の石像がある地点に近いためか、我が神の領域みたいな感じになっている。つまり滅茶苦茶神のパワーで溢れてる地なので、アンデッドなんか沸かないのだ。


それに数百年単位で使われていない墓地でもあるみたいでね? 新たな死者が運ばれてこないから、負の魔力がより貯まりにくくなり、神のパワーが貯まりやすくなっているみたい。



(日光が常に当たり、古びた墓石を囲むように花々が咲き乱れるそんな素敵な場所。魔の物が寄り付きにくく、そして放棄された建物の残骸や複数の墓石があるため、かくれんぼなどに最適な子供一押しスポット。)



「いいのかしら? せっかくの逢瀬でしょうに。」


「まーいいんじゃないですかね? 本気で嫌だったら二人で隠れるでしょうし。それにベルちゃん殿も周りにもう少し溶け込みたい、仲良くなりたいって顔に書いてましたから(原作知識)、いい機会じゃないですか?」


「そうだといいんですけど。……あ、ティアラ。貴女今日、村の中にいないといけないんじゃなくて?」



男子どもが、二人の恋路を邪魔しないか不安そうにしていた彼女。そんなフアナが私にそう問いかけてくれる。確かに今日は、『村の中にいるから安心してね』と両親に言ってしまっていた、もし外に出るならもう一度報告し直す必要があるだろう。


私がクソ狼と戦ったあの日。私は服の損傷を全く気にせず帰ってしまった。まぁそのせいで両親の過保護レベルがかなり上がっちゃったんですよね……。流石に畑の世話とかがあるのでずっとは見てられないけど、一時期子供たちの遊び場についてくるレベルだったんだもの。まぁ気持ちは解るけど色々気を遣うからやめてもろて……。


フアナの助けもあり、なんとか信用を取り戻した現在は、外出時に『誰と何処に行くのか。』を両親のどちらかに報告してから出発する必要がある。村の中で遊ぶのなら大丈夫だが、村の外に当たるあの墓地に行くとなると報告が必要だろう。



(それに私の報告は他の親御さんたちが自分の子供がどこにいるのかを把握するのに役立っているそうだし、義務は果たす必要がある。)



あ、ちなみに“狩り”に行く際はフアナに話を合わせて貰っている。彼女に全てを話しているわけではないが、『ちょっと村の奥に美味しい果物があって、それ取りに行きたい。』みたいな嘘で誤魔化している。実際狩りの後は森の奥で山菜とか果物とか持って帰って来てるし、二人で隠れて料理して食べるなんてこともしてる。私一人ならちょっと怪しくても、フアナと一緒なら安心安全なのだ!


ほんと、助かってます……!



「一緒に行きましょうか?」


「あ~、ううん。大丈夫。ここからすぐだし先に行っといて。あの子たちが雰囲気をぶち壊しちゃう可能性もあるだろうし。」


「確かに……! じゃあ先に行ってますわよ!」



そう言いながらパタパタと駆けていく彼女。




…………さて、行動を開始しましょうか。




大体理解してくれているだろうが、今日が原作が開始するその日だ。


主人公とヒロインの元に愚か者の一団が襲撃を仕掛け、子供たちもそれに巻き込まれる。主人公であるウィレムの指揮のもとで何とか逃げ延びる彼らだったが……、子供と大人の差がそう簡単に覆せるわけではない。すぐに追い込まれてしまう。そこに颯爽と現れるのは領主であり、主人公ウィレムの祖父であるリッテル。



(今の私ならすぐに制圧できるだろうけど……、それは私の“秘密”の開示に当たる。それにこのイベントはヒロインが主人公のことをより強く意識するイベントでもあるし、子供たちが力を求める理由にもなる。最適解は放置。)



ここで自分たちの無力さを理解するから、主人公たちは本編で最初からある程度戦える力を得ることになる。ここでもし『なんか大丈夫っぽい』って思ってしまえば原作が終わって大陸が死ぬ。どうしても主人公たちじゃなきゃ突破できないイベントもある事だし、彼らには力を求めてもらわないと困るのだ。



(っし、移動するか。)



まっすぐ向かうのは私の両親のところ……、ではなく領主であるリッテルの館。おそらく今頃自身の孫と預かっている王女が、いつものようにどこかに消えてしまったため『探さなくちゃー!』していることだろう。彼が遅れて物語が即終わるのは勘弁願う。到着が原作よりも早くなるかもしれないが、死ぬよりはマシだろう。



(死ななきゃ何とかなるってね~、っと。)



神に出会う前と比べると格段に速くなった足を動かしながら、領主の館に向かう。


ん? フアナを初めとした幼馴染たちが襲われている間に私は何をするかって? お前も助けに行くのか、ってこと? ないない。そりゃフアナが襲われるのって腸が煮えくり返るほど嫌だし、その対象を捻りつぶしたい気持ちは十二分にある。


誰が親友襲われて喜ぶクソがいると思ってるんだ。……けどまぁ、直接助けに行けないのは確かなんだけどね。


私の素性、“アユティナ神の信者”であるって秘密は本当に知られてはならない。王国と帝国が千年単位で喧嘩しまくってるのは、信仰する神の違いであることは非常に大きい。つまり異教徒に対する差別的な意識がかなり高いのだ。この村の人たちはすごいいい人ばっかりだけど、どのタイミングで牙を向かれるのかが全くの不明。そんな時に異教徒の娘と仲良くしていたフアナはどうなる? って考えればね。



(隠れて、人知れず始末するのが一番いい。)



原作では今回の襲撃者はリッテルに恐れをなし、撤退する。リッテルは追撃よりも子供たちの保護を優先するため、彼らは逃げ延びるのだが……、私の目的はこの逃げ延びた奴らの処分だ。友を襲ったツケを払ってもらうのと同時に、彼らの持つ武器を頂戴することが目的。



(それに、今の“装備”を含めた私が、どこまで“お貴族様”に通用するのかも知りたいしね。)



っと、主人公たちを探すリッテル様を見っけ。



ふふ、ちょ~っとだけ楽しみだな。





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