67:やります!!!


突如として出現した城壁に向かい“全軍”で突撃を敢行する帝国軍。彼らにはもう逃げ場もなければ、まともな戦略をとれる余裕すらなかった。



何せたった一晩で戦況どころか戦場そのものが変わったのだ。



人々が寝静まった夜に突如として始まった、ティアラによる夜間爆撃。空から降ってくる溶岩の弾に叩き起こされた帝国兵たちの精神はもうボロボロであった。現代であればそれが空からの攻撃、爆撃だと理解できただろうが、この世界は3000年間文明の発展が神によって阻害されてきた世界である。


闇夜に空から火の玉が降ってくるという状況に正気を保てるはずもなく、『この世の終わりだ』『悪魔が自分たちを殺しに来たんだ』『もう駄目だおしまいだ』と泣き叫び蹲る者が出る始末。士気なんてもう崩壊しており、まともに動けるのは全体の数%のみ。


けれど消さなければ火はどんどん回ってしまう、まだ動けるものをなんとかかき集め、ようやく消火しおわったところに……。



ティアラが帝国陣地上空に到着。二度目の空爆を行ったのだ。



月明かりがあると言っても視界を完全に確保できない夜の時間帯。ティアラもそのあたりは割り切って適当にポイポイものを捨てていたため、大きな被害こそでなかったが……。帝国軍の“精神的”被害は深刻なものだった。王国本陣からティアラのおもちゃこと長距離カタパルトが断続的に攻撃を行っていたし、常にストレスフル。


ティアラがいつまたやってくるか怯えながら長い夜を過ごした彼らは心境はどんなものだったのだろうか。まぁ一般兵はすでに使い物にならなくなり、熟練兵ですら極度の恐怖と緊張で立てなくなるというありさまを見ていれば察することはできるだろうが。



故に、当初の目的である夜明け前の攻勢は不可能と判断された。



そのため何とか残った物資で朝食を振る舞い、活力を得た後に全体でティアラへと突撃。その作戦を選んだ帝国軍上層部であったが……、ティアラちゃんは悪辣なことで有名なメスガキである。こんなもので終わるわけがない。


朝日が上がった瞬間に帝国をさらに絶望へと叩き落したのが、この戦場の中央に急遽出現した“城”。そしてそんな城の城壁の上から『朝ごはんだよ~』と砲撃を始めるティアラ。


もう士気なんて崩壊どころか爆散してしまった。


一般兵など皆逃げ出すか地面に蹲るしか出来ず、熟練兵ですら恐慌状態に陥り、それを何とか励まそうとした指揮官たちはティアラに狙撃されていく。


帝国に残された道はただ一つ、やぶれかぶれに突撃するしか道はなかったのだ。



「突撃ーッ!!!!!」



一斉に走り出す帝国兵たち。全体の半数ほどは足を動かせず本陣から出られなかったが、それでも4万ほどの兵は動くことが出来た。そして帝国を支える十将(8人)もいる。黒騎士という最大の個を先頭に、進み始める帝国兵たち。


それを受け止めるのは、わざわざ『一秒城』の上空に上がり、大きく槍を掲げて見せるティアラ。


その瞬間彼女の背後に幾多もの“空間”が開かれ、火が噴かれていく。



「経験値になっちゃえー!!!」



常人では目で追えない速度で発射される石材たち。そしてその砲撃が帝国軍に着弾し敵兵が爆散した瞬間、防壁に上った兵士たちも攻撃を開始する。ユリアンが用意した私兵たちとモヒカンズがせっせと各種兵器を動かし、一列に並んだ弓兵と魔法兵が負けじと攻撃を繰り出していく。


士気などすでに崩壊しているが、城壁の傍についてしまえば兵器からの攻撃は飛んでこない。そう考えた彼らは必死の覚悟で走るのだが……、その視界、防壁のその奥の両側から、何かしらの動く影が見えた。



城壁の後ろ、王国陣地から現れたのは、幾つかの旗を掲げた軍団。王国とユリアンたち貴族連合のものだ。



「攻城戦で一番楽しいのは、攻め込んでいる者たちを逆に包囲してやること、だったかしら? すでに王国本隊から“強者”の部隊の引き抜きは完了済み。ここから先はできることを、ってやつね。」


「ユリアン様!」


「えぇ、解っているわ! 第一第二部隊は左側面! 第三第四は右側面から包囲用意! 各部隊の騎兵小隊を先行させなさい! 味方兵器の射程範囲にだけは入らぬように! それと“第五部隊”は所定の動きを! 任せたわよ!」


「はッ!」



馬上から絶えず指示を出す彼女。その指示に合わせ動き出す貴族連合軍は、ゆっくりとだが確実に帝国兵を包囲できる位置へと動いて行く。帝国側もそれを把握自体はしていたが、今立ち止まり包囲しようとする王国軍を討ちに行けば、ティアラによる集中砲火を受けてしまう。


帝国軍にとっては苦肉の策ではあったが、兵たちの損耗を無視し、脅威となり得る王国軍の強者だけの対応を決定。当初の計画を再利用し、帝国十将から2名を包囲しようとする王国軍に充て、それ以外を悪魔討伐のために向かわせることにした。


そして、先頭を走り続ける黒騎士が『一秒城』に到達しようとした瞬間。



彼女がまた、動き始める。






 ◇◆◇◆◇





突然だけど、私が潜ってた迷宮の41~50階層が何の世界だったか覚えてる? そ、“火山の世界”。基本的にクッソ熱くて、地面には溶岩がたらふく流れてる場所。ちょっと足を踏み落とせば溶岩地獄行きっていう凄い場所だ。……まぁそんなところがあれば、溶岩を大量に汲み出していてもおかしくないわけで……。


黒騎士が城壁を飛び越えようと、騎馬に跳躍の指示を出そうとした瞬間。


城壁側面に空間を開け、溶岩を噴出させる。



「ッ!」



勿論黒騎士は避けられるだろうし、肉体に大きなダメージを与えることもできないだろう。だって『溶岩弾』を槍で無力化してた奴だし。けど普通の馬が溶岩なんかぶっかけられれば死ぬしかないわけで。


何とか手綱を引き回避しようとした黒騎士であったが、それが良くなかった。大きく手綱を引いたことで立ち上がってしまった彼の愛馬が、その腹でマグマを受け止めてしまう。その肉を焼き、内臓まで到達した熱は確実に騎馬の命を奪いとっていく。



「騎兵を落とすにはまず馬から。よく言ったものだよねぇ。ちょっとかわいそうではあるけれど。まぁ戦争だし。あとで弔ってあげるから許してね。……んじゃタイタン。高度下げてもらえる?」


「プ。」



黒騎士の騎馬が溶岩に飲み込まれる前に私の“空間”へと放り込んで置く。そしてタイタンには城壁を降りるように指示。


もちろん“空間”は開いたままで、常にマグマ放出中。城壁に近づこうとする者全てにマグマを引っ掛けるようために放置中だ。こうなればもう城壁に入るには迂回しなきゃいけないわけだが……、そうなるとユリアンお婆ちゃんが率いてる包囲部隊と当たるわけだ。


つまりもう帝国の雑兵たちに残された道は、死ぬか逃げるかの二択のみ。まぁ今も絶えず上から私の“射出”で石投げてるし、大体経験値になるだろうけどね。とりあえず、向かってきた“兵たち”に関してはこれで問題ないだろう。


……ま、これで終わる程簡単じゃないんだろうけど。



(ここから先は、ちょっとどうなるか解らない戦いだ。)



結局、私たちが取った策っていうのは『皇帝さんゲッチュ作戦』だ。敵の最強の個である黒騎士を止めることが出来る人間は残念ながら誰もいない。それ以外の十将なら倒せるみたいだけど、彼だけは別格。故に敵の総大将である皇帝を捕まえて『返してほしかったらお家帰れ』と脅すわけだ。



(つまり相手のヘイトを買いまくったティアラちゃんは絶好の囮。この城壁と私という存在を釣り餌にして、その間にユリアンお婆ちゃんの指揮下にある第五部隊、だっけ? その別動隊が皇帝を捕らえに行く。)



ま、その作戦自体には賛成なんだけど……。



「2から8区画ッ!」



私がそう叫んだ瞬間。城壁内で該当していた区画にいる兵士たちが全員、内側へと飛ぶ。5mという高所でさすがの異世界人でも当たり所が悪ければ死ぬ高さではあるが、あらかじめクッションになりそうなものを設置済み。そして仲間たちがその区画から離れた直後。


外側から跳躍してやってくるのは、6人の敵将たち。


帝国十将だ。


その一人が駆け付けとして放ったのであろう『大火球の魔法』、私と城壁内部にいる兵たちに向かって放たれたそれを、“空間”と魔力を流した【オリンディクス】で弾く。少し肌が焦げそうな温度ではあったけど……、問題はない。私の体は元々魔法職で、RESの高さはちょっとした自慢なんだ。


魔法を放ったのであろう魔法兵の上級職、『賢者』に向かって“ざーこざーこ”と顔で煽ってやりながら、ユリアンお婆ちゃんが私に言っていたこと、この城壁に入る前に教えてくれたことを思い出していく。



『帝国十将は強者ばかりな上に、その幅もかなり広いの。長時間は無理だけど『雷切』、あとは回復系の十将を合わせればこちらの戦力を完封できてしまうでしょうね。だから帝国の初動は2人と6人。分かれて行動して来る筈よ』と。



まぁつまり、私たちはこの6人、黒騎士含めた“上位勢”を相手しなきゃいけないわけだ。


王国の強者たち、顔を合わせたことがないからどんな人なのかは解らないのだけれど、その『雷切』ってのを倒したら即座にこっちの救援に来てくれるというのは一応決まっている。


けどまぁ、その『雷切』? ってのが倒すのにどれだけ時間が掛かるか解らないくらい強い(帝国No2)らしいので、ほぼ実質的に救援は期待しない方が良いっぽい。


まぁ敵からヘイト買いまくってる私は、別に逃げ回ってもいいって言われてるけど……。



(普通にそれは嫌なんだよね。性に合わないし。)



オリアナさんとナディさんは時間を稼ぐために戦うだろうし、他の王国兵の人たちだってそうだろう。自分だけ逃げるってのは気が引けるし、気分が悪い。せっかくレベルが上がって“空間”という力もあるんだ。無理しない程度に十将を削るぐらいはしなきゃいけないだろう。


自分が仕事をしなかったせいで誰かが死ぬなんて、考えたくもないからね。



(さて! 肝心の戦力だけど……。まともに戦えるのは私、オリアナさん、ナディさんの3人。私を入れていいのか不安だけど、相手の1/2だ。)



事前に決めた作戦。相手の割り振りとしては、オリアナさんが黒騎士の相手をしている内に、私が残り5人の注目を集め、その隙をナディさんが突いて5人討伐。後は全員で黒騎士の足止めに徹し、皇帝が確保されるまで時間を稼ぐ、って寸法だ。


もちろんオリアナさんが押し込まれそうならナディさんが飛んで行ってサポート。ティアラちゃんが逃げ回ったりして時間稼ぎっていうルートもあるだろうし、私とナディさんが5人を瞬殺してオリアナさんに加勢するってのもあるだろう。実際そのためにナディさんには隠れててもらってるし。



(……とりあえず臨機応変に、そして全力で戦うしかない、かな? うぃ~、ちょっと不安。)



【オリンディクス】を強く握り締めながら、あえて私の体を見せるように城壁へと降り立つ。


相手の見た目的に……、職業の分類としては『剣豪』『狂戦士』『槍騎士』×2『賢者』ってところか。んで先頭に騎馬を失った『黒騎士』さんがいらっしゃる、と。う~ん、壮観。あと普通に強そうで困っちゃう。


ま、神相手に喧嘩しようとしてる私が人間ごときに負けてたらただのコメディだし、負ける気はないけどさ。



「貴様が“悪魔”だな。」


「およ? 悪魔? へー、面白いネーミングセンスだね。んじゃお前は『クソダサ』ね。黒一色とか今日び流行らないでしょ、ほらもっと腕にシルバー巻くとかさ。……こんな風に。」



彼らの側面に空間を開き、シルバーならぬ【鉄の剣】の雨を降らせてやる。シルバーじゃなくてアイアンだって? 磨いたら色似てるし、もうそれでいいでしょ。


というわけで赤熱し崩壊寸前まで加速させた剣を一斉に射出したんだけど……。


面白いことにそのすべてが弾かれてしまう。それぞれの武器でキレイにはじかれ、どこかに飛んで行ってしまう私の剣たち。後衛職の『賢者』ぐらいは行けるかな、と思ったけど『槍騎士』に防がれちゃった感じだね。


たぶんこれ私の情報共有されてる奴だな。不意打ちの優位性がなくなっちゃった。……ま、それはそれでいいんだけどね? 戦い方変えるだけだし。



「うーん、残念。んじゃまぁ“普通”に殺し合いしましょうか。」


「言われずともッ!」



私が言葉を紡ぎ終わる瞬間に、彼の立っていたはずの石畳が砕かれ、私の目の前に姿を現す黒騎士。その槍でタイタンごと私を貫こうとするが……、そんなもの私の“保護者”が許すわけがない。タイタンの陰から飛び出した彼女の槍、そして迎撃のため振るわれた私の槍によって、その攻撃を受け止める。



(んぎッ! なにこの重さッ! こわ。んでもこの距離なら~!)



直後に空間を開き、押し出すのは溜め込んだ【鉄の槍】。設置位置は私たちの槍が交差した位置よりも、内側。黒騎士の胴体前面だ。


けれど既に何度も見た“空間”に適応してしまったのか、私が“射出”の指示を出すよりも、黒騎士が動く。


即座に私達の槍を上へと撥ね、一歩後方へ。そしてその槍を振るうことで、“空間”ごと【鉄の槍】達を破壊してしまう。ほんの少しだけ拮抗していた“空間”だったが、私の意思の力が負けて霧散、この世と“空間”を繋ぐ扉が破壊されてしまう。



(ちょっと近くで開けすぎたか。普通に壊されちゃったし。……まず。)



やっぱりまだ戦闘と思考を合わせながらだと“空間”の設置位置をミスっちゃうな。数は出せるようになってきたんだけど。……にしても、壊すことが出来るってのは教えたくなかったんだけどな。バレちゃったや。あんまり情報持ってかれるのも嫌だし、頑張ってこいつを殺す理由が出来ちゃったじゃんね。まぁ出来るかは知らんけど。



「ッ! 壊せ、るのか。」


「ん~、まぁそれ前提で考えるしかないか。んじゃおかわり。」



正面に10門、側面各20門の“空間”を敵6名の周囲に開き、鉄の棒を乱射することで一瞬だけ時間を稼ぐ。



(ちょーっと時間稼ぎさせてもらいますよ、っと。)



足場が制限されているこの城壁の上では、タイタンの巨体は不利だ。時間稼ぎの間に、彼の背から飛び降りながら各所に指示を飛ばしておく。うん、タイタンもね。悪いけど一回下がってもらって、私が呼んだら来てよね。解った? ならよし。……お願いね。



(っ、と! 危ない危ない。)



こちらの操作ミスで黒騎士の近くに置いてしまった“空間”が破壊され、射出したはずの【鉄の槍】を掴み、投げ返してくる黒騎士。連続的に射出しているおかげでそれほど威力を込められなかったのだろう。しっかりと視認したそれを“空間”で受け止め、そのまま相手に返しておく。



(にしても……、速攻で空間を壊すってことに対応して来るのは、面倒だな。もしかして戦闘IQも高いタイプ? やだやだ。嫌になっちゃうわね。)



私がアユティナ様にもらった加護である“空間”は、少し不思議な特徴を持っている。


正面からの衝撃や連撃にはめっぽう強いのだが、側面からの攻撃にはちょっと弱いのだ。これは“力の出所”が関連してるんだよね。空間を開ける時、私は自身の精神力を以ってアユティナ様から頂いた世界とこの世界を繋げている。まぁ早い話、“正面”はアユティナ様由来、“側面”は私由来の力なのだ。


正面の先にあるのは、アユティナ様がお創りになった世界。まぁ人の手で壊せるようなものではない。けれどその出入り口である周りは私が開けたものだ。まぁ強度は知れている。



(窓で考えると、ガラス部分がアユティナ様で、冊子が私。いくらガラスが強化ガラスでも冊子部分が紙製じゃ壊されても仕方ない、って感じ。)



実際、オリアナさんと何度かした模擬戦の中で、私は“空間”の出入り口を破壊されている。あの時はまだ周りに身内しかいなかったから『まぁバレなければいいや』って思ってたけど……。いっちゃん面倒な相手にバレちゃったよ。それに“射出”の有用性の一つだった意表を突くってのも壊されてるようなもんだし。


まぁバレてる前提で戦えばいいってのはそうなんだけどさ。ちょっとしんどいかも。



「……大丈夫、オリアナさん?」


「あぁ。だが黒騎士相手に私一人じゃちと厳しいからな。さっさと片づけてこい。」


「もっちろん!」



ギアを上げるため元気よくそう答えながら、走り始める。今の私じゃ黒騎士相手にお荷物だ。おとなしく“それ以外”を狩らせてもらうことにしよ!






◇◆◇◆◇






空間から絶えず降り注ぐ鉄の雨を掻い潜りながら、黒騎士の横を走り抜ける。


勿論それを察知した黒騎士はすれ違いざまに私の首を持って行こうとするけど……、オリアナさんの槍がそれを防ぎ、道を作る。どうせ効かないだろうけどお返しということで手のひらに空間を繋げ、マグマを噴射して黒騎士の顔にぶっかけながら、空へ。


空間を足場にして降り立ったのは、残り5人の後方。一応これで挟み撃ちの形にはなったけど……。五人全員の意識をこっちに向けないといけないのはちょっと面倒カモ。……とりあえず“射出”の発射位置を『黒騎士』とそれ以外の間にも設置し、合流できないようにしておく。



「んじゃ、ちょっと遊んでもらいますか、ねッ!」



強く踏み込み、相手たちとの距離を詰める。狙いは面倒な『賢者』から。遠距離攻撃野郎は最初に潰せってお婆ちゃんが言ってたからなぁ!


戦争前に比べると格段に速くなった肉体によって繰り出される、【オリンディクス】の突き。寸分たがわず叩き込まれようとしたその切っ先は……、横から出て来た『槍騎士』によって遮られる。



「やらせんッ!」

「そこッ!」



簡単に受け止められた私の槍、そしてその合間を縫うように反対側から飛んでくるのは『剣豪』の刃。即座に空間から【鋼の槍】を射出し、それを受け止める。ただ加速させているだけの槍だ。拮抗してしまえばその後は押し返されるのみ。けれど一瞬でも動きが止まれば、もっと押し込むことが出来る。



「“射出”!」


「『氷球』ッ!」



空間を繋げ石材を投射しようとした瞬間に、唱えられた『賢者』の魔法。計12の氷球が奴らの体を縫うように私に殺到する。火炎系であれば生身で受ける選択も考えたけど、氷雪系となると凍らされて固められる可能性もある。奴らに放ち続けていた“空間”を一部解き、防御のため氷球の射線上に“空間”を置く。


まぁそうすれば十将たちを押さえつけていた鉄の雨が消えるわけで……。


敵が、動き出す。



「『大剛撃』ッ!」

「『一刀両断』ッ!」

「『乱れ穿ち』ッ!」


(あぁもう知らんスキル使うなッ!!!)



敵賢者の護衛についていた『狂戦士』がその斧を大きく掲げ上から、右からが紫色の光を剣に付与しながら切り込もうとする『剣豪』、左からは青い光を迸らせながら一本の槍がまるで複数に見えるかのような刺突を放ってくる。



「『開闢の一撃』+射出+溶岩弾ッ!」



全力で【オリンディクス】に魔力を込め、すべてをなぎ倒すように大きく振るう。同時に私の相棒の先端に空間を繋ぎ、残った【鉄の槍】4本を連結。私の膂力と射出の速度。そして視界潰しのための溶岩弾をばらまき、迎撃する。



(まずは一番面倒そうな『狂戦士』のから!)



斧を使い『狂戦士』という職業名からも解る様に、コイツはパワータイプ。ATKの値がクソデカい奴だ。つまり未だ物理防御力に不安を残すティアラちゃんにとっては一番の脅威!


空間で足場を作り飛んでくる無数の槍を無理矢理回避し、【オリンディクス】で敵の斧と剣を迎撃する。一瞬だけ拮抗するがやはり“上澄み”には通用せず、押し返される私の相棒。だが、それでいい。



(もういっちょ溶岩弾ッ!)



煙幕代わりに溶岩の弾丸を射出し、【オリンディクス】から手を離しながら、宙に浮かべた空間を駆けあがっていく。吹き飛ばされていく愛槍に申し訳なさを感じながら“空間”に手を突っ込み、取り出すのはアユティナ様印の【鋼の槍】。それを『狂戦士』に向かって突き刺す。



「我が肉体にそんな攻撃は効かぬぞ悪魔ッ!」



だが、そもそもの肉体の作りが違うのだろう。生身の肌が見えているところに突き刺したはずなのだが……、鋼で出来たはずの刃が、筋肉に跳ね返されてしまう。私の非力さが原因か、私の手から離れてしまった槍と、未だ空中に浮かぶ私めがけてその大きな斧を振り下ろそうとして来る。


Oh、大ピンチ。……ところで『狂戦士』さんや? お前今大声出すために口開けたよな?


“空間”を、開く。



「溶岩の食べ放題サービス始めましたー♡」



その大きな口に向かって、溜め込んだ溶岩をそのまま叩き込む。どれだけ外面を鍛えようとも、中まで固い奴はそういない。だって消化器官ってどう鍛えるんだ、って話だもんねぇ。彼がコメディ世界の住人ならそのまま食べちゃってもおかしくないのだろうけど……。口から体内に大挙して侵入していく溶岩たちは、確実にその体を破壊していく。



「ごッ、がッ」


「ッ、貴様ッ!」


「おっと危ない。」


背後から放たれた『剣豪』の一撃を回収していた【オリンディクス】を背中へ。敵の刃をこちらの刃で受け、推進力とする。空中に開いた空間をたっと走り抜け、ジェットコースターのようにくるりと一回転さっきまでいた場所に着地する。


そして同時に、体内を溶かされた『狂戦士』がパタリ。“空間”にご招待ー。



「私の愛槍、この子は特別製でね。壊れないんだ。……というかいいの? そんなぼーっとして。」



自分の一撃が簡単に受け止められたこと、そして目の前で味方が溶岩によって溶け、この世界から消えていく姿を見て動揺したのだろう。『剣豪』の動きが、一瞬止まる。


そんな隙を逃さぬように、天馬の羽ばたく音が、私たちの鼓膜を揺らした。



「背、ご……。」


「あーあ、遅かった。」



その羽ばたきが彼の背後からくると察知できた『剣豪』であったが、もう遅い。何かを叫ぼうとしたその顔が、斜めに両断される。そして、ペガサスから降り立ったのは、私のもう一人の師。



「口が悪いぞティアラ。お前も『空騎士』であるならば少しは慎みを持て。」



付着した血を大きく振るうことで飛ばす、ナディさんの姿がここに。


えへへ。ごめんね。お口悪々は昔の名残でさ。弱かったときは愚痴でも言いながらじゃないとやってられなかったのよ。まぁ最近は挑発の意味の方が大きくなってるけどさ。……とりあえず、真面目ちゃんで行きますわ! 残りもお処刑ですわ~!!!



「そう言うことではないのだが……。まぁいい。」



その足を石畳の上に置きながら、槍を構え直す彼女。私と同様に、この人もペガサスから降りているが……。それでもその実力は折り紙付きだ。たぶん今の私よりも強いし、戦闘経験はこの人の方が格段に上。子爵領にいたころは同じ場所に立って戦うなんて考えたこともなかったけど……。娘のエレナに自慢したらキレられそう。



「ティアラ、行くぞ。」


「あいさッ!」


「天馬騎士団団長ナディーン! 参るッ!」



二人同時に、踏み込み、突貫する。


残る相手は『槍騎士』二人と、『賢者』一人。ペガサスに乗ってない私たち『天馬騎士』は『槍騎士』の劣化バージョンの様なもので、しかも相手には後衛職がサポートしてるっていうかなり不利な局面なんだけど……、んなもん関係ないよねぇ!



「ッ! 『泥沼』!」


「ナディさん!」



おそらく『槍騎士』たちに魔法によるバフを掛けていたのだろう、魔力による光を前衛に送っていた賢者が、時間稼ぎのために魔法を詠唱する。即座にこれまで固かったはずの石畳が泥沼と化してしまうが、んなもん私には関係がない。ナディさんに飛ぶように指示し、私たちの足元に巨大な“空間”を開き、足場とする。



「させぬッ!」


「こっちがなッ!」



そんな私の空間の外縁部に対して全力で槍を叩きつけようとした槍騎士に、自身の愛槍を滑りこませる。そしてもう一つ“空間”を開き、石材を上へと投射。【オリンディクス】ごと相手の槍をかちあげる。



(ッ! 魔法ッ!)



次の行動に移そうとした瞬間、私めがけて飛んでくる複数の魔法。直線の雷の魔法と、さっき見た氷球の魔法。私の逃げ場を縫うように、それが飛んでくる。思いっきり後ろに飛びながら後方転回することで回避し、よけきれない分は“空間”で無力化する。


けれど私の着地地点目掛けてさらに飛んでくる『賢者』の魔法。あまり見た目は派手ではないけど、威力といやらしさはしっかりと兼ね備えているらしい。魔力を流した【オリンディクス】を振るうことで魔法を消し飛ばしながら、追撃のためこちらにやって来た『槍騎士』に向けて“射出”し、その足を鈍らせる。



「けど私は見た目も派手な方が好きなんだよねぇ!」



即座に足元に出していた巨大な空間を閉じ、同様の空間を私達の頭上に開く。弾き出すのは、巨大な岩。タイタンを捕まえに行ったときに使った岩よりもさらに大きい岩石たちを、そのまま降らせる。私が作った城壁だけど、まとめて塵になっちゃえーッ!



「ッ! 退避ッ!」



即座に迎撃ではなく、城壁から離れることで生き残る選択をした『槍騎士』と『賢者』たち。身体能力が高い『槍騎士』が『賢者』の体を掴み、そのまま城壁から地面に向けて飛び立つ。そう、空へと。


彼らは、“空に”出てしまった。



「空は私たちのモノって前言わなかったけ? あぁそういえば言った奴は殺したんだった。」



誰よりも早くペガサスを呼び出しその背に乗っていたナディさんが、彼らに向かって槍を振るう。確かに“上澄み”相手ならば空中であろうとも防御くらいはできるだろう。だがそれは前衛職の話。物理面が他と比べて劣る『賢者』は、例外だ。


勿論こいつだって死にたがりじゃないから魔法で迎撃して生き延びようとするんだけど……。



(“空間”持ちに魔法は効かないんだよねぇ。)



ナディさんの周りに出現させた“空間”たちから出た投射物がそのすべてを打ち破り、回収し、道を作り上げる。私が作り出した環境すべてに動じず、見惚れるほどの綺麗なフォームで放たれたナディさんの槍先は寸分たがわず『賢者』の首を叩き落し、残りは『槍騎士』二人のみ!



このまま、押し切る!



依然として宙に浮かぶ槍騎士たちに向かって、地面に“空間”を設置。岩石を二人に向かい投射する。ダメージは元から期待していない。もとより、求めるのは“滞空時間の延長”一つのみ。



「タイタンッ!」


「ブ!」


「待たせてごめんね! 仕事の時間だよッ!」



私の愛騎を呼び出し、そのまま空へと打ち上げた槍騎士たちを追いかけるように、空へ。余計なことが出来ないように奴らの周囲には限界ぎりぎりまで空間を広げ、石材を投射し続けている。けれど未だ無傷なあたり、そもそものスペックの差を感じさせちゃうよね。



「けど、んなもん私たちには関係ない! 追い抜かせタイタンッ!」



空中の牢獄に嵌った敵を追い抜き、さらに上空へ。私の息が持つ最高高度まで上がった後は……、アレしかない。彼の羽を折りたたむよう指示し、ゆっくりと地面へと、落下していく。そして施すのは、死へとつながる高速回転。限界を超えて、廻せ。



(ッッッ!!!!!)



降り飛ばされそうになりながらも彼の鞍を全力でつかみ、体内に眠る魔力を叩き起こしていく。ゆっくりとその魔力を全身に流し、回転させ、強く握りしめた【オリンディクス】へと流し込む。穂先の機構が動き始め、熱を帯び、赤く発光し始める我が相棒。


全てを乗せて、叩き割る。




「スパイラル急降下+『開闢の一撃』ィィィ!!!!!」


「ッ!」



穂先を合わせ、回転の威力と、重力。そのすべてを乗せて、空へと浮かぶ相手に叩き込む。


そのまま押し込み、より速度を付けて地面へと落下していく私たち。


けれどまだ相手の方が強いのだろう。空中という不利な場所なれど、自身の槍で私の攻撃を受け止める『槍騎士』。……確かに、今の私じゃ両断することが出来なかった。まだまだ上澄み、生物としての格が違う奴らには、届かないらしい。



「あぁ、そうだ。覚えてる?」



空間って、確かに側面からの攻撃には弱いけど。真正面からの攻撃なら、破壊されるわけがないってこと。お仲間の『竜騎士』みたいに、叩き潰してア・ゲ・ル。


進行方向、“空間”を二つ開け、ちょうどその二つの隙間にオリンディクスの刃が通り抜けるよう、設置する。



「わたしの、かち!」



全身を空間へと叩きつけられ、同時にその胴体を【オリンディクス】によって両断される『槍騎士』。真っ二つになっても生きているのは人間ではない。空中にまき散らされる、『槍騎士』だったもの。タイタンに勢いを殺すように指示しながら、そんな死体たちを一応集めておいてあげる。


さて、あとは残り一人だけなんだけど……。あぁ、私が手を出すまでもなさそう、か。


下を見てみれば、ナディさんが彼女のペガサスと共にどんどんと上に上がってきている。もちろん目標は最後の敵である『槍騎士』。この前エレナがやっていたように、ナディさんも魔力を扱えるのだろう。彼女の体が一瞬青く発光し、その光が全て彼女の槍へと集まっていく。


彼女が狙うのは、痛みなく相手を絶命させるその首一択。針の合間を縫うように、その一刀が繰り出された。



「『蒼月』ッ!」



瞬く間に刎ね飛ばされる敵の首と、大空にわずかに残る蒼い三日月。


う~ん、現実で見たのは初めてだけど、やっぱ綺麗な技だねぇ。確かエレナの固有スキルだった気がするけど、ママのナディさんも使えるってことは一族の技だったりするのかな? まぁその辺は全部終わった後に聞けばいいや。おーい、ナディさーん!



「ティアラか、無事か?」


「もっちろん!」


「ならばすぐに姉上の元に向かう。お前のおかげで想定よりも早く倒し切ることが出来たが……、急ぐぞ!」


「りょ!」



二人同時に、ペガサスへと指示を出す。目標は未だ戦っているだろうオリアナさんと黒騎士の元へ。途中まで“空間”で援護してたし、防壁ごとぶっ壊してフォロー自体は出来てると思うんだけど……。早く行かなきゃ。



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