6:クソ狼





(まずは自分と周囲の確認、いそげッ!)



即座に自身の体と残弾の確認を行う。


自分の手札すらわからなければ出来ることなど何もない。


体の方だけど……、体力は消耗してる。そもそも山道を歩くってのが今の自分には重労働。盗賊たちの特徴として、リポップ位置が村から離れた場所に潜伏するっていうものがある。それのせいで移動も一苦労。故に私の足の遅さも考えれば、ここから逃げるっていう選択肢は最初からない。体力の消耗もあるし、そもそも私の脚じゃ追いつかれる。



(同様に、距離を取るっていう選択肢も取れない。視界が開けたここで、守りながら勝つしかない。)



次、残弾。一瞬意識を空間へと移し、“斉射”可能な武器の総数を把握する。小石が5セットに、銅の剣が2本。合計残弾7発だ。それ以外は銅系武器の中では一番重い斧が十数本に、さっき回収したばかりの剣が3本。あとはオリンディクスと、盗賊から奪ったは良い物の使うタイミングがなくて放置している資材たちのみ。私の"空間"には時間停止とかはないので、一部腐ってしまった食べ物も放置してあるが……。今関係はない。



(実質使える“弾”は7発。相手がどれだけいるか解らない以上一発も外せない……!)



さっきの遠吠えは確実に狼どもの狩りの合図、野生の勘を持つ奴らが仲間を殺されたとしても、私を“狩れる”相手と判断したってこと。


まぁ確かに私を殺せばさっき殺した死にたてホヤホヤの盗賊たちの死体に! やわらかい私の肉を食えるとなれば本気で狩りをしに行くよなぁ! 全身の至る所に視線というか、殺気みたいなのを感じるし、完全に囲まれてる……。



(狼の群れが10を超えることはあまりないってのは前世で聞いたことはある。だけどここは異世界、自分の常識は通用しない前提で行かなきゃ。)



となると私が生き残るに必要なのは、目の前の敵を全部殺すのではなく、私に恐れさせて、『勝てるわけがない、逃げるんだよぉ!』させる道のみ。出来るだけ私を強者として見せつけ! 盗賊たちと同じように残虐に殺すことで撤退させる!



(どっちにしろ見るべき範囲が多すぎるッ! 道を限定させなければ!)



流石に360度全方向からの攻撃は対処できない、弾は7発で同時発射は2つまで。


ならば今ある手札で相手の通り道を指定する。こちらが対処しやすくするしかない。


“空間”へと意識を割き、私の周囲を守る様に盗賊たちから奪った資材を置くことでこれを目指すべきだ。確か丸太や角材など色々まとめて置いたはず。何かに使えるかと片手間に整理整頓してたのが功を奏した! すぐさま吐き出すものと場所を決定した私は、一度両手に開いていた“発射口”を閉じ、行動に移そうとするが……。



(音ッ! 後ろ!)



こちらが行動を開始しようとした瞬間、相手も動き始めてしまう。急いで切り替えを中止し、即座に後ろに視線を送る。こちらに向かってくるのは、さっき殺した個体と同等の大きさ。それが二体。振り向くという無駄な動きのせいで、ワンテンポ相手に先手を譲ってしまった。


そのせいでかなり距離を詰められたが……、この距離なら確実に当てられる!



(“発射口”両手! “セット”銅の剣×2! ……“斉射”ッ!)



彼らの顔面に吸い込まれるように発射された銅の剣、狙い通りに狼たちへと直撃する。その胴体の中心を貫けたわけではない。しかしながら確実に生存に必要な器官が破裂したソレは、飛び出した勢いを徐々に失わせながら地面へと落下していく。



(まずは2匹…………、殺気ッ!)



敵の数を減らせたことに思わず喜びそうになってしまうが、背後から感じた強烈な殺気で正気に戻る。



(前へッ!)



その殺気から逃げ延びるために、前へと転がることで逃げようとする。


しかし全身に何か引っかかるような感触と、布が引き裂かれる嫌な音。肉を食われることはなかったが、スカートの腰から下全部持ってかれた。親からもらった服で、これしか子供用の服がないこともあり、動きにくいスカートをはいていたけど……、それが幸いした。


足元を完全に見せない構造のおかげで命拾いだ。……ズボンだったりしたら確実に両足持ってかれた。



(だけどッ!)



狼の基本攻撃は基本牙か爪! 故にこちらに攻撃したってことはその付近に相手の急所があるってこと! 相手の姿は見れていないけど! 攻撃された方向に放てば確実にやれる! 空間は未だ私の両手に開いたまま! このまま三匹目も殺し切る!


右手は空間に接続したまま、前へと転がる。


脳内では“空間”を操作し小石をセット。剣みたいに確実な貫通力はないけれど、盗賊の頭ぐらいなら十分に破壊できるソレ。前へと転がったせいで手がブレ、さっきよりも狙いがずれてしまう。なのでショットガンみたいに広がる小石が最適。


(まぁさっき確実に殺すために剣両方使っちゃったから、もう"小石"しか残ってないんですけどね!)



「てぇッ!」



ここまで近づかれた恐怖を紛らわすために、自分を鼓舞するように声を上げながら攻撃する。



(直撃……、ッ! 音が……。)



私の耳に、発射された小石たちが確実に命中したという証明が届いてくる。


だが、音が違う。


盗賊たちが鳴らしていた体組織を破壊する音、断末魔、命が消える音じゃない。これはどっちかというと……、弾かれた音。


背後に現れた異常、自身の理解の及ばない物を目に収めるために、無理やり首を背後へ向ける。




そこには、私が殺した狼よりも何倍も大きい、灰色の化け物がいた。



(ッ! 自動車よりもデケぇじゃないの!)



さっき殺した大型犬よりも二回り大きい狼、それが子供に見えるくらい大きなソレ。前世どこにでもあった自動車を優に超す大きさを持つ化け物が、私の前に。


多分ゲームなら“ネームド”、森の主とかそういう名付けがされていただろう。小石が弾かれるような音がした、ってことはその毛皮が人間の頭蓋よりも固いってことを意味している。脳が理解を拒みそうになるが、残念ながらここは異世界。私の常識なんか通用しないのが普通。そう考えるしかない。


まー、人間が魔法なんて不思議現象起こしてるんだ! そこらにいる動物が散弾喰らってピンピンしててもおかしくないよなぁ! クソッタレ!



(ッ! 来る! “斧”で防御!)



私の攻撃にイラついたのか、それとも確実に殺しに来たのかはわからない。だが相手が攻撃の手を緩める気がないってことだけはわかる。一度目の噛みつきが失敗したのなら、もう一度噛めばいい。確かに正しい選択だ。こっちも、何度も回避できるとは思っていない。


故に、防御として【銅の斧】を空間から吐き出す。“弾”として使うこともできないし、“武器”として振るうこともできない。だが単なる金属の塊として間に挟み、“防壁”として使うことなら何とかなる。向きとか色々調整しなくちゃいけないから、射出みたいに二つ同時に出すことはできないけどな!



眼の前のクソデカ狼の口に、ちょうど挟まる様に。刃が口内を傷つけられるように、斧を“置く”。



元々斧系の武器ってのは上から振り落として使う武器だ。元々の武器の大きさと、武器本来の重さですべてを叩き割って、肉を断つ武器。大きい武器となれば相手は本能的に恐怖を覚えるし、剣を持っている場合はそれごと叩き割られてしまう。



(いくら毛皮が硬くても、口の中に刃物ぶち込まれれば切れるだろ!)



後ろに飛ぶように下がることで攻撃を回避し、確実に斧を喰らわせる。想定通りお口の中に銅の塊が吸い込まれて行き……、砕かれた。銅の破片が飛び散り、私の頬をかすめる。重く、使い手によれば人を縦に真っ二つに出来るような武器を。そいつは咀嚼していた。狼は言葉を発しないが、その全身で『その程度か』と嘲笑されているような気がしてしまう。


…………おいおいおい! マジかよ。確かに最弱の銅シリーズだけどよぉ! 金属かみ砕けるとかどんな顎してるんや!



(まずい、もうこうなったら目を狙って"小石"を、ッ!)



背後から音。ほぼ同時に、私の右足に激痛が走る。



「ッ!!!」



目を向ける。


背後に下がり過ぎたのだろう。最初は開けたこの場所の中央にいたが、目の前のクソ狼から逃げるために下がり過ぎた、すぐ背後には大きな木が反り立っている。森に近づきすぎたせいで、隠れているコイツに気が付かなかった。先程殺した狼と同じサイズの奴に、私の右足がかみ砕かれている。


もう少し強く噛まれれば、持ってかれる。



「ッゥう!! “石”!」



激痛から逃げるために、足を守るために、“小石”を射出する。


やはり硬い毛皮を持っているのは目の前にいるクソデカ狼だけなのだろう。私の足を砕いた狼は一瞬で肉塊となり果て、足に刺さっていた牙が離れていく。だが、折れた足は治らない。確実に骨が砕かれていて、もうこの戦闘では真面に歩くことはできないだろう。出血もひどい。



(クソがッ!)



元々体が弱かった私だ、いくらレベリングで補強したとしても、限界がある。バランスを崩し、その場に倒れ込む。まだマシなのは、やられた右側ではなく、左側に倒れられたことぐらいだろうか。砕かれた足がぐちゃッと潰れずに済んだ。


そんな私の様子を見た狼は勝ちを確信したのか、攻撃の手を緩め嘲笑うかのような視線を向けてくる。



(あ~~、もう最悪。生きてるってことはまだHP残ってるんだろうけど……。)




逃げる、回避する、この選択肢が奪われた以上こっちに残された選択肢はもう残っていない。あるにはあるが……、本当に賭けのレベルだ。


こんな序盤も序盤、原作が始まってない時期にこんなことするつもりはなかったんだけどなぁ……。なんでこんなに死にそうになってるんですかね? その上主人公が住む村の近くでこんな化け物がいるとか聞いてないんだけど。


私を喰らうために、ゆっくりと近づいて来る狼。


図体が大きい故に、脳も大きいのだろうか。なんか私の痛みに耐える顔を楽しんでいる様な雰囲気するんすけど気のせいですかねぇ? ま、いいや。そうやって油断してこっちにもっと近づいておいて。そうこっち、こっちだよ……。


あ、そうだ。ちょっと急なんだけど私のステータス見てくれる?




〇ーーー〇


ティアラ 村人 Lv4→5→6


HP (体力)5(2/5)

MP (魔力)4

ATK(攻撃)0→1→2

DEF(防御)2→3

INT(魔攻)3

RES(魔防)4→5

AGI(素早)2→3

LUK(幸運)0


MOV(移動)2→3


〇ーーー〇




あはは、狼ってこんなに経験値あるとは思わなかったよ。え? ご都合主義かって? そりゃ悪かったね。なんてったって私はアユティナ様の3000年振りの信者で、現在たった一人の信者だ。そりゃ神に愛されてる、って言ってもいいんじゃないの?


距離、1m弱。残りHPは2。【オリンディクス】のスキル発動に必要なHPの最大値の三割で、1.5。ギリ残る。片足が無理でも、両膝は地面に付けられる。ちょっとばかり無理はあるが……、どうせ決まらなければここで終わりだ。どうせ死ぬならやれることやり切ってから死のう!



「…………その憎たらしい顔全部ぐちゃぐちゃにしてやんよォ!」



左手で“空間”を開き、残っている“小石”を全て吐き出す。そして追加で腐った盗賊の食事たちも全部ぶちまける。当然全てコイツの毛皮に弾かれるが……、それで構わない。狼はイヌ科、お鼻は人様よりも優秀でしょう?


手負いで死にかけの私、ただの餌が反撃してきたことに、そして腐った劇物を投げつけられたのにキレたのだろう。私の頭部をそのまま丸かじってやろうと踏み込む狼。あぁ、それでいい。



「こいッ! 【オリンディクス】ッ!」



本来、この武器の重さは12。ゲーム内の武器の中でも最大級の重さを誇っている。銅の剣や槍が重さ1となれば格段に重いことが解るだろう。ゲーム内ではAGIにデメリット与え、先手を譲りやすくなってしまう【オリンディクス】。


だが、アユティナ神がこの武器の所有者を正式に私と認め、神の名において【オリンディクス】を振るうことをお許しになった今!、その重さが1になる! 私のATK! “腕力”が“重さ”を超えた今! 私はこの子を十全に扱える! あ~、もうチート大好き! アユティナ様ありがとう!!!



「押し潰せッ!」



槍になけなしの魔力を込める。それを燃料に刃の根元にある機構が起動し、高速で回転を始める。一瞬で最高速度まで達したそれは大気を震わせるほどに赤熱し、所有者の私ですら手を放してしまいたくなるほどに温度が上がる。


熱と、本来の重さ、そして肉を抉り取る様に回転し続ける鉄塊。


それを、脳天に叩き落とす。






「『開闢の一撃』」









 ◇◆◇◆◇









「ってなことがありまして~。」


「おばか!!! もうちょっとこう、なんかやり方あるでしょうに!!!!!」


「あはは……。」




というわけで怒られてます、ちっこいアユティナ様に。


いやまぁ呼び出されたと思って出てきたら、片足引きずりながら襤褸切れみたいになって死にかけてた唯一の信者がいたら……、まぁそうなりますよねぇ。


にしてももう取れちゃうかと思ってた足が元通りになるなんて魔法ってすげぇや。というか魔法よりもアユティナ様がすごいのか? そこんところどうなんですかね、こう、回復量的なのは。やっぱ人より神の方が上だったり?



「そりゃあ違うよ! 私神だよ!? 人の傷なんか一瞬で治せるけど私の気持ち考えよ??? 何がどうしたら『わー、唯一の信者がまた呼んでくれたー!』でウキウキで出てきたら死にかけてるのさ!!! 反応に困る!!!!!」


「それについてはマジで申し訳なく……。」



あの後はほんと大変だった。やっぱりあのデカい狼がボスだったみたいで、ボスの頭部がはじけ飛んだのに恐れをなした敵狼たち。最初はまだ戦おうとしてたみたいだけど、私が【オリンディクス】を向ければ情けない声を出しながら、散り散りに逃げていった。


ま、それは良いんだけどその後がね……。『村人』というなんの特徴もないジョブのせいで回復は出来んし、ゲーム内であった『傷薬』的な魔法のかかった回復アイテムも持ってない。


んで、もう神に縋るしかねぇ! って思って無理やりここまで歩いて来たんですよ。盗賊たちが使ってた剣を添え木にして、噛み千切られた服で無理やり足を縛って固める。この槍を杖に歩いてたんですけど、死にかけだから途中で倒れちゃって。立ち上がることもできない。


最後は地面這いながらここまで来たんですから……。もう泣き喚きたいぐらい痛かったんですよ? ちょっとぐらいたどり着いたことを褒めてくれても……?



「えらい! よく頑張った! けど、もうちょっと何とかなったでしょ! 一人じゃなくて複数人で行動するとかさぁ!」


「まぁその通りなんですけど、それしちゃうと色々私のこと説明しないといけなくなるわけで……。最悪アユティナ様のことバレて、異教徒血祭拷問パーティ、引き回しの後磔獄門かなぁ、と。」


「あぁ、うん。あのクソ女神の信者ならやりかねないのか? ……と、とりあえず回復終わったし、普通に歩けるんじゃない? ちょっと立ってみ?」



異教徒への厳しさに驚きながらも納得した表情を浮かべていたアユティナ様だったが、常に回復のため、私の右足に緑の光を当ててくださっていた。


言われた通り立ち上がってみると、普通に立てる。何の違和感もないというか、むしろ調子が良いぐらいだ。レベルアップしたことで体の能力が上がったこともあるだろうけど、足の骨が砕け散っていたなんて考えられないほど元気いっぱいだ。これならもう一戦いけそう。



「やめてね? ほんとに。……加護って言うより恩賞の前払いみたいなものだけど、ちゃんと動けてるみたいでよかった。『体を最善の形に戻す』って奇跡だよ。」


「ほへー、すごい。」


「私の司る権能は前も言ったけど、『進化と成長』。まぁ戦いの中で成長していくって意味もあるから死地に身を置くってのは否定しないよ? むしろ神としては推奨してる。それが信者たちの成長につながるならね? けどさ、死んじゃったら成長できないじゃん。そも私のたった一人の信者なんだからもっと安全に行こ、ね?」



いや、ほんとすみません……。


で、でもATK上がって、【オリンディクス】使えるようになったんで、少しは安全度上がったかと……。また今回みたいなのに見つかってもここまではやられないと思いますんで、許していただけると助かります。ほんとごめんなさい。



「……はぁ。気を付けるんだよ? 親御さんも心配するだろうし、無茶はあんまりしないこと! ほらお返事!」


「はい!」


「よし! ……じゃあ一応決まりだし、回復の“奇跡”の対価として何か捧げなさいな。余剰分は新しく何かあげて生存率高めてあげるから。」



というわけで始まりました、奉納の儀。


空間に貯めてたの、吐き出しますよ~。




〇デカ狼の死体(頭部ナシ)

〇狼の死体×4(破損大)

〇銅の斧×17

〇銅の剣×2

〇添木にしてたので血まみれの銅の剣×1

〇銅の剣だったもの×6(破損大)


〇その他・食料など(半数以上腐ってる)




「これが狩りの成果です! アユティナ様!」



“空間”の中普通に時間が進んでいるので食料とか腐ってたりする奴もありますけど、結構貯め込んでるでしょ! 神様に捧げるものにしてはちょっと状態が悪い物ばっかりですけど、こんなものしか持ってなかったもので……。


どうですか、アユティナ様!



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