5:レベリングってやっぱ楽しいよね
「ティアラちゃん、最近一人でどこかに行っているみたいだけど本当に大丈夫? ママ何かあったらと思うと心配で心配で……。」
「大丈夫だよ、フアナちゃんに遊んでもらったり男の子たちが遊んでるの眺めてるだけだから。」
「そうなの? でもたまにすごく疲れて帰って来るじゃない。本当にママかパパが付いて行かなくていいの?」
「(怪しまれちゃってる……。)体が元気な時は私も走ってみようと練習してるんだけどまだ難しくて……。でも一人で大丈夫だよ。ほんのちょっとだけだけど、こうやってお手伝いできるし。」
そう言いながら両親が仕事で使う小物類をせっせと運ぶ。未だATKは0なのでヨワヨワ筋力の私こと。ティアラちゃん。台車を引いたり道具を使ったりするのは難しいが軽い物ならまだ運べる。それにこんな風にものを運ぶってだけでもこの身には筋トレになるし、周囲の人間たちに『ティアラは偶に大人たちの手伝いをしている』っていう印象を残すことができるって寸法だ。
心配性のママが今みたいに心配してくれていることだし、こういった積み重ねは大切だと思う。一人で森の奥に入ったり、村の活動圏外にでて盗賊を血肉に変えているのがバレたらなんて言われるか……。とりあえず両親からガチで止められるのは確かだろう。実際に死の危険性がある事は確かだし。
早くレベリングを終えて心配されない程度に強くならねばならない。
(にしても今収穫中の野菜、資料集とかでも見たことないし、ゲーム内でも背景の一部として出てた奴だから名前すらわからないんだけど……。多分夏季の野菜だよな。日本みたいに四季がしっかり分かれてないせいで気温とかの変化が薄くて解らなかった……。)
この世界には一応四季の概念はあるみたいなのだが、あまり季節によって気温が大きく変わることはない。ただ冬はちょっと寒くなるみたいだが、春夏秋がほとんど一定。夏は少し暑くなるようだが、数度程度の気温差で済んでしまう様子。
そのせいで今の季節をしっかりと把握することが出来なかったのだが……。母が今、私が持ってきたハサミで収穫している野菜。ゲーム内時間の夏、この村の背景の一部に使われていたものと同一。
(つまり現在は夏、ってことだね。しかも後ろの方。)
正直両親に季節のことを聞けば早かったのでは? と若干の後悔があることは否定しないが、この世界においてもってなければおかしい知識である四季の判別方法を聞くのは少し憚られた。よくよく考えれば幼子の単純な疑問としてちゃんと答えてくれそうなものなのに……。
元々家から出られないし、出たとしても教会しか行き先がなかった私の知識は、非常に偏りがある。それは両親も把握してくれているはずだ。けれどすでに私は隠さなければいけないことが多すぎる、“レベリング”のこともそうだし、“アユティナ様”のこともそうだ。そっちを意識しすぎて変になっちゃったわけだね。反省。
(というか夏ってことは次の季節は秋。そして私と主人公、そして彼の幼馴染たちは同い年の五つ。ということは……。)
原作イベント、それもプロローグが始まろうとしている。
『永遠のアルカディア』をプレイする者たちがまず初めに動かすキャラは、幼少期の主人公だ。彼が秋の麦穂に紛れながら、かくれんぼして遊んでいるところに、町の方からとある一行が流れてくることで物語が始まる。彼が『なんだろう?』と思いながら付いて行けば、その一行が向かうのは自分の家。
つまりこの村の領主である自身の祖父の家だった。
(そしてその一行が守っていた馬車の中から出てきた少女に彼は一目ぼれをすることになる。この少女がヒロインってワケ。)
ま、ここだけ見ればどこにでもありそうな物語の序章なんだけど、この一行も主人公の祖父も、もちろん主人公もヒロインも色々闇が深いというか、面倒なものを抱えている。
まず主人公だが、実はこの国の王子の一人である。この国の王はエロゲ主人公の親に恥じぬ色々と“奔放”な方であり、お盛んな陛下。そんな彼がとある令嬢を孕ませて生まれたのが彼になる。けれど既に王様にはたくさんの息子がいて、主人公が生まれたとしても王位継承権は非常に低い。その進む道は政治の道具として使われるか、国の歯車になるかのどちらかだった。
そんな星の元で生まれた主人公くんだが……、彼に悲劇が起こる。彼の母親の家族が、王家に対し謀反を企んでいたのだ。
この情報を知った王は大いに怒り、王の右腕にして護国の盾として名高い将軍“リッデル”という男と、彼が率いる騎士団を送り出す。彼は速やかに王家の敵を討ち、主人公とその母を救出して帰って来るが王はそれを受け入れず、母も子も反逆者として処理するように命じられた。正義感の強いリッデルはこの決定に異議を唱えたが受け入れられず、そのまま母も子も他の反逆者と同じように処刑されることに。
その決定に対しせめて謝罪だけでもと思い、母の元に向かう彼。そこでリッデルは主人公の母に頼まれ、彼の息子を自身の孫として引き取ることになる。
(ま、長くなっちゃったけどこんな感じ?)
つまり祖父と主人公の間に血は繋がっておらず、しかも主人公は陛下のご落胤。それを知るのは祖父と彼の手助けをした一部の人間のみ……。ってわけだ。闇が深い上に、主人公っぽい設定でしょう?
あ、ちなみにこのシーンで馬車から出てくるヒロインも王族で、正式な王家の姫と認められているお嬢様なの。ちなメインヒロイン様ね? んでルート選択によってはこの主人公とヒロインが結ばれて、王家を復興するっていうお話だから……。
(うん! 近親相姦さ! エロゲだね!)
それでなんで彼女がこんな田舎町まで来たのかと言うと……。ちょっと王様が乱心し始めて親族を反逆者として処刑し始めたからだ。実はこれも“理由”があるんだけど……、国の重臣さんたちは『高齢のため』と思っている。まぁ早い話、その乱心で王家の血が絶えるのはなんとしてでも避けなければいけないわけだ。
そのため各地の信頼できる場所へと何人かの王家の者たちが飛ばされることになったんだけど、ヒロインちゃんもその一人。かつて護国の盾として有名で、年と主人公を匿うために隠居した彼の元に姫が送られてくるのもおかしな話ではなかった。
(リッデルさんはまぁ普通に強いし、王家というか王国に対しての忠誠も厚い。王都から離れているから疎開先にはちょうどよかったんだろうねぇ。)
ま、そのせいで家族の縁を恋心と勘違いした主人公が生まれて、かつて王国に仕えた将の唯一の血縁と勘違いした姫様(ヒロイン)が次第に彼に惹かれていくというラブロマンスが始まっちゃって。色々終わってみれば父親同じだったというオチ。
(いや~、色々とすごいよね。ま、私としてはそこら辺の恋の行方は“世界の終わり”とかに、あんまり関係ないからどうでもいいんだけどね。……気になるのはむしろヒロインがこの村に来てからのこと。)
同じ屋敷で暮らすようになった主人公とヒロインが少しずつ仲を深めていくさなか、外から彼らを狙う集団がやって来る。王家の姫だし、捕まえれば身代金がたっぷり、もしかしたら彼女をうまく使ってもっと大きなことが出来るかもと思ったおバカさんたちだ。
ちょっと悪知恵の働く貴族と、それにそそのかされたならず者たちだね。
この村の子供たちは森の近くや、使われなくなった墓地などの近くで遊ぶことが多く、基本的に大人の目の届く場所にはいない。主人公もヒロインもその例外ではなく、誘拐犯たちからすれば絶好のチャンスだった。
プレイヤーとしては、主人公の二人と、私たち同年代の子供たち。もとい主人公のお供たちが遊んでいる時に彼らが現れ、助けが来るまで逃げながら戦うという戦闘が始まるワケ。
(いわゆる“チュートリアル”だね。)
何ターンか茂みに隠れて逃げ延びると、騒ぎを聞きつけたリッデルが全員分の武器を片手に現れ、そこから掃討戦が始まるわけ。子供たちはあんまりだけど、主人公はお爺ちゃんにしごかれているのでまぁまぁ戦える。メインはリッデルで戦い、サポートで主人公を扱えば敵も強くないこともあり余裕で勝利。
(そういう筋書きだし、ここでヒロインが主人公のことを強く意識するから私が介入することはない。ただ……。)
敵のボス、リッデルに配下をやられてすぐに馬に乗って撤退していくんだけど……、コイツ【鋼の槍】持ってるんだよね。銅、鉄、鋼と三段階目の武器。【オリンディクス】には大分劣るが結構使いやすい武器だ。正直喉から手が出るほど欲しい。
【オリンディクス】はアユティナ神のおかげで軽く、攻撃力も申し分ない。だがアレは神器、クソ目立つ。常用しちゃうと私とこの槍が結びついちゃうし、今後どんな行動をするのか解らない以上、最終的に私以外が知らないようになる場で扱うのが好ましい。そして神器だからこそ空間を使用した“射出”に使用できない。
神器故に射出しても壊れない耐久力はあるが、切れ味と本来の重さのこともあり、射出した後敵を破壊した後も止まらず、飛んで行ってしまう可能性がある。もしそれで無くしちゃったらもう神にどうお詫びすれば……、って案件だ。
故にレア度と攻撃力の塩梅がちょうどいい鋼シリーズを求めているわけ。それにまだ手に入りやすい武器だから“射出”してぶっ壊しても大丈夫だしね♡
(ここら辺の盗賊が持ってるの大体銅だし、斧か剣が多いからなぁ。)
偶に鉄シリーズを持っている奴もいるのだが、ちょっとエリクサー病が発病して使えていない。それに剣はまだ“射出”に使えるのだけど、銅製の場合やったらやったですぐに使い物にならなくなるし、そも斧は今の私じゃ持ち上げられないため“射出”は不可能。剣ならまだなんとか持ち上げたあと、地面に向かって垂直に落とす、ってのができるんだけどねぇ。
(ま、なにはともかくレベリングか。どっちみち筋力上げないと何も始まらんしね。……明日ぐらいにまた山狩りしに行こうか。)
◇◆◇◆◇
「というわけで今日も盗賊を狩るのォォォオオオオオ!!!!!」
「みぎゃぁぁぁアアアアア!!!」
はい、たーまやー!
いやー、今日も入れ食いですねぇ! バカと何かは群れるって前世で聞いたことが有るような無い様な……。でもでも! 盗賊さんはたっくさん集まってくれるからとってもらくちーん! しかも住む場所がないせいか、開けた場所があれば絶対根城にしてますし! ちょうどよさそうな場所を把握しとけば時間経過で盗賊がリポップしてる! 入れ食いだぁ! たっのしー!
「というか最近もうバレかけても即バイバイできるようになったから、前みたいに隠れずに済んでるのもうれしーのだ!」
アイテムボックス、神から頂いた空間だが、暇な時間はずっとこれの修練をしていたおかげで、ほぼノータイムで“射出”ができるようになった。しかも、一度に一つしか開けられなかったものを! 二つも開けられるように成っちゃいました!!! このおかげで作業効率は倍! 安全性も倍! 盗賊さんと目が合った時はさすがにビビりましたけどすぐに地面のシミにしてやりましたとも!
「あはー! そしてレベルも上がるぅ!」
〇ーーー〇
ティアラ 村人 Lv2→3→4
HP (体力)3→4→5
MP (魔力)3→4
ATK(攻撃)0
DEF(防御)1→2
INT(魔攻)3
RES(魔防)3→4
AGI(素早)2
LUK(幸運)0
MOV(移動)1→2
〇ーーー〇
どーですどーです! 相変わらずATKは全然上がらないので叫びたいレベルですけど、全体的にまんべんなく上がっていい感じでしょー! それに今回レベル4になって初めてDEFとMOVが上がりました! 体が硬くなって、移動速度がようやく常人の1/2になりましたよー! これはすごい! 快挙! これでようやく主人公(幼少期)に本気で殴られてちょうどHPが0になる様になりました!!!
「……いや死んでるじゃん。」
別に戦う気はないけどさー、やっぱ身近にいる同年代で一番強いからね。気にはするわけよ。彼のステータスを考えると勝てるようになるまでかなりのレベルを重ねないといけなさそうだが、彼が外に出て何かを経験値に変える、何かを殺すようになるのは原作が始まってからだろう。もし勝負する必要があるのならそれまでに上回っておけばいい。彼のレベルが上がることは当分ないのだから。
「それに、そろそろ転職が可能になるね。」
村人、この最下級職のレベル上限は10。そして次の上位職にランクアップするためには上限の半分までレベルを上げる必要がある。上限10の村人なら5まで上げれば転職できるってわけね? この近くに転職が可能な天使像はないけれど、元々転職を司っていたアユティナ様であればあそこの石棒でも可能。
「村人には何もないけれど、他の職業ならその職業ごとに成長率が上がるし、ステータスの引き上げもある。一人での外出が危険なことには変わりないし、さっさと転職してしまわないと。」
未だペガサスの宛ては全くないが、空騎士系の下級職『空騎兵』になってしまえばこっちのものだ。
「ATKの最低保証で【オリンディクス】使えるようになるし~、成長率はATKとRESとAGIに掛かるからうれしさ倍々~。」
そんなことをつぶやきながら、帰路に就く。すでに殺した盗賊から金目の物や食糧、武器は回収したし、“射出”に使用した武器は証拠が残らぬようにすべてアイテムボックスの中だ。小石の方は砕け散ってしまったためもうどうしようもないが、銅シリーズの残骸はまだ使い道あるかもだしね。
ん? 死体? それも同じように放置して野生動物にプレゼント。まさにSDGsって奴だね! 地球に優しい~! ……あ、ここ地球じゃなかったわ。
「………………ん?」
楽しい楽しい帰り道だったが、違和感を感じその場に伏せる。これは……、視線?
いやそれはおかしい、後ろから誰も付いてきていないかをずっと確認していたし、盗賊は盗賊で全て消し飛ばしたはず。多少この“経験値稼ぎ”に慣れて来て油断があったのかもしれないが、それでも敵を見逃すほど私は耄碌していない。5歳だし。
となると、新手。
(まずいな。“隠れる”のにはなれたけど、“隠れた奴”を見つける技術は今の自分にはない。それに森の中を走って逃げる技術も。)
HPやMOVが上がったため以前に比べればだいぶ動けるようにはなったが、私の体は未だ貧弱極まりない。大人と追いかけっこは無理だし、野生動物や魔物も同じ。不意打ちや一対一での戦いならまだ何とかなるけど……、大勢に囲まれた場合。ちょっと死がちらつく。
(厄介だな……。)
何となくあそこら辺にいるな? という雰囲気は感じられる。けれどそこに向かってすぐに“射出”することも選びづらい。残弾はまだ残っているし、補充もすぐできるのだが、『村の人間が付いて来た』という可能性を切ることが出来ないのだ。気を付けてはいるが、ばれてしまい背後からついてきた可能性もある。これが主人公や、シナリオに関係するキャラ、両親やフアナだった場合。“射出”などできるわけがない。
もしも彼らを殺してしまったとなると……、あまりその先は考えたくないね。
(血の匂いに引かれた肉食動物、魔物って線もある。……幸い後ろには盗賊が使ってた開けた場所もあるし、そっちで迎え撃つ方が賢明か。とりあえず、声をかけて“彼ら”の可能性を潰すべき。)
そう思いながら後退し、未だこちらを伺う謎の存在に声を掛けようとした瞬間、気配が動く。
(ッ! 敵ッ!)
私目掛けて飛び込んできたものは、鋭い牙を携えた狼。
彼が潜んでいたであろう場所に生えていた草木は倒れ、私の首元を目掛けて宙を舞っている。サイズは大型犬をさらに二回り大きくしたレベル。こんなものに噛みつかれれば確実に私は死ぬ。ソレを何とか知覚し、ゾーンに入ることで全てがスローモーションのように見えているのは奇跡に近い。
まだ、間に合う。まだ、生きられる。
私は、絶対に死にたくない。
(“射出”ッ!)
彼が私の喉元を貫くより、私が空間を起動する方が早かった。
彼の大きく開かれた口に向かって空間が開き、盗賊が持っていた銅剣が射出される。十分に加速したそれは狼の胴体に当たり、その体を弾け飛ばすことによって両断する。
銅の剣はそのままどこかに飛んで行ってしまったが、完全に狼の勢いを殺すことはできなかった。物言わぬ肉片となった灰色の物体が私の体にぶつかり、その重さに耐えきれずそのまま倒れてしまう。
感じるのは、熱。
その口と、破壊された面から赤い液体がごポごぽと気味の悪い音と共に吐き出されており、私の服と肌を真っ赤に染めてしまっている。
「ッ! まだ!」
一瞬の出来事にあっけにとられそうになったが、重い体を無理やり動かし背後の開けた場所へと転がり込む。こいつだけじゃない。まだ、まだ気配がある。オオカミは一匹で狩りをしない、群れで殺しに来る! 常に空間を意識しながら、どこからでも敵を迎撃できるように構える。
そんな時。
「ちッ! 遠吠えかよ!」
聞こえてくるのは狼たちの遠吠え、どう考えても狩りの始まりの合図で、仲間を呼ぶもの。
森に狼が出るってのは知識として知っていたけれど、これまで出会ったことはなかった。それにゲーム内で敵キャラとして出てくるのは“人か魔物”のみ。野生動物に分類されるであろう狼の、正確なステータスは解らない。けれど確実にこっちの柔肌を貫いてくる相手、死を体現する相手。それが複数。
(攻撃を当てれば殺せる、けれど一発でも喰らえば終わり。どっちも条件は一緒ってことか。……気張れ、私!)
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