59:おひさでーす!
「ブ!」
「んぁ? あぁ、もうか。悪い悪いタイタン。寝ちゃってた。」
「ブブブ!」
俺の上で寝るなって? にゃはは、でもお前私のこと普通に寝かしてくれたじゃん。ほんとに自分の上で寝られるのが嫌だったら寝た瞬間に起こすよねぇ? けどわざわざ目的地に着きそうってタイミングで起こしてくれるってことは……、お前ツンデレさんか? ツンデレさんだな! あはー! きゃわたんだねぇ!
「ブ。」
「叩き落すって? それはご勘弁。にしても……、やっぱすごい人だよねぇ。」
そう言いながら、王国軍の陣地を遠目で眺める。数えきれないほどの兵士たちに、天幕たち。そして各貴族の旗や王国の旗がずらりと並んでいる。これだけの人を見たのはこっちの世界じゃ初めてかもしれない、ってほどの軍勢だ。軽く万は超えてるだろうね。
そしてそんな軍勢に向かって、私たちのように参加しようとする傭兵団もチラチラ。まだ本格的に戦が始まるまで時間はあるだろうけど……、こりゃまだまだ軍勢が大きくなるんだろうなぁ。そこからどれだけの人数が生き残れるかは知らないけどさ。
(ま、生き残る側に“私たち”がいればそれでいいさ。準備もそれ相応にしてきたからね~。)
戦場である国境線へと移動する旨を傭兵団の子たちに伝えた日から出発の日まで、私は町中走り回って物資を集めまくった。
なにせアユティナ様印の“空間”は限界無しの超便利商品。重量の問題とかもないから、お財布の許す限り買い込むってのが基本だ。それに私の基本兵装と呼べる“射出”は発射するものがなきゃ撃てないから、大量に仕入れておかなきゃならない。食べ物とかその他の物資もそうだけど、事前準備を怠ったせいで死ぬとかアホの極みだもんね~。
確かに戦争前ってことで、どの物資も品薄で高騰してたけど……。お財布の許す限り、買えるだけ買い込んじゃいました。もちろんそれだけじゃ足りないので、アユティナ様にお願いして『空間にあるものだったら、奉納点消費して複製してあげるよ。あ、でも消耗品だけね?』とのお言葉を頂き増殖に注ぐ増殖。
おかげさまで“空間”はもうパンパン、“射出”の弾も一日中連打しても余るって程にストックすることが出来た。まぁ“空間”には限界がないから比喩になっちゃうんだけど、たらふく物資を詰め込むことが出来たのは確かだ。途中で何か足りなくなって困る、ってことは起きないだろう。
(それに、伯爵相手に使った『一秒城』も移動時間の合間に改良済みだ。セルザっちの伝手で迷宮都市で城壁の建築法に関する書物を手に入れたからそれを参考に組み直して、高さ上げて、搭載する兵器の数増やして……。って感じ。まぁそのせいで寝不足になっちゃって、タイタンの上で寝てたんだけど。)
とにかく、私が思いつく限りの事前準備を済ませることが出来た。オリアナさんから『遠慮しなくていい』って言われたから、私でもちょっと引くような“策”を色々用意している。空間に詰め込んでいるからアユティナ様にはもうバレてるんだけど、我が神もちょっと引かれた激烈なやつだ。
他の奴に見られたらちょっと悪評が広まりそうだからあんまり使いたくはないんだけど……。必要となれば存分にお披露目することにしよう。一応大軍相手にも使えるから、全員の口を動かないようにすればいいわけだし。
そんなことを考えていると、私が起きたことに気が付いたオリアナさんが、こちらに声をかけてくれる。
「起きたか、眠そうにしてたからその聞かん坊に寝かせてやれって言ってたんだが……。いい夢見れたか?」
「んにゃ、熟睡してたから特に。あとオリアナさんが言ってくれてたのね。さんくす。」
タイタンがツンデレに目覚めてくれたのかと思ってたけど……、自分が絶対に勝てない強者ことオリアナさんに命令されてたから渋々従ってただけなのね。でもでも、そういうところも好きよタイタン。けどお前はワガママなところがいいものねぇ? オリアナさんにも反抗して拳骨喰らっちゃえ♡ え、気持ち悪いから変な声出すな? ん~! ご主人様に対してなんて口の利き方! 今日のご飯抜き!
「ブブブブブ!!!」
「はいはい、冗談だからそんなに騒ぐなって。んで、うるさい聞かん坊は置いておくとして……、オリアナさんや。着いたらどうするの?」
「あー。傭兵としてあそこに参加するのは初めてだからな、正直勝手が解らん。一応ナディの所に連絡しているから、王国軍じゃなくて子爵家に雇われた傭兵って扱いらしいが……。」
そういうオリアナさん。最初彼女は『雇い主は普通に王国軍でいいだろ』と思っていたそうなのだが、手紙越しにナディさんがそれにストップをかけ、雇い主は王国軍ではなくナディさんたち子爵家になっている。何でも今回の王国軍の総司令官がとんでもないおバカさんだそうで、十中八九面倒なことにしかならないとのこと。
確かに傭兵の使い方なんて捨て駒、ろくな使い方などないことが基本なのだが……。私たちは他の傭兵と格が違う。自分で言うのもなんだけどね? 圧倒的強者のオリアナさんに、一般兵のみであれば万単位で押しつぶすことが出来る私がいるのだ。使い潰すのではなく、“使いこなす”のが正しい用兵と言えるだろう。
(けど、今年の総大将さんはそんな器用なことが出来るタイプじゃないみたいで……。)
戦場じゃ何の役にも立たない爵位とかを振り回して自軍を混乱させる可能性が高く、負けたとしてもその責任を傭兵に押し付ける可能性が高い。となればある程度の裁量権があるナディさんが囲い込んで使った方がよほどいい、という結論になったそうだ。というか相手の上位陣が勢ぞろいしてるのに、それに対抗できるオリアナさんを無駄遣いするとか頭おかし過ぎるだろ、ということだ。
「よっぽど厄介な奴なのか、手紙の半分くらいが愚痴だったからな。昔だったら、そういう奴は下の私らで上手いこと祭り上げて前線送りからの名誉の戦死を遂げてもらってたんだが……。難しいんだろうな。」
「……凄いことしてる。」
「よくあることだぞ? 無能な指揮官は敵だからな。それで怠惰な奴なら勝手に動けばいい話なんだが、無能で働き者だと消えて頂くしかねぇ。お前も人を率いるつもりなら、そうならないように気を付けとけ。」
「はーい。」
頭のメモに記入しながら、そう答えておく。前世でも似たようなことを聞いた記憶があるが、こちらも似たようなものなのだろう。自分がポイされないように頑張らなきゃ。
にしても……、そういう自浄作用()が働いてないってことは、よほど面倒なことになってるみたいだね。王国自体あのクソ五大臣どものせいで腐り始めてる、ってことは知っていたけど、軍部までその手が伸びてるとは。目の前の帝国と戦わないといけないのに、背後の味方にも気を付けないといけないとは。厄介だなぁ。
そんなことを考えていると、ようやく王国陣地の前に到着。
流石に勝手に入ったら怒られそうなので、近くに立っていた兵士さんに声をかけてみたのだが……。
「すんませーん。兵士さん? 私ら傭兵なんですけどー!」
「ん? あぁ、そういうのはあの天幕でやってくれ。確か手続きできたはずだから。」
「……え、入っていいの?」
「おー、いいぞ。」
な、なんかめっちゃ緩い……!
いや緩いというか、クソやる気ないぞこの兵士さん……! 多分陣地の門番役みたいな人に声かけたんだけど、帰って来たのは非常に気だるげなお返事のみ。しかも内容もくっそ適当だ。いや門前払いされるよりは何倍もいいんだけど……。
というか、近づいてみたら解ったけど、全体的に士気崩壊してないこれ?
「じゃ、じゃあとりあえずお邪魔しますね……。お前らそのまま付いて来てー!」
傭兵団のみんな、部下の子たちにそう指示しながら陣地内部に入っていく。え、ボディチェックとかそういうのも一切なし? 王国軍所属とか、どこかの貴族の配下ならまだしも、フリーの傭兵を素通り? いや私ら子爵家の雇われだから貴族の配下みたいなもんだけど、私『傭兵』としか名乗ってないよ!? え、これほんとに大丈夫なの!?
そう考えながらオリアナさんの顔を見ると……、むっちゃ苦虫噛み潰したような顔してるー! ダメな奴だこれー!
「間者入り放題じゃねぇか……。」
「だ、だよね……。」
「こりゃ隣にいる味方もまともに信じられねぇ口か? ったく、このままナディとこに行くぞ。難癖付けられると面倒だ、旗探して回るしかねぇ。」
「りょです。」
◇◆◇◆◇
そんなわけでお空というか旗を探すために見上げながら陣地内を歩き回って十数分。子爵家が詰めてる当たりにようやく到着したんだけど……。
「士気! 士気ある! よ、良かった……。あ、騎士団の姉ちゃんじゃん! やっほー! ティアラちゃんに叩かれた尻もう治った?」
「ん? うわティアラじゃんやほー! もうこっち来たの? 最近の子の成長は早いねぇ。今いくつ?」
「ななつ!」
「…………オリアナ先生?」
天馬騎士団の顔見知りに出会い、わちゃわちゃと話す私たち。ナディさんが武人然としてるから固い人が多いんだけど、この人は比較的緩いので話しやすいのだ。まぁ戦闘に成ったらお顔がきりりとしてギャップが凄いんだけど。そんな女騎士さんは、私がまだ7歳ということを聞き、オリアナさんに向けて『なんでちっちゃい子連れてきてるんですか』という顔を向ける。
「そいつ、もうお前より“階位”上だぞ。」
「なっ!? い、いやいや。ご冗談を……。う、うそだよね?」
「転職して『天馬騎士』になりました~♡」
酷くショックを受けてる姉ちゃんに向かって、ポーズを決めながらそういう私。まぁ普通『天馬騎士』とかの上級職って死ぬまで成れない人もいるからねぇ。ステータスは実態に合ってないけど、職業だけなら自慢できるんです。すごいでしょ~!
「わ、私だってまだ『空騎兵』なのに。い、いつの間に抜かされた……。」
「あ、小隊長死んでる」「ティアラじゃん」「久しぶりね」「先生もご無沙汰してます」
「……え、今天馬騎士って言った?」「もしかしてティアラが?」
「天才じゃん」「才能お化け」「エレナお嬢様キレそう」「あと後ろのモヒカンたち何?」
姉ちゃんが膝から崩れ落ちていると、なんだなんだと集まってくる騎士団の姉ちゃんたち。全員が顔見知りで、子爵領で世話になった人たちだ。今死んじゃってる姉ちゃん同様に、みんなオリアナさんに揉まれた経験のある人たちだね~。マジでおひさー! あ、あとそのモヒカンズは私の部下。捕まえて来た。
「捕まえた?」「傭兵団ってことじゃない?」「よくやっている」
「その後ろの二人も傭兵?」「あぁ副官……、副官!?」
「普通の子じゃないと思ってたが……」「すごいな」「でもこのクソデカペガサスはいつも通りで安心」
わ、わ。みんな一気に喋らないで! あとタイタン! お前姉ちゃんの頭齧るな! 血出てるぞ!
そんな感じでみんなでわちゃわちゃしていると、奥から何かしらの物音が。そちらの方を見てみれば並んだ天幕の中で一番豪華な場所から出てくる、青髪の女性。
名をナディーン。原作キャラであるエレナの母親であり、オリアナさんと姉妹の契り? みたいなのを結んでいる人だ。義理の妹みたいな感じだね。
「何事……、姉上! よく参られた!」
そう言うとオリアナさんに飛びつき。ぎゅっとハグをする彼女。……なんか力を込めすぎているのか変な音が鳴ったような気がするが、オリアナさんは平然としている。あ、アレだね。超人同士じゃ人を絞め殺す様なハグもスキンシップなんだね。こわい。
「まぁ“妹”に呼ばれたからな。上のクソどもがどうなろうと知ったことじゃねぇが、お前や国が脅かされるってんなら話は別だ。上手く使え。」
「もちろんです! ……ティアラも、よく来たな。それと上級職おめでとう。」
「どもです。あとハグは大丈夫なんで……!」
片膝を地面に置き両手を広げてくれるナディママだが、流石にさっき人の体をギシギシ言わせてたお方のハグを受けたくはない。丁寧にお断りをしておく。何でもない再開のハグで再起不能にさせられるのはご勘弁なの……!
「そうか? して後ろにいるのが……、手紙で聞いていた旗下の方々か。へスぺリベスを治める子爵ゲリュオンの妻、ナディーンだ。この天馬騎士団の団長も兼ねている。一応貴殿らの雇い主ということになるが……、軽い者もいるが我が配下たちに俗物はおらん。仲良くしてやってくれ。」
キリッとした顔でそういうナディママ。オリアナさんの前じゃ仲のいい友人の前でするような快活な顔、私の前じゃ母親の様な優しい顔、そして普段は武人然として顔をしていらっしゃる。……この騎士団ギャップが凄い人ばっかりだな。もう天馬じゃなくてギャップ騎士団にしたら?
(それにしても……、誰もいなくなってない。)
ひそかに、胸を撫で下ろす。ナディさんからの手紙で聞いてはいたけれど、私がこの人たちと会って以降。未だ誰一人この騎士団には欠員が出ていない。ゲームじゃ主要キャラはそうそう死なないのだが……、この人たちはいわゆるモブと呼ばれるような人たちだ。ちゃんと名前も個々人の性格もあるのに、ゲームじゃ一括りにされて死んでいく。
言ってしまえばただの舞台装置だ。
これは私が雇った傭兵ちゃんたちも同じで、その命はこの世界に於いて“失ってもいい”側に分類されている。早い話、主人公のその周りのキーになるキャラさえ生き残っていればあのクソ女神どもは殺すことが出来るのだ。
(まぁ私も原作じゃ“いなくてもいい”側だけどさ。)
成長率クソ雑魚だからね。だからこそ、ってわけじゃないんだけど……。やっぱり仲良くなった人には、生き残ってほしい。顔を合わせたこともない数えきれない程の人が生き残るよりも、友人になった数人が生き残る方がいい。私はそんな人間だ。
……この人たちは『私やエレナに触発されて自分たちももっと頑張ろう』となり、成長し、これまで生き残れたと考えているみたいだけど。実際どうなんだろうね。まぁ私がきっかけに成れているのなら嬉しいんだけど。
(とにかく、戦場に来たからには、覚悟を決めよう。この場にいる人たちを生かすために、私は万を殺す。手段など択ばず、ただ効率的に処理しよう。)
まぁこれまで、盗賊とか数えきれない程殺してきたんだ。それの桁がちょっと一つ増えるだけだ。桁の一つや二つ、なんてことはない。あっちにも生活が懸かってたり、家族がいたりするのかもだけど……。ま、運がなかったってことで。
「……ティアラ?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた。んで何ですナディさん。」
「今から戦況の共有などを行う。故に私の天幕まで移動しようという話になったのだが……、お前も来るよな?」
「あ、はーい! いくいく!」
さ! ティアラちゃんが地獄を作っちゃうぞ!
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