58:指導



「あ、あの。オリアナ様、ティアラ様……。」


「ソーレか、今からこのガキとヤる。」


「悪いけど立会人お願いね? ルーナちゃんも!」



場所を移し、迷宮都市の外へ。そろそろ日が沈もうとする夕日の中、お互いの得物を手に取る。周囲にいるのは私たち二人と、何事かと飛んできてくれた姉妹ちゃん二人。ま、観客としてはちょうどいいんじゃないの? 師と弟子しか居ない空間。周りを気にしなくていい、ってのはとってもありがたい。



「普段なら木製だが……、今日はナシだ。それで? お前は相棒連れてこなくていいのか?」


「要らないでしょ、野暮だよ。」



【アダマントの槍】を軽く振るい、構えるオリアナさん。それに合わせるよう自身も【オリンディクス】を振るい、構える。今タイタンに声をかけたとしても、『は? 今日の俺の仕事は終わったんだが? 飯食わせろ』って拒否られてしまうだろう。ま、拒否されなかったとしても、連れてくるつもりはなかったけどさ。



「そーかい。……手加減はしないからな。」


「じゃあ私も“制限なし”で。」



そう言葉を交わした瞬間、視線を姉妹たちの方に向けるオリアナさん。


これはただの模擬戦じゃない。私が目の前のこの人を納得させられるか、させられないか。そういう類の勝負だ。言ってしまえば勝ち負けどちらでもいい勝負と言えるだろうけれど……。そんな考えを持っている時点で、私はこの人を頷かせることはできないだろう。


戦場は死と隣り合わせ、そして誰もが一つしか命を持っていない。


セーブも、ロードもない。一度きりの人生。“負け”は“死”。私がこれから踏み入れようとする場所は、そういうところだ。数えきれないほどの屍を積み重ねなければならず、許されているのは“勝利”のみ。それもただの“勝利”ではなく、“圧倒的な勝利”だ。それぐらいできなくちゃ数に押されて最終的に死んでしまう。



(つまり、ここで負けることなんか考えてる時点で終わり。私が思い浮かべるのは、誰にも壊されない圧倒的な勝利と、それを支え証明する“覚悟”のみ。)



「あぁ、なんて言うんだろうね、この感覚。」



肌どころかこの体の臓一つ一つで感じられる、目の前の師から発せられる覇気。


普段の模擬戦とは違う圧を、彼女から感じる。私の感覚が合っているのならば、これは殺気というものなのだろう。少しでも気を抜けば目の前の“槍鬼”に殺されてしまうと錯覚するような気。久しぶりに感じる、命をベットする感覚。あぁ、やっぱり私は……。


こういう時にこそ、生を実感している。





「は、はじめッ!」





ソーレの合図とともに、視界から師の姿が消える。けれど私が次にする行動も、決まっている。


ノータイムで“空間”とこの世界を繋ぎ、取り出すのは防御用として用意した鉄の塊。私が先ほどまでいた場所に厚さ2mを超える巨大な防壁を設置し、私は後方へと下がる。



「甘い」



だが、この人にはそんなもの通用しない。瞬きの間にその鉄塊を両断し、さらに奥へ。私が後退した地点に到達し、その槍が振るわれる。受けなければ殺される、ほんの少しだけ確保できた猶予を存分に使い、地面を踏みしめこちらも【オリンディクス】を振るう。


激突する、槍と槍。武器の性能は圧倒的にこちらの方が上だが、それを扱う人間の差は、なに一つとってもこの人には勝てない。


一度交わり、拮抗し、弾かれる私の槍。だが、それでいい。


私の師が、祖母が、こんなのに負けないぐらい強いというのは、百も承知だ。



「“射出”」



弾かれ、こちらの体勢が崩れそうになる直後。


私の体を縫うように、そして彼女の周囲を囲むように“空間”を繋げ、石材を投射していく。私が“疑似メテオ”と名付けたそれは隕石のように赤熱し、触れたもの溶かし、壊していく存在。常人であれば耐えることなど出来るはずもなく、ただ死を待つのみ。


けれど“鬼”には、そんなもの効かない。



「いつまでそんな子供騙しをするつもりだ?」



吐き出された隕石たちが、彼女に触れる前に消し飛ばされていく。切断ではない、彼女の膂力が強すぎるあまり、振るわれた槍が接触した瞬間、砕き潰されてしまっているのだ。


けれど師の意識が一瞬、そちらに移ったことは確か。


自身の足裏に“空間”を繋げ、“射出”するのは一枚の銅板。横に落下し続ける足場を利用すれば、今の私に出せない速度を発揮することが出来る。そして足場があるということは、空中でも踏ん張ることが出来る。体内の魔力を、ここまで私の戦いに付き合ってくれてきた相棒。【オリンディクス】に乗せ、選ぶのは自身の最大火力。



「『開闢の一撃』」


「まだ粗……、なるほど、乗ろうか。」



自身の全力を打ち込もうとした瞬間、師の視線と手の動きが、変わる。


このままでは防御されるどころか、受け流されてそのまま後方へ。がら空きの背中を真っ二つにされてしまう。そう判断した私は、手を緩め師の槍と打ち合う。流されることが解っているのなら、その方向をこちらで操作してしまえばいい。槍と槍の接地面を支点とし、ふわりとこの身を空中に浮かせる。


本来ならば単独で空を飛ぶ術を持たない人間にとって、この身を空へと投げ出すということは自殺行為に他ならない。方向転換もできず、踏ん張ることもできない。重力を利用した攻撃をするならばまだいいわけが出来るかもしれないが、そんなもの目の前の人に通用するわけがない。



(けれど、私にとって視界全て。認識できるすべてが“足場”だ。)



“空間”の出入り口は私の足場に、そこに詰め込んだ資材は私の矛になり、盾にもなる。何と言ったって『空騎士』だ、お空での戦いは十八番。私の“申し出”を受け止めてくれた師のためにも、全力を越えていこう。



「そう来なくっちゃッ!」



始まる、乱打戦。


上から叩きつけるように、攻撃を叩き込んでいく。目の前の師から教わった技術、子爵領で二人目の師であるナディーンから教わった技術、それを共に学んだエレナや、模擬戦を通じて見本を見せてくれた騎士団の姉さんたちと磨き鍛えて、今の私がある。


それを全て、いやその先に手を掛けられるように。打ち込んでいく。



上からの体重を乗せた叩きつけ。


軽く穂先で跳ね返される。


跳ね返された勢いを利用し回転しながら石突での打撃。


穂の面で受け止められ、投げ飛ばされる。


槍から一時手を離し、相棒を“空間”の中へ。“射出”を使用し再度構え直す時間を稼ぐ。



持てる手、考えられる手、全部吐き出して、この人にぶつける。


けれど、そのすべてが流され、弾かれ、無効化される。こっちはもう息が上がり始めたって言うのに、この人はずっと自然体のまま、そもそものスペック差が違い過ぎるってことを、実感させられてしまう。このまま押し込んでも、どこかで決壊し反撃を喰らってしまう。未だ私は紙装甲で、師匠みたいな上位勢から一発もらえばそれで終わりだ。故に息を整えるために、“空間”をもう一度開こうとする。



「もっと“幅”を持たせろ。ブラフが少ない。」


「ッ!!!」



が、意識を“空間”に向けた瞬間。私の脳天に向かって槍が叩き込まれる。即座に【オリンディクス】の柄で受けるが、膂力ではあちらの方が上。そのまま地面に叩きつけられてしまう。


そしてそんな隙を見逃してくれるほど、私の師は甘くない。



飛んでくる攻撃たちを、何とかさばいていく。



(一撃一撃が重くて笑えて来るッ!)



通常攻撃が、私にとって即死級。たぶん『開闢』よりも威力が上。ほんと圧倒的過ぎて笑えて来る。けれどいずれ私はこの人を越えないといけない。だったら全部防がなきゃね! あははッ!


ギアの限界を無理矢理引き上げ、叩き込まれていく槍を全力で流していく。単純に受け止めれば槍事押し負けて死ぬ。だったら流すしかない。無論この人に技術で勝てるはずもなく、何度か【オリンディクス】を吹き飛ばされてしまうが、私の槍はあの子一本じゃない。


神から賜った【鋼の槍】を取り出し、持ち直し、それで防御。この間に【オリンディクス】を回収し、次に備える。これの繰り返しだ。



(ッ! そこ、隙……。じゃないよねそりゃ!)


「正解だ。」



延々と続く攻撃の中に見えた一筋の光、そこに一瞬飛びつこうとしてしまうが、即座に行動をやめる。その直後に飛んでくるオリアナさんの全力攻撃。何とか【オリンディクス】で受け止めるが、防げるわけがない。少しでも威力を軽減するために地面から足を離し、あえて飛ばされる。


地面に相棒を突き刺し、何とか勢いを殺し、もう一度構え直しながら言葉を交わす。



「相変わらず力強すぎるでしょ、何食べたらそんなのなるのさ。」


「お前と同じもんだ。それに、私はもう衰えがかなり来てる。戦場じゃ私らが殺し切れなかった奴や、殺し損ねた奴がうじゃうじゃいて、私より強くなってる奴もいるだろうさ。」


「いいじゃん燃えて来た!」


「……はぁ、そういえばお前はそういうタチだったな。」



槍を肩に担ぎながら、ため息をつき呆れるオリアナさん。明らかに私の息が整うまで、待ってくれている。戦場ならここで一回死んでる。一敗ってところか。たぶん私がそれを理解しているからこそ、この人は何も言ってこないのだろう。ありがたいけど……、悔しくないわけがないんだよね。


実力差はもちろん頭で理解してる。でも感情は別だ。



「んで、まだやるのか?」


「あったりまえ!」



そう叫びながら、両手で片手で地面を叩く。


本来必要のない動作、けれど何度も繰り返しキーとしてしまえば、意味のある動作に代わる。



「……へぇ。」



師を包み込むのは、私の限界を軽く超えた“空間”たち。そこにセットされているのは私が溜め込んだもの。盗賊から奪ったり、店で買ったりしてコツコツと貯めて来た、百を超える多様な武器たち。そのすべては加速済みであり、切っ先は全て彼女へ。


この身はすでに【山の主の衣】に代わっており、魂から解き放たれた狼たちが私を囲う。



「相変わらず、無茶をする。」


「無茶しなきゃ限界超えられないでしょうが!」



空間の同時起動は、現在16が限界。幼過ぎる脳がその処理に追いつかないのだ。けれど人の脳は常にその性能を制限している。無理矢理それを破壊すれば、何とかなるってもんだ。痛みはあるが、常に空間から『傷薬』を吐き出し続けることで、常時回復状態を作り出している。


つまり私が痛みを我慢すれば、何の問題もない。



「これで終いだ、来い。」


「あはッ! 言われずともッ!」



腹の奥底から湧き上がる感情をそのまま放出させ、自分のものとは思えないほどの笑い声を上げながら、突貫する。射出のタイミングは、同じ。ウルフたちを先行させ、その身をもって時間を稼がせ、私が全力を叩き込む。


この体に残ったすべての魔力を、【オリンディクス】に。


全方位から吐き出された武器たちを槍で払い、襲い掛かる狼たちを素手で破裂させ、すべてを破壊した後に、こちらに向き直る彼女。両足を地面で抉り、繰り出されるのは、彼女の必殺。




「『開闢の一撃』ぃぃぃいいいいい!!!!!」


「シッ!」




交差する、私と彼女の槍。


それまでこの手にあったはずの感触はすでになく、耳に残るのは甲高い金属音のみ。そして遅れて聞こえてくるのは私の槍が飛ばされ、地面に突き刺さる音。ギアを無理矢理上げたのがダメだったのだろう、それがキーとなり膝から崩れ落ちてしまう。



「あ、あはは……。やっぱ強すぎない?」



今のオリアナさんの攻撃。スキルもないも使ってない。ただの気合を入れた一撃。それに、ぜんぶ使った私が弾かれて負けた。腕は震えすぎて握れるか解んないレベルだし、足もがたがた。息もまともに出来てるかどうかわからない。思考はまだ回ってくれてるけど、体が動かなきゃ意味がない。


……完全に、私の負けか。



「終わり、だな。」



ゆっくりと歩きながら、自分の槍を肩に担ぎながら私の顔を覗き込むオリアナさん。最後の抵抗としてちょっと“空間”を開き残っていた銅の棒を弾き出してみるが、石突で粉砕され破片が飛び散る。



「戦意があるようで何より。……おい、ソーレ。」


「あ、は、はいッ! ティアラ様戦闘不能により、オリアナ様の勝利、です!」


「だってよ、ティアラ。」



あはは、負けちゃった、か。審判が勝敗を宣言するまではまだ勝負は続いてるってことで足掻いてみたけど、それすらも羽虫を散らすように弾かれちゃったし、負けの申告も頂いちゃった。……だめ、だったか。


薄っすらとは理解できてたけど、この人のことを知り過ぎているからこそ、勝てるイメージが浮かばなかった。


策を組み立てることはできる。だって何をしても突破できない壁だ。最初から対処される想定で、これまでの物を積み上げればいい。けれど積み上げるモノがなくなれば、終わり。そもそも勝てるイメージが浮かんでない相手に、どう勝つって言うんだ。神頼みはできるけど、それじゃ私の力の証明にはならないし……。


……あ~、普通に悔し。



「立てるか?」


「無理。」


「はぁ……。お前は後のこと考えなさすぎんだよ。出来る頭があるんだから、もうちょっと考えろ。何度目だ、これ?」


「64?」


「数えるなバカ。」



軽い拳骨を貰いながら、そのまま担がれる私。


さっきこの人は自分のことを『衰えが来てる』なんて言ってたけど、全く息を乱していない。担がれたからこそわかる彼女の心拍音も、乱れがない上に速度も通常だ。なんというか、生物としての格の違いを感じるような気すらしてしまう。



「……そ、それで、さ。私って合格? 不合格?」


「負けた奴に合格出すと思うか?」


「あ、あはは……。だよね。」


「あぁ、だから補習だ。場所移して付きっ切りで見てやるよ。」


「……それって。」



思わずオリアナさんの顔を見ると、ほんの少しだけ頬を緩めた彼女の顔が、私を見つめている。



「お前のことだ、どうせ止めても勝手についてくるんだろ? ……最後まで足掻こうとした。それを今後永遠に続けるって約束するなら連れて行ってやる。最初から負けた後のことを考える奴、途中であきらめた奴から消えていくんだ。お前はそう、なるなよ?」


「……うん、約束する。」


「それでいい。……まぁ私が傍についてやるんだ。あれだけ足掻ける、時間を稼げるのなら私が間に合う。それにお前の有用性を示せば他の“上澄み”共もお前を守ろうとしてくれる。……何したって良い。お前は生き残る事だけを考えろ。」



オリアナさん……!


……ねぇソーレちゃんにルーナちゃん。見てよ私のお婆ちゃん。今ちょっとデレてて可愛い。え、どしたのそんな世界が終わったような顔して。真っ白じゃん。ん? お婆ちゃんの顔見ろ? えー、まぁ確かに何度見てもかわいい……。わぁ、キレてる。


飛んでくるのは、結構本気のげんこつ。


ごちん。


いちゃい。



「ったく。お前はふざけないと死ぬのか? ……まぁいい、ソーレにルーナ。他の奴らにも伝えとけ、国境線に拠点を移すとな。私とコイツ以外は練度が足りねぇ、だから基本後方に配置されるだろうが……。覚悟だけはしとけよ。」


「「は、はいッ!」」


「ティアラ、お前もだ。あっちに行けば基本物資不足、必要なものは全部ここで揃えるか“お願い”して集めとけ。今日消費した分の補充も忘れるな。それと“やったもん勝ち”だから、変な遠慮はするなよ。」


「ほんと!? やった!」



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