原作開始前:大戦編
57:師と祖母と
「タイタ~ン、悪かったからさぁ。そろそろ動いてよぉ!」
「ブ!」
「ほ、ほら? 氷上げるからな? 機嫌直してな?」
「ブブブ!!!」
あ~、こりゃ完全にキレてる奴じゃん。
あ、ども。ティアラちゃんだお。みんな元気してた? ティアラちゃんは最近サウナというか、クソ暑い場所にずっといるせいかお肌がカサカサになっちゃってる感じ。……というかこの辺りの気温明らかに三桁行ってそうなんだけど、なんで私耐えれてるんだろうね? 異世界の人間ってふっしぎ~。
季節は伯爵の襲撃を受けてから二つ移り変わって秋。原作開始まで残る8年の秋という感じ。ま、その間私たちも順調に成長を重ねている、ってところだ。私が築いちゃった『一秒城』の改修とか、セルザっちと一緒に色々防諜活動をした後はずっと傭兵団のみんなとレベリングって感じだね。
まぁ毎日同じこと繰り返しているようなものだから、飽きが来るかと思ってたんだけど……。案外そんなことは起きなかった、人が増えて話す相手が増えたってのもあるだろうけどね? なんか伯爵と戦った次の日から滅茶苦茶自己鍛錬の時間増やしたオリアナさんとか、気合入れ過ぎて心配になっちゃうほどのシスターズ、あと通常営業の楽しそうにやってるモヒカンズ。
(ま、退屈はしなかったよね。倒れる寸前まで鍛錬してたシスターズをベッドに叩き込んだり、オリアナさんと本気バトルとか楽しかった。モヒカンズとのバカ話も面白いしねぇ。)
そんな楽しい日々を過ごしながら、私も私で無事上級職に到達し『天馬騎士』となった。
けれどまだここは通過点で、次の世界。上級職を越えた最上級職に転職するには、『天馬騎士』の最大レベル、Lv30まで上げなきゃいけない。憧れの『ルフトクロン』への道のりはまだまだ先。
(ということでダンジョンを攻略しながらレベリングの真っ最中、なんだけど……。)
現在私は、これまで攻略していた“水晶の世界”こと31~40階層を越えて、“火山の世界”の41~50階層に到達している。ちょうど今いる50階層もそんな“火山の世界”だね。熱気が凄くて視界一杯に広がるのは赤熱した岩か溶岩だけ。“空間”にお水を大量に入れておかなきゃすぐに干からびちゃいそうな場所だ。
一応ここのボスである『ビックヨウガンマン』こと、10m越えの人型溶岩生命体も何回か撃破していてはいるんだけど、その先には進んでないって感じかな? あ、名前の通りこのボスはガンマンで溶岩の弾を乱射して来るハッピートリガーなの。当たると爆発して凄い痛い(一回喰らって死にかけた)から注意が必要だよ!
ま! 溶岩っていう火属性の魔物だから“空間”からの洪水アタックが滅茶苦茶効く、倒しやすい相手ではあるんだけど……。
(この“火山の世界”自体が熱すぎてタイタンの機嫌がすぐ悪化。こうやって駄々こねちゃうのが玉に瑕なんだよなぁ。ティアラちゃんだって“暑い”じゃなくて“熱い”の我慢してるんだぞ!)
「ほら、“空間”に入れてたなけなしの氷やるからな?」
「ブ!」
「もうお家帰るって? まだ全然周回してないじゃんかぁ。」
まぁ彼の機嫌が悪くなるのも解る。ここクソ暑いい上に、ボス周回結構な苦痛だからなぁ。
今回のボス、溶岩君は倒しやすい相手ではあるのだ。体自体が溶岩なせいで、これまでの“射出”。銅の棒や疑似メテオは一切効かないというかなり厄介な敵ではあるのだが、体が溶岩なのであっちが冷えて固まるまで水をドバドバ注いでやれば勝手に死んでくれる。時間がかかるけれど倒せない相手ではない。
それにあっちから攻撃も、ミスらない限り無効化できてしまうのだ。
奴の指先から発射される溶岩弾、どうやら無機物の判定のようで……。普通に“空間”に収納できるんだよね。絶対に再利用できる攻撃だからってことで奴が発射した瞬間から全部取り込んでる。なので相手をじわじわとなぶり殺しにしながら“空間”に新しい弾丸を供給してくれるっていう超ティアラちゃんに優しいボスなんだけど……。
(とにかく、暑くて、熱いのだ。)
溶岩に水をぶっかけるわけだから、自然とその水は水蒸気となりボス部屋に充満する。もともとの室温がクソ高いこともあり、一瞬にしてボス部屋は高温多湿。サウナ状態になってしまうわけだ。熱いだけならタイタンも耐えれたんだろうけど……。
まぁこの子、こんなきつい環境というか、サウナとか初めてだろうしな。さっきからずっと『暑いから帰るのー!』とブモプモ言っているのだ。騒げているだけまだ元気なんだろうけどねぇ? ま、そんなワガママちゃんが大好きだから別にいいんだけれど……。
「ずっとこの場に立ち止まるのはやめよ? な?」
さっきからずっと立ち止まって私が『帰る』というまで絶対に動かないつもりだ。今乗ったら絶対に叩き落されるほどに機嫌が悪い。こりゃ今日はもう無理だな。
「あ~、じゃあもうティアラちゃんの負け! 今日は帰るよタイタン。」
「プモ。」
「あ? 高級フルーツも付けろ? ……しゃーないなぁ! じゃあいいよそれで! でも帰る時振り落とすなよ?」
「プー!」
急に機嫌がよくなり、『はよ乗って帰れ』という仕草をするタイタン。現金な奴め。……にしてもこんな感じじゃ一向にレベル上がらないなぁ。上級職に成っちゃったせいで経験値の入りが悪くなったのか、レベルの上がり方もかなりゆっくりになっちゃったし……。オリアナさんが『私ぐらいの年で9回(Lv10)だぞ? お前が早すぎるんだよ』って慰めてくれたけど……。
(原作開始までには、というか出来るだけ早く最上級職に成っておきたいんだよなぁ。)
そうなるとレベリングは必至なんだけど、タイタンがこの調子じゃ今後付き合ってくれるか怪しい。オリアナさんは自己鍛錬とシスターズの指導で忙しいし、シスターズはシスターズでレベリングさせなきゃいけない。モヒカンズはまだ雑魚ちゃんだから、付いてこさせたら勝手に死にそうだし……。
(あ、そうだ! アユティナ様! ……を連れて行くのは流石に不敬か。)
【え? 別にいいけど。】
(いいんだ……。いやでも流石に申し訳ないので大丈夫です。)
【そう? まぁ基本ティアラちゃんのこと見てるし、YOUはMEのこと呼べば飛んでくるから、いつでも誘っちゃってOKダヨ!】
……なんか急にアメリカンになりましたね。でもそんなアユティナ様も素敵!
【でしょー。んでティアラちゃん? 最近アップデートしてあげた“加護”の方はどう? 自軍にいて私を信仰している人のステータスが確認できる機能。不具合とか起きてない?】
(あ、はい! 大丈夫です! オリアナさんとかシスターズの見て楽しんだりしてますよ!)
先日アユティナ様から、『仲間増えたし、自分のステだけじゃ不便でしょ』ということでアユティナ様を信仰していなければならないって言う条件はあるのだが、自軍のステータスを覗くことが出来るようになった。まぁ、いい機会だし、ついでに私とオリアナさん。それとシスターズの方一気にドバっと公開しちゃうとしましょうか!
あ、ちょっと長いから読み飛ばしても大丈夫だお!
ティアラ 天馬騎士 Lv1→3
HP (体力)25
MP (魔力)15→17
ATK(攻撃)18
DEF(防御)12
INT(魔攻)18→19
RES(魔防)15→17
AGI(素早)18→19
LUK(幸運) 0
MOV(移動)5(8)
オリアナ(万全) 槍騎士“槍鬼” Lv10
HP (体力)73
MP (魔力)22→21(老化による減少)
ATK(攻撃)38→39(鍛錬による向上)
DEF(防御)36
INT(魔攻)21
RES(魔防)27
AGI(素早)31
LUK(幸運)18
MOV(移動)5
ソーレ 剣兵 Lv2
HP (体力)18
MP (魔力) 4
ATK(攻撃)12
DEF(防御)15
INT(魔攻) 2
RES(魔防) 3
AGI(素早)13
LUK(幸運)11
MOV(移動) 5
ルーナ 剣兵 Lv1
HP (体力)16
MP (魔力) 5
ATK(攻撃)11
DEF(防御)10
INT(魔攻) 4
RES(魔防) 5
AGI(素早)15
LUK(幸運) 9
MOV(移動) 5
「私が相変わらずの後衛職としての成長、オリアナさんがなんか鍛錬で攻撃力増加。シスターズは『剣士』の道を選んで、お姉ちゃんの方はどちらかというとパワータイプ、妹ちゃんの方がスピードタイプって感じだね。……みんなLUKちゃんとあっていいなぁ。」
あ、ちなみにシスターズちゃんたちなんだけど、何をとち狂ったのか、『あのような不埒な者からティアラ様をお守りするためにも! まだ才のある剣兵を選びました! それとご安心ください! 職業による補正は掛かりませんが、絶対にお空へもお供しますので!』『頑張ってペガサスの乗り方も覚えます!』なんて言っていた。
き、気持ちは嬉しいんだけど……。色々と大丈夫? いや確かにエレナとかも最下級職の『貴族』のくせにペガサス乗り回してたからできなくはないんだろうけど……。
(まぁ騎兵でも普通に剣使ってる奴いるし、ペガサス乗りながら剣振り回すのもできなくはないんだけど……。何がそう二人を掻き立てるのかなぁ?)
まぁあの変態クソ伯爵は全ロリの敵だし、義憤にでも駆られてるのかね? まぁ倒れないように頑張ってくれればそれでいいや。
「あと普通に私が同じレベルだった時よりも強くて草。私ステ二桁到達したの結構後だったのに……! これが肉体の差か! このままじゃ二人が上級職になる頃には抜かされてるだろうなぁ。」
ティアラちゃんも頑張らないとねぇ。
……アユティナ様にお願いして暑さ対策の装備とか作ってもらおうかな?
「たっだいまー!」
そんなことを考えながら、いつもお世話になっているペペちゃんの宿に。
厩舎にタイタンを叩き込んで餌箱にフルーツをぽいぽい。その後は玄関先でペペちゃんとお決まりの『ただいまハグ』。あとは女将さんとか、ご主人と軽く言葉を交わして、お土産として買ってきたお肉渡して晩御飯のお願い。その後汗を拭くための水と桶を貰い、部屋に帰って来た感じだ。
戻ってくる途中、同様に引き上げて来たらしいモヒカンズから『オリアナさんならもう宿に戻ったみたいですぜ姉御』って聞いたし、部屋の中にいると思ったんだけど……。およ?
「どったのオババ、浮かない顔して。」
「ババァじゃ……、いやもうババアか。だがその呼び方辞めろ。」
「あいあい! んでオリアナさん、マジでどうしたの?」
そういうと、私に手紙を手渡してくれる彼女。難しい顔をしているのは何度か見たことがあるけれど、今の何か思い詰めたような顔は初めてだ。とりあえずふざけるのをやめ、おとなしく手紙を読む。どうやらナディさんから来た手紙の用だけど……。
「……戦争の話、ね。」
「あぁ。」
そこに書かれていたのは、今年の戦争。農閑期に本格的に始まるであろう戦いについての予想と、オリアナさんに救援を求める内容。ナディさんとしても非常に心苦しいが、今はどんな手を使ってでも強者を集めなければこの王国が終わってしまうという。それほどまで敵は本腰を入れてきており、王国側はそれを受け止める力を失っている。
(……エレナが原作の性格になるイベント。両親を戦で失い、王国帝国共に大打撃を受ける大戦。そっか、このタイミングでくるんだ。)
原作では正確な年数が表記されてなかったせいで知らなかったけれど……、この戦いは両者ともに大打撃を受けることになる。強大な帝国軍を前に、王国軍は劣勢を強いられてしまう。五大臣という国に巣食う害虫たちのせいでまともに連携が取れない王国軍であったが、エレナの母。ナディーンなどがその命を犠牲にすることで、何とか帝国の攻撃を受け止め、痛み分け程度にまで持って行くことが出来る。
帝国も王国を打撃を受けたが、王国は五大臣すべてが生き残ってしまい、彼らを止められそうな人々は全てここで散ってしまう。故に帝国は『このまま王国を放置していれば勝手に自壊する』と判断し、傷をいやすことに専念。今後本腰を入れて攻めることをやめ、力を蓄えることに。その溜め込んだ力を発揮するのは、約8年後の原作開始時。
そんな戦いが、今始まろうとしている。
「……いくの、オリアナさん。」
「…………。」
「悩んでる、って感じか。」
いや、これは悩んでいるというよりも……。
おそらく原作のオリアナさんは、この戦いに参加していなかっただろう。おそらく初めて会った時の酒場で今も酒に溺れる生活をしていたはずだ。そもそもナディさんと出会うきっかけが私だったことを考えると、原作世界じゃ救援のお手紙すら届いていなかったのだろう。
(……原作に繋がる、大きなイベント。)
いわばこの戦い、この大戦は、分岐点だ。このまま放置すればおそらく原作通りにことが進むのだろう。私の持つ知識の有用性が保たれ、今後私は行動がしやすくなる。
それにかなり人間性を疑われる考えだとは思うが……、人が“減れ”ば、それまで誰かが座っていた椅子に“空き”が生まれる。
人が減った分だけ、治安も悪化する。傭兵団を雇う私からすれば仕事が増えるってわけだ。んでそこから名声を高めて空いた席、いわゆる貴族の椅子に座るってことも……、できなくはない。もちろんすぐに貴族になりたいってわけではないけれど、原作開始後に自由に動くためには、そういう権威も必要になってくるだろう。早めに取っておくというのも、悪くないかもしれない。
(でも、そこまでティアラちゃん薄情じゃないんだよね~!)
「りょ! んじゃそうと決まれば戦支度だ! 武器でしょ? 食糧でしょ? 資材でしょ? 『一秒城』も、もうちょっと改良した方がいいだろうし。攻城兵器とかも買い集めて、武器とか装備とかも集めなきゃ。迷宮都市の市場をかき集めて足りない分はアユティナ様にお願いするとして……。」
「おい、ティアラ。」
「どうしたのオリアナさん? ……あ、もしかしておやつ300円まで? そこはせめて500円に。」
深刻そうな顔をした彼女が、こちらに顔を向ける。
「行く、つもりか?」
「もちろん。……友達の母親が死ぬ覚悟してるのに私が行かないとでも? オリアナさんも“妹”。亡くしたくはないんでしょう?」
「あぁ。だが……、お前はまだ子供だ。」
だね。最近ようやく7つになったばかり。ケド精神年齢は……、っと。ちょっと悲しくなるからこの話はやめておこっか。でもオリアナさんも薄々解ってるでしょ? 体は子供だけど精神は大人だって。まぁ確かに体に引っ張られてるのか、思い返すと子供っぽいことたくさんしてるような気もするけど……。あ、精神が成熟してないってのはNGね! ティアラちゃん悲しくて泣いちゃう♡
「っ」
より、真剣な顔をした彼女が、私の肩を掴む。
「ふざけるんじゃねぇ。……お前は、自分が何を言ってるのか解ってるのか?」
「……うん。オリアナさんが心配してくれてることも、戦場じゃいつ死ぬか解らないってことも、理解してるよ。」
この世に生れ落ちてから、ずっと死の危険性と隣り合わせだったんだ。最初は体が弱すぎて死にそうになって、アユティナ様に力を頂いたけど狼に喰われそうになって、変態に襲われたり、変態に襲われたり……。まぁいつも潜ってるダンジョンだって、ミスれば死ぬ。
「あっちはその危険性がどんと上がる。理解してるよ。でもね? 私の“お婆ちゃん”の大事な人で、友人のお母さん。そんな人が死ぬかもしれないって時に、助ける力がある私が後方でずっとぬくぬく過ごしてるってのは……、違うでしょ?」
「……。」
「それに、放っておいたらオリアナさん一人で行っちゃいそうだし。……ずっと私の傍にいてくれるって話じゃなかったの? “置いていく”、つもり?」
彼女の眼の奥底を見つめ、言葉を紡ぐ。
あまり、彼女の傷を抉るようなことはしたくない。けれど、この人は平気でそれを選択してしまうだろう。王国が負ければ帝国の魔の手が全土に広がる。3000年も殺し合いし続けたんだ。そりゃ恨みも貯まってる。王国がこの戦いで原作よりもひどい負け方をすれば、王国民が帝国によって虐殺される運命しか残っていないだろう。
この人は、それを食い止めるために飛び出してしまう人だ。私の危険を、守るべき人の危険を限りなく0にするために。自分の命すらも、かけてしまうだろう。
「ま、わたしゃあのクソ女神どもに喧嘩売るつもりなんだぜ? こんなところで死ぬようなタマじゃないっての! 二人、そしてみんなで丸ッと救っちゃって、大英雄とかどう? 面白そうじゃない?」
実際そこまで目立ち過ぎると色々面倒だから誰か代わりに英雄になってもらう必要があるだろうけど……。ま、その辺は追々考えましょ!
少し口調を崩しながら、彼女を安心させるように言葉を紡ぐ。けれど彼女の口元は強く歪み、目元からも感情が読み取れなくなる。
そして私の両肩に置かれていた腕が離れ、彼女の手は壁に立てかけてあった彼女自身の槍に。
「表に出な、ティアラ。……まだ、心配の方が勝る。だから、納得させてみろ。」
「……OK師匠。初めての黒星、贈ってあげるね。安心させてあげる。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます