70:突き放す者たち


国境線近くの王国陣地にて、ティアラが胸中で悲鳴を挙げる少し前のこと。


天馬騎士団の団長ナディーンの娘にして、次期団長兼次期子爵でもあるエレナは、絶賛家出中だった。彼女が今いるのは、子爵領から遠く離れた迷宮都市。何人かの私兵を連れて、自身の愛馬と共に迷宮へと繰り出していたのである。



「ふんだ! パパもママもわからずや! ティアラだけ戦場に行くなんてずるいのよ!」


「ま、まぁお嬢様? お気持ちは解りますがそろそろ帰られては……。」




少し前、ティアラと会うまでは子爵家の娘として肩肘張った生活を心がけ、口調もそれ相応のものに整えていた彼女だったが……。ティアラと一年過ごし、切磋琢磨。もとい多大な悪影響を受けたせいか、そんな口調は完全に崩壊していた彼女。


比較的原作世界の彼女に近い話し方ではあるが……、少しワガママ度が上昇しているのかもしれない。


もちろん目上の存在の前や、令嬢として動かなければならない時は以前の口調に戻るようだったが……。迷宮の中に、令嬢として振舞うべき存在は誰もいない。いるのは槍を突き立てる相手と、周囲の警戒をしてくれる気の許せる私兵だけであった。



「うるさいネル! どうせ私の様子パパに報告してるんでしょ! だったらいいの!」


「ふぇ!? お嬢様なんでそれを!?」


「あれだけこそこそしてたら誰でも解るわ、それに普通に内容あのギルド長にバレてたわよ。もうちょっと輸送のルート考えたら?」


「し、子爵領ならまだしもあの人のお膝元でそうするには資金がたりませんって。軽くしか見てませんがギルド長の耳や眼がいたるところにありますし、かなりの女傑ですよギルド長は……。」



そんな従者の言葉に、フーンとつまらなそうに返答する彼女。母の武を貴ぶ性質を受け継いでる彼女にとってはあまり諜報など裏方の仕事には興味がないようで、ネルがそう言うのならそうなのだろう、と考えているようだ。自分の興味が薄く得意ではないことは、その分野で活躍できる部下に任せる。



(それが、パパから教わった私たち子爵領のやり方。……多分ネルに全部任せていいのよね? ならもう“こっち”にだけ集中しよっと。)



実はエレナ、今年自身の母親であるナディーンが出陣する際に自分も付いて行こうとしたのだが、年齢と実力。そして子爵家唯一の子供であることを理由に母親から同行を却下されてしまった。それでも駄々をこねて無理矢理付いて行こうとしたのだが……。


『姉上から聞いたが、ティアラも戦場に出ず自己鍛錬に励んでいるらしいぞ。というのにお前はそれでいいのか? 付いて来ても前線には出さん。お前はただ後方で一人座っておくだけになる。その間ティアラは鍛錬を積み成長するだろが……、抜かされてもいいのか?』


と発破をかけられ断念。おとなしく領地に残り鍛錬を積むことにしたのだが……。そんな事件から数か月後、戦場にいる母親から一通の手紙が届く。そこに書かれていたのは、『戦況が悪すぎて姉上に救援頼んだらなんかティアラも来るらしい。それとティアラ姉上からゴーサイン貰ったみたいだぞ?』という言葉。



(さすがにあの時はキレたわよね、話と違うし、そもあんなに出鱈目に強かったオリアナさんに認められるとか、ティアラお前何したんだ、って。)



じゃあ私も連れて行ってもらっても良かったんじゃないという言葉や、いつの間にか大きく差を付けられたかという思い。色々と爆発しそうになったエレナは一日だけ自室に引きこもり、自分とティアラの差は何か、どうすればいいのかをずっと考え続けた。そして彼女が得た答えが……。



(“階位”の差。ティアラ流に言えば、れべりんぐ、だっけ? とにかくそれだ! 私も迷宮都市に行って階位を上げて転職する!)



そうと決まれば話は早い、止めようとしてきたパパをペガサスで吹き飛ばし、ママに『私迷宮都市で修行して来る!』という手紙を送り、仲の良い私兵たちをかき集めそのまま迷宮都市へと飛び立った彼女。壮大な家出、もとい修行の生活が幕を開けたのだ。


ちょっかいを掛けてくる盗賊を蹴散らしながら治安維持に貢献し、迷宮都市に向かう一行。一人で飛び出すのではなく、ちゃんと人を連れて行ったおかげか何の問題もなく迷宮都市に到着した彼女は、そのまま冒険者ギルドへ。現ギルド長のセルザによって正常化された職員たちに年齢を理由で渋られたが、貴族パワーでごり押し。


そのままギルド長であるセルザに直談判して迷宮に潜る許可を勝ち取ったのだ。なおその過程でエレナがティアラの知り合いということが発覚したためギルド長が『またあいつのせいか』と愚痴を吐くことになったのだが、それはまた別のお話。


まぁとにかく無事に迷宮に潜り出したエレナ。部下の私兵たちを連れながら安全、そして確実にレベルを上げて行っている。ティアラは初手で不正入場&単独探索を行ったが……、普通に危険すぎる行為である。狂人ではないエレナは、ちゃんと仲間を連れてレベリングしております。



「あ、お嬢様。この先に2体ほどいますね。」


「ありがとうネル。」



そんな形で探索を行っていた一行。生命体を探知する魔法を起動していたネルが自身の主人にそう声をかけ、感謝の言葉を口にするエレナ。指示通りに進むと……、そこにいたのは芋虫が二匹。迷宮の1~10階層に出現する比較的倒しやすい魔物であった。



「それッ!」



エレナはそんな芋虫たちに向かって軽くペガサスを走らせ、軽く二度切り付ける。一刀によって確実に絶命に至った二匹の芋虫たちは力無く項垂れ、いとも簡単に討伐が完了した。それもそのはずであり、エレナは貴族の娘として恥じないどころか、かなり上位のステータスを保有している。


それもそのはず、エレナのステータスは『貴族』Lv1の時点で『空騎士』Lv3のティアラの数値を軽く上回っていた。そんな彼女が迷宮に潜り始め、メキメキと成長を始めたとなれば低いわけがない。


そしてエレナは『成長率ゴミクズ』のティアラとは違い、原作に置いて最後まで安心して使用することの出来るキャラクター。優秀な成長率を誇っているのだ。芋虫ごときに苦戦するような存在ではない。



「……この感じ。」


「あ、階位が上がったんですか?」


「うん、これで9回目。ティアラに聞いたときは半信半疑だったけど、まだ先があったなんて……。まぁいいわ。このまま伸ばしていけばいつか超えられるもの。ティアラが言うには『貴族』の限界は9回みたいだし、とりあえず教会にでも行って転職するわ。」


「かしこまりました、では一旦宿に戻りましょう。寄進用の金銭を包みませんと。」



そう言いながらエレナのペガサスの手綱を受け取り、帰り道へと先導し始める従者のネル。


彼女にとってのエレナは自身の仕える子爵の娘にして、未来の主だ。そしてエレナの幼少期からずっと仕えている相手であり、エレナの母親であるナディーンが戦場に出向いている時は母親代わりとして接したこともあった。そんな彼女が新しい階位、下級職である『空騎兵』に進むのである。


現代の感覚であれば、とても仲良くしていた近所の娘さんが飛び級していい学校に入ったという感じであろうか。


ついの頬も緩んでしまうといったところであったが……。そんなエレナ自身の顔は、少々不満げであった。



「ねぇ、ネル。転職の女神像って公共の施設よね。」


「え? あぁ、はい。ですね。確かに教会内にはありますが、広く開かれた施設でもあります。」


「なら教会にお金払うのっておかしくない?」


「あー。」



まぁ気持ちは解ります、といった声を出すネル。


事実、一応教会も転職に必要な女神像を『誰でも使っていいですよ!』と言ってはいるのだが、必ず帰り際に『なんか忘れてません?』と言いながら笑顔で追ってくる。そして払わなかった場合、小さな村では村八分。大きな町では人を集めて職場凸、貴族の場合は破門をちらつかせるなど結構ヤバいことをしている。


もちろん持っていない者から取り立てることはないし、寄進の額も相場はあれど利用者の自由である。それに困ったときに寄り添ってくれる聖職者の方がいることも確かではあるが……。信仰だけでは飯は食えないのだ。



「お嬢様、子爵令嬢ですからねー。払っておいた方がいいです。流石に家出中なので破門までは喰らわないとは思いますが、噂は流されそうですね。……舞踏会とかで“貧乏者”って言われるの嫌でしょう?」


「舞踏会なんか出ないわよ。……でも戦場でそう言われるのは嫌ね。」


「まぁ細かい所はネルにお任せくださいな。」



愚痴を言うエレナに、まぁまぁと諫めるネル。そんな様子を微笑まし気に見る他の護衛達。迷宮都市に着いてからそこまで長い月日は流れていないが、それでも掛け替えのない日常がここにあった。



……それもまぁ、彼らが自分たちの宿に帰るまでの話だったが。



正確には、エレナの母であるナディーンからの『戦争思ったより早く終わったから家帰るね。あとティアラ滅茶苦茶強くなってたよ。以下戦果ね。ママ、キルスコアで負けちゃった。』という宿に届いていた手紙をエレナが開き、ティアラの戦果を確認するまでの話。



「は???」



一旦ティアラの戦果である、五桁の数字と、名立たる首級の名前を読み直すエレナ。


自分の目がおかしくなったと思いネルに手渡し、音読させる。


同じ内容が聞こえて来たので、もう一度自分の手に取って音読する。



「最低でも2万と、帝国十将8名撃破? 内単独撃破4??? ?????」



背後に巨大な猫と大宇宙を浮かべるエレナ。もちろん同様の内容を見たネルも浮かべているし、話を聞いていた他の私兵たちも同じ顔をしている。


決して、戦場に初めて出たエレナと同じ子供が挙げていい戦果ではなかった。


ちょっと前までエレナとほぼ同格であったティアラが戦況を変えるどころか、ほぼ単身で戦争を終わらせた? もう意味が解らない。そしてもっと解らないのは、わざわざナディが文面にして送ってきたと言うことは、述べられた数字が事実以外の何物でもないと言うことである。


なお同様の内容を自身の陰から受け取っていたセルザも宇宙猫の真っ最中である。


けれどそこはエレナ、原作キャラの意地を見せたのか、真っ先に立ち直り自分の槍を手に取り、動き出す。



「こ、こんなところで道草食ってる場合じゃない! ネル!!!」


「あ、はい!!!」


「さっさと金持ってきて! 転職してそのまま迷宮潜るわよ! ま、負けられるもんですか! 2万が何です! 帝国十将が何です! 私ならもっとたくさん倒して見せるんだから! あの子のライバルは私! 絶対、絶対負けないんだから!!!」









 ◇◆◇◆◇







「は? 違うが??? ティアラの横は私の場所だが???」


「フ、フアナちゃん? 何かあっタ? お腹痛イ?」


「あぁ、すみません“陛下”。誰かの戯言が聞こえたもので……。」



なんかもうそういう異能でも持っているのか、ティアラに関する話題を察知し速攻で否定して見せたフアナ。


ティアラが国境線で大虐殺、エレナが家出をしているなか。ティアラの幼馴染にして『ティアラの横は自分のモノだから奪おうとする泥棒猫絶対〇すウーマン』のフアナは……、思いっきり王国法を違反していた。


故郷でティアラと離れた後、正体を隠し王国の女神として振舞うアユティナ神の保護を受けながら『魔法兵』としての鍛錬を始めたフアナ。淡々と魔法を習得し、盗賊を虐殺した彼女は、ついに独学での限界にたどり着いてしまう。故に両親に頼み込み、魔法関連の教育機関が存在する王都へと向かうことになったのだが……。



(レベルが低すぎて反吐が出ましたわ。確かに学ぶものがなかったわけではありませんが……。)



胸中でそう愚痴を吐く彼女。


一応弁明するとすれば……、決して彼女が訪れた機関のレベルが低かったわけではない。確かに五大臣の悪政による治安の低下で、各種機関の混乱。それに伴いカリキュラムの見直しなどが行われ以前と比べ多少そのレベルが下がったことは事実ではあったが、それでも国内最大の学び舎。


王国で最上級の魔法教育を受けれる場所であったのだが……、残念なことに、フアナには合わなかったのだ。彼女のレベルがすでにはるか高みに到達してしまっていた、と言ってもいい。



(このレベルならもっと早く来るべきでしたわね、いやでもそれはそれで授業ペースの遅さにキレそうですから、ある意味これで良かったのかも。)



言ってみれば研究職の人間を小学校に放り込むような行為。フアナという存在の階位、レベルはそこまで高くはないが、その魔法知識は上から数えた方が早い、といったレベルに到達している。神の手助けがあったとしても、3000年前に失われた『複合魔法』を単独で再開発し、多くのものが休息に使う睡眠時間も、アユティナから“夢の世界”という形で場所を借りて学ぶことで勉学に当てている。


そんな彼女が、幾らレベルが高いと言っても、“クソ女神たちに押さえつけられ一定以上の研究が不可能”な王国の教育に満足できるはずもなかった。



(まぁ学費さえ払えば自由に魔導書を閲覧できましたし、“発禁処分直前”の魔導書も読むことが出来ます。それに、戦場帰りの『賢者』の方々から教えを受ける機会があったのも僥倖と言えますが……。授業に出る必要は特にありませんわね。)



と言うことで半数以上の授業をさぼり、魔導書が収められた図書室に籠る日々。


たまにちょっかいを掛けてくる生徒や教師たちを拳、もとい魔法で叩き潰していたフアナだったが……、いずれ飽きも来る。彼女が求める“親友の横に立つのに必要な圧倒的な力”は、いわば“神を打倒しうる技術”。つまり人が神に歯向かうことをよしとしない“クソ女神たち”が潰して回った技術である。


それに繋がりそうなものは残っているが、肝心の情報はほとんど教会に抹消されてしまっている。フアナの興味を引くような書物があまり残っていないと言うこともあり、それらしきものは大体読み終わってしまっていた。



「空気を圧縮する魔術、粘度を跳ね上げる魔術、時空間魔法の……、あぁ内容は全部検閲済みですか。つかえねぇですわね。一から研究した方が早いんですかね? まぁそしたら絶対に目を付けられそうですが。」


(ここまで徹底的に消されているとなると、笑いが出てきますわね。そしてさらに、なぜあの“王国の女神”を名乗った存在は、いわば禁呪と呼ばれるような『複合魔法』の知識を私に授けたのか……。やはりあの存在は別物? まぁティアラと私に利益をくださる方であればどうでもいいと言えば、そうなのですが。)



そんなことを考えながら、学園の書庫を出る彼女。知識を求めることが出来ないのであれば、“階位”を上げるのみ。そう考えながら王都内での借家に向かうフアナであったが……、ここは故郷のような『ボーナスステージ』ではないのだ。


故郷に居た時は盗賊が取り放題、外に出れば大体不届き者がいて、それを消し飛ばせばストレス解消になった。けれど王都ではそうもいかない。長年の積み重ねによる“周辺の掃除”のおかげで王都近辺に魔物の巣は存在せず、盗賊も王都の中で固まってしまっている。故郷であれば問答無用で叩き潰すことが出来たのだが……。



(金で役人と繋がってるみたいですからね……。一回カチコミしてみたのですが、普通に私が犯罪者扱いされて困りましたわ。まぁ顔隠していたおかげでまだバレてはいませんけど。)



というわけでまともなレベリングもできない。成果がなかったわけではないが、上手く事を進めることが出来ずストレスがたまる日々であったが……。そんな彼女に、福音が訪れる。書庫から借家までの帰り道、学生たちのこんな話を小耳に挟んだのだ。



「なぉお前聞いたか? 例の墳墓の話。」


「あぁ、立ち入り禁止のところだろ? 魔物、ゾンビだっけか? それが出たって言う。」


「そうそう、聞いた話だと、これまで定期的に騎士団が中に入って掃除してたらしいんだけどな? 予算減らされたかなんかで活動できなくなって、あぶれたのが湧いて来てるみたいだぜ。」


「うへぇ、また五大臣がらみか。こういうの見てると、卒業したら国じゃなくてどっかの貴族に仕えた方がいいかもしれんよなぁ。」


(……っ! それですわ!)



即断即決、そしてティアラから盗賊スレイヤーの称号と一緒に、『バレなきゃ罪じゃないんですよ』の精神を受け継いでいたフアナは、故郷で神から賜った神器片手に単身墳墓へと向かったのだ。


『墳墓』。これまでの王国を治めて来た王族が眠る場所であり、その分副葬品も高価かつ大量に収められている。建国当初から存在していたという伝説が残っており、太古のお宝求め墓荒らしが多発したことから、侵入者は発覚次第縛り首という法が定められている場所でもあった。


しかしフアナからすれば。


『魔物が溢れて困ってるんですわよね? だったら私が処理してあげますわ! 皆さまは安全を手に入れ、私は経験を手に入れる。確かに王国法には触れますが、今の五大臣という施政者が全く法を守ってないのです。なら私も守りませんわー!』


という感じらしい。少々というか、かなり不安というか、完全にアウトな思考をしていたのが、止める者は誰もいない。意気揚々と彼女は『墳墓』へと突撃していったのである。



(あの“神”からもらった神器。存分に使わせてもらいましょうか!)



彼女がアユティナ神から授かった神器は2つ。


『将来的にティアラちゃんの力になってくれるのなら、ね? それにそれだけ才能があるなら、どこまで伸びるのか。“成長”して“進化”出来るのか、私の権能的に何もせず見守るってのはちょっと嫌だからね。後々ちゃんと“代価”は払ってもらうけど、プレゼントしちゃおう。』とアユティナから手渡されたものである。


フアナの手に嵌められた、指輪。


小さな赤い宝石が填め込まれている白い指輪、『魔貯の指環』。

月桂樹の冠の様な装飾が施された金色の指輪、『無法の指環』。



(白が文字通り魔力をストックしておける指環で、最大100MP。金が消費魔力を倍にする代わりに、射程を倍にするか、魔法に必中効果を付与する指環。どちらもそれなりに癖があります、がッ!)



指環に溜め込んだ魔力を放出し、アンデッドたちを消し飛ばしていくフアナ。


これまで溜め込んだストレスを全て吐き出すかのように、踏み潰していく、部屋を埋め尽くすほどに増殖したアンデッドも、墓荒らし対策に設置されたトラップも彼女の前では何の意味もない。全て焼き尽くすのみ。


倒せば倒すほどに強くなっていくという快感に若干溺れたフアナは、楽しそうな笑い声を上げながら『墳墓』を突き進み……。探索開始から3か月。ついに墳墓最奥である、3000年以上前に没したこの国の建国王が眠る階層まで、足を踏み入れたのだ。



(ッ! だんだんアンデッドが強くなってきたと思っていましたが、ここだけ格が違いますわね!)



彼女が足を踏み入れた暗室に漂うのは、濃厚な魔力。照明用に出していた火球が、部屋に漂う魔力によって塗りつぶされ消滅してしまうほどのモノだ。術式を用いず、単なる魔力の放出だけで外界に影響を与える。それこそ人の身を越えた神でしかできない現象が、そこにあった。


いくらアンデッドが増殖するような立地でも、その現象が自然に生まれたとは考えられない。つまり神でしかできない様な事を、出来るような存在が、ここに居る。



(最奥と言うことでストックも最大まで貯めてきましたが、撤退も視野に入れるべき……ッ!)



フアナがそう考えた瞬間。真っ暗だった暗室に、光が灯り始める。


燭台に自然と光が灯りはじめ、暗室の奥、この墳墓の王が眠っているのであろう棺桶までの道が出来上がっていく。ただ火を付けただけだというのに、その現象がどんな術式を用いて行われたのかが理解できない。思わず口内の唾を飲み込むフアナ、そんな彼女の気も知らず、より強大な魔力をまき散らしながら、棺桶の蓋が、開け放たれた。



「我ガ眠リヲ妨ゲル者ハ誰……、アレ? 子供? 迷っちゃタ?」



フレンドリーな不死の王が、現れたのだった。


(まぁなんやかんやあって、このアンデッド、いえ、“陛下”に魔法を教わることになったのですが……。)



「ウンウン、フアナちゃんは筋がイイネ。神様に認められただけアルヨ。」


「ありがとうございますわ。……それにしても、3000年前は信仰する神すら違ったのですね。」



この不死の王、実はアユティナ神があのクソ女神たちにこの世界から追い出される直前に、当時の国王をしていた存在であり、同時に熱心なアユティナの信者でもあったのだ。


自身の魔力が強すぎるあまり死後アンデッドになり民に迷惑を掛けることを恐れた彼は、王都近くに墳墓を建設し自身を封印。そして墳墓に、自分の魔力からあふれ出るアンデッドたちを討伐できるような仕掛けを建設。今後生まれてくる民のために、経験値スポナーとしての役割を果たすことを決めた存在だった。


そして最奥に遊びに来てくれた人には、ご褒美としてアンデッドになった自身が何か魔法を教えてあげたり、お話を聞いてあげる予定だったのだが……。



「いやー、神様にお願いされたカラ、あの二人の女神が信仰を得られるヨウお手伝イしたけど……。ぶっ殺してやろうかあのクソ女神ども。」


「あ、あはは……。」



何と彼が墳墓に封印された直後、一定の信仰を得たクソ女神どもが行動を開始。アユティナ神をこの世界から追放し、目立った強者を全員処刑。そこから強者、当時の“神に傷を付けられる”存在に至る方法を全て排除したのである。



「見た感ジ、この墳墓にも新しく上から封印が掛かってたみたいなんだヨネ。ボクがもう二度と表の世界に戻れない様な封印。でも3000年の経年劣化で、フアナちゃんでも壊せるレベルになってタ。……ほんと、恩を仇で返スってこういうのなんだろね。ダレが信仰を得る手伝いしてやったと思ってるンだろ。」


「……それで“陛下”はどうするのですか?」


「ボク? ここに居るケド?」



そう返す、“陛下”。もしアユティナ神からの要請があれば文字通り飛んで行ってどんなことでもするつもりではあったが、彼は自身を『太古の昔に死んだ人間』として定義している。遊びに来てくれた人に教えを施すことはあれど、死者は必要以上に生者の世界に影響を及ぼしてはいけない、と考えている様だった。



「3000年前の僕タチの王国、大陸が一つに纏まってたあの世界を二分させたアノ女神を信仰している人たちでも……

ボクの民の子孫だ。特にすることはないヨ。あ、でも暇だから遊びに来てくれると嬉しいナ。経験値用のアンデッド増やして待ってるシ。」


「……非常にありがたい申し出です、何度でも伺わせていただきますわ。」



慈悲深い過去の王に、深い礼を送るフアナ。


それからというものの、フアナは何度も墳墓に足を運んだ。


それもそのはずである、今よりも何倍も魔法技術が進んでいた3000年前、何の規制もなくのびのびと研究していた時代における最強の魔導師が、彼女に教えを説いてくれるのだ。地上にいる魔法使いなど足元に及ばず、地上にある魔導書などただの紙切れだ。


そして遊びに行けば“陛下”が経験値用のアンデッドを大量に用意して待っていてくれるのである。実戦経験にもなったし、新たに教わった魔法の試運転もできた。まさに万々歳、といった日々である。



「あ、“陛下”! 次はこの時空間魔法、というのを教えてくださいまし! 地上じゃおそらく発禁処分になっている代物で、一欠けらも情報が残ってないのです!」


「ア~、確か二使い方次第じゃ、神々の腕一本ぐらいは持ってけルからねぇ。優秀な前衛職が無意識的にやってる“思考の高速化”とかもこれで出来るし、とっても便利ヨ。よっし、じゃあ今日はこれを頑張ってみようカ。」


「ありがとうございますわ!!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



〇アユティナの感想


え、君輪廻入ってなかったの!? て、てっきり墳墓ごとぶっ壊されてたかと……。あ、なるなる。私みたいに正面から戦ったら女神どもの方が死ぬから封印にしたんだね。あー、ほんと懐かし。うんうん、その子頼んだよ。今代の使徒ちゃんの大事な子だから。まぁキミに弟子入りするってことはとんでもなく強くなるってことなんだけど……。ティアラちゃん生き残れるかな? 再開時にぶん殴るって予定だったよね? このままだと時止めオラオララッシュされちゃうんじゃ?


あれ? そう言えばこの墳墓の封印ってもう解かれてるってことは、それが相手に伝わ……、あ。


ちょ、ちょっとアユティナ様本気出しますね? 最悪コレ、ティアラちゃん案件と、フアナちゃん案件の二方面作戦になっちゃうぞ……!




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