53:ティータイム




とまぁ元気よく出発したのはいいけれど……。気が重いのは確かなんだよなぁ。



(迷宮都市前の草原で軍を止めるってことは、“そういうこと”だろうし。)



こちら側の思惑としては、『私の情報が世間に広まることを防ぎ、迷宮都市を使い続ける』というのが最上だ。つまり騒ぎになるようなことを起こさず、もしくは起こしたとしても隠蔽した後に、現在の敵である伯爵を排除ないし隔離できればいい。


これまでの私ならば死人に口なし殺してお終い、って感じだったんだけど……


セルザっちというギルド長のバックアップを受けられるとは言え、諜報戦にて私たちは完全に負けている。こちらの情報がほぼ筒抜けだったことを考えるに、防諜に関して伯爵の後手に回っていると言っていいだろう。これを考えるに、彼よりももっと組織力がある国や教会の諜報網。これが本気で私を探り始めた場合、確実に隠し通すことなど不可能。


つまり私が騒ぎを起こせば存在がバレてしまうし、最悪シナリオが崩壊するということだ。



(王国や帝国に見つかるのはまだいい。この2つならまだ動きようがある。けれど……)



教会勢力はダメだ。力のありどころ、アユティナ様の存在が露見した瞬間、私たちは異端者となってしまう。即座に私たちの人権はあってない様なものとなり、最悪あのクソ女神本人。いや本神? が出張ってくる可能性だって考えられる。そんなもの今の私と動かせる戦力じゃ対応できるわけがない。


女神どもと戦うために、残り8年の猶予期間があるのだ。それを全部前倒しにされるとか……、どんな手を使ってでも避けなければならない。



(んで、それを達成するには……。どうしても“アイツ”がこちらに協力する必要が出てくる。)



私個人でどうにかならない以上、相手側を変える必要がある。


だからこそあちらの呼び出しに応じる必要があるし、『取引』に持ち込む必要があった。本音を言えば顔すら見たくなかったし、普通に殺したい相手ではあるのだが……。手を出してしまえば相手の思うつぼ。


そしてもっと悪いことに、“アイツ”はこの辺りを“解って”やってやがる。


私が速攻で戦線を開けることが出来ないよう、確実に他者の眼がある場所を行軍し、今も迷宮都市から視認できる位置に布陣している。王国の上層部も、迷宮都市の都市長もすでに手回し済み。最悪伯爵自身が死んだときは私の情報がばらまかれるって言うトラップまで仕掛けてるかもしれない。実際どうなのかはわからないが、私にそう思考させることを、あいつはやってきている。


ほんと、嫌な相手だ。



(そろそろ、か。)



タイタンに指示を出し、高度を下げていく。眼下にはずらりと並ぶ伯爵の精鋭たち。どうやら弓兵もいるようだが、こちらを発見しても弓を構えるような動きは見えない。あらかじめ伝達されているのだろう。


完全に、招き入れられている。



(あれか。)



天幕の様なものを発見し、その近くに降りるよう彼に指示を出す。戦の雰囲気を解ってくれているのか、普段よりも反応がいい。タイタンの戦意は十分、けれど私は今から面倒な奴と話さないといけないのでテンション下降中ってところだね。



「っと。ありがとうタイタン、ちょっとここで待っててね。」



そう言いながら、普段とは違う撫で方。『何かあったら存分に暴れろ』という指示を出し、こちらに駆け寄ってきている兵士の方を向く。伯爵からの出迎えだろう。……あ、この顔覚えてる。私に弱""射出"喰らって気絶した人じゃん。やっほ、久しぶり~。一緒に下剋上しない? 君が次の伯爵とか。



「お戯れを。我が主が奥でお待ちです。こちらに。」


「はいはい。」



軽く相手の陣容を確認しながら、兵士に付いて行く。


歩兵として『僧兵』と『槍兵』。盾役として『重装歩兵』。遠距離に『魔法兵』と『弓兵』に、決め打ち用の『騎兵』。子爵領で見たオーソドックスな陣容って感じだけど……。どれも欠けがないし、練度もやはり高い。""空間"さえ使えば殲滅できないこともないだろうけど、普通に戦えば厄介な相手だ。



(私が伯爵を相手して、オリアナさんが軍を相手する。その反対でも無力化まで時間がかかるだろうし、余所にみせる“インパクト”としては十分すぎるモノだろう。)



ほんと、嫌になる。


そんなことを考えていると、兵士の脚が止まる。気が付けば天幕の前であり、兵士ちゃんはこちらに振り返って一礼。ここから先は私一人で行けってことなのだろう。軽く笑みを浮かべながら手を振ってやり、息を吐き出した後に天幕の中へと入る。




「あぁ、再会の時をどれだけ待ち望んだか! 久方ぶりだな我が天使よ! 君のために今高らかにこの愛をさ」



“射出”



気持ち悪いことを言い始めた伯爵に向かって、ほぼ無意識で“空間”を開き銅の棒を射出してしまう。しかし……。



「っ。ふふ、やはり鍛錬というモノはいいとは思わぬかね、天使よ。昨日できなかったことが出来るようになる。」



即座にそれに対応した伯爵は剣を抜き、“射出”された銅の棒を弾く。しかしそれは依然の後方へと受け流すというモノではなく、完全な威力の打ち消し。高速で発射されたはずの棒を受け止め、威力を消し去り、軽く空中に羽あげる彼。クルクルと回転しながら落ちて来たそれを手で受け止めてしまう。



「まぁ、それには同意するかな。……全身の鳥肌が立っているのにわざわざ来てやったんだ。もてなしぐらいは用意してるんだろ?」


「っ! あぁ、あぁ! もちろんだとも! ふふふ、我が天使と初めての会話らしい会話。そして茶の誘いとは……! 天にも昇ってしまいそうな気分とはこのような者か。」


「口、縫い合わせてやろうか?」



私の不機嫌な声をものともせず、非常に気味が悪い笑み、この世のすべてを楽しむような笑みを浮かべながら大きく手を叩く伯爵。すると奥から幼子たちがぞろぞろとやってきて、茶会の準備を始める。テーブル一つに、椅子が二つ。対面に座れってことだろう。


……というか、この子たち。



「流石我が天使よ、説明せずとも理解するとは……! 其方が考えている通り、侍女たちだ。もちろん天使のだよ。我が妻になった暁には彼女たちが君の生活を支えるのだよ。」


「口を閉じろ。」


「あぁ、すまない。急いてしまうのは確かに私の直すべき点だな、まずは式場の手配からだ。ドレスはすでに用意しているのだが、式は地方によって形式が違うだろう? 安易に決めることではないと思ってな。」



そう言いながら幼女たちに指示をだし、何かしらの包みを運ばせて来る伯爵。彼がもう一度声を掛ければ、その堤から出てくるのはおそらく私用に用意したのであろうウエディングドレス。……ごめんちょっと戻していい? 本気で気持ち悪くて限界なんだけど。


デザインが、デザインがもうだめだ。完全に“式後”のことを考えて作られてやがる。画面越しに見てれば『エッチだなぁ』で済んだかもしれないが、目の前で自分が着るものとして用意されてる上に、明らかにサイズがピッタリそうなのがもうだめ。



「伯爵様、用意が整いました。」


「ん? あぁそうか。さ、天使よ。私が椅子を引いてやろう。」


「それ以上近づいたら、本気でお前を殺す。」


「むぅ、残念だ。……では、私も座るとしよう。」



そう言いながら、自分で椅子を引き奴の対面に座る。ずっとこいつの顔を見続けねばならないのは拷問ではあるが、こうなった以上我慢するしかない。心の奥底から沸き上がり始めたストレスを何とか押し止めながら、口を開こうとする。が……



「私と君の“戦争”ではなく、“演習”、もしくは“模擬戦”を提案しに来たのだろう、我が天使よ。」


「……話が早くて助かるよ。」


「あぁ、私もだ。」



楽しそうな笑みを浮かべながら、侍幼女が入れた茶を口に運ぶ彼。私の前にも出されているが、口を付ける気になるわけがない。……この茶葉、変に匂いがキツイ。子爵領で貴族が嗜む茶っていうのをマナーの一巻として少し教えてもらったが、確かこれは独特の“混ぜ物”をするときの奴だ。


……今夜色々と“励む”男女が、お誘いというか、そういうのがより楽しめるような薬を混ぜる時に使われる茶葉だったか? まぁこの場には全く似合わない奴であることは確かだ。


飲むわけがない。



「あまり回りくどいのは気に入らぬだろう? 故に単刀直入に言おう。ティアラ殿、我が天使よ。この身と永久の契りを結び、夫婦になってくれぬか?」


「受けるとでも?」


「理解しているとも。……だが、拒否されるほどに私のものにしたいという欲が沸き上がってくる。そう止められるものではない。」


「……お前のことだ、私が何を望んで、何を望まないか。理解ぐらいしてるだろ。だったらもう手を出すなよ。」


「ふふ、もちろん我が天使のことならば何でも知っているとも。例えば……、“信仰”のこととか。」



動揺を表に出さぬように平静を保つ、だが眼前のこいつの口角が、上がる。



「やはりか。確かにその対応は誤りではないぞ、しかし息をするように策を用いる貴族社会では少々ゆとりがなさすぎるな。最適は『相手が何を言っているのか解らない』顔ではないか?」


「……。」


「我が天使も知っているだろうが、この迷宮都市はある意味“自由”の町だ。王国でありながら帝国の神を信奉するものもいれば、その者たちのための帝国教会もある。もちろん王国の教会の方が規模が大きいが……。二つの教会がある事は確かだ。しかし其方は、どちらの教会にも“行ったことがない”。」



自身の鼓動が早くなっていくのを感じる。



「もちろん、珍しいことではない。何かの祭日であろうとも行かぬ者など数多くいる故な。だが、それほど“階位”を上げているというのに、一度も教会に訪れたことがない。……“避けている”と考えられても仕方なくはないか?」


「…………それで。」


「言わなくともわかるだろう? 君が私達とは違う、“何か”を信仰しているなど。」



どうする、殺すか?


ここで殺したとしても、確実な物証がなければ“なかったこと”、もしくは“不慮の事故”に成ってしまうのが王国だ。もちろん市民の立場はかなり弱いが……。今ここで伯爵を殺し、ここにいるすべての兵を“空間”へとしまってしまえば、ひとかけらも物証は残らない。そしてこのまま子爵領に向かい保護してもらえば、闇に抛ることが出来る。


どれだけ危険を冒そうともアユティナ様の情報をここで漏らすわけにはいけない、原作開始後ならまだしも、この段階では早すぎる。私のことなんてどうでもいい、目の前の“勘のいいガキ”を消し去ることの方が先決だ。



「ッ! 安心したまえ我が天使よ。このことは其方にしか話したことがない我が胸中よ。キミが望むのであれば、この場にいるすべてを消し去ろう。だからそう、早まらないでくれたまえ。其方と熱い時間を過ごしたいのは確かだし、愛する者に最期を看取られるというのも興味しかないが、今ではない。」


「……。」


「君の信仰、そして私の趣味に誓おう。」


「……そこまで調べて、何が目的?」


「なに、愛する者のことを知りたいと思うのは自然な欲求だろう? それに、土地が変われば式の挙げ方がわかる様に、信じるモノが変われば式も変わる。私はそれほど信心深いわけではない故な、妻に合わせるのは当然だろう。」



……非常に気色悪いが、嘘を言っているようには思えない



「とりあえず、信じてやる。だけど何を言おうともお前の要求を頷くつもりはないよ、私は。」


「だろうな。」



そういうと、私の体を舐めるようにこちらを見つめる伯爵。ここで身を隠す様な動きでもしてしまえば、よりこいつを喜ばせるだけだ。その目玉を潰してやりたい欲を何とか押さえつけながら、コイツの次の言葉を待つ。変態には何も与えないことが一番いいはずだ。



「……以前と比べると、だいぶ腕を上げたな我が天使よ。こちらも相当鍛え上げたと自負しているが、あの巨大な天馬と合わさり逃走に重きを置かれれば、確保することは難しい。そして槍鬼と合流し攻められれば敗北は必至。こちらもいたずらに兵力を失いたいわけでも、死にたいわけでもない。」



お互いの要求は共に受け入れがたと、しかし全面戦争は互いにとって不利益。


故にそれ以外のことで勝敗を定め、落としどころを探っていく。私はそのために、“模擬戦”や“演習”を提案した。こいつが変なこと言い始めたせいで話が脱線してしまったが、そろそろ私も限界だ。話を進めてもらわないと困る。顎で指図し、話を進めるように言う。



「ふふ。その仕草もまことに愛い。勿論、私としても天使のお誘いは非常に嬉しい。しかし一つに決めてしまえば共に過ごせる時間がより短くなってしまう。……どうだろう、3つの“勝負”を用意し、2勝した方が相手に要求をのませることが出来る、というのは。そちらも一発勝負ではないゆえ、利はあるだろう。」


「……内容は?」


「“個人での模擬戦”、“軍同士の演習”。我が天使が求めたこの2つは確定だ。……最後の一つはこちらで決めてもいいかね?」



コイツのいう通り、確かにそうするのがフェアだ。だがとんでもない要求が飛んでくる可能性もあるため、拒否権だけは残しておく必要があるだろう。……まぁこちらがこの勝負を反故にし襲い掛かる可能性も相手は把握しているだろう。そうそう変な物は出してこないだろうが、警戒に越したことはない。



「あぁ、それでいい。」


「ふふ、それは良かった。やはり好いたものとの時間は長ければ長いほど良い故な。」


「決まりだ、表に出ろ。」



椅子から飛び降り、“空間”から木の槍を取り出す。



「その気持ち悪い顔にぶち込んでやらなきゃ気が済まないんだよ。」


「あぁ、もちろん付き合うとも。愛する君との舞踏。全力で楽しませて見せよう!」



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