54:ちょっと消化不良



「ふぅぅぅ……、っし!」



地面に足を付けながら軽く槍を振るい、構える。


周囲は完全に伯爵たちの兵で固められており、完全なアウェイ。まぁその程度どうでもいいのだけれど……、常に相手が『前提』を破ってくる可能性を考えておかなければならないのは、少し気分が悪い。


既に模擬戦前の確認、ルールの把握については行われている。武器は木製になってしまっているが、それ以外は自由。道具の使用は禁じられていないし、騎馬の存在も許容されている。つまり“空間”もOKだし、タイタンも大丈夫だ。……と言っても、今はまだ呼び出していないけど。


あの子には後で場を書き換えるために登場してもらう予定だからね。


んで肝心の模擬戦だが、審判をやってくれるらしい伯爵の兵士さんによると、勝敗を決めるのは確殺だと判断されるような一撃を入れるか、武器を破壊するかの二択。完全に伯爵側の審判だからあっちに有利な判断をしてくるだろうけれど……、まぁ誰からどう見ても否定できない様な攻撃をぶち込めばそれでいい。簡単なルールで解り易いよね。



(【オリンディクス】を封じられちゃったから少し面倒だけど……。まだやりようはある。)



武器の性能や重さで押し切ることが出来ない、つまりお互いの単純な技量による勝負。子爵領でエレナと散々やった模擬戦、そこに空間の使用を追加する感じだ。守るべきは自分の体と、武器の耐久度。実戦とはまた違った戦い方を要求されるけど……、そもそも“勝てる”前提で私は話を持ち込んでいる。


アイツが提案してきた3つの勝負。確実に最後の1つは伯爵が有利なものを持ってくるだろう。つまりこの“模擬戦”と後の“演習”は絶対に負けることが出来ない。先に2勝を手に入れ、3つ目の勝負の意味を消す。それが私の勝ち筋だ。まっ、負けられない戦いって聞けば少し緊張するけれど……、目の前のこいつをぶん殴れるならそんなもの吹き飛んでしまう。


思考を回し勝ち筋を探しながら、同時に脳内で空間を操作し、この模擬戦に特化した陣容に変えておく。


目の前のコイツ、伯爵を合法的に殺せないのは残念だが……。ボコボコに出来るならもうそれで十分だ。顔の原型がなくなるまで叩き潰してやる。



「双方、用意よろしいでしょうか!」


「あぁ。」

「もちろんだとも!」


「ではこれより、リロコ伯爵とティアラの模擬戦を行います!」



兵士さんの声で意識を現実世界へと戻し、しっかりと眼前の伯爵を見つめる。こいつの顔など二度と見たくもないが、見なかったせいで負けるなど馬鹿のすることだ。苛立ちを怒りへ、そして戦意へと変えながら、開始の合図を待つ。



「はじめッ!」



その声と同時に、大きく踏み込み、距離を一気に詰める。


狙うはその、脳天。


遠心力を乗せ大きく槍を振るいながら、ぶち込む。



「おぉ、やはりかなり腕を上げたようだな! 我が天使よ!」


「まぁ効くわけねぇよなぁ!」



直上から叩き込んだはずの槍は軽く持ち上げた剣によって受け止められ、そのまま力量差で押し返されてしまう。先ほどの攻撃で全くダメージを与えられなかったことを示すように、何食わぬ顔で反撃が来る。奴にとっては軽い横なぎだろうが……、ひどく重い。


受け流しの角度を維持し、その攻撃の威力を逆にこちらで利用できるようにしながら、立ち回る。両足を地面につけるのではなく、片足のみを付けて軸とし、敵の攻撃を推力として回転し、攻撃力を上げる。まだ力の弱い私がよく使う基本の立ち回りだけど……。



(オリアナさんよりは弱い、けど確実に強くなってきやがった。)



私だってレベリングでステータスの底上げをしてコイツとの前回の戦いと比べれば、2倍以上に強くなった。技術面でもオリアナさんに色々叩き込んでもらったおかげでかなり戦えるようになったと自負している。まだ太鼓判を押されるような技術を会得できているわけではないが、それでも雑兵相手なら確実に倒せるだけのものを持っていたはずだ。


けど、まだこいつには届かない。やっぱり、普通に強くて面倒だ。


そもそも原作でステが高めに纏まっているが故に使いやすく有能なキャラだった。それがさらにステを上げ、技術も前回より向上。その伸び率は流石に私よりは低いが、差は依然としてひどく大きい。


今はまだ様子見というか、遊ばれているからどうにかなっているけど……、やっぱ本気出されると無理だな。


槍一本では勝ち筋が見えてこない。そう判断した私は即座に戦法を変え、一旦距離をとるために複数の銅の棒を敵胴体に向かって“射出”する。案の定全て無力化されてしまうが、十分な時間を稼ぐことが出来た。



(装備プリセットから【山の主の衣】を!)


「最近使ってなくてごめんね! おいで『ソウルウルフ』!」



瞬きの前に装備を変更し、同時にこの衣に宿るスキルを使用する。胸の奥から吐き出された四つの青白い魂たちが弾け、狼の形をとる。以前の伯爵戦でも使った頼りがいのある友人たちだ。おらお前ら! 私のレベル上がったから少しは能力向上してるだろ? いい感じにフォローよろしく!



「ほう? そんなことまで出来るようになったのか。やはり天使は私に退屈というモノを忘れさせてくれるのだな……!」


「だ・ま・れッ!」



そう言いながら奴の周囲に“空間”を開き、攻撃を再開する。こいつと戦っていた時の空間の同時起動は、4つが限界だった。一時的にリミッターを外せば倍の8つもいけたけど、その後脳への疲労とダメージがヤバすぎてアユティナ様に回復の奇跡をねだったほどだった。


けれど、肉体の成熟とステータスの向上により、今は通常時で8つの同時起動が可能になっている。そこに私と、4体のウルフちゃんを追加するのだ。



(これで処理が追い付かなくなって欲しいんだけどなッ!)



相手の剣は一本。確実に反応できないように攻撃を配置し、このまま押し切ろうとする。だが……、防がれていく。当たればその部位を確実に持って行く射出は回避か受け流し、私の攻撃は剣で受け止め、ウルフちゃんたちの攻撃は無視。どうやら奴のDEFにウルフちゃんたちのATKが敵わないらしく……。うん、ウルフちゃんたち! 作戦変更! 消し飛ばされる前にいったん引け!



「おや、辞めてしまうのか我が天使よ? せっかく楽しいダンスの時間だったというのに……。」


「……。」



コイツ、息すら乱してねぇ。



「どうだ、新しい私は? あの時の君の荒々しい戦いに魅了されてしまったね、君が成長すればするほどに、強くなっていくだろうと考え努力したのだよ。おかげさまで『受け流し』の精度もだいぶ向上した。これも全て我が天使のおかげだ!」



ロリコンの言葉を信じるのであれば、さっきの攻撃を全部処理できたタネは『受け流し』というスキル。


だがその動きは、明らかに人が出来るものを軽く超越していた。まぁオリアナさんも軽く人間やめてるから前世の人間の限界は、この世界じゃ当てはまらないのだけど……。それでも“前”より格段に強くなっているのは確かだった。“射出”の発射点は常に動かしていたし、文字通り360度どこからでも打ち込めるようにしていた。けれどそれを防がれるということは……。


スキルの効力が上がっている。


ゲームじゃスキルはスキル。一度習得してしまえば威力や効果が変わることはない。けれど現実世界でそれを“技”と置き換えてしまえば、威力の差が出てくるのは当たり前のこと。1時間練習したことと、100時間練習したこと。どっちが上手く出来るかって言われれば断然後者だ。



(スキルの熟練度、って言うべきか。なんとなくで考えてたけど、実際に目にすると面倒以外の何物でもない。)



そう考えていると、ずっと口角を上げ気持ち悪い笑みを浮かべる奴が、楽しそうに声を上げる。



「君が成長したように、私も常に歩み続けているのだよ。……さて、次はどんなものを見せてくれるのかな? 私に君のすべてを見せてくれ!!!」


「あ~、もうマジで何も考えずに殺したい。じゃあこれ上げるから黙っとけ。」


「ふむ、何を……ッ!!!」



そう言った瞬間。彼の周囲に空間を広げ。全方向から“疑似メテオ”をぶち込む。超至近距離のから放たれる、隕石たち。普通なら確殺だろうが、コイツは常人じゃない。故に防がれる可能性は高いが、この2週間狂ったように用意してきた、品切れを気にせずぶち込むだけ。


ほら私のことが好きなんだろ? 丹精込めて作ったメテオだぜ? ほら死ぬまで喰え。


っと、この間に、っと。お指でわっかを作りまして、全力でぴー、っと吹きましょ。



(……お、翼の音。ちゃんと聞こえたな。)



タイタンへの音の成る方に来いという指示は、しっかりと聞こえていたようだ。遠くで翼が大きく地面に叩きつけられた音が聞こえる。メテオで足止めしている間に、“決める”ために用意しなきゃならない。階段のように空間を地面に開き、それを駆け上がりながら空へ。自慢の相棒に自身の位置を伝える。



「タイタンッ!」


「プモ!」


「上がるぞ!」



飛んできた彼に大空で飛び乗り、さらに上へ。


しっかりと比べたことがないので解らないが、私たちが出せる最大の攻撃は、“スパイラル急降下”だ。サイズとか落下速度とかを上げれば流石に“疑似メテオ”の方が上回るだろうが、それをやるとあのロリコンが死んでしまう。別に死んでもいいのだが、今殺してしまうと面倒だからね。あいつのことだから自分が殺されないように、死んだあと面倒なことになるように仕組んでるだろうし。


つまりあいつを殺さず、同時に負けを認めさせられるような攻撃をしなければならない。



「だから本気で行くよ、タイタンッ!」


「ブブブ!!!」


「気合十分、高度十分! …………行くぞッ!」



伯爵に行っていた至近距離メテオをいったん中止し、私たちの直上に大きな空間を開く。“空間”は生物を格納することはできない。それすなわち生き物にとっての壁となり、足場となる。大空に完成した巨大な大地を踏みしめ、真下へと跳ぶ。


回転をかけ、遠心力をのせ、狙うは敵。



「ッ! さすがに連続の投石は応えた……。直上かッ! なるほど、大技勝負というわけか! これぞ闘争! これぞ快感! 我が最大の技を持って迎え撃とう!」



こちらの状態を把握した奴が、迎撃準備に入る。


オリアナさんとの戦いのときに彼が見せた、HPを消費する『剛撃』と、MPを消費する『魔斬』を合わせた技。飛ぶ斬撃の用意が開始される。明らかに以前よりも込められている魔力が多い。どれだけの威力かは解らないが、あの時よりも上なのは確かだ。



(真っ向から打ち合う? いや、武器が持たない。……、なら!)



「ゆくぞ我が天使よ! 『十字剛魔斬波』ァ!!!」



その瞬間、振りぬかれる怨敵の剣。打ち出された斬撃は想定通り以前よりも大きく、強い。打ち出される斬撃の数も増え、確実に迎撃するためか十字の斬撃が空中へと打ち上げられた。これを打ち返す、切り捨てることは不可能ではないだろうが、それを選択した瞬間に木の槍が崩壊してしまう。


【オリンディクス】ならまだしも、この木製の槍で何とかできるほどこの攻撃は軽くない。普通なら、一旦攻撃をやめ回避するべき。けれど……、そんなの面白味がない。



真っ向からぶちのめしてこそティアラちゃんってもんでしょ!



全身の魔力を廻し、自身の肉体から木の槍と、タイタンが纏う鎧に魔力を乗せる。そして私の相棒に出す指示は回転速度の上昇。より速度を上げ、より威力を上げ、この子と共に一つの弾丸となる。


狙った奴の脳天から一寸も槍をずらさず、その切っ先の点を中心に、より高度な螺旋を描いていく。赤熱し始めたその切っ先を保護するように、汲み上げた魔力のすべてを槍の先端へと叩き込み、狙うはその十字の重なったその一点。




「貫けッッッ!!!!!」




重なった斬撃を消し飛ばし、そのまま伯爵の直上へ。


迎撃のために振るわれたその木剣をへし折った私たちは、一つ目の勝星を入手できた。













「とまぁそんな感じで一勝目上げてきました♡ ……歯応えなかったから手加減されたかもだけど。」


「……お前なぁ。一人で行かさず私も付いて行くべきだったか?」



私が伯爵の天幕に移動した後、色々と用意してくれていたオリアナさんに礼を言いながら、これまでの状況を報告する。一応だが命のやり取りではない方法で決めることになったこと、三本勝負で話を決めること、すでに一勝上げてきたこと、この3つを掻い摘んで説明したわけだね。


無事勝てたことは褒めてもらえたけど……、まぁ変態相手におこちゃまが一人で会いに行くのは危ない以外の何物でもない。怒られて当然か、今度からは速攻で殺すようにするね! 気持ち悪いし!



「色々言いたいことはあるが……、まぁ今はいい。つまりこの後の“演習”を勝てば終わりってことでいいんだな?」


「うん、最後の勝負で何を持ってこられるかわかんないし、このまま勝ち切った方が絶対にいい。3000体50で、しかも殺しナシっていう面倒な勝負になるけど……。」


「「ま、何とかなるだろ」」



同時に、同じ言葉を口にする。


先に2勝してしまえば、もうそれで勝負はお終い。『もう二度と私の邪魔をせずに情報も広めるな』、そう言って後は楽しいダンジョン生活だ。どんな面倒で負け確な勝負をさせられるより、何倍もいい。


だからこそ私はさっき“模擬戦”を頑張ったわけなんだけど……、アレに勝てたおかげで、ほぼ私たちの勝利が確定した。戦場では慢心した者から死んでいくっていう教えをオリアナさんから頂いてるからそうそうミスることはないだろうけど、気を引き締めていかなきゃ。



(“演習”。早い話、戦争ごっこだ。)



今後私たちの主戦場は、国境線の紛争地帯。早い話、王国と帝国が戦争している場所へと移っていく。未だ私や傭兵ちゃんたちの能力が育ち切っていないため、もっと後になるだろうが……。最終的な目的地は前々から決まっていた。つまり私たち二人は、こういう“多数”との戦い方をずっと考えて来たのだ。


馬車での移動の最中や、子爵領で暇なときなど。私が持つ現代知識からくる策を、オリアナさんがこの世界風にコミットしていく時間。それを、この日一部開放する。



(準備期間は2週間。迷宮都市というモノが集まる場所と、アユティナ様にお願いして色々と交換してもらった資材たち。これさえあれば“時間だけ”は稼げる。)



伯爵が提示した“演習”の場所は、迷宮都市から少し離れた何もない綺麗な平原。ここで50対3000の公開処刑が行われるようなものだとあっちは考えているのかもしれないが……。私とオリアナさんがいれば、その差なんて完全になくなる。もちろんあっちも、私とオリアナさん対策をしているだろう。



「けどそれを越えてしまえば、敵将まで一直線だ。首切り作戦、だったか? ……まぁ騒ぎにはなるだろうし、多少情報は洩れるかもしれんが、どうせどこかで試運転しなきゃいけなかったんだ、ちょうどいい機会だろうよ。」


「だよね! ……作戦としてはどっちの方がいい? 私? それともオリアナさんが出る?」


「こっちの軍の親玉はお前だティアラ。さっきの模擬戦の疲れも残ってんだろ? 後方でのんびり指示出しでもしてな、“城主”サマ?」


「あは! いいねそれ!」



ティアラちゃんイタズラっ子だから……、人の嫌がる事、たくさん知ってるもんねー!


ちょっと消化不良感あるし、色々やっちゃお!



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