62:悪童のイタズラ



「改めてみると……、士気の差が凄いよね。動きのキレが全然違うもん。」


「動けてねぇところがないわけじゃないんだけどな。」



機嫌最悪のタイタンを何とか宥めた後、私たちは王国陣地の上空を飛んでいた。前に私、後ろにオリアナさんっていうタイタンに負荷が掛かっちゃう状態でのフライトだね。まぁこいつのタフさからすればあんまり変わらない様なものだろうけど。


まぁそんな高い場所から眺めていれば王国軍と帝国軍、両方の様子が見えるわけで……。


これがほんとに味方なの? と思ってしまうほどひどい王国軍の動きが見えてしまう。士気もそうだけど、これ練度の差もあっちの方が上じゃない? ほんとに不味くない? これ勝てるの? いやティアラちゃんがいる方が勝つからそんなの関係ないんだけどさ。



(そういう奴らの尻ぬぐいをしなければならない、ってところか。)



こっちの世界の戦争は、突出した“個”という存在がいるせいで、地球とは違う前提の下で成り立っている。本当に強い奴はどれだけ数を集めても勝てないし、そういうのに対抗するにはこっちも強い個体を出さなきゃならない。けれどそういった“個”の数は限られてるから、いわゆる雑兵で間を埋めなきゃいけない。



「お前みたいに広範囲を一斉に破壊できる奴はそういない。つまり個人には限界があって、カバーできる範囲も限られてる。相手の“個”を如何に行動させず。こちらの“個”を如何に暴れさせるか。そういう勝負だ。」


「うん、そのあたりはナディさんに習った。」



いくら“個”、上澄みの人たちが強くても人間であることは変わらない。自分の両手が届く範囲ってのは限られてるのだ。どれだけ強くても、人には“限界”がある。


つまりかなりの犠牲、万程度じゃ利かないレベルになってしまうだろうけど、数を集めに集めれば、“上澄み”の撃破は可能だ。もちろんその勝ち方は多岐に渡っていて、スタミナや魔力の限界を狙ったり、相手の指揮官。今回だと両軍の総司令官を撃破してしまえば、戦争には勝つことが出来るのだ。


それに“個”と“個”が戦ってる間は、両軍“数”で押し合わなきゃいけない。


“個”と“数”。両方ちゃんとそろわなきゃ、戦争はできない、ってことだね。



「だが……、相手は“帝国十将”と12万。対してこっちは……。」



オリアナさんによると、王国側もその帝国十将に対抗できる“個”はいるらしいけど、残念なことに王国側の方が数が少ないらしい(ティアラちゃんは含まれてない)。そして全体的な兵数もあちらの方が上。そのためこの不利を覆すには、オリアナさんとかがいい感じに敵の個を殺し回って、イレギュラーともいえるこの私。ティアラちゃんが敵軍を殲滅するしかない、ってことだ。



「故に、私と姉上。そしてお前が固まって動くわけだな。」


「あ、ナディさん。」



私とオリアナさんの会話に入る様に、ナディさんが下から上がってくる。


その後ろには100騎ほどの『空騎士』が追従している。……これだけ並ぶと壮観だね。大隊2つ分、ってぐらいの数か。全員が顔見知りで、友人の人たちだ。



「姉上と私が組めば大体は勝てる。数という差を埋められるお前を守りながら、私たちで敵の“個”を穿つ。さすれば相手の士気もこちら並みに下がってくることだろう。士気が足りなければ相手を同じレベルまで、数が足りなければ相手を減らせばいい。そういう話だ。」



今ナディさんが言ったこと、それが私たちの作戦だ。もちろんこれだけで勝てるほど戦争は簡単じゃない。王国軍の本隊の状況はマジでヤバいらしいし、間者がどこまで情報を掴んでいるのかも不透明。けれど私たちが出来る最善ってのがそれだから、やるしかないってところだ。


まぁ私の知る偉大な英雄も、『一人で十体ぐらい倒せばいけるか?』って言葉を残してるし、ティアラちゃんも一人で10万くらい消し飛ばせば勝てるって寸法よ。……まぁさすがに無理そうだけど。



「それでティアラ。お前は十将発見次第、姉上を地上に降ろし、後ろの増強大隊に加われ。流石にまだ指揮権は渡せんが……。“お前の護衛”を主目標にしている。意見すれば大体は聞いてくれるだろう。」


「……まじ? そんなにいいの?」


「マジだとも。だからこそ、2大隊分の戦果をお前ひとりで上げてみろ。それぐらい、出来るだろ?」



少し挑発的な笑みを浮かべながら、そういうナディさん。


二人が敵十将を倒してる間に、私が数を減らしまくる。そういう作戦だったんだけど……、この後ろにいる人たちを全部私に?


少し振り返ってみてみれば、それぞれに笑みを浮かべている姉ちゃんたち。昨日補給基地燃やしに行った小隊の人たちもいるし、さっきまで酒盛りしてた人もいる。……嬉しいけど酒の姉ちゃんアルコール抜いて来てるよね? 飲酒運転じゃないよね? もう酔ってない? ならヨシ!



「……ッ! もっちろん! ティアラちゃん頑張るよ! とりあえず今日は3万ぐらい削るね! 目指せ12万総撃破!」


「はは! その意気だ。……っと、そろそろか。」



そんな会話をしていると……、銅鑼が鳴る。全軍進め、の合図だ。


帝国軍の方を見てみれば、あちらの方も動き出している。陣を見る限り……、内側に歩兵系統、外側に騎兵を置いてる感じか。囲い込まれたらまずそうだけど……。私たちが“個”として動くのならば、“数”として動くのが今地上にいるユリアンお婆ちゃんの領域だ。私に可愛いって言ってくれた人ね?


私からすれば今日あった人で、その性格や能力は全く解らない。けれどオリアナさんの戦友で、背中を任せられる人物って話を聞けば不安なんて何もない。


私は私の仕事を、することにしよう。



「さて、こんな場面だと『雷切』とか『咆翼』当たりが突っ込んできそうなもんだが……。ッ! ナディ。」


「えぇ、見えています。」



戦独特の高揚なのか、普段よりも声が少し楽しそうだったオリアナさんの声が、変わる。ナディさん共々、より真剣というべきか、覚悟を感じさせるものだ。


彼女たちの視線の先を見てみれば……、敵軍中央から、黒の線が一本伸びているのが見える。全員が騎乗している2000程の敵兵。アレは……、全員が黒の甲冑を着ているのか?



「さっきの会合で話は出ていただろ。ご趣味の悪い『黒騎士』御一行様だ。正面からこっちの総大将めがけて一直線、か。……流石に止めなきゃいけねぇよな。ティアラ、降ろせ。」


「う、うん。」



タイタンに指示し、高度を落していく。



「二人合わせてもちと分が悪いが……。足止めだけだ。ティアラ、お前は気にせず暴れろ。」








 ◇◆◇◆◇






「……あそこまで上がれば大丈夫だろ。」


「ですな。」



上空へと上がって行ったティアラを眺めながら、そう呟く。いつの間にか私の隣にはナディがいて。どこか昔を思い出させるような、覚悟のある顔つきをしている。……懐かしい、な。



「いいのか? お前の兵をウチのガキに預けちまっても。」


「えぇ。大隊を任せている彼女は信頼できる女です。何かあったとしても、大丈夫でしょう。」



自身のペガサスを地上に降ろし、愛騎の息を整えさせながら、そういうナディ。


お互いに理解していることだが、戦場じゃ何が起きるか解らない。横にいた奴が次の日にはいなくなってるかもしれねぇし、その次の日には自分がいなくなるかもしれねぇ。どれだけ力を高めようともその危険性は常に傍にいる。私は一度離れちまったが、コイツは違う。私よりも肌で解ってるだろうな。



(まぁ、こっちが考えること。相手がしないわけないよな。)



“個”に“個”をぶつける。戦場の基本だが、基本故にそれを相手に押し付けるのは難しい。常に敵ってのはこっちの嫌がることをするもんだ。例えば……、自軍の最強を、こちらの総司令官向けて突撃させるとか。



「強さを信頼してるからこその指示で、自分の強さを疑ってないからこその突撃だろうな。」


「……懐かしいので?」


「少しな。」



昔は良かった、なんてババア臭いことは言いたくはないが、実際そうだった。まだ王が真面でこっちも強者がそろってた。士気は高く、指揮官もまともな奴が多い。隣にはナディがいて、後ろには信頼できる部下がいた。


けど今はなんだ? 私は衰えて、王は狂ってる。強者の数は減って、士気は最低。指揮官はまともな奴が少なくなっちまった。


今乗りに乗っている帝国を見ていると、十数年前の王国を見ているようで気分が悪くなる。



「だが。今も捨てたもんじゃない。」



確かに失ったもんは多いが、得たもの。そしてこれから待っているものがある。夫や息子を亡くしたときはもう全部しまいだ、そう思っていたものだが……。少し目を閉じれば、過去の思い出と同じように、あいつの姿も溢れてくる。悪くは、ない。



「命の懸けどころを間違うつもりはないが、孫にカッコ悪い所は見せられねぇからな。お前もそうだろ、ナディ。」


「えぇ、あの子のもう一人の師として。そしてエレナの母として、持ち帰る首級は大きい方がいいですからな。」


「違いない。」



ちと分が悪い戦いではあるが、何とかなる。


そう考えながら、相手を待つ。視線はおのずと、一直線にこちらに向かって走ってくる黒い甲冑へ。


背後には『黒騎士』と同様に鎧を真っ黒に染めた騎兵集団。練度もまぁまぁ高め、だが黒一色ってのはやはり趣味が悪い。戦場でわざわざ色を合わせてくるってことはそう言うのをカッコいいと思ってるんだろうが……。文化の違いかねぇ。


相手もこちらのことに気が付いたのだろう、軽く手を上げ後方に指示。


馬を走らせる速度を緩ませ、私たちの前で止まる。



「よう小僧! こっから先は通行止めだが……、何しに来た?」


「無論、怨敵である国王の首を刎ねに。」


「そりゃいい! 私も連れてってくれ、って言いたいところだが……。残念ながら身内の恥ってのは自分たちで蹴りを付けるのが王国の常識でね! 邪魔者は帰ってもらうよ!」



鎧のせいか、くぐもった声を出す『黒騎士』に対し、そう返す。



「……かの『槍鬼』殿、そして天馬騎士団のナディーン殿に相手していただけるとは。」



手に持っていた槍を軽く振るいながらそういう『黒騎士』。こいつが出始めたのは私が引退する直前ぐらい、そのせいで戦場で顔を合わせたことはなかったが……。長く生きてみるもんだね。帝国最強サマに名前を憶えられてるってのは面白いもんだ。



「だがこちら2000に対し、其方らは2人。普段ならば私一人でお相手するのが礼儀というものだが、今私は陛下の命を受けている。……卑怯とは言うまいな。」


「あぁ、もちろん。だが……。」



私がそういった瞬間。上空から放たれるのは、“熱”。


瞬く間に敵兵2000を覆いつくすのは、迷宮50階層に出てくるボスの攻撃であり、ティアラがコツコツと改修し続けた『溶岩の弾』。私らのような人の常識を“超えた”存在であれば直撃したとしてもまぁ何とかなる攻撃。だが見るからに。『黒騎士』の配下に“上澄み”はいない。


瞬く間に溶岩に飲み込まれていく黒い雑兵ども。あぁ、そうだろ。“アイツ”の攻撃には何の起こりもねぇ。魔力の反応もなければ、音もしない。勘が良ければ殺気を感じるかもしれねぇが、残念なことにウチの孫はそういうのを“作業”として考えられる奴でね? 余計な感情は乗せねぇのよ。


瞬きの前に、溶けていく2000の兵。さすがの『黒騎士』さんでも、目の前で何が起きたのか理解できなかったのだろう。自分に降りかかる溶岩の弾丸を槍で防ぐことはできたようだが、自分の配下が溶岩によって溶かされ、死んでいく姿を見ることしか出来なかった。



「悪いが年のせいで目が悪くなったみたいでね。どう見ても2対1にしか見えないんだが……。卑怯とは言わないんだよな?」



さて、これで怒り狂って槍さばきが多少鈍ればいいんだが……。



「合わせろ、ナディ。」


「はい、どこまでも、姉上。」



とりあえず、やってみるか。







 ◇◆◇◆◇






「にゅやぁぁぁああああああ! 頭いたいぃぃぃいいいいい!!!!!」


「ティアラ!?」「大丈夫か!」「警戒しろッ!」



あ、ごめん。普通に“射出”の負荷が辛すぎて叫んだだけだから。敵からの攻撃受けたわけじゃないから。あと大丈夫だからね? 姉ちゃんそこまで慌てなくていいからね?


でも痛いのは痛いのぉぉぉ!!!!! 一気に! 2000の消滅とか! 出来るわけないやろがい! こちとら通常時の限界50ちょっとやぞ! 立ち止まって集中すればギリ三桁届くか届かないかしか“射出”運用できないんやぞ! それを無理矢理、敵兵2000人分やるとかおバカか!!! 痛いぃぃぃ!!!!!



【あぁもう。無理しちゃだめって言ってるでしょうが。】


「治った!!!」


「「「え、急。」」」



私の急変にビビる姉ちゃんたちを放っておいて、アユティナ様に礼を言う。いつもありがとうございます……! え、礼はいいから戦争に集中しろ? 確かに! アユティナ様がぶっ壊れた頭を治してくださったおかげで、思考は非常にクリーンだ。即座に戦場全体を見まわしながら、私が次に取るべき行動を探す。



(『黒騎士』はオリアナさんたちに任せるのが最善だ。アレは私には手が出せない。むしろ私が入れば、邪魔になる相手。)



今私たちがいるのは空、高度を保っているせいでかなりの上空なのに、心の臓が震えそうなほどにあの『黒騎士』は強い。出来る限りの支援を、と思って魔法攻撃の側面も持つ“溶岩弾”を連射してみたのだけれど……。それを全部防がれてしまった。後ろの雑兵たち2000は蹴散らすことが出来たし、感覚的にレベルが上がったっぽいけど、私が勝てる相手ではない。


そして、オリアナさんの言葉を信じるならば……。彼女とナディさん。二人合わせても厳しい相手だ。



(上がったステを確認するよりも、私しかできないことをして、助けなきゃ。)



いくら黒騎士といえども、味方にとんでもない被害が出ていれば、軍という集団を守るために一旦後方に下がらねばならないだろう。もし下がらなくても、自軍の数がどんどん減って行けば、心に掛かる負荷ってのはどんどん増えていくはずだ。後ろに下がるべきか、そのまま戦うべきか。迷いは手を鈍らせ、隙になる。


私が出来るのは、そういうこと。


つまり当初の目標通り、敵兵を殺しまくる!



「大隊長の姉ちゃん! 上申! このまま敵軍上空まで移動して爆撃する! 援護お願い! それと“帝国十将”の中に『空騎士』か『竜騎士』はいる!?」


「了解した。これより我らはお前の盾となろう。それと、あちらには『咆翼』と呼ばれる『竜騎士』がいる。我らでは相手にならぬ故、もし出てきた場合は撤退するぞ。」


「あり! でも撤退はナシね! 空は私らのもんだ!!!」



そう叫びながら、敵陣に向かいタイタンを進ませる。さぁさぁさぁ! まだまだ“空間”と“射出”の怖さはこんなもんじゃないよ! アユティナ様から頂いた加護! そしてその使徒の力! 命をお駄賃に、とーんとみせてあげるもんに!!!



「ブ!」


「え、空はタイタンのもの? 私のものじゃない? んもう意地悪。お前の御主人は私だぞ? お前のモノは私のモノ、私のモノはお前のモノ。つまり二人のモノさ! とにかく文句言う暇あったら気合入れてけよタイタン! 暴れるぞ!」



というわけでご挨拶“疑似メテオ”! 帝国軍の皆さんにプレゼントだァ!!!



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