37:会えたね



「んで? 何の用だ?」


「ひ、ひぅッ! そ、その、今日はお詫びをしに来たのと、メッセンジャーとして……。」


「あ?」



私の師匠であるオリアナさん。その口から放たれたドスの効いたヤバい声が、部屋全体に響き渡る。ね、ネルちゃんもタイミング最悪な時に来たよね。ティアラちゃんがお膝でヨシヨシしながら慰めてあげ……、あ、はい。ごめんなさい。反省してます。


幼少期エレナっちとの模擬戦の後。私たちはそのまま宿に帰ってきたわけなんだけど……。普通にオリアナさんに怒られちゃった。よくよく話を聞いてみれば、模擬戦中の私の危険行為が原因だという。一瞬脳内がハテナで埋め尽くされちゃったんだけど……。指摘されてみれば確かに危ない行動しかしていなかった。


最初のタイタンの突撃は喰らえば相手のペガサスもろとも爆散しててもおかしくないような威力だったし、空中でのジャンプもまぁ落ちたら死ぬ。最後の急降下も失敗したら死ぬし、あの攻撃がエレナの胴体に当たっていれば落馬からの地面直撃大爆死という素晴らしいラインナップ。


一応落馬対策に魔法使いだったネルちゃんが『浮遊の魔法』を、エレナに付いてきた部下の一人が回復魔法をいつでも発動できるように控えててくれたそうだが……。まぁ私の攻撃は大体即死級だったし、そもそもこれはエレナっちに掛けるために用意されていたもの。両方が危機に陥った場合私を助けてくれる可能性は0だ。


まぁつまり、ほんとに何かあったらマジでヤバかった。って感じだね♡



(でも私が空中でジャンプしたとき真っ先に落下点まで移動してくれてたのオリアナさんだよね。)


(もう一回最初から説教してやろうか? あ?)


(ア、ナンデモナイデス。ゴメンナサイ……。)



一応ね? 実際の戦闘でそれをするのは別に悪いことではないと言ってくれたんですよ。命を懸けて戦ってるときにそれまでやったことしか出来ないのは対応力に欠けるし、“出来る”っていう自覚があるのならそこに賭けるのも一つの戦い方、って。でもまぁそれは、実戦での話で……。



『模擬戦で全く練習したことのない技を出すやつがいるかアホ。両方とも怪我無く勝って帰って来たのは褒めてやってもいいが、こっちの気も考えろ。死ぬ気か???』



と言われてしまった。


いや、ほんと、仰る通りです……。まぁ実際アレ以外にもいくつか勝ち筋はあったからねぇ。タイタンのスペックを頼りにした長期戦。相手のスタミナを削り取るような戦いや、比較的にまだ経験のある地上戦のみでの戦い。後は最後の手段というか、実質的に仕えない手ではあるけど、“射出”で撃ち落とすという手もあった。


エレナを確実に納得させる。今後一切『タイタン寄越せ』なんて言わせず、同時に『お前より強い奴とかもっといるが? 私がそうだが? 話聞け!』をするにはおそらくあぁするのが最適だったとはいえ……。確かにちょっと無理しすぎたかも。ガチのお説教してるオリアナさんの後ろに薄っすらと『これはティアラちゃんが悪い』みたいな顔して腕組みしてるアユティナ様が見えるし、おとなしく反省しときますかね。


とまぁそんな感じで、この町で借りている宿でお説教を受けていたわけなんですが……。



(なんと運悪くここにネルちゃんが来訪。この領地を治める子爵に使えている人で、エレナについて来てたあの人がこの宿に来ちゃったのですよねぇ。)



そもそもネルとオリアナさんは、私があの場に行く前からずっと言い争いをしていた故に好感度は最悪。しかも私をお説教していたということで“鬼モード”継続中。


機嫌悪いろころに、もっと機嫌が悪くなるような存在がやって来たのだ。オリアナさんの気分はもう大変である。全身から不機嫌オーラというか、ヤバいオーラが漏れ出て普段より重力が5倍ぐらい強く感じる……! もしや重力室!? と、トレーニングしなきゃ!!! ……いや本当にはしないよ? もっと怒られるし。



(にしても……、普通に可哀想。)



この部屋をノックしてドアが開けられる前の彼女。最初のネルっちの顔はちょっとだけ申し訳なさそうにはしてたんだけど、『伯爵家に使える者として下手なことはできない』みたいな気合満々の顔だったんです。けど鬼の形相をしたオリアナさんが出て来た瞬間に崩壊。瞬く間に真っ青になり、震えながら滝の様な汗もかいている。



(普段のオリアナさんなら、その状態を心配してあげるくらいするんだろうけど……。ほんとに運が悪かったね。ネルちゃん。でもご安心! もし何かあってもティアラちゃんがしっかりと埋葬して祈り捧げてあげるから!)



まぁそんな感じで、話は冒頭に戻る。


ブチ切れモード継続中の赤鬼……。じゃなくてオリアナさんの目の前に、私と同じように正座するネルちゃん。怒り狂ってて角まで生えてそうなオリアナさん相手に普通に話せるわけもなく、ネルちゃんの声はとんでもなく震えており、同時に恐怖のせいか小さかった。


そんな声でオリアナさんが耳に届くはずもなく、返って来たのは『あ?』と明らかに怒りが含まれた一音。もっとシャキシャキはっきり喋れ、という意味が多分に含まれたお声である。もちろん信じられないくらいドスは効いていて、もう溶けちゃいそうなほどにネルちゃんがヤバくなってる。


……まともにしゃべれなくなっちゃったねぇ。



(……これフォロー入れた方がいい奴? そうだよね。うん。)


「あ、あの。オリアナさん……? この人私たちに“ごめんなさい”と、お手紙渡しに来たみたいです。」


「そーかい。……ちッ! 気にくわねぇなぁ、詫びに来るなら上連れてこい上。というか指示出したの子爵じゃねぇのか? なら本人が来いや。……ったく、ネルって言ったか? はよ手紙寄越せ。」


「は、はぃぃぃぃ!!!」



即座に胸元から手紙を取り出し、五体投地しながらオリアナさんに差し出す彼女。明らかにちょっと汗で湿ってる気がするが……。まぁオリアナさんも流石にそこは突っ込まないで上げたようだ。軽く封をあけ、中身を確認する。



「ん? ……へぇ。」



何か面白いことが書いてあったようで、ほんの少しだけオリアナさんが纏う雰囲気が柔らかくなり、その顔にも笑みが戻ってくる。依然として“鬼モード”が継続しているせいか滅茶苦茶好戦的な笑みに見えるけど……。ただの気のせいだろう。というか気のせいにしておいた方が、私やネルちゃんの精神衛生上的に良いのだ。



「おい、ティアラ。」


「はい! なんでしょうか!!!」


「うるせぇ、説教はもう終わりにしてやるから普通に話せ。……この前お前に“空騎兵の戦い方”について教えてくれそうな知り合いがいる、って話しただろ?」



あぁ、うん。聞いた聞いた。


空騎士としての戦い方、軍としての用兵の仕方、その他諸々解らないことばかりだから、その辺りの勉強を見てくれる先生が欲しいな、っていう話。オリアナさんにはちょっと難しいみたいだし、昔の知り合いに先生役やってもらえないか聞いてみる、って感じだったよね。まぁそもそもペガサスの乗り方すらあやふやだから、そういう基本全部覚えてからって言う話だったはず。



「その言ってた奴。ここの領主の嫁だったわ。いや正確にはあいつが領主が? 婿取ったって言ってたし。」


「…………ほへ?」


「家の都合とかで異動して、そこから顔合わせる機会なんてまるでなかったが……。そうか、ここだったのか。ちゃんと聞いておけばよかったな。」



そういいながら愉しそうに笑うオリアナさん。えっとつまり? エレナのママが、オリアナさんの知り合いってコト!? わぁ、すごい偶然。世界って狭いんだねぇ。というかお知り合いの家知らずに連絡取ろうとしてたんですか? それってかなり無謀というか……。あ、共通の友人がいるんですね。んでそれ経由で話を聞こうと、なるなる。



「書いてる感じ、お前への謝罪と、私と旧交を温めたいんだと。他にも久しぶりに勝負しようとかも書いてるが……。まぁこの辺りはお前にゃ関係ないな。とりあえず明日はあいつの家、子爵サマのお屋敷に行くがそれでいいか?」


「もちもち! それでいいよ!」



どうせやる事と言ってもタイタンとの習熟訓練と、あの子に齧り取られた服の替え買いに行くぐらいだからね! 結局あの後下着まで破られたし……。尻ぶっ叩いて叱ったけど体格差のせいで全然痛そうじゃなかったしな。今度やったら地獄みせてやろ。



「ということだ。ネルといったか?」


「あ、ひゃい!!!」


「明日行くからそう伝えとけ、変な歓迎は不要、ともな。」


「か、かしこまりました! では失礼します!!!」





 ◇◆◇◆◇





翌日、宿の主人に領主の館の場所を聞いてその場所に直行したわけなんですが……。



「思ったよりおっきい。」



なんかこう、“ちゃんとした貴族の家”が目の前にある。あ、いや、ね? 実はこういうの初めて見るのよ……。なんだろ、前世の感覚で言うとすればヤクザのクソデカい和式の家みたいな感じ? その西洋ファンタジー版の奴が目の前にある。


こうでっかいお庭があって、奥に大きなお屋敷がある。んで敷地の中を外から見渡せばペガサス用の厩舎とか訓練場とか、兵士たちの寮みたいのが見える。お屋敷一つで完結するって言えばいいのかな? とにかくなんかそういう感じのでっかいの。



(ほへ~。異世界してるなぁ。)



故郷の村の貴族というか、リッテル様の屋敷は石造りでこじんまりとしてた。その後に寄った私がぶっ殺した貴族の屋敷は小さめ。迷宮都市はそもそも貴族の屋敷なかったし……。こういうしっかりとしたお屋敷は前世含めて初めて見るかもしれない。


子爵でこんな感じなんだ。公爵とか侯爵になるとどれだけデカくなるんだろ……。



「何立ち止まってるんだ? いくぞ。」


「あ、待って!」



そんなお屋敷に対し、何も気にせずどんどんと進んでいくオリアナさん。


た、頼もしいけどもうちょっと覚悟する時間をおくれ! 私どっかのRPG勇者みたいに、急に人の家入り込んでツボ破壊するような胆力持ってない……、いややろうと思ったら出来るな。さすがに箪笥開けて泥棒するには気が引けるけど、家の持ち主が敵だったら箪笥事投げつけて下敷きにするとか普通にできるや。


なるほど、カチコミの気分で行けばいいんだな! さっすがオリアナさん! 背中で私に教えてくれるなんてさすがだぜ……!(違う)



「ふん、ふふ~ん!」


「……機嫌の移り変わりおかしくねぇか? まぁ別にいいが、いつものことだし。っと、オリアナだ。話は通ってるか?」



オリアナさんがそんなことを言いながら屋敷の門番さんに話しかけると、すぐに門を開けてくれる門番さんたち。そして『そのまままっすぐどうぞ』と一言。屋敷にそのまま入って頂いても大丈夫、ということなのだろう。軽く頭を下げ礼をしながら、ゆっくりと歩き始める。


そのまま屋敷までまっすぐ走って行ってもいいんだけどね? このお庭ちょっと見たいのよ。そこまで整備されているわけではないみたいだけど、貴族のお屋敷なんて始めてだし……。



「あ、そういえばさ。その“お婆ちゃん”の知り合い? どういう人なの? 私、“大丈夫”な奴?」


「ん? あぁ。お前の“父”とも親交はあったみたいだが、“母”とは会ったこともなかったはずだ。大丈夫だろうよ。」



少しだけ指を顎にあて、考えを纏めようとする彼女。


まぁとりあえず、私の身分はオリアナさんの“孫”ということでよさそうだ。もしオリアナさんの息子さんとかと親交が深く、孫なんて生まれる前に死んじゃったという話を知っていれば『すいません嘘ついてました』って土下座しなくちゃならなかったが、聞いた感じ大丈夫そうだろう。


とりあえず私は“孫”としてふるまって、事実を明かすかどうかはオリアナさんに任せる。そんな感じかな? 私が本当にバレちゃいけないのはアユティナ様関連のことだけだし。まぁ孫バレぐらいはいいでしょ。



「それでどんな奴かというと……。もう20年前ぐらいの前の話だが、子犬みたいなやつだったな。」


「ワンちゃん?」


「あぁ、最初は噛みついてきたが一回ぶっ飛ばしてやればずっと後ろを付いて来てな。“姉上”って呼んできたもんだから……、まぁ可愛がってたな。」



そう考えれば昨日のアレもアイツみたいな行動だったな、なんて笑いながらそういう彼女。どうやら顔は父親にだったせいで解らなかったが、髪色は母親に似て真っ赤な赤だったという。戦場で一緒にバカやって、楽しい時間を送っていたようだ。



「いい戦友、って奴?」


「だろうな。……私は婆になって、あいつは子持ちか。ったく時間ってのは怖いもんだ。」



ティアラちゃんはまだ5歳だが、前世は一応成人している。というかこの世界の原作であるゲーム、普通にR18だったから成人じゃないと買えないし。だからまぁなんとなく時間の進みについての感覚はわかる。オリアナさんだけの、過去を思い出す時間。何もしゃべらず、ただゆっくりと足を進める。


そうして、屋敷の前のドアにたどり着いた瞬間……。その静寂は、破られた。


いや、蹴破られた。



「お久しぶりです姉上ぇぇぇえええええ!!!!!」


「おわぁぁぁあああああ!!!!!」



お屋敷のクソ立派なドアをぶち破って出てくるのは、おそらくエレナの母にしてオリアナさんの知り合いらしき女性。しかしながらその脚は確実にオリアナさんの顔面を狙っている。流石に驚いたのか声を挙げながら最低限の動きで蹴りを回避。そのきれいなお顔にグーでカウンターを返すオリアナさん。


……うわ、拳が顔面にめり込んでる。いたそ。



「ってナディ!?」


「ふ、ふふふ。さすが姉上。まったく衰えを感じさせぬ!」


「ま、ママ!?」



思いっきり殴られたはずなのに、楽しそうに笑うナディ? という人。というか顔凹んでません? ほんとに大丈夫? 笑ってる場合? そんな様子に私とオリアナさんが困惑していると、屋敷の奥から人影が。最初に見えたのはエレナで、続々と後ろから続いてくる大人たち。


全員の顔が驚愕に染まっていることから、明らかに想定外、というところだろう。



「ママ、何して……。あ。」


「は、ハロ~?」



飛び出て来た彼女と、私の目が合う。


明らかにその目は私に対する恐怖に染まっていて、とてつもなく気まずい。たぶんあっちも恐怖を表に出さないようにしてくれてるんだけど、私の顔見て固まっただけでもうわかっちゃう。あ、あはは。やり過ぎちゃったかな?


そうこうしている間に、屋敷から飛び出て来た人が『奥方様ぁ!』とか言いながら回復魔法を開始。なんやかんやでお顔がもとに戻ったママさんは、オリアナさんに抱き着きながらぴょんぴょんしている。か、カオスだ……! でもこういうのいいよね。もっとカオスにするために、ここはティアラちゃんがブレイクダンスを一曲……。あ、やめろ? おかのした。



「おまえ、まだこの悪癖治ってなかったのか……。もう40手前だろ?」


「ははは! ご容赦を! なにせ久方ぶりの姉上なのです! 老いて衰えたかと思っておりましたが……! 全くですな!」


「はぁ。まぁなんだ、久しぶりだな、ナディーン。」




ーーーーーーーーーーーーーー




〇ティアラ

なんかこの人、私と同じ匂いがする……!(初手暴力から)


〇オリアナ

この感じ懐かしいなぁ、なんて思いながらクソガキのために鍛えなおしておいて良かったと思ってる。少しでも劣化してたら避けられねぇ速度だったぞオイ。あと子供の前で安易に暴力行為に走るなバカ、ウチのクソ孫が興奮する上に、お前の娘に悪影響だろうが。……ティアラに悪影響はないかだって? あるわけないだろ。もう染まってるんだから。


〇ママ(ナディーン)

相性はナディ、親しい人にそう呼ばせている。本当に久しぶりの姉上だったので舞い上がってやってしまった。昔は結構な人数に噛みついていたが、オリアナや今の旦那と会って少し矯正されていた。けど嬉しすぎて再発した。だってもう二度と会えないと思っていたのだもの。(実際ティアラがいなければ会えなかった。)

あと姉上が万全の状態でほんとにうれしい。さすがに全盛期よりは下だけど、それを維持するのにどれだけの苦労が必要か理解しているが故に、嬉しいのだ。


〇エレナ

会う前の覚悟決める前にばったり会っちゃってすごく気まずい、あとやっぱ怖い。というかその前にママがなんか攻撃仕掛けて反撃を受けたのにぴょんぴょんしながら喜んでるのを見て宇宙猫した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る