36:家族の話



オリアナさんに『模擬戦で命の危険性のある技を練習せずにするなアホ』と言われながら説教をうけているため、今回ティアラちゃんはお休みです。



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【子爵家令嬢エレナ視点】




(あの子に、平民の子に……、負けた?)



どれだけ疑問に思おうとも、結果は変わらない。それが現実であるのならば、受け入れなければならない。私は、負けてしまったのだ。貴族は、無辜の民。平民を守るために存在している。だからこそ貴族である私たちは、力を求めなければならない。そんな信念をもとに日々を積み上げて来たのに……。


守るべき存在に、私は負けたのだ。



(お父様の娘として、お母様の娘として。ただただ恥ずかしい。)



私があの巨大なペガサスに興味を持ったのは、それをお父様が欲しがっていたからだ。すでに私は、お母様のペガサスが生んでくれた相棒がいる。私が共にいる存在はあの子しかいないし、もしあの子が死んでしまったとしても、私が共に空を駆けるのはあの子の子供たちしかないだろう。


しっかりと絆を結んだ相棒がいるのに、他の子なんかに目移りするわけがない。


そのペガサスを連れてくれば、お父様が喜ぶ。だからこそ私は、お父様の提案に首を縦に振ったのだ。私だけではできないこともある、故に従者を連れていく許可も、頂いた。交渉事や法に詳しく、また魔法使いとしても優秀なお父様の部下、“ネル”。そして子爵家に使えてくれている兵や従者たちを連れ、私たちは件の少女の元へ向かった。



(貴族が鍛錬に重きを置くのは、民を守るためだ。その対価として私たちは、税という形で民から資金を得る。だが決してそれを溜め込んだりはしない。)



私たちは貴族ではあるが、なんでもできるわけではない。パンを焼くことも、剣を打つこともできない。そんな出来ないことを平民たちに依頼し、対価としてお金を払う。そうして“経済”というものを回すのだと、教わって来た。件の少女とやらは、『野生のペガサスを捕まえた』という仕事を成した。だからこそ、貴族である私はその対価を支払いに行く必要があったのだ。



だが結果は、拒否。



彼女の元に向かう前に、ネルが『少し過剰ですが、案件の重要度から騎士爵も付け、絶対に頷かせるべきです。子爵様にご許可を頂いてきます。』と用意してくれたものも、逆効果だったようで、より強く拒否をされた。


そしてあろうことか、あの子は私のことを馬鹿にしてきたのだ。


私が積み上げて来たもの、貴族としての矜持。それを全てあの者は無価値なものと断じ、そしてそれを証明する理由として、『お前などが、このペガサスにふさわしくない。』乗りこなせるわけがないと、言い放ったのだ。


お父様やお母様によく注意されてしまうが、私は頭に血が上りやすいようだ。


だが、貴族としての強さを。私たちが役目を果たせるように常に鍛えているのだと証明するためには、あの子の鼻を叩き折ってやる必要があると感じた。もちろん強い怒りもあったが、まだ私は冷静だった。



(だけど、結果は……。)



敗北、それも最悪の形で。


私の相棒と鍛錬を積み、ようやく形にしたはずの“急降下”。それをコピーされて、負けた。絶対に離してはいけないハズの武器を飛ばされ、地面に叩きつけられた。指南役の騎士団の者たちからも、ずっと教えられてきた『武器を手放すな』という教えを、破ってしまったのだ。


そしてあの子が祖母らしき存在と話している時、『初めての騎乗にしちゃまぁよかったんじゃないか? まぁ危険行為しかしてないから普通に説教だが。』なんて言われているのを聞いてしまった。



私は、平民の子に。初めてペガサスに乗った子に、負けたのだ。



その後のことはあまり覚えていない、ただ現実を受け入れられなくて、皆に連れられ屋敷に帰ったことは理解できたが、それを脳がちゃんと処理してくれないような。そんな感じだった。


私がこれまで積み上げたものを全部壊されたような感覚、年上の戦場に出たことのある者たち、先達に負けたのではない。初めて騎乗した、同年代の子に負けたのだ。これまでの私がやって来たもの、なによりも私自身の存在価値を壊されるような感覚。


……けれど足は、自然と鍛錬場へと向かっていた。


理由は解らない、でも心の中のどこかで、『ここで折れたら本当に意味が無くなってしまう。』そう思っていたからかもしれない。



「おぉ、エレナか! お前も鍛錬しに……、どうした、浮かない顔だが?」


「お母様……。」



そんな私に、お母様が声をかけてくれた。額に流れる汗と手に持っていた槍。けれを私の顔を見た母はその手から槍を離し、優しくこの身を抱きかかえてくれる。それに安心してしまったのか、それとも申し訳なくなってしまったのか。ぽつぽつと、今日あったことを全て、懺悔してしまう。



「そうか。だが私だって平民に負けたことは数えきれないほどにあるぞ? だからそう気落ちするな。……常に向上心を忘れぬお前が負けるとはなぁ。よっぽど強かったと見える。戦ってみて、どうだった?」


「えっと……。」



最初は、ペガサスの暴走を御すことが出来ない未熟者だと思った。けれど途中から感じたのは……、恐怖。


単純に戦いを楽しみ、槍を振るう。相棒を駆る。常にその顔から笑みが消えなくて、笑っていた。狂っているのかと思うほどに。そんな様子にただ、恐怖を覚えた。“戦意”というのだろうか、どれだけ抑えようとしても永遠にあふれ出てくるような存在に圧倒された。あれは、私の理解の及ばない化け物。


私が感じたのは、そういうった“平民”には感じてはいけないような、感情ばかりだった。



「怖い、と来たか! それはそれは……、良い経験をしたな。」


「よ、良い、ですか?」


「あぁそうだとも。戦場に於いて理解できぬものなど大量にある。理解できぬまま死なぬためにも、それを無理矢理自分の常識に押し込め、処理していく必要があるのだ。目の前の友軍が瞬きの内に真っ二つになっていたとかざらにあるからな……。」


「え。」



ま、まっぷ、たつ???



「っと、まだエレナには早い話だったな。忘れなさい。まぁ、そんなわけのわからぬものを一つ先んじて知ることが出来たのだぞ? これを良い経験と思わずにどうする。」


「ですが、私は、負け……。」


「だが生きて私の、母の元に帰って来たのだろう? ならばその時点でお前の勝ちよ。恥じることなどないさ!」



大きく笑い、優しく頭を撫でてくれる母。本当に私のことを褒めてくれているような、この身を案じてくれるような、優しく大きな手。先の戦いでボロボロになりながらも、ちゃんと帰ってきてくれた母の言葉だ。間違いなど、あるはずがない。



「にしても、お前と同じ年ごろでそこまで至るとはな……。一度会ってみたいな。名はなんという?」


「えっと、確か……。『オリアナの孫、ティアラ』と名乗っていました。元、百人隊長だった方の孫だと。」


「オリアナ……、オリアナッ!? “槍鬼殿”か!!!」



驚き、そして何かに気が付いたように大声で笑い始めるお母様。あまりにもその声が大きくて、奥からお母様のペガサスがこちらの様子を伺いに来るぐらいだ。……あと私のペガサスが、お母様のペガサスに怒られている。私とお母様の関係と同じように、私の相棒と母の相棒は血の繋がりがある。


どうやら『主人の敗北は私たちの責任! 反省! 鍛錬しなおし!』と叱られているようだ。あ、あとで私のせいだって謝らなきゃ……。



「あ、あの。ご存じ、なのですか?」


「あぁ、知っているとも。というか私が一度も勝てなかった相手だ! 引退されたと聞いていたが……、そうか、孫か。もうあの方もそんな歳なのだな……。」


「お母様が?」



私の憧れであるお母様。強くて、美しくて、勇ましい人。私の知るお母様は、絶対に負けない強い存在。確かにお父様のことは尊敬してるけど、強さに関してはお母様の方が何倍も上。この子爵領のなかで一番強い存在が、お母様。そんなお母様が一度も勝てなかったなんて……、信じられない。



「本当だとも! 地上だろうが、我が相棒に跨ろうが、集団で襲い掛かろうが全くの無意味! まとめて吹き飛ばされたのは良い思い出だ……! あぁ、もちろん貴族ではないぞ? だがその精神。鍛え上げられた肉体、すべてに於いて尊敬すべき方よ。」


「そ、そんなに……。」


「あの方は覚えておらぬかもしれぬが、私やお前と同じ赤髪でな? 親近感を感じ、まだ若いころは戦場で“姉”と呼ばせてもらっていたものだ……。『天馬騎士団』をお前のお祖母様に任せられるようになって、色々と会う機会は減ってしまったのだ。先の戦争で顔を見ることが出来ず、そこでようやく引退為されたことをしったのだが……。そうか、我が領土にきていたか。」



過去を思い出すように、楽しそうに教えてくださるお母様。あの真っ白な頭に、まばらに残った赤い髪の女性。あの高齢の方が、オリアナという方だったのだろう。


それをようやく理解し、過去のやり取りを思い出す。……私の口からではないとはいえ、ネルと口論をさせてしまった。お母様とも親交が深い方に、もしや無礼を?



「あ、あの。お母様の、お姉様? とは知らなくて…。」


「あぁ何。ごっこ遊びのようなものだ。実際の姉ではないぞ。」


「その、失礼なことを……。」


「ん? あぁなるほど。まぁあの方は貴族嫌いだからなぁ。……うむ、ではネルにでも手紙を持たせるといい。『今回のことで詫びたい』とな。ちゃんと頭を下げれば聞いてくださる方だ。姉上のお孫殿も同じであろう。息子殿も気の良い奴だった故な。」



私を安心させるように、そういってくれるお母様。とても親交が深かった方なのだろう。手紙を書くときに、お母様の名前を入れてもいいか、聞かなくちゃ。……でも正直、あの子がそんな簡単にごめんなさいして、いいよって返してくれるとは思わないです。怖いです。



「それにしても、姉上の孫か……。息子殿も思わず感心してしまうほどの益荒男であったし、その血を継いでいるとなると、ひどく納得できる。まさに鬼のような方々であったからなぁ。……うむ。私も気張らねば!」



姉上とまた手合わせしてみたい、そんなことを言いながら。ようやく心を落ち着けることが出来た私を、ゆっくりと地面に下ろしてくれる母。共に湯浴みにでも行こうか、と誘ってくださった手を、握る。やはりお母様の手は、心が安らぐ。



「姉上はもちろん、姉上の夫殿と息子殿は思わず口を開けてしまうほどに強い方々でな? 『騎兵』として戦場を駆け巡っておったよ。してお孫殿が『空騎士』の道か……、祖母のような『槍兵』や父上のような『騎兵』を選びそうなものだが、なにかあったのだろうか?」


「あ、あの。お父様が『ペガサスに好かれやすい』と。……あまりそのようには見えなかったのですが。」


「はは! まぁ口調や態度などいくらでも変えられるからな! 見た目など当てにならんよ! ……そういえば息子殿に子供がいたとはてんで聞いたことがなかったな。あいつめ、私に教えずに逝ってしまったのか。薄情な奴だ。まったく、生き残れば残るほどに寂しくなる……。」



亡くなってしまった方々に思いをはせるように、小さく呟くお母様。……先の戦いでは、私に槍の扱い方を教えてくださった方が、帰ってきませんでした。幼い日の思い出ですが、私を抱きかかえてくれた方の多くが、この地に帰って来れていません。


他の場所も、そのような方が多くいるのでしょう。……だからこそ、強くならなければ。



「私の代で終わらせる、と言えればよかったのだがな。残念ながらお前に任せねばならぬことも多いだろう。平民も貴族も戦場では関係ない、確かに貴族としての責任を意識することは重要ではあるが……。そのティアラという娘とは仲良くしておけ。必ずお前の糧になるだろう。」


「はい……。」



深く、頷く。


お母様の言うことに、間違いはない。正直仲良くなれる気はしないが……、共に戦う仲間であれば、信頼できる気がする。あの恐怖が敵に向かうのであれば安心だし、頼もしい。そう思えた。



「ま、まずはその口調からだな! ったくどこでそんな堅苦しい話し方を覚えた? ゲリュか? それとも教育を任した爺やか? 昔のような快活とした喋り方の方が可愛らしいというのに! やはり前の方が話しやすし、親しみを持たれるのではないか?」


「そうでしょう……、ううん。そうかな、ママ。」


「うむ! やはりそちらの方がいい! あぁそうだ、せっかくだから詫びの手紙を招待状にしてしまえ! 私も姉上と久しぶりに会いたいし、お前もお孫殿と仲良くしたいだろう! ははは! 良い思い付きだ! さ、早く汗を流して机に向かうことにしよう!」




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〇エレナ

落ち込んでいたが、ママにフォローされたおかげで何とかなった。あのバケモノみたいな笑い方してたよくわからない存在と仲良くなっておけ、というわれたのでとりあえず頑張ろうと思っているようだが、本当に仲良くなれるかとても不安。技術的にエレナの方が勝っているのは理解できるのだが、それを簡単に覆す“何か”をティアラから感じている。


〇ママ

実はオリアナさんが言っていた、『空騎士の部隊としての運用』を教えてくれるかもしれない存在だった。だいぶ前のことなのでオリアナに忘れられてるかもなぁ、と思っている。でも久しぶりに会えそうなのでテンション爆上げ。湯浴み後、髪を乾かす前に手紙を書こうとしてしまったため、エレナに注意を受けた。娘の成長に涙する母であった。なおタイムリミットはあと2年。


〇パパ

エレナに付いて行ったネルから報告を受け、精神的にダメージを受けた。即座に娘のフォローに行こうとしたら湯浴みしていたため近寄れなかった(近寄り過ぎるとママから変態扱いされ制裁を喰らうため)。今回の一件で、普通にティアラ含めタイタンにも逃げられてしまいそうなので頭を抱えている。なおタイムリミットはあと2年。



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