45:ルート開拓は大事


「うぅ、なんかこのもやもや感ヤダ。」


「気持ちは解らんでもない。」



ギルド長になったセルザっちと別れた後。私たちはペペちゃんのいる宿屋、『麦の歌声亭』に向かっている最中だ。


いやね? 行かなくちゃいけないのは解ってるんですよ。どっちみちあそこで宿取らなきゃいけないし、行く以外の選択肢はない。けどあの宿屋を利用するためにはペペちゃんや女将さんに謝ったり事情説明しないといけないわけで……。



(言ってしまえば客と宿屋って関係性なんだけど、深入りしすぎちゃったというか……。仲良く成り過ぎちゃった。)



お金に関しての問題は起きていないはずだ。常に余裕を持って滞在費を渡していたし、ツケ払いをそのままにして逃げちゃった、というわけではない。むしろあと十数日分の宿代は残っていたはず。……けど人と人の関係性は、お金で解決できるものではない。ロリコン伯爵のせいとはいえ、私はペペちゃんとの約束を反故にし、消えてしまったのだ。


色々と仲良くしてもらってたおかげか、想像以上にペペちゃんは私に懐いててくれてたらしい。まぁあの子あの時3歳ぐらいだっただろうし……。今は5歳ぐらいか。そんな時に仲いい人が『悪い人に襲われて逃げた』って聞けば不安でたまらないよね。


実際。セルザさんから聞いた感じ、かなり荒れてたみたいで……。



(今からあいさつしに行くのが気まずい。)



と言っても、気まずいだけで逃げるのはNG。不義理だし、そもそも可能なら今回もあの宿利用したい。


この欲望渦巻く迷宮都市に真面な宿屋ってのは数が少ない。私はペペちゃんの所を見つけられたから良かったけど、聞いた話によると裏の人間と繋がってて食事に変な物混ぜられたりとか、夜中に部屋に入られたりとか、気が付いたら身ぐるみ全部はがされてたとかザラにあるらしい。


あとは宿泊客同士の揉め事とか、盗難とか、まぁ色々。一応他にも信頼できる人がやってる宿ってのはあるみたいなんだけど、貴族とかも使える高級宿を除いた場合。残った大半が外れだ。



「だからこそちゃんとした場所を使いたいんだけど……。気まずい。」


「愚痴っても何も変わらんぞ?」


「だけどさぁ。」


「はいはい。もう宿見えて来たから気を引き締め直しな。道理通せば相手も許してくれるだろうし、終われば気にならなくなるもんよ。」



うん……。まぁそうだね。テンション下がったままじゃティアラちゃんとは言えないし、頑張るとしますか。


顔をパンと叩き気合を入れたのと同時に、乗っていたタイタンが足を止める。視線を横に向ければオリアナさんが動かしていた馬車も停止しており、宿にもう着いてしまったことが解る。


昔に比べればだいぶ聞き分けの良くなったタイタンの首を撫で礼をいい、彼から飛び降りながらその口にニンジンをぶち込んでやる。体デカい分食事も量を食べなきゃならないからな。あ、馬ちゃんズ二号三号も後でやるからな。待っててな。


ペットたちにそう伝え、宿の扉の前に立ち……。勢いよく、その扉を開ける。



「おひさでーす! 女将さんいますかー!」


「はーい、ちょっと待って……。あんた。」



私の声を聴き、奥から出てくる女将さん。


あはは、帰ってきました。



「あんたどこ! いや大丈夫なのかい!?」


「はい。いい感じに逃げ出せたんで。ちょっと余所の町に用があったんで、それ終わらせて帰ってきました。ご心配かけてしまったようで、すいません。」


「良かった……。ぺぺ! お姉ちゃん帰って来たよ! 早くおいで!」



私の体をぺたぺたと触りながら確認し、そう聞く彼女。セルザっちからの説明があったとしても、不安に思っていてくれたのだろう。何の問題もないことを確認し終わった後、すぐにペペちゃんを呼ぶため大声を上げる女将さん。


どうやら彼女は二階にいたようで、ドタドタと大きな足音が上から聞こえる。凄い音で階段を下りる音が聞こえ、その方に視線を向ければ、ペペちゃんがそこに。私の姿を確認した瞬間固まり、ぽろぽろと瞳から水滴が垂れ落ちていく。



「ねぇね!」



飛び込んでくる彼女を、受け止める。ぅぐ。見た目からして大きくなってたのは解ってたけど、中身お肉みっちりって感じで重くなったね……。ボディに来た。


帰るの遅くなってごめんね。ほ、ほら。前言ってたお肉。持って帰って来たよ。約束……、守れたかな?



「違う! 守ってない!」


「あはは、だよね。遅くなっちゃってごめんね。次はちゃんと約束守るからさ。……許してくれないかな。」


「もうどこにも行っちゃヤダ! 一緒にいるの!」



私の胸に顔を埋め、泣きながらそう叫ぶ彼女。……体は“ティアラ”のものだけど、この精神はすでに成人してしまったものだ。前世の記憶と今の記憶は地続きだし、思考も同じ。時間が過ぎる感覚ってのも、変わってない。私からすれば数か月程度の時間、記憶の数%程度のものでも……。この子にとっては、まだ始まったばかりの大半だ。


悪いこと、しちゃったな。



「ごめんね、ペペ。」


「やだ! 一緒にいるの! かんきんする!」


「うん。うん。……うん???」



え、ちょ。ペペちゃん? 今なんて言ったの? 監禁???



「かんきんするの! ねぇねどこにも行かせない! ずっと一緒!」


「ちょっとというか、かなりというか、滅茶苦茶困るんだけどそれは……。というかソレ誰に教わったの?」


「やだ! やだ! ずっと一緒なの!」


「うん、解った。解ったから。お願いだからねぇねにそのワード誰から教わったか教えて? 女将さん凄い顔してるし、オリアナさんもかなりの顔してるから。うん。お願い。」


「…………あのひと。」



彼女が指さすのは、事態を把握したのか裏口から逃げ出そうとする宿泊客の一人。見るからに顔が青くなっているし、奴が犯人で間違いないだろう。え、何ペペちゃん。『大好きな人と一緒にずっといることを、“監禁”って教わった? ペペとママのこと“かんきん”しようとしてた?』……ほーん。



「タイターン?」


「プミ。」


「あれお前の新しいおもちゃ。“壊すな”よ?」


「……プ!」



私に呼ばれ宿のドアから不機嫌な顔を出すタイタンだったが、私の言葉を聞き悪人顔を浮かべる。あ、そうそう。女将さんもだけど、いつの間にか無口筋骨隆々ハゲことこのお宿の御主人も出てきてるからちゃんと“残して置け”よ? あとご主人、お久しぶりです。急に出ていくような形になり、申し訳ありませんでした。



「……いや、いい。気にするな。……だが、ペペを悲しませないでやってくれ。」


「善処しますね。……さ、ペペちゃん。ちょっとだけお姉ちゃんと遊ぼうね。まだやらないといけないことあるから、少しだけだけど要らない記憶は楽しい記憶で塗りつぶしちゃおうねぇ。」


「……うん。あそぶ。」







 ◇◆◇◆◇







「ふぅ。とりあえず何とかなったかな?」



ペペちゃんが満足するまで一緒に遊んだ後、タイタンとオリアナさんを連れて私たちはダンジョンに来ていた。ちょっと予想外の方面に飛んでしまったけれど、とりあえず宿に関しては丸く収まったと言っていいだろう。ご主人と女将さんには謝れたし、ちょうど空いてた部屋を借りることが出来たので私とオリアナさん。そしてタイタンたちが泊まる馬屋の使用量を払わせてもらった。


ペペちゃんはまだちょっとご機嫌斜めではあったんだけど、許してくれたっぽいし、必要のない単語は消し去れたと思う。



(犯罪者君も。まだ未遂だったということで文字通り身ぐるみ剥いで路地裏に叩き出してやったし……。とりあえず万事解決かな? 身ぐるみはがされた状態で生き残れるほどこの町は優しくないし。自然淘汰されるでしょ。)



ま、ということで一つやることが終わったので、次の目標に向けてレベリングをしていこう、って話だ。迷宮に潜ってどんどん魔物倒して、お金も稼ぎながら経験値を集める。楽しい時間の始まりさ!



「まぁ天井ギリギリでキレてる子もいるんだけどね。」


「ブブブ!」


「……お前解ってて連れてきてないか?」



さ、なんのことでしょ? まぁ確かに『今から魔物ぶち殺しに行くけどくるか?』って聞いたらむっちゃノリノリで付いてたこいつが、ダンジョンの天井の高さギリギリだってことは解らんでもなかったけど……。こう怒ってる方が可愛くない?



「相変わらずお前の感性が解らん。」


「そう? ほらタイタン。そうぷんすかするなって、どうせこの迷宮らしい迷宮。天井が制限されてる迷宮は10階層までなんだから。お前がちょっと首下げて走り回ればすぐに突破できるぜ? ほら豆喰え豆。ポリポリ噛み潰してストレス発散。」


「ブ!!!」



空間からコイツ専用に作ってもらったバカでかいバケツを取り出し、飼料として買い込んだ豆をぶち込んで食わせてやる。


タイタンにも言った通り、この迷宮の世界は10階層ごとに変わって行くのだ。100層あるから、全部で10の世界を巡る、って感じだね。今はよくある迷宮って感じの石造りの部屋だけど、11~20階層は大空広がる森のステージだ。(まぁ21~20階層は洞穴だから今よりさらに天井が低いけど。)


さ、運動前の軽いエネルギー補給をしているタイタンは放っておいて、久しぶりにティアラちゃんのステータスを見ていきましょう! 一年間ナディさんの元でエレナと切磋琢磨した姿が……、これだァ!




ティアラ 空騎兵 Lv3


HP (体力)11→13

MP (魔力)6 →7

ATK(攻撃)7 →9

DEF(防御)6

INT(魔攻)6

RES(魔防)7

AGI(素早)9 →10

LUK(幸運)0


MOV(移動)4(7)




(……うん、皆まで言うな。)



いやね? これでも頑張った方なんですよ。筋トレとか走り込みとか、体の成長を阻害しないようにトレーニングして、模擬戦繰り返して、頑張ったんですよ! けど成果は全然だし、DEFとか全く成長しませんでしたし、猫ちゃんに肌貫通されるぐらいだし……。うにゅぅ。やっぱ私にはレベリングしかないな!



「タイムリミットは残り8年。肉体の成長はそれに合わせて起きるだろうし、その分ステータスも上がる。けどやっぱり私の体は魔法職よりだ。その差を塗りつぶすなら、これしかない。というわけでオリアナさんや、付き合ってくれるよね?」


「あぁ、かまわねぇぞ。」


「ありがと。んじゃタイタン! ちょっとひとっ走りお願いできる? 何、閉所での走行訓練と思えばいいさ! ……あぁ、もちろん“できない”だったら無理は言わないぜ?」



敢えてこの子のプライドを煽るような言い方をすれば、とんでもない眼力でこちらを見つめてくる彼。俺ができないことなんてこの世に一つもない、そう主張しているかのような強い目だ。うんうん、いいね! んじゃティアラちゃんを背に乗せて、天井に頭をぶつけないように頑張ろうな。


というわけで10階層。中ボスがいるところまでダッシュ~!




【幼女突撃中】


『あッ! だッ! だから天井低い所で飛ぼうとするな! お前も頭ぶつけてるだろ! 敵は蹴散らせ!』

『ブ!』

『デカい虫踏み潰すの気持ち悪ぃ!? 乙女か! ティアラちゃん剥ぎ取りで手突っ込んでるんだぞ!』

『まぁまぁ、そうカッカするなティアラ。』

『……それはそれとしてなんでタイタンに並走出来てるの師匠。』

『? 閉所だからこいつ全力出してないだろ? それぐらいならいける。』

『プモ。』『こわ。』


【幼女突撃中】




はい、ということで到着しました10階層。


ここまで長い道のりでしたね……、多分一時間もかかってないですけど。いやだってね? そもそも昔の私ですら“射出”でイチコロだったんだよ? それが今じゃタイタン乗りながらの騎馬突撃もできるし、オリアナさんもいる。この階層にいる敵は文字通り一撃で消滅させることが出来る過剰戦闘力だ。足を止める理由なんて剥ぎ取りだけだし、それもすぐに終わる。


そしてこの後のボスも、すぐだ。



「さっきよりも高い天井に、目の前に存在するおっきな扉。この先にあるのがボス部屋で、そこにいるのはでっかい芋虫。『ジャイアントもぞもぞグレート』だ。……相変わらずダンジョン関連のネーミングセンスぶっ壊れてるな。」


「? そんなに変な名か?」



あ、うん。現地人のオリアナさんからすればそうだろね。私もこっちの世界の感覚しか無かったらそのまま受け止めただろうし。……でも現代人の感覚が『絶対これ開発陣徹夜明けの深夜テンションで決めただろ!』って言ってくるのよね。


……うん、切り替えてボスの説明しよ。


基本的に迷宮内にいるボスは、それまでの階層に出て来たモンスターの強化版が出てくることになる。サイズが大きかったり、体色が変わって強くなってたりとそういう感じだ。この10階層のボス前者で、大型犬ほどのサイズがある芋虫が、トラックレベルの大きさになって再登場、という感じだ。



(大きさに合わせてHPも多め。剥ぎ取り部位も大きな虫玉で換金率も高く、経験値も比較的美味しい。)



10階層では、私の適正レベルを下回ってしまっている故に入ってくる経験値が少なくなってしまうのだが、ボスというだけである程度の量は確保できる。つまり、美味しい敵だ。それに、ダンジョンの設計上、ボスがいる階層はボス部屋だけだし、やろうと思えば10階層の出口から10階層の入り口に入り、もう一度ボス戦を行う、ってこともできる。


経験値稼ぎにはもってこい、だね♡



「んで、どうするティアラ。さっきまでと比べて天井はあるし、ある程度高さを意識して戦えるだろ。この聞かん坊に乗ってやるのか?」


「ううん、速度重視で“射出”でやる。相手の体力高いとは言っても……。それほどだし。ま、見ててよ。」



ボス部屋の前にある扉に手を当て、ゆっくりと開ける。


徐々に大きくなっていくその隙間から見えるのは、巨大な芋虫くん。確かにその肉体でタックルされれば一溜りもないような巨体ではあったが……。



「装填“銅の棒”、解放4つ。照準OK、狙って“射出”!」



扉が完全に開かれ、相手が戦闘の態勢を整える前に……。私の空間から、“神の矢”が放たれる。赤熱化するほどまで加速し、接触したものを焼き尽くし、貫通し、消し飛ばしていく私の“主兵装”。寸分狂わず巨大な芋虫を破壊したそれは役目を終え、残ったのは四本の杭にえぐり取られた無残な死体のみ。



「うんうん、完璧ね! 銅の棒は消し飛んじゃうけど……。これなら【受け流し】は出来なさそ!」



もったいないからあんまり乱発できないし、そもそもの準備にかなりの時間がかかってしまう。剥ぎ取り部位も破壊しちゃうから美味しくはないけど……。威力は十分だね! これなら剣で受け流そうとしても、威力の方が増しているはず! それに先端がほぼ赤熱化して溶けてるから、受け流そうにも受け流せない! 芯になる材質を変えればもっとバリエーションも出るだろうし、夢は広がるね!


もちろんこれだけじゃなく、他にも色々用意してるし……、もっと試していこっと!



「……お前、もしかして。」


「そ! ロリコン対策。一年もあったからね? 色々と“射出”のバリエーション考えてたの。ここにいくらでも復活する“的”があるし……。全部試してみようかな、って。」



疑似メテオでしょ? ドリルでしょ? ライフリングでしょ? あとはチャクラムとか、カッターとか、その他色々……。



「なんか途中、屋敷に鍛冶屋呼んで作らせてたと思ってたら、それだったか。」


「うん。アユティナ様が『あげようか?』って言ってくれたんだけどね。さすがに奉納も全然できてなくて申し訳なかったから、断ってたの。……でも今日からダンジョン! どんどん奉納できる! ヒャッハー! 新鮮な素材だぜ!」



ということでオリアナさんにタイタン? あと軽く100周ぐらいボス戦しようと思ってるんだけど……、手伝ってくれるよね♡



ーーーーーーーーーーーーーー



〇ティアラ

最近あまり使えてなかった“射出”と、アユティナ様への奉納が大量にできるようになったのでテンション高め。あとペペちゃんが許してくれたので一安心している。この後、途中から死んだ目をし始めたオリアナさんとタイタンを連れ、結局200周ぐらいして帰って来た。単純作業は熱中し始めるとそこまで苦にならないタイプ。


〇ペペ

実は“監禁”というワードを忘れていない。言葉の意味は少し間違えて覚えているようだが、“どうすればその状態に至る”のかなんとなく理解しているようだ。ティアラはそんなこと理解していないが、ご両親は何か感づいた様子。仲良くすると同時に、感情が心に貯まり過ぎないよう発散させる方針の様子。


原作開始後のフラグが成立、ルート分岐イベントが発生しました。


〇未遂の人


彼が宿泊していた部屋から見つかった品を見るに、ご主人を毒殺したのちに、ペペちゃんを人質としながら女将さんを自分のものにしようとしていた様子。ご主人・オリアナ・タイタンのトリオに身ぐるみ剥がされた後にボコボコにされ路地裏に放り出された後、裏の奴隷商につかまり鉱山行きになった。なお原作時空でも失敗していた模様。悪は滅びた。でもその系譜は受け継がれてしまったかも……、しれない。



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