25:フラグも立つ



「……何? オリアナが?」



深夜。昨日と同じように夜の時間を楽しんでいた伯爵の元に、一人の男が報告にやって来た。何事も彼の手に平の上という様にその報告を聞いていた伯爵だったが……。その中の一つに違和感を覚え、言葉を零す。


彼がティアラの身柄に金貨300という大金を課したことは確かだ。彼のような貴族からすればすぐに用意できる何とでもない額だが、ただの市民からすれば一生遊んで暮らせるような額である。ここは『欲望の町』、そんな欲を刺激するような話題など一瞬で広まってしまうだろう。


故に伯爵も自身の元に天使が、ティアラがやってくることを確信していたのだが……。



(早い、そして人物も想定外。)



彼の想定よりも早く、天使はやって来た。もし彼女を連れて来たのが冒険者、伯爵にとって思考を割く必要もないと判断された人間であれば、ただ両手を挙げて天使の来訪に心震わせていただろう。金を支払い関係はそこで終わり、伯爵は天使を手に入れ、冒険者は金を手に入れる。単純なやり取りで終わりのはずだった。


しかしながら、彼女を連れて来たのは、想定外の人物。


昨日まで天使を保護していたと思われる、オリアナという人物だった。



(明らかに何かあるだろうな。)



グラスに注がれた酒を回しながら、彼は思考を回していく。


オリアナからすれば、リロコ伯爵は数多くいる貴族の中の一人である、持っている情報は『ロリコンの異常者』ぐらいしかない。


しかしながら逆、伯爵が持つオリアナの情報は多岐にわたる。少し不気味と思われるほどに、彼はオリアナの情報を揃えていた。元百人隊長と言えど、王国軍には同様の役職を持つ存在は数多く在籍している。“二つ名”を持っていたとしても、相手は平民出身で、すでに退役済み。そして彼の“趣味”から年齢が外れ過ぎている。


だが彼は、必要を感じオリアナの情報を集めさせていた。だからこそ、その行動に違和感を覚える。



(もともと、彼女は我が“趣味”に興味がないどころか、忌み嫌うような人物。それに身籠っていた義理の娘を失っている手前、そうそう子供を売るような行為はしないと思っていたのだが……。)



客観的に物事を捉えながら、彼は酒で喉を潤していく。彼は貴族という特権階級の存在ではあるが、“伯爵”という上により高位の存在がいる立場。そしてその肉体に宿る力も、“上澄み”には劣る。故に全てに慢心せずに当たり、そのすべてを楽しむのが彼のポリシーだった。



(金に目がくらんだ、それが一番解り易い答えだろう。だが、薄い。もっと他の理由があるはずだ。)



伯爵よりも上の存在である五大臣に目を付けられるという色々と“運がなかった”彼女ではあるが、退職自体は正式な手続きに則って行われたはずである。酒に溺れ懲戒解雇になるところを、過去の同僚や部下たちなどからの要望で、通常の退職と同じようになったことは彼も知る事実。


さすがに今回の懸賞金には劣るだろうが、それ相応の退職金が支払われているはずだった。


ただの一般兵であればすぐに消えてしまうような額だろうが、彼女は二つ名がつけられるほどに活躍した存在。その額は多いと推察できる。



(つまり金に困ってはいない。酒癖は悪いようだが……、浪費家ではない。ダンジョンに潜っているという情報もある故“金”は理由ではないな。)



つまり、それ以外の要因が何かあるはずである。



(……確か我が天使と彼女は、例の受付嬢によって引き合わされたのだったか?)



ティアラに対する誘拐を実行した下手人たちは全員処理されてしまっているが、それ以外の一般の諜報員。伯爵の耳や眼とも呼べる存在たちは、この迷宮都市の各地に散らばっている。故に受付嬢であるセルザが、ティアラとオリアナを引き合わせたことを、彼は理解していた。


そしてその受付嬢はこの町のギルド程度で収まらないほどに有能であり、“知識”のある人物である事も。



(あの者のバランス感覚、というべきか。自分の意思を上手く通し続けながらも、上から狙われないようにする能力。引き抜きを考えるほどの人物だった。……私のことを何処かから知り得ていても、おかしくはない。)



もし天使たちがこの町から逃げ出した場合、確かに伯爵はすべての手段をもって彼女を追いかけたであろう。伯爵からすれば、12歳以上は対象にならないのだ。つまり時間は敵であり、より長くの時間を共にあるためには、早急に確保せねばならなかった。



(受付嬢から、オリアナへ。情報が流れていてもおかしくはない、な。)



情報を集め、推測を立てる。そこから導き出せるのは、“裏”があるということ。もっと深く言うとすれば、伯爵から追われる危険性を根本から切ってしまおうという策。伯爵は、オリアナからの“暗殺”を可能性の一つとして考えていた。



「……ふッ。面白い。やはり天使の前には試練があるということか。よい、これでも自身の“武”には誇りがあるのだ。『槍鬼』と呼ばれたその絶技とやら、堪能させてもらうことにしよう。」



そう笑いながら、指示を飛ばす伯爵。


戦闘の後、それが強く死を連想させるような戦いであるほど、人間は子孫を残すために繁殖への意欲が向上してしまう。それは伯爵も理解するところだ。つまり彼はオリアナとの戦闘を、メインディッシュをより堪能できるスパイスの一つ程度ととらえていた。


実際、彼はそう考えられるだけの実力がある。


狂っているからこそ強いのか、強いからこそ狂っているのか。



「あぁ、とても。楽しみだ。」



まぁとにかく。まだ何も始まっていないのに、色々と立ち上がってしまっているのを見るに……、気持ち悪いのは確かだ。





 ◇◆◇◆◇





ども! ティアラちゃんだぞ!


今何してるのかって言うと……。



(ロリコン伯爵がお泊りしてるところに来てまーす!)



セルザっちとオリアナさんから色々とお話を聞いた後、私が提案したのは『もう色々面倒だから伯爵脅して撤回させようぜ!』というモノである。伯爵の目の前に登場して、半殺しにして、『懸賞金取り下げてくれなかったら伯爵の伯爵さんを切り落とすよ♡』と脅すのだ。


最初は『ぶっころしてやる!!!』とか思ってたんだけど……。まぁさすがに止められるかな、と思ってやめました。最近思考が“殺”の方に寄り過ぎてる気がしたからね。これでもアユティナ様の使徒ですし、オリアナさんが信者になってくれたことを考えると、これからもっと増えていくだろう。使徒って信者たちのリーダー的存在みたいだし、まだ見ぬ後輩たちのためにもクリーンに行かなきゃいけない。


あ、二人には言ってないけど、お話聞いてくれなかったら問答無用でちょん切る予定ではあるよ?



(それに……、早い話私の今の力でどこまで行けるのか、ってのも見ておきたいんだよね。)



私のレベルは『空騎兵』のLv2から変わっていない。けれどオリアナさんのおかげで技術は向上してきたし、“射出”の使い方もオリアナさんに意見をもらて、ちょっとだけ実戦仕様になった。相棒の【オリンディクス】も最近は着れてない【山の主の衣】あるし……。早い話、単純なステータス以上の力が私にはあるわけだ。全部アユティナ様のおかげだけど。


これを全部使ったとき、どこまで私が戦えるのかってのいうのを理解しておきたい。


現状を把握して、目標を設定しなおし、鍛えていく。まぁそれが重要なのだってことはオリアナさんの指導を通してなんとなく解ってきた。んで私の実力を色々加味したとき、ちょうどいい相手になりそうなのが……。



(リロコ伯爵なんだよね。ある程度ステータス頭に入ってるし。解り易い。)



敵キャラでもあり、プレイアブルキャラでもあった彼の能力値は、ある程度頭に入っている。リロコ伯爵は剣士職の上位職『剣豪』のクラスを保有している。んで確かスキルもいくつか持ってて、ステータスも全体的に20後半と結構な強さを持っていたはずだ。


今の私と比べた時、確かに彼の方が上なんだけど……。総合的な実力を合わせれば、何とかなるかもしれない。



(そもそも私がこれから戦おうとしてる奴ら、大体そんなもんばっかだ。クソ女神どもぶっ殺すんなら、こんなとこで止まってる場合じゃない。)



奴のせいでこの町の施設の大半が使えなくなってしまえば、計画に大きな遅れが出てしまう。今後もダンジョンを使うためにも、ここで無力化しておいた方がいい。正直に言うと私の体を狙っているという時点でぶっ殺したいという気はないわけではないが……。


流石に懸賞金が付けられた直後に死ねば、疑われるのは私やオリアナさんだろう。バレなきゃ罪ではないが、バレたら貴族殺しなんて極刑だ。生死不問のお尋ね者になってもおかしくない。


それに。主人公からすれば、仲間に成れば“使える”キャラなんだよね、この伯爵。ルート次第では敵でしかないけど、味方にも成り得るキャラ。つまりあのウィレム君がパーティに入れる可能性が結構あるのだ。



(オリアナさんはこちら側に引き抜いたようなものだし、あまりキャラを消してしまうわけにはいかない。)



だからこそ。その息子さんを切り落として、もうロリコンでいられなくしてやるって寸法だ。そしたら私に懸賞金をかける意味も、幼女をもぐもぐしちゃうこともないでしょ? とってもいい考えだと自画自賛しちゃうわね。



(じゃ、簡単に調理工程の復習と行きましょうか。)



まず、オリアナさんには『ティアラちゃん捕まえたから金頂戴?』という芝居を打ってもらう。


最初は怪しまれるかもってことで適当な冒険者につかまろうかな、と思ったんだけど、セルザっちが言うには『無傷(使用済み)』とかになる可能性もあるし、私が死体の山を作りかねないからやめておけと言われてしまった。そんなわけで、師匠にお願いすることになった。


んで私とお金を交換してもらうわけだね。このお金は後ろで隠れてくれているセルザっちに預けて、オリアナさんは現在伯爵が宿泊している場所まで移動。私はそこにドナドナされちゃうって感じだ。


ちな宿泊場所についてはセルザっちが数時間で調べてくれました♡ すごいね!


それで運び込まれた後は、私が中から。オリアナさんが外から挟撃するような形になる。たぶん伯爵VS私、それ以外VSオリアナさんになりそうだけど……、まぁオリアナさんなら大丈夫でしょ。今神様にもらった【アダマントの槍】装備してるし。



(普段は私が“空間”にしまってるんだけど、たまにオリアナさんが整備するからってことで出したりしてるんだよねぇ~。やっぱいい武器みたいで、たまにじっと眺めながら頬が緩んでるときあるし。)



戦闘に関してだけど、私が伯爵に勝てればそれでよし。無理そうなら伯爵の私兵を処理したオリアナさんに助けてもらうか、“奥の手”を使うか、そのどちらかを使用する形になると思う。一応両方ともヤバくなった時の脱出に必要なものはセルザさんが押さえててくれてるみたいだし……。私は何も気にせず戦うべき、だね。



(ま、もう始めちゃったし! やるしかないよね!)



そんなことを考えながら、外の様子を伺う。現在わたくしは真っ白なおくるみに包まれて敵本拠地に到着したところ、伯爵の私兵さんかな? その人に担がれてきたわけだね。一応ちょっとだけ隙間を開けているので、外の様子を伺うことが可能だ。……セルザっちが言うには超高級宿を貸し切りにしてる、って聞いたけど……。マジでこのお宿、高級そう。金色の装飾がたくさんだ。



「“それ”が伯爵様がご要望の?」


「あぁ、さっき受け取って来た。」


「たしか昨日だったろ? 迷宮都市の奴らって仕事早いんだな。」



私を運んできた兵士と、屋敷の中を守っていた兵士が言葉を交わす。装備の上からじゃその体をしっかり観察することはできないけど、骨格から鍛えている人だなってことが解る。装備もしっかりしてるし……、結構つよそ。職業上級職でもおかしくなさそうだな。



「ま、伯爵様の趣味は置いておくとして……。歳が行ったら下にも卸してくれるし、優秀ならそのまま仕官のルートもある。あの方人材集めも好きな人だからな。ま、見どころがなきゃ壊すまで行くらしいが……。」


「おいおい、変な話するなよ。それに、捨てに行くのも俺らだぞ? 勘弁してくれ。」


「っと、そうだった。口閉じとくよ。」


「誰に聞かれてるかわからんしな、じゃあ俺はこいつを伯爵様のとこまで連れていくよ。」



わ、すごい話してる。


そんな言葉を交わしていた兵士たちは途中で解れ、私を担いだまま上の階へと上がっていく。どうやら直行でロリコンのところまで行くようだ。っと、そろそろ私も準備しないとね。えっと、足音と息遣いはこの兵士さんだけで、この階層にはほかに人いなさそうだな。よし!


即座に空間を開き、ある程度速度を落とした銅の棒を兵士の体。そのみぞおちに向かって“射出”する。



「おごッ!」


「っとぉ! 落さないでよ、腰討つところだったじゃん! んで兵士さんは……、うん。ちょっと鎧へこんでるだけで貫いてないね。んじゃちょっと拘束させてもらいますよぉ~。」



抱きかかえている私から不意打ちを喰らうとは思っていなかったのだろう。気絶してしまった兵士さんの両手を後ろに回し、装備の鉄の部分に、ちょっとしたものを流し込む。



「“空間”から、ドロドロに溶けた銅、っと。後はお水で冷やして固める。んでおまけに紐でグルグル巻き~。ほい拘束完了、っと。危ないから武器はもらっちゃいますね~。」



押収した【鉄の剣】を、私の足元に開いた“空間”に落とし、私の頭上。ちょうど足元に開いた“空間”と同じ位置に開く。これで延々と落下し続ける剣の完成だ。ま、“射出”用だね。



「あとはちょいちょいッと装備を整えまして……、こんなもんか。」




〇ーーー〇


ティアラ 空騎兵 Lv2


HP (体力)10

MP (魔力)6

ATK(攻撃)6(+20)

DEF(防御)6(+3)

INT(魔攻)6

RES(魔防)7

AGI(素早)8

LUK(幸運)0


MOV(移動)4(7)


装甲+5

スキル『開闢の一撃』

スキル『ソウルウルフ』


装備

【オリンディクス】

【山の主の衣】


〇ーーー〇




ティアラちゃん完全装備、ってね?


相棒の【オリンディクス】を軽く振るい、魔力を流しながら息を整える。


私が兵士さんに攻撃したとき、相手も金属製の防具を付けてたわけだから、結構大きな音が響いただろう。宿としてお金がかかっているせいか下からの音があまり聞こえてこないが、オリアナさんもそろそろ突入していてもおかしくはない。私からは解らないが、宿の向きとあいつがいる窓の向き的に、外を見れば何が起きているのか、誰が攻めてきているのか、把握できるはずだ。


まぁ早い話、あのロリコン伯爵もこっちのことに気が付いているはず。



「さ、挑ませてもらうとするか。」



そんなことを考えながら、奴がいるであろう部屋のドアを蹴破る。



「はぁいロリコン、年貢の納め時だよ♡」

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