2:助けて神様


"アレ"


とは何か。この世界風に言うと『忘れられた神』であり、プレイヤー風に言うと『引継ぎ要素受け取り場』、である。


実はこの村から少し歩いた場所に森が存在しており、そこの獣道を歩いていくと謎の直立した石の棒を発見することが出来る。実はコレ、3000年前に建設された神様の像なのだ。


こういう建造物には状態をそのままに保つ『保存』の魔術が掛けられてる、って設定資料集には書いてあったが、さすがに3000年ともなると効果もとうに切れてしまう。雨風に晒され続けた結果、石の棒になってしまったというかわいそうな物体なのだ。なんで直立してるのかは知らん。


プレイヤーはここで祈りをささげることで前回のプレイ時に手に入れたモノ。アイテムボックスに入っている武器や防具、後は回復アイテムだったりを回収したり、味方ユニットのレベルの引継ぎなどをすることが出来る。



(『永遠のアルカディア』、通称『永アル』のプレイヤーは毎回ゲーム開始時にこの石の棒へと向かい、前周回時の遺物たちを引き上げ戦場に赴いていく、ってワケ。)



ちなみに『永アル』の設定資料集ではこの石像ならぬ石棒と、祀られていた『忘れられた神』についていくつか述べられているのだが……、私が今回利用しようとしているのは後者の方だ。もちろん私がプレイしていた時のアイテムとかレベルとかを引き継げるのであれば大歓迎だが、今の私は主人公でもプレイヤーでもないタダの『ティアラ』。


十中八九、引継ぎ要素の回収ってのは不可能だろう。むしろできない前提で動いた方がいい。というわけでフレーバーとして残されていた設定の方を使わせてもらうってワケ。



「じゃあ早速向かっていくわけですけど、お供え物は……、リンゴでいいか。とりあえず一人でうろついてるのが大人に見つかると面倒だし、隠れながらいこう。」



台所にあるリンゴ、この村で採取できる一般的な食料の一つを手に取りながら外に出る準備を始める。


狭く小さな村だ、私が体が弱い上に数日間高熱を出して倒れていたなどすでに知れ渡っていると考えていい。子供相手ならまだ誤魔化し切れるだろうが、大人相手だと問答無用で確保される。そしたら即、親を呼び出されてお説教……。とはならないだろうが心配でガチ泣きされるだろう。


それくらい両親の私に対する愛は深く重い。先日までであれば今の両親しか知らない故にこれが普通だと思っていただろうけど。前世の記憶を思い出した今だと、ね?



(気持ちは解るけど色々重いんよ……。気持ちはわかるけど、さ。精神が急に成人しちゃったみたいなもんだし。)



今の私は前世の記憶とこれまで過ごした記憶の二つを所有している。だが自我という自分自身を証明するものは以前からずっと一つ、過去の世界に違和感を感じていた私も自身であるし、前世の記憶を持つ私も自身だ。



「……だからこそ両親には迷惑を掛けたくない。」



大人として過ごした記憶が、あそこまで愛してくれている両親に心配をかけるべきではないと訴えている。そして子供として過ごした記憶が、両親に悲しんでほしくないという気持ちを主張している。


それに従うのであれば家でじっとしておくべきだろうが、行動は早ければ早い方がいい。動かなければ私が死ぬ可能性が上がり、あのスチルみたいに何も入っていない棺桶だけがこの人たちの元へと届く、なんて事態をより遠ざけることができるのだから。こんなに愛してもらってるのに親より先に死ぬってのはダメでしょうよ。


今の時間的に大人たちは畑仕事に掛かりっ切りで監視の目が緩い、肝心の両親もたまった仕事を片付けるために私への注意が幾分か疎かになるだろう。まさに絶好のタイミングという奴だ。



(それに……。)



私が住む王国の民にとって神とは一人だけ。邪神として帝国の民が信仰する神の存在も理解しているが、それでも神と言えば教会に置かれている女神像のそれを指している。それが常識な村社会において、先日まで高熱を出していた幼子が急に森の中に移動し、謎の石造の前でよくわからない儀式をし始めたらどうなるだろうか。



「まぁ狂ったか悪魔憑きとして処理されるでしょうね。あの二人なら最後まで抵抗してくれるだろうけど、待っているのは私の処刑か一家心中のどっちか。」



口ではそう言ったが、両親が私を迫害してくる可能性も十二分に存在している。考えたくないが、どっちにしろバレるのは避けるべきだ。


ならさらに見つかりにくい夜の時間に移動したらと言われそうだが……、ウチな? ベッド一つしかないねん。つまり家族全員同じところでねてんの。しかも寝る時私を宝物のように抱えながらすやすや、だよ? 抜け出せるわけないじゃん。



「というわけでミッションを開始する……、準備は私に一任されたわ。」



もっていくもの! おそなえもののりんご! おしまい!


ほんとは牛一頭とか持ち込みたいけど幼子にはこれが限界なのでね! というわけで人目を避けながら森へゴー!









 ◇◆◇◆◇








「というわけで誰にも見つからずたどり着いたワケだけど……、マジで棒だな。あと思ったよりおっきい。」



高さ50㎝程の石の台の上にあるのは、2mほどの長い石の棒。コレが作られた当時は立派な像で文字なども刻まれていたのだろうが、今では見る影もない。


すり減った土台が若干∞に近い形になっており、上に長い棒が突っ立っているという色々とアウトなビジュアル、一部の二次創作者たちがふざけて『引継ぎ棒をぶち込まれるヒロインの図』みたいなのを書き上げて謎のミームにしていたが、本当に見る人が見ればそう勘違いしても仕方ない様な形だ。まぁこの世界R18だから、そういった悪ふざけも色々仕方ないのだけれども。


とりあえずご立派ァ! って叫んでおく?



「まぁ普通に不敬だし、絶対言わないようにしよ。」



そんなことを口ずさみながら石像の前に召喚陣を描き始める、かの神は現在この世界にはいない。つまりこちらから召喚陣というお電話を通じて呼び出す必要があるわけだ。結構フレンドリーな神様だし、応えてくれるはず。ダメだった時はその時考えよう。


『資料集』によると本来は召喚陣の制作者の血を混ぜた特別な液体で描く必要があるらしい。だが今の私にそんなもの用意できるわけがない。目標のサイズは大人一人寝転んでも十分にスペースが余る魔法陣。内部への描き込みも必要とされるこれを描き切る前に、多分血が足りなくなってぶっ倒れる。だから木の棒で描いた跡で我慢してくだせぇ。



「昔遊び半分で覚えたあの魔法陣が役に立つとは……、何が起きるか解らないもんだよね。」



体が弱く幼いこの身にはかなり重労働だが、ここで動かなければ私はずっと原作の『ティアラ』のままだ。重い腕を動かしながら無理やり地面にかき込んでいく。



作業の合間に、少し今から呼び出そうとしている神について思い出しておこう。


『忘れられた神』こと、"石棒様"と一時期プレイヤーからネタにされている神の名は『アユティナ』、という。


アユティナ様はこの大陸において大体3000年前ぐらいに信仰されていた神様だ。信仰には繁栄を返し、供え物には加護を返すというスタンスを持つ神であり、人の進化や成長を司っている神でもある。


しかしながら現在この大陸で信仰されている神々に襲撃を受け、敗退。そのまま徐々に信仰を失ってしまった方だ。


因みにこの時襲撃を仕掛けたのが王国で信仰されている『ミサガナ』っていう女神と、帝国で信仰されている『ゴジケサ』っていう女神。アユティナ様はこいつらに『ざこ、ざーこ♡』されて、信者を奪われた挙句、司っていた進化の力、俗にいう“転職”の力を奪われている。上位職に転職したり、違う系統に転職したりする力ね?


しかも二人の女神によって徹底的に弾圧されてしまったせいで今の時代において覚えているものは誰一人おらず、アユティナ様を祀っていた過去の遺跡も大体破壊され、残っていたとしてもこのアバズレ女神たちを祀っていたものと思われてしまっているのが現状だ。



「マジで可哀そうな神様なんだよね。……しかもあのクソ女神どもはアユティナ様を追い払った後に、どっちが上かケンカし始めるし。」



その神々のケンカが今も続く帝国と王国の冷戦状態。そして物語の開始と共に始まる侵略戦争に繋がっていくわけなのだが……、まぁそれは置いておこう。


とにかく今から呼び出そうとしているアユティナ様は現在信者0のよわよわ状態なわけだ。そこに私という久しぶりの信者がお供え物と一緒に現れたら? 滅茶苦茶喜んでくれるであろうって寸法。それにあの神は供え物には必ず加護を返す神って資料集に書いてあった。力を得る方法が神頼みってのはちょっとアレだが、自身の体質を変えるには神に縋るしかない。



「それに、個人的に結構好きなんだよね~。」



本編においてアユティナ神がストーリーに関わることはないのだが、『永アル』が発売されてから半年後。多くの新要素が追加されたダウンロードコンテンツが発売。その新たな世界にて大々的にアユティナ様が取り上げられることになる。


その追加された新イベントの中で、彼? 彼女? 無性らしいのでそこら辺よくわからないのだが、この神と色々会話することになる。それまでクソ女神しかいなかった分、“神様”という存在のイメージアップを図って作られたのかと錯覚するほどいい神様だった。そして無茶苦茶親しみやすい。R18なシーンはなかったが、かなりの人気を誇っていたことは覚えている。



(主人公たちに誘われたら一緒にヒロインたちの入浴とか覗きに行ってくれるしねぇ。)



この神様が発表された当初は、召喚陣に血を要求される描写や、召喚時のやり取り。またその見た目から、『すわあのクソどもと同じヤバい神様か!』と身構えていたんだけど、出てきたのはちゃんとした神。キャラクターに加護をくれたり、才能を開花してくれたりと神らしいこと。王国や帝国の女神がしてくれなかったことをちゃんとしてくれるし、話しかけたら相談にも乗ってくれる。


あとカワイイところとして、信仰が0に等しいらしく滅茶苦茶弱いことを忘れ、昔のノリで敵や魔物に突っ込んでいくものだからすぐにやられてギャグマンガのように吹き飛ばされたりもする(無傷、さす神)。無論それだけじゃなくて神なのに人のことを心配してくれる優しい描写もあり、R18ゲームな故に色々貞操がぶっ飛んでるキャラたちに『もう少し、こう。体大切にしよう? ね?』とお説教したりと身近な良き神様だった。



「あのクソ女神どもがクソ過ぎるおかげでマジで“神”の様な扱いされてたよねぇ、いやまぁ神なんだけど、……っと。こんなものかな。」



前世何度も描きながら覚え、そらで描けるようになった魔法陣。けれどようやく正気に戻り『これ何の役に立つんだ?』と考えた過去の私よ、ちゃんと役に立ったぞ。私の記憶が間違いなければ、これでアユティナ神をお呼び出しすることが可能。えーっと、後は指の皮をちょっと噛み千切って血を出してぇ、っと。今描いた召喚陣に垂らせば完成だね。


咬合力も最低レベルの私だが、体自体の硬さも最底辺、故にほんの少しできた傷から少量の血を採取することは苦ではない。



(本当は刃物でやりたかったんだけど、残念ながらウチの両親はいい両親。子供の手の届くところに刃物なんか置いてなかったんよ。)



左指の皮を強めに噛み、血を露わにする。そこから無傷の指で血を掬い、そのまま召喚陣に触れさせてみればあら不思議。本当に小さく淡い光が灯る、ほんの小さな魔力の証ではあるが確実に作動したようだ。おもわずガッツポーズをしそうになるが、今から現れるの存在はマジモンの神。いくら力を失って色々とかわいそうな状態になっているとはいえ、こちとらアユティナ神の信者となることで力を与えてもらおうとしている身。


目の前にリンゴを置き、その場に跪いて祈りの姿勢を取る。


私がそうしてる間にも、魔法陣の光は徐々に高まっていく。


最初は私が血を垂らした一点のみが光っていたが、そこから流れるように広がっていった血は召喚陣すべてを覆い尽くしている。


そして明らかにこの世の存在ではないものがいる場所と繋がったせいか、あたりを覆っていた雰囲気が一瞬にしてひっくり返る。






神が、来た。








「はろはろエブリワン! 久しぶり私の世界! みんな元気に繁栄……、ってちっさッ!」






手乗りマスコットの姿で。










 ◇◆◇◆◇









「え~っと? つまり君が3000年ぶりに私の信者になるために呼び出してくれたけど?」


コクコク。


「子供のせいで圧倒的に魔力量が足りなかった。」


コクコク。


「しかも正規の手段である血で召喚陣全体を描くのではなく、ほんの数滴だけの使用をしたせいで私こんな“ちみんこ”になってるわけ?」


その通りですアユティナ様!




私の目の前でフヨフヨ浮きながら若干お説教くさいお話をしてくださっている方こそ、あのクソ女神どものせいでこの大陸から追われた神様! アユティナ様!


明らかに色々布面積が足りなすぎるだろ! って服に、その隙間を埋めるように散りばめられた入れ墨! そしてその隙間に見える健康的な日焼けした肌! チャームポイントはそれだけじゃなく、お腰に付けたクソデカい大斧! それに首から下げた竜の頭に若干アホ毛になってる金髪!


これだけ見ればガチで蛮族な神だけど手乗りサイズになってるせいかめちゃかわいー! 大斧も子供用スプーンよりちっちゃいー! もうこれ見れただけで転生して良かったって思える!


それにそのお声! 男性なのか女性なのか全く解んない中性的な声! だけど確実に心の息子に響くそのお声! うぅんやばい!



「いやまぁ私としてもひっさしぶりに帰って来れたわけだし、信者になりた~いってこんな小さい子が言ってくれたわけだからすごくうれしいし、色々奮発してあげたくなっちゃうんだけど……。なんかもっとこう、神様的にはね? こう、それらしい登場の仕方ってものがあると思うのよ。」


「……たしかに。」


「こう、ばーっと雷落としたりさ。ごーっと炎をバックに登場したりさ! 色々あるでしょう? いくら信仰を失ったとしても神は神、万全な状態で呼んでくれたら『わぁ! 神様だぁ!』って、きゃっきゃうふふな光景を見せてあげられたのにさぁ……。」



このサイズじゃ無理じゃんか。と肩を落としながらそう言う神様。先ほど雷を起こそうと頑張っていらっしゃったが、起きたのは静電気みたいなものだけ。本来の方法で呼び出さなかったが故に、通常の体よりも大分出力を絞った状態でのご登場。


いやそれはほんとに申し訳ないっす。でもガチの血でやっちゃうと多分私の体質とサイズ的に出血多量で死ぬかなぁ、って。ほらつい最近5歳になったばかりですし……、ご容赦いただけると。



「あ、そうなん? おめでとー。でも、ま! そこら辺私融通利く神様ですからね! 登場の仕方も今時な感じだったでしょ? あのクソ雑魚メスガキ女神どもとは違うんですよ。まぁ今頃BBAになってるかもしれんけど、私にゃ関係ないからねーっと。」



そう言いながら地面に降り立ち、腰の斧を力強く地面へと突き刺す御身。その斧の柄に両手を掛けながら、神としての役目を果たそうとしてくださる。さっきまでの親しみやすそうな雰囲気ではなく、小さくとも私たち人間とは違う存在なのだということを理解させられるような雰囲気を纏い始めるアユティナ神。



「さて、ほんのつい最近まで0だった信仰がせっかくお前さんのおかげで1に増えたんだ。こんなナリだが、信仰される身としてちゃんとやらせてもらうよ。」



「進化と成長を司る神、アユティナだ。3000年前にこの大陸にいるあの女神どもに追い出されちまったが……、神格はこの通り。万全に保ってる。確かに信仰が少なすぎるせいで渡せるもんは弱い加護になっちまうが……、後悔はさせねぇぜ。嬢ちゃん。」



「さて、私が名乗ったんだ。私のたった一人の信者よ、その名を教えな。」


「ティアラ、という名を親から頂きました。」


「いい名じゃねぇか、大事にしな。」



人の良い笑みを浮かべながら、全てを見透かしたように神は笑う。私が置かれている状況や、記憶のこと、全部バレていてもおかしくはない。この神様は劇中でこちら側、プレイヤーのことを認識しているような発言をしていた。だが、それでもいい。私が生き残るための力を得るにはこの神の力が必要で、それを得るためにはこの神の信者になる必要がある。


その代償として大きなもの、寿命や臓器だったりと言ったためらうものを持って行かれるのなら迷ったかもしれないが、この方が要求する者は定期的な捧げものだけだ。クソ女神どもみたいに信仰を強要するような基盤を作ったり、人々を争い続けるように仕向けたり、自分たちの寿命を延ばすために国ごと生贄にしようとしたりなんか絶対にしない。そして最後っ屁に自分たちの体を大地と連動させることで女神を殺せば大地が死ぬ、なんて状況も作ったりしない。


人の常識を押し付けていいのかはわからないが……、まともな神だ。



「お前さんの捧げものは果物一個っていう質素なものだが……、今日の私はミニマムだからな、自分の体の大きさと同じくらいのリンゴが食えると思えば面白い。色々サービスしてやるよ。んで? 何を望む?」


「……力が、欲しい、ですッ!」



私に降りかかる火の粉を払える力、この過酷な世界を生き残れる力、迫りくる悲劇を全て払える力。原作でルート選択を間違えてしまった時に起きてしまう悲劇を全て取り除き、唯一幸せな未来が確定しているあのルートに修正できる力が。戦争を題材にしたゲームの世界だ、力なんてあればあるほどいい。だから、だから……。











「……あの、ごめん。力入れていってくれるのはありがたいんだけど……、もっと具体的に、お願いできる? ほ、ほら私。全知全能の神じゃないからさ……。」



無茶苦茶気まずそうな顔をした神が、そこにいた。




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