20:ハロハロ婆ちゃん




「はい、こちらがティアラさんの許可証になります。再発行には手数料を頂きますので、大事にしてくださいね?」


「はーい!」



“ヤンキーモード”から“仕事モード”に映ったセルザさんこと、受付嬢のお姉さんにカードを貰う。プラスチックの感触に似た材質だけど、この世界に石油からプラを作れる技術なんか存在しないので、魔物素材なのだろう。どんなバケモノからできているのかって考えると、ちと怖いが……。こういうの貰えるって認められた感じで嬉しいよね。


ポケットにしまうふりをしながら“空間”に収納する。ここに入れておけば私とアユティナ様しか関与できないからね! 最高の防犯対策。


にしてもこのカード一枚でダンジョンに入れるようになるし、町への入場料も支払わなくてよくなるわけだからすっごくお得だよなぁ。まぁそういうお得感出して置いて、冒険者を大量にダンジョンに放り込みたいってのがギルド上層部の考えなんだろうけど。



(魔物素材はお金になるからなぁ……。実際私が持ち込んだのも結構な値段になったし。)



一階層と二階層の魔物素材。言ってみれば希少度が低くて市場価値も低めの素材なんだけど……。それでも全部売れば、ペペちゃんちのお宿。今お世話になってるあそこで半月。しかもご飯付きで宿泊できる程度のお値段になった。正直思ったよりも換金率良くてビビってる。


私は“空間”からの“射出”っていう高速処理をしているから、持ち込みの量が多くなってるってこともあるんだろうけど……。



(確かにこれだけ稼げるんだったら朝から酒飲む気持ちも解るかも、ダンジョンに潜ればある程度金が入るわけだし、お金なくなるまで遊んで、無くなったらダンジョンへってサイクル。)



命をベッドしているっていう滅茶苦茶大きなデメリットがあるんだけど、そういう危機感って回数重ねるごとに薄れていくだろうからねぇ。安全マージンが滅茶苦茶しっかりしているのなら食べていけない職業ではないのかも。……ま、もう冒険者の私が言えたことではないか。



「んでセルザっち。次オリアナのお婆ちゃんとこ行くの?」


「えぇ。いつもの酒場にいると思うので一緒に行きましょう。……それとてめぇ、普通にさん付けしろ。冒険者に成ったからには私が“上司”だ。そのあたりしっかりしやがれ。」



あ、はい。ごめんちゃい。


ニコニコしたお顔から、即座に般若に変わったと思えば、また元のニコニコ顔に戻るセルザっち。切り替えが早いぜ……。あと多分私クソガキ認定されてるからそのあたりの礼儀しっかりしろってことだね。嫌われたくないから言われた通りに真面目ちゃんにしとこ、っと。


にしても、“オリアナ”さんかぁ。もうこの時期に迷宮都市にいたなんて知らなかったや。というかめちゃくちゃ私が求めてた人材だし、絶対に身内に引き入れなきゃ。



(現状私に不足しているものは多々あるけど、その中の二つ。今後生き残るのに必須ともいえる、戦闘技術と指揮能力を彼女は持っている。)



『“槍鬼”オリアナ』。原作に置いてこの迷宮都市に出現するキャラの一人で、高齢ながらも高い能力を保有している。職業としては槍系の歩兵の上級職、『槍騎士』でLVも10と高め。ステータスも魔法系の数値は低めだけど、ATKとDEFは20後半とかなり強いキャラクターだった。



(私のATKが今6とかだからね。4倍以上の力量差がある。)



けど年齢のこともあり、成長率はかなり低め。最初は使いやすいんだけど、最後まで彼女をメインに据えるのはあまりお勧めできない。


ゲーム内で手に入れられる経験値は決まっている。もちろんフリー戦闘みたいなのはあって、やろうと思えばいくらでも経験値を得ることができる。でもゲーム内時間はしっかり進むので、捕まってたキャラがぐちゃぐちゃポイ! ってされることもしばしば。


レベリングしすぎて、いつの間にか敵軍に取り返しのつかないレベルまで攻め込まれておしまい! ってのは初心者が良く陥る罠だったよねぇ~。



(主人公が村から出た時点、原作開始時期にはもう捕まってる奴とかいるしね。)



なので割り振れる経験値が決まっている以上、年が若くて成長率が高いキャラに配分していくのは必至。最初は強くてもすぐ追い抜かれちゃうから、スタメンにするにはちょっとおススメできないキャラだ。……あ、ちなみにティアラちゃんも原作では成長率お察しだったから即座にスタメンから落とされてたよ! かなしいね!


そのため最後まで使い続けるのはよっぽどのモノ好き、っていうキャラクターでもある。彼女自身のシナリオというか描写もないわけではないが、途中加入キャラのため薄め。この迷宮都市と王都、合計二つしか専用のイベントが存在していない。


というかそもそも主人公が王国と敵対して帝国に付くルートだったりすると、このお婆ちゃんは完全に敵に回ったりしちゃうのだ。本筋にあまり関係のないキャラってことでRTAだったら話しかけすらしないキャラだし、人によってはスルーしててもおかしくはない。



(だからこそ、私がスカウトできるんだよね。)



主人公たちに起用される可能性が少なく、本筋にもあまり関係がない。つまり私がスカウトしちゃっても、“原作”には影響が少ないと考えられる。



(それに、彼女が何を求めているかも、私は知っている。)



オリアナは、もともと王国に仕える騎士の一人で、百人隊長の地位にいた。生まれが平民だったってこともありそれ以上の出世は見込めなかったけど、部下からも上司からも信任の厚い人間。能力もあったことからどんどんと手柄を立てていった。私生活も順風満帆で、いい旦那さん見つけて子宝にも恵まれた。しかもその子供も優秀でどんどんと出世していく。そして王都で一番美人と噂されていた嫁さんももらっちゃった。



(けどまぁそれを気にくわない人もいるわけで。)



プレイヤーならみんな知ってることなんだけど、現在この国の王様は絶賛ご乱心中だ。もちろんこれはあのクソ女神が関わってるんだけど……。まぁそれは置いておいて。とにかくもうこの時点の王様は、奸臣しか手元にしか置いてない状況なんだよね。


んでオリアナさんの息子さんはそんな奴らに目を付けられちゃったの。



(死地に息子さん配属されちゃって戦死。その後夫さんも国境での戦いで戦死。息子さんの奥さんは確か病死だっけ?)



死以外の選択肢がない場所に息子を追いやられ、自分が救援として駆けつけていれば助けられたかもしれない戦いだったが、上層部からの妨害で参戦不可。何もできず息子さん戦死。


夫と共に息子を奪った奴の悪事をどうにかして世間に知らせようと動くも失敗し、逆に夫が国境沿いに追いやられてしまう。そして彼女の元に届くのは訃報と遺骨代わりの石ころのみ。


既にこの時点で彼女の心は折れていたが、まだ光があった。彼女の息子の嫁が身籠っていて、孫が生まれようとしていることが発覚する。彼女は嫁と孫を守るために残りの人生を使うことにするんだけど……。



(その彼女も、お孫さんと一緒に病で旅立ってしまう。)



嫁さんは信心深い人で、オリアナも彼女と一緒に神に縋ったけれど、病で持っていかれてしまった。どれだけ縋っても、神は助けてくれない。自身のすべてを世界から取り上げられ、否定されてしまった彼女。


いつの間にか酒におぼれ、軍からも実質的に追放。流れ着いたこの迷宮都市で酒を呷るだけの人間になってしまう。


原作ではそんな失意の中にいる彼女を何とか立ち直らせたり、肉体関係を結んだりしたりする。ま、息子と夫に直接手に掛けたのは帝国兵だから、帝国に与するルートをとった場合。問答無用で戦闘に入っちゃうんだけど……。まぁ大体過去の踏ん切りをつけて、残りの余生を国のため世界のために生きる、って感じで落ち着く。



(けどまぁ、あんまり“すっきり”しないんだよね。ちゃんと復讐できてないし。)



彼女を陥れた相手は、主人公たちが迷宮都市に入る頃には殺されてしまっている(というか主人公たちが倒しちゃった)。そしてそいつを裏で操っていた奴も、結局彼女が手を出すことはできなかった。



(私なら、その場を用意できるはずだ。)



原作開始から約10年前の今なら、十分に時間がある。原作を破壊しないという制限が付くが、彼女に仇人をぶっ殺す機会、仇人を裏から操っていたクソ野郎をぶっ殺す機会をプレゼントしてあげることも可能だろう。多少リカバリーに動く必要が出てくるだろうが、十分にカバーできる範囲で収まるはずだ。


それに……、復讐は何も生まないとは言うが、少なくとも仇の死体を作ることはできる。



(彼女が私に手を貸してくれるのなら、全力でそれに報いるべき。)



彼女の不幸の元凶は、王国を牛耳る“五大臣”。


王に代わり、実質的に国を治めている五人の大臣。存在しているだけで害悪な奴らだ。まぁ一人真面な奴がいるんだけど、残り四人はいつ処分しても問題ない。本編では処分するタイミング次第でルート分岐が起きバットエンドに繋がるが……。これは五大臣から主人公たちが得るべき情報を得られなかったため、発生するルート分岐だ。


全てを知る私が入れば、どうにでもなる。



(それに、彼女は王国の神に対し強い、不信感を覚えている。)



今なら王国のクソ女神から、アユティナ様に信仰を映してくれるかもしれない。もしそうなれば私も色々隠さなくて済むし、非常に行動がしやすくなる。



(メインは彼女のスカウトと、信用を勝ち取ること。サブとして改宗といったところかな。)



……っし! 頑張って行こう!








 ◇◆◇◆◇







「ここ、ですね。入る前に言っておきますが、彼女は少し難しい状態です。ある程度フォローはしますが、自分で信頼を勝ち取ってください。それと……。」


「オリアナさんが同行しない限りダンジョンの利用は許可しない、でしたよね。覚えてます。」


「ならよろしい。では、入りましょうか。……普通に話せるじゃねぇか。」



Oh、小さいお声。あまりにもクソガキしすぎたせいで、それでしか喋れないように思われてたみたい。反省。


さ、気を引き締めてまいりましょうか。


彼女が酒場を開けると、ぐっと鼻にくるアルコールの匂い。前世では慣れ親しんだ匂いだが、この体では初めての濃厚な香り。ほんの少しくらりとしてしまうが、意思の力で押しとどめゆっくりと中へと入る。


真っ暗な酒場に入っていく光。その線の先にいるのは、自身の知る彼女よりも幾分か若い女性。服の下からでも解る鍛え抜かれた肉体によって槍を振るい、“鬼”と恐れられたはずの人間がそこにいた。



(思ったより、荒れてるな。)



肉体は確かに 鍛えられている。しかしながら、強そうには見えない。生きているはずなのに、死を連想させるような雰囲気を纏っている。彼女が座る机の上にはいくつもの酒瓶が並んでおり、私たちが入ってきたことを気にせずまた杯を傾けている。その顔からは生気が抜け落ちており、とても戦闘ができるような人間には見えなかった。



(そっか、10年か。)



タイミング的に、彼女は王都から追い出されてしまった直後だろう。息子夫婦も夫も無くし、自分の無力さに押し潰されている。原作ではここから10年近い時が経過し、その悲しみを時間によって薄れさせることができたのだろうが……、今はそうではない。



「オリアナさん。いつまで飲んでるんですか? もう朝ですよ。」


「……あぁ、セルザか。……別にいいだろ。私の金だ。退職金だけはしっかり払われたからな、当分飲んだくれるさ。」



ぼさぼさになった頭をほんの少し傾けセルザさんの方に向けた後、すぐに杯を呷る彼女。酒瓶に映るその瞳にはまっくろで、なんの感情も抱いていないように見える。



「まぁそれはそうなんですが……。店主。」



受付嬢の彼女がそういうと、カウンターで何かの作業をしていた店主が顔を向け、軽く会釈する。



「この人と私に追加でエールを、それとこの子に果実水。これで終いなので残り全部片づけてください。」


「……おい、セルザ。」


「お代はギルドに。酒代持ってあげるんです、話ぐらいは聞いてもらいますよ。」



その一言に、軽く両肩を上げるオリアナ。


カウンターから出た店主は、机の上に置いてあった無数の酒瓶を一気に運び去り、私たちの前にそれぞれの容器が置かれていく。彼からこっそりと領収書らしきものを受け取ったセルザの繭がぴくぴくっと痙攣していたが……、とりあえず見なかったことにしよう。



「ギルドの人間が朝っぱらから酒飲んでいいのかい?」


「えぇ、いいですとも。成果を出している以上、何も言われませんよ。……仕事の話です。」


「……聞こうか。」



一瞬『断る』と言いそうになったオリアナだったか、セルザがチラチラと揺らす領収所が視界に入ったことでそれをやめ、ため息と共に一気に杯の中身を飲み干す。話だけは聞いてくれるようだ。



「この子の面倒を見てください。」


「……私に子守なんかできないぞ。」



何かを思い出したのか、強く顔を顰めながら杯の中を見つめる彼女。その返答を最初から予想していたのか、淡々とセルザが言葉を紡いでいく。とりあえずできることがない私は、ちょこんと椅子に座り話を聞くだけ。……出してもらったジュースらしきもので、ちょっとだけ唇を濡らすぐらいしかできない。



「えぇ、そうでしょうね。ですがこの子は普通ではありません。単身で二階層まで赴き帰還して帰って来た子です。」


「ギルドはいつから子供を送りこむクソッタレになったんだ?」


「最初からですよ。……将来有望だからこそ、この子には長くギルドに貢献してもらう必要があります。ですが一人ではどこかで壁にぶつかるでしょう。“私から”の依頼は、この子の面倒を見てもらうことです。」


「……報酬は?」


「オリアナさん、あなた冒険者登録から数回しかダンジョンに入ってないですよね? 実はギルドの規約に『ダンジョンを長期間利用しなかった場合その資格を抹消する』というモノがありまして……。もう過ぎてますよ?」



へぇ、そんなのあるんだ。まぁ確かにギルドとしては冒険者の価値って『ダンジョンから魔物素材を持ち帰る』以外ないわけだし、登録だけして各種サービスのタダ乗りされたら困るってことなのかな? だからそんな規約存在してるのかも。



「……それをどうにかしてやるから、受けろ、と?」


「察しが早くて助かります。では、他にも仕事がありますからこれで。……あぁ、それと。定期的にお二人から“お話”を聞かせていただきますので。しっかりと仕事してくださいね?」



エルザはそういうと自分の前に置かれていた杯を一気の飲み切り、立ち上がる。



「では。ティアラさんも良い子にしておくように。」


「あ、はい。」



そう言い残すと先ほど店主からもらったらしき領収書を眺めながら、酒場から消えていく彼女。残ったのは私と、こっちのことを観察し始めたお婆ちゃん。あと多分『仕込みとかあるし早く帰ってくれないかな』って思ってる店主さん。ご、ごめんね?



「え、えっと。オリアナさん……、よろしくお願いいたします?」


「……あぁ。」


「と、とりあえずダンジョン行きません?」


「まぁ待て。とりあえずソレ飲んでからにしろ。」



そういいながら私の目の前に置かれたジュースのカップを指差す彼女。というか、いつの間にかポケットからコインを取り出し、追加注文し始めてる。ま、まだ飲むの……? いや気持ちは解らんでもないけど、肝臓とか大丈夫?



「……お前さん、名は?」


「てぃ、ティアラです。」


「いい名だな。」



呟くようにそう言い、会話が終わる。……あ、あの。他になんか、あ、ないですよね。はい。いや何言えば興味引いてくれるとか、彼女の+になるかとか色々知ってるんだけど雰囲気的に言えないよぉ! なんか重苦しい感じがしててちょっとティアラちゃんきついですぅ! え、なに? 私がメスガキしすぎたせい?


あ、アユティナ様ぁ! 懺悔するので何とかしてくださぃ!



「とりあえず今日は潜らねぇからな。私も酔いが残ってるし、お前さんの用意もそろってない。防具と背に合った武具買いに行くぞ。……そうだ、朝飯は食ったか?」


「ちょ、ちょっとだけ……。」


「飯はしっかり食っとけ。……店主、水と飯だ。二人分。」




ーーーーーーーーーーーー


〇アユティナ様


え、やだ。いい成長の機会だし、自分で頑張って? あ、あと私のこととか別に言っていいからね。こっちからティアラちゃんに制限することとか別にないし。……とりあえずいい人そうでいいんじゃないの?



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