31:話をしよう


「み、みんな逃げてった……。」


「あ~その、なんだ。元気出せ。」



まっしろになった私の肩を叩きながら、頬を指でかくオリアナさん。今の私よりも何倍も生きた彼女でも、言葉に困るような状況。うぅ、どうしよ。年が変わって春が来たからもう原作開始まで9年しかないのに……。いやそう考えればまだまだ時間あるな。


あの後、町中の厩舎。馬屋さんに顔を出したのだが……。誰一人、いや誰一頭として私に背中を許してくれるペガサスはいなかった。というか全員が近づくことすら許してくれなかったんだけど……。怖がって逃げるか、滅茶苦茶威嚇するか、ほとんどそんな子ばかり。気持ち良さそうにお昼寝してた子ですら飛び起きて逃げてったからね……。


え、何? 私そういう星の下に生まれたの? 『空騎士』なのに?



「うぅ……。」


「ほらせっかく飯食いに来たんだ、今日ぐらいは好きに頼め。な? 店員さんも注文取りに来てるから。」



まぁそんなわけで全然うまくいかなかった私たちは、そろそろ日も沈むってことで適当なお店に入り晩御飯って感じだ。オリアナさんが気を聞かせてくれたのかちょっとだけいい店、お財布が暖かい人が来るようなお店だね。あと酒も出してるみたいで、顔真っ赤にしたおじさんたちが楽しそうに言葉を交わしているのが見える。……羨まし、ティアラちゃんも飲みたい、未成年だけど。



「あ、あの。後にしましょうか?」


「腸詰とお芋蒸かした奴と、お野菜バターでソテーした奴……。あとミルク。」


「あ、はい。」



普通にちゃんと食べるんだな、というオリアナさんの声を無視し、彼女が注文する姿をテーブルに突っ伏しながら見る。そら成長期ですし、どんなに気分落ち込んでても食べて飲まなきゃ体がね? 今はステータスのおかげで何とかなってるけど、体が弱いのは変わりないからさ。


あとオリアナさん、なんで私がお酒頼もうとしたの解ったの? 一瞬だけガチの視線送られて息の根止まりそうだったんだけど。そのせいでミルクにしちゃった! ティアラちゃんもここの地酒飲みたい!



「なんやかんやで世話焼いてるからな。そりゃわかる。あと私も禁酒してるんだから付き合え。……というかそもそも飲むなアホ。」


「は~い。」



まぁ精神年齢は成人越えてたとしても、肉体はまだまだ5歳児だもんねぇ。もう半年ぐらいしたら6歳児だけど、肝臓もまだまだ発展途上。今はミルクで身長を伸ばして骨を強くすることでも考えておきましょうか。



(……にしても。ほんとに、どうしようか。)



私が『空騎士』を望んだのは、その飛行能力と速度が理由だ。地形の影響をうけずに飛べるこの職業の機動力はすさまじく、スピードも速い。極めれば一撃必殺からの即離脱っていうのもできることだろう。確かに他の前衛職に比べればDEFの成長率が弱くて撃たれ弱くなっちゃうし、弓にも特攻が入る。でもそのデメリットを上回るだけの強みがあったはずだ。



(それに、最上級職。『ルフトクロン』まで至れば、魔法攻撃すらも会得できる。)



空の王冠を抱く者、だっけ。文字通り人馬一体となった姿、背中から黒い翼を生やし戦場を飛び回るその姿は名にふさわしい力を持つ存在だろう。DEFが高い相手には魔法で対処することもできる、それまで物理攻撃だけだったのが、より戦略の幅が広がるってわけ。


私の“射出”とかがある様に、この世界は全て“ゲーム”と同じ法則性が適応されているわけではない。つまり極めることが出来れば、物理攻撃と魔法攻撃の同時使用なんてこともできるはず。圧倒的な“攻撃性能”と、大空を駆ることが出来る“スピード”。この肉体の性質として物理面の成長率が低く、紙装甲に成ってしまう可能性が高い私にとって、まさに天職だった。



(でもペガサスがいなければ、何も始まらない。……マジでどうしよ。)



この町でペガサスを手に入れて、信頼関係を結んで、ルフトクロンまで至る。そのルートの初っ端で躓くどころかぶっ壊れてしまった。ある程度調教されたペガサスでアレだ。野生のペガサスなんて即逃げられてしまうだろう。人に慣れてるはずの子であぁなったわけだから、野生の子なんか目線があっただけで逃走されてもおかしくはない。


もしかすれば無理やりその背に乗ってわからせる、ってことが出来るのかもしれないけど……。



(それってほんとに“人馬一体”になれる? って話なのよね。)



私は戦場に出たことがないからそう大層なことは言えないけど、無理矢理押さえつける力関係での支配や、恐怖による支配。こういうのはそれを上回る存在が出てきた瞬間、即座に崩壊する。今後強敵相手に戦っていく可能性が高い以上、そういう関係性を結ぶのは悪手以外の何物でもないだろう。


いざという時に使えぬ羽など何の意味もないのだから。



「それで、どうするティアラ。他の町の厩舎にも紹介状貰ったが。」


「どうするのがいいんだろうね……。わかんにゃい。こうポンと、私を怖がらない子が出てきたらいいんだけど。」



たぶんだけど……、『私に懐くペガサスください!』とか『私に懐いてる馬ちゃんペガサスにしてください!』とかいう願いをアユティナ様にすれば、叶えてくださりそうな気がしている。あの時はあまりにもショックで聞き流しちゃったけど、アユティナ様は“私がペガサスに好かれるようになる”のが無理と仰った。つまりそれ以外はいける、ってことだ。


けど、そこまで頼っちゃっていいのか、って言うのもある。私とアユティナ様の関係は信者と神で間違いはない。そして私が何かを奉納し、アユティナ様がそのお返しとして加護をくださる、という関係でもある。


けど最近の私は……、あまり捧げものが出来ていない。出来る限り頑張ってやってはいるんだけど、迷宮都市にいたころに比べれば全然だ。



(あっちじゃダンジョンがあったからねぇ。)



ダンジョンで戦い、打ち破った敵の換金部分を捧げる。それを何度も繰り返し、数を重ねることで、それまでの頂き過ぎていた加護のお礼をしていたんだけど……。私たちは迷宮都市から離れてしまっている。こうなると私に捧げられるものが無くなってくるわけで……。ペガサスって言う大きすぎる物を頂いてもいいのかな、っていう気持ちになってしまう。



(アユティナ様は“進化と成長の神”、ご自身で介入されることで、私たちの成長の機会が失われるのを酷く嫌う方だ。)



本当にもうどうしようもないほどに行き詰ってしまう、いわゆるゲームにおける“詰み”状態になっているのならばお願いしても大丈夫だろうけど、まだ一日も経っていない。即座に頼っちゃうのはあんまりよくないだろう。私も使徒ならば、神が求める成果を出すために、もう少し足掻いてみるべきだ。


そんなことを考えながら、何かいいアイデアでも転がってないかなんて思いながら店の周囲を見渡す。


ガチガチの高級店ってわけではないけど、やっぱ客層からして小金持ち向けの料理屋って感じなのかな。……うん、やっぱ美味しそうに酒飲んでるおっさんがいるとちょっとムカつく。


ティアラちゃんもキンキンに冷えたビールとか飲みた……、お、オリアナさん。な、なんでもないですよ?



「なぁ、聞いたかあの噂。ボス馬の話。」


「ん? あぁあのクソデカいペガサスの話か?」



……およ? なんか面白そうなお話が。せっかくだからお話聞きに行こっと。えっと、声のトーンを上げてぇ。楽しそうな雰囲気を壊さないように、っと!



「ねぇおっちゃーん! 何話してるの! ペガサス!?」


「うぉ! どっから出て来た嬢ちゃん!」


「ままのおなか! それで何々? おっきなペガサスって!?」


「お、おう? それはだな……。」



完璧な相槌を打ちながら、話を聞いていく。酔っぱらいのおっちゃんは楽しく自分の話が出来て嬉しい。ティアラちゃんは情報が貰えてうれしい。あとすっとそのおっちゃんのポケットに銀貨投げ込んどけば“ぱーふぇくち”ってやつですよ。



「嬢ちゃん外の奴か?」


「せやで、お婆ちゃんと行商しに来た。」



そういいながら、オリアナさんの方を指差す。軽く手を振りそれを返す彼女。かなりしっかりとした肉体を持つ彼女に少し驚いたようおっちゃんたちだったが、柔らかい笑みを浮かべているその様子で安心したのか、すぐに元通り会話し始めてくれる。


……見るものが見ればわかるだろうが、オリアナさんいつでも戦闘に入れる態勢に移行してるんだよね。脚がいつでも踏み込める状態だった。何かあったら即座にこっち飛び込んできてくれそうでありがたいよねぇ。


おっちゃんたちに見えないよう、背中に隠した手で『大丈夫』と送りながら、彼らの話を聞く。



「おぉ、そら偉いななぁ。んでペガサスだったか。なんでもな、こっからちょっと行ったところにあいつらが良くたむろしてる場所があるんだが……。そこで普通のペガサスと比べたら何倍もデカい奴がいた、って話なんだよ。」


「ほえー、すごい!」


「だろう? んで結構な人数が捕まえに行ったそうなんだが、全員失敗してるんだと。聞いた話じゃウチの領主様が懸賞金付けるかも、って話だぜ?」


「そうなんだ、どれぐらいのお金になるんだろ?」


「金貨10枚ぐらいじゃねぇか? この前の戦争で大分空騎兵の数減ったって聞くし、金足りねぇだろうからなぁ。ま、俺ら市民にとっちゃ大金だがな!」


「ちげぇねぇ。」



ほ~ん、ティアラちゃんの方が多いね。勝った! ……いや言うほど嬉しくないな。


にしても戦争で空騎兵の数が減って、お金がそんなにない、ね。OK、とりあえず覚えておこう。ぱっと脳内に情報をメモ。聞きたい情報は聞き出せたし、おっちゃんたちの話題も金貨10枚から違う方向に飛んで行っちゃった。彼らに気が疲れないように、気配を消しながら元の席に戻る。あ、オリアナさんただいまー。料理貰っててくれたんだね、感謝感謝。



「はいよ。……せめて声かけてから行け。」


「ごめんって。あぁ、あとそのパン貰ってもいい?」


「あぁ。多めに頼んでおいたからな。食え。」



にしても普通のペガサスよりも、何倍も大きなペガサスか……。普通の子は馬と同じくらいか、それよりも一回り小さいぐらい。大体成人女性の身長と同じかそれよりもちょっと高いくらいの体高なんだけど……。もしかしたら輓馬レベルかな!?


(まぁ酔っぱらいのおっちゃんの話だし、話半分程度に信じておいた方がいいんだろうけど。)



「……明日にでも見に行くか?」


「いいの!?」


「あぁ、お前の相棒を見つける旅だ。いくらでも付き合うさ。」



そう? なら約束ね!






 ◇◆◇◆◇





「よ、っと。こんなもんか。おいティアラ準備……、なんだそれ。」


「買ってきた!」



そういいながら、オリアナさんに背中に担いだ大量の野菜や果物を見せつける。ニンジンさんでしょ、レタスっぽい奴でしょ、あとサツマイモっぽい奴。他にはかぼちゃとか、リンゴとか、ブドウとか、イチゴとか……。基本甘くておいしいものをドカンとご用意しました!



「全部ペガサス用! ……あ、もちろん馬ちゃんたちにも上げるからね!」



完全にメシの顔してこちらをじっと注目していた二代目三代目にそういいながら、安心させる。……可哀想だからもう上げちゃおっかな? オリアナさんリンゴ割って……。あぁ素手で真っ二つにするのね。うん。まぁ上げやすいからいっか。どうぞ馬ちゃんたち~。


実は今日の朝から、町の市場に行ってたの。そこで山盛り買って来たってわけね。みんな『ちみっこが朝からお使いしてる、しても結構金持ってるっぽい……!』ってことですごかったよ? 追加でオマケしてくれる人もいれば、ロッキーみたいにオレンジ投げつけてくる人、懐から財布擦ろうとする人、難癖付けて喧嘩売ってきた人。もうイベントた~っぷりで楽しかった!!!



「……後半はどうした?」


「弱“射出”!」


「……殺してないのならまぁいいか、うん。」



ここまでの旅のさなか、“悪いから死刑!”という奴にもたくさん会ったけど、“悪いけど情状酌量の余地あり!”というのもたくさんいた。“空間”にお金入れてる私からすれば無意味のスリ野郎とかね? 盗みは悪いけど被害はないし、流石に殺すのは可哀想な人とか結構いるのよ。


ということでティアラちゃんが新たに開発しましたのは、弱“射出”! 伯爵のお宿襲撃したときにも使ってたやつね? それで脅して『真っ当に生きるのだ……。』してあげるか、お腹に一発ぶち込んで反省させるかして、放免してあげるのが基本。


ちな大体オリアナさんの普通デコピンぐらいの威力で、成人男性の全力ストレートぐらいの威力だよ!



「というか、なんで『デコピン=全力ストレート』になってるかの方が謎だけど。バケモノ???」


「鍛えてるかならな。……それで、その大量の野菜や果物は何に使うつもりだ? エサか?」


「そ! ただでさえ嫌われてるからね。差し入れで何とかならないかな、って!」



野生の馬を捕まえるには、『こいつになら付いて行ってもいいかな?』と思わせるのが重要。ギャルゲ風に言えば好感度を稼ぐ必要があるってこと。ペガサスとの相性が圧倒的に悪くて、マイナスからのスタートになってる私はその分色々と策を講じる必要があるってわけだ。


となればもう物で釣る、プレゼントしかないだろ、って感じ。


体が大きいってことはその分メシもいる。厳しい自然環境じゃ食えるものにも限りがあるだろう。何が好物なのか解らない以上、市場で教えてもらったペガサスが好きそうな野菜や果物を大量に持ち込むしかあるまい!


……まぁご飯あげる前、視線を合わせただけで逃げられたらもうどうしようもないんですけどね?



「余ったり要らなくなったお野菜は私たちの晩御飯行きね。“空間”あるから冷蔵庫いらず、ほんと便利。」


「ある意味お前の金だし、保存も効く。好きにすればいいとは思うが……。まぁ当たって砕けろか。早く“馬車の中に積んじまえ”。情報の裏どりしたが、結構距離あるみたいだ。日帰りするなら早めに出ておいた方がいいぞ。」


「はいはーい!」



言われた通りに、背負った荷物を馬車の中に放り込み、そこから“空間”へと収納しなおす。馬車での移動をするとなると、これを運ぶのは馬ちゃんの二代目三代目だ。あんまり重いと疲れちゃうでしょう? 町の中にいる時はカモフラージュが必要だけど、外に出たら全部空っぽにしてあげるからねぇ。



「よーし用意完了! いこう!」



オリアナさんにお願いし、馬車を出してもらう。


大体馬の脚で4、5時間走ったところに、目的地があるらしい。いつもそこにペガサスがいるってわけではないみたいんだけど、よく立ち寄る水場が私たちの目的地だ。



「どんな感じの子なのかな~。」



もちろん、私だって解ってる。


決して大きいことがいいことではない。ペガサスは空を飛ぶ生物で、弓に弱い。つまり体が大きいということは、その分被弾面積が増えてしまう。それに体重も上がるだろうし、速度も落ちるだろう。


けどね?



(大きいことは、いいことだ……!)



そこにロマンがあるのならば、動かなきゃ損でしょ! ……それに、悪いことばかりじゃないしね~。



「ま。捕まえられたら、って話だけど。」


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