第53話 狐の裘(かわごろも)

「で、魔王君はどうなの?」


「いや、あの、なんで僕を殺さないんですか?」


「いや、今やっぱり殺した方がいいか、悩んではいる。でも希望がないならいいや。好きにするね。」


「葵、なぜ悩んでいる。フローラの仇だぞ。それにフローラだけじゃない。こいつらのせいで大勢死んだ。」


「葵、私の故郷は魔物に壊されたのよ。今さら許すなんてありえないわ。」


「何ネ。少年だから許したいのカ?らしくないね。一族郎党皆殺しネ。」


「いや、事の重さは分かってるよ。だから悩んでるんだ。」


 この茫漠とした違和感の正体がなんとなく分かってきた。


「人は死ぬんだよ。問題なのは死に方なんだ。」


「分からん!葵がやらないなら私がやる!」


「待って!今、説明するから。エリカ、あなたを殺したくない。」


「!?・・・マジもんの殺気か。分かった。聞くよ。」


 良かった。聞く耳持ってくれた。そして、今のやり取りで分かった。


「今さ、私と対峙してどう思った。」


「やべ、死んだ。っと思った。」


「ごめんて。そうじゃなくてね。私はね、悲しいと思ったよ。まだ人外と殺し合ってた方が楽だよね。」


「・・・そういうことね。まあ、たしかに…。」


「何ネ?」


 クバラは察し始めたようだ。


「魔王が居なくなったあと、空白地帯が生まれるよね、大陸の中央部に。」


「そうネ。私の国は東の海に面していたから、魔王領はおそらく人類領に包囲されているネ。」


「その空白、みんなの国がほっとくと思う?魔王領に面していた国はもちろん、面していなかった国さえも、領土と利権の獲得に走るよね。旧魔王領が埋め尽くされるまではね。」


 みんな気づいたみたいだ。沈痛な面持ちをしている。当たり前だ。魔王領の消滅とともに、国同士が争う未来を想像したのだから。


「いいえ。たぶん、魔王領が完全制覇されるより早くに戦争が起きるわね。」


「ああ、国力差が開ききる前に叩く、って国はいくつかあるだろう。アタイの国も血の気が多いからな。」


「ああ、分かったネ。「獲らざる所あり」ネ。獲ったが最後、命も獲られるね。今度は今回の戦争を、ニンゲン同士でやる羽目になるネ。」


 言い出しっぺの私がびっくりするくらい話がスムーズにまとまった。

 なんでみんな割り切りをつけられるの?私だって、フローラの仇は討ちたいという気持ちはある。その命を私に賭けてくれたんだから。

 でもね、死者は還らないんだ。理性では、結論を出せた。


「私だって、辛いよ。今でも油断したら魔王を切り捨てそう。ところで、魔王くん。君はこれからどうする?」


「え?」


「私はね、君は人類同士が殺し合うことが無いように、悪役をやってもらおうと思って。君のお母さんみたいにね。」


「ええ、そんな、僕独りでどうやって生きていけばいいんですか?ここで殺されて終わるんだと思ってたのに・・・」


「わめくな、君は敗軍の将にして亡国の王でしょ。勝者の命令は絶対だよ。死ぬな、そして戦え。人類同士の平和のために。」


「え。どうやって。配下はもういないんですよ。」


「・・・見たところ、魔術師タイプの魔王だから、私が面倒を見るわ。」


「クバラ、正気か?こいつからしたら我々も母親の仇敵だろう。」


「・・・ええ。いいの。どうせ私に帰るところはないし、せっかく復興させた街が、今度は人間の戦いで灰に消えるなんて、耐えられないわ。」


 演技ではなさそうだ。クバラは本気だ。本気で人類の脅威となりうる魔王を育てようとしている。肚が据わっている。


「なら、アタイも残るぜ。二人きりってのは結構つらいもんだからな。喧嘩したときの仲裁役が必要だろう。」


 かたき討ちをしそこなって、行き場を失った感情が涙となって頬を流れているが、エリカも覚悟が決まったようだ。


「そうネ。それが最善ネ。仲良く殺し合ウ。拮抗し続けル。これも一つのタオネ。」


 茉莉なんかぐしゃぐしゃに顔を歪ませている。でも、みんな方針は固まったみたいだ。


「あの、言い出しっぺの私が言うのも何なんだけど、みんなはなんでこんなに割り切れるの?」


 私は異世界人だ。ぶっちゃけここの世界に愛着は無い。だからこそ、人類最大の目標を切り捨てることができる。

 でも、彼らはこの世界の人たちだ。どうやって割り切っているのだろう。戦争は終わらせる方が難しいのだ。失ったものが大きいほど、止められなくなる。勝てるならなおさらだ。


「過去は戻らない。あるのは今と未来だけだからな。」

「焼けた故郷にもフローラの死にも、同胞殺しの血で汚したくないからね。」

「魔物と殺し合ってた方が、心は健康ネ。なにより」

「「「いのちはだいじに」」ネ。」

「そう、だね。人間同士の戦いが起こるなら、フローラもきっと喜ばないよね。」


 そこからはとんとん拍子に話は運んだ。

 クバラとエリカが幼い魔王を養育。戦勝報告が必要なので、討伐したレッドドラゴンの首を持って茉莉のみが帰還する。ほかの仲間は全滅したけど、魔王を討伐したと嘘をついて。

 そして、新たな魔王が生まれるという予言を持って帰ってもらおう。

 ちなみに、今その新魔王はすやすやと寝ている。呑気な奴とも思いつつ、卵から孵ろうとしたときから、母龍と戦っていたらしい。疲れの色が濃いようだ。

 

「じゃあ、茉莉。あとは頼んだよ。」


 虹の宝珠プリンキパールの力も借りて【夢浮橋】を使う。剣技:紫、唯一の空間干渉技だ。


「じゃあ、三人ともあとはこの世界を頼むね。」

「ぐすン、寂しくなるネ。」

「ああ、分かった。」

「元の世界に戻っても元気でやれよ。」

「うん。もう会うことはないだろうけど、みんなのことは忘れないよ。さようなら。」


 濃い紫の光は時空を捻じ曲げ、異世界の門を開く。虹の宝珠プリンキパールにおいても紫は魔王のみの色らしい。紫は古今東西、至高じゃない。

 音がない世界。王都アウグストゥが見える。茉莉はここでお別れだ。さよならは済ませた。茉莉の笑顔は眩しいな。私だけ泣いてるの、なんだか恥ず。

 ああ、私のいた世界は遠いんだ。しかも正確に、あの時の事故現場、あの時刻へ。


 帰ろう。

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