第15話 戦術的奇襲、戦略的奇襲。

 時は少し遡り、【フレイムレイン】が降り注ぐ少し前のこと。

 B級冒険者の面々は樹上に潜み、敗走してくるオーガに備え、伏撃体制を構築していた。


「ん?作戦開始はまだのはずだが、草木の揺れが激しいな。」


 シカやらイノシシやらが飛び回っているのだろうか、やけに賑やかだ。


「うわ、鳥が突っ込んで来やがった?」


「茂みの奥でなにかあるのか?どうする潜伏場所を変更するか?」


「いや、ここに来るオーガは恐慌状態に陥っている奴だろ。気づくわけがない。じきに止むだろ。」


「ああ、すぐ終わるさ。」聞いたこともない野太い声だった。


「!?」一人の冒険者がとっさに木を飛び降りる。枝々に飛び移り、逃げる


「なんてこった!鳥に化けることまでできるなんて、どんなバケモンだ。これは引くしかねえ。」


 あちこちで悲鳴が聞こえる。同じく潜伏していたB級冒険者だろう。


「助けてくれ!」

「やめろ!来るな!」

「だめだ、そいつは偽物だ!」

「なんで?本物?嘘だー!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。枝葉の向こうにはそれが広がっているはずだ。

 相棒の姿をしている人間があちこちで、助けを求めたり、あるいは襲い掛かってきたり。


「ごめん。みんな。」


 もはやこの戦域は放棄するしかない。


「助けてくれ!」


 目前に現れた相棒の面影に、とっさに矢を射る。良かった偽物だった。

 今はとにかく街に戻るんだ。ギルドマスターに伝えなければ。

 決死の覚悟で赤い狼煙を上げた奴は、こないだB級に上がった奴だったか。

 お前のことは忘れないぞ。私も生きていられたらの話だが。







「「あ!」」


「二人してどうしたんですの?あ、同時に話さないでくださる。まず葵から。」ザンッ。


「うん。私もこの斬撃できるじゃんと思って。【野分のわき】。」


 シュッ。斬撃の波が消えた。


 やっと掴んだ魔力の核心。私の内側から起こす必要なんてなかったんだ。初めから世界は魔力に満ちていたじゃない。


「思った通り。相殺も上手くいった。」


 【胡蝶こちょう】も使ったのは内緒だ。表裏、虚実、疎密、あらゆる波を捉えてそれに乗ることが【胡蝶こちょう】の本質だ。逆位相の波をぶつけてやれば斬撃は消える。


「まあ、これで、索敵もしやすくなりますわ。葵、守ってくださる。」


「いや、守るのはもう必要ないぜ。」


「なにか分かったの?」


「さっきカラスを仕留めた。違和感の正体はこれだったんだ。」


 なるほど、こんなにドンパチやってたら普通、野生動物は逃げ出す。現に、戦闘開始前まで近くにいたシカ、イノシシ、リスと言った動物は辺りから姿を消している。

 カラスが、しかも1羽だけが居残っていた。


「つまり精密誘導はもうできないってことかな?」


「ああ、スポッターを奪った。もう遠くからちょこまかとは打てねえはずだ。しかし、やっぱスナイパーってうぜえわ。」


「あなたがそれを言いますの?それとカラスをやられて動き始めたみたい。逃げるつもりね。」


「方向は?」


「今私が向いている方向。距離300mですわ。」


 オーガの拠点から見て真北か。


「ありがとう。【野分のわき】。」

 刀を横薙ぎ。

 「野分のわき翌朝あしたこそをかしけれ」と人は言うけれど、それは台風一過の青空のことで、このように鬱蒼とした森を更地にしたことで見える青空のことではないのだ。本来はね。


「みいつけた!」







 ギルディア東門。

 ギルドマスターであるトーマスは、街の城壁の東端に立ち、彼方30kmの戦況を見ていた。


「赤い狼煙が2本、どうすっかな。今からじゃ救援は間に合わないし、おっと3本目か。」


 まずいな。完全に罠に嵌った。オーガの拠点は餌だったわけか。

 討伐部隊をおびき出して全滅させ、このエリアの防衛力が弱ったところで本命を投入する手はずか?


 これはまずい。ギルド本部から至急応援。領主だけでなく国にも伝えなければ。これはもう本格的侵攻の第一波。オーガの拠点はその陽動に過ぎなかった。


 にわかに雷鳴がつんざく。赤い雷。魔王による空間魔法か。伝承は本当だったみたいだな。


「ああ、悪い。ギルド本部とのやり取りは君に任せた。今から君がギルドマスターだ。」

 

不敵な笑みでこう付け加えた。

「とんでもないVIPのご訪問だ。私が直々に茶を出してやらないとな。」


 城壁を駆け降りる。なんてことはない。城壁というものは駆け上るより駆け降りる方が簡単なのだから。

 城壁から300m手前に現れたのは、牛の頭を持つ巨漢の集団。身長は2m前後。筋肉の鎧に全幅の信頼を置いているのか、パンツしか履いていない。


「ウッシッシ。突撃、突撃。戦果を頂戴するぞ!」


 雄たけびを上げているのは間違いなく魔王軍将級。話に聞いていないが、相手は空間転移まで使ってるんだ。いったいどれほどの長距離から送り込んできたのか、さっぱり分からない。


「困りますね。将軍閣下。さぞ遠方からいらっしゃったのでしょう。ご存じないのも当然なのですが、この街への軍隊の入城はギルドマスターか町長の許可が必要なのですよ。」


「ほほう!そうだったのか。俺は馬鹿だから知らなかった。では、許可を得るにはどうすればいいのだ?」


「はっはっは。そう謙遜なさる必要もありますまい。誰にでも知らないことはあります。私の方で町長に話をつけてきますよ。3日ほどお待ちいただけますかな?」


「がっはっは。たった3日でいいのか?よおしお前たち、3日ほどここで宿営だ!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」


 え・・・?それでいいの・・・?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る