第29話 ネクロマンサーは不滅です。

「【戦域構築:冥府の門タルタロス】。」


 地下31階への長い階段を下りきった時のことだった。かすかに何かが聞こえた気がした。


「伏魔殿!伏魔殿だ!早速伏魔殿だ。」


 エリカが最速で気づく。クバラも即応。


「【戦域構築:熱砂灼陽宮サニーデザート=アフタヌーン】!ん!?これ伏魔殿じゃない!」


「いや、そんなわけない!魔物も大量出現してるぞ!」


「いや、伏魔殿だけど、それだけじゃない。この戦域には魂がある。今戦域の押し合い中よ!」


「確かに2種類の戦域があるネ。」


 片方は熱砂の砂漠。クバラが構築した方だ。太陽が燦然と全生命を殺しにかかる。湿度は多分ゼロパーセント。あらゆる水の魔術が使えなくなる代わりに火の魔術の威力を爆発的に押し上げる効果を持つのだろう。

 もう一方が正体不明。だが、霊感搭載の私なら分かる。圧倒的な死の匂い。黄泉の国の匂いがするが、極楽浄土には程遠いだろう。どちらかというと地獄みたいだ。死者しか通さないぜ、と威圧感を放つ門が見える。死者にして通そうとしてるといった方が良いかもしれない。


「だが、敵の大半は近くに湧いた。これ以上こちらの戦域に引きずり込むのは無理だぜ。」


 骸骨兵士、ゾンビ、キョンシー、およそ思いつく限りアンデッド系の魔物がこちらに突撃してきている。


「分かった。みんな私の後ろに!【太陽焦熱風ソーラーブレス】!」


 クバラが息を吐くと口から膨大な炎が吐き出される。ちょっとセクシーと思ったけど、火力を見るとドラゴン顔負け。もはや火山の噴火である。戦域内の魔物は消滅。敵側の戦域にいた魔物も戦闘継続ができそうなのは、ちらほらといるばかり。


 さて、敵は仕掛けてくるか?


「まずいわ、敵の位置は分からないけど、このままだと戦域合戦で押し負けるわ。」


 たしかに、じりじりと砂の大地が冥土に変わっていく。この戦域合戦はこちらの負けか。

 だが、この戦域には太陽が満ちている。もしかして今なら使えるんじゃないか?


「葵!私の側にいないと火傷するわよ!」


「大丈夫。それより目を閉じて!【明石あかし】!」


 大上段から真下に一振り。瞬間、刃から閃光が放たれる。

 明石の君、須磨へと追いやられた源氏を押し上げていくパワフルな姫君。ずっと炎だと思ってた。

 けれど違った。太陽だったのだ。陰鬱な世界をこじ開ける光と熱。それが【明石】。


「やったわ、この広間の全域に戦域を構築できた。」


「やったぜ、反転攻勢だ。」


「見つけた。冥土の下に隠れてやがったか。」


「ぐぬぬ、あなたがシズカね。目にもの見せてやるわ!」


 一人の少女が現れた。年の頃14くらいに見える。


「【太陽焦熱風ソーラーブレス】!」


 早い。先ほど大軍を屠った炎のブレスだ。今度は敵の戦域による減衰が無い。


「ぐ、熱っつい、こんなにかわいい女の子に何するのよ!」


「あらあら、その炎で焼けない時点でかわいくありませんわよ。」


「うわ、いつの間に射かけてるの、しかも3本同時に!くううううう。」


「今のを避けるのもたいがいなんだぜ。」


 同時なのは着弾であって、一本ずつ軌道を変えて射っている。


「【野分のわき】!」


「許さないんだから!【死屍塁々ししるいるい】!」


 風の刃を死骨が防ぐ。

 なるほど、先ほどは土から亡者を呼び出して、盾にしていたのか。それにしても人間と思えないほど熱に強いなあの少女。

 普通、ミイラになるか燃えるか、どちらかなんだが。


「クバラ、戦域解いてもらっていいか?距離が詰められない。」


 たしかに、さすがフローラいいこと言う。


「確かに、私の戦域は敵を閉じ込められないからその方がいいわね。」


「追い打ちは機動力の高い3人に任せる。私はクバラを守る。頼むぞ。」


「「「分かった!」」ヨ!」


 いざ追いかけようとした時だった。


「ちくしょう奥の手だよ。さあみんなやっておしまい!」


 14体のアンデッドが複数ある部屋の入口から突入してきた。

 ん?なんか聞き覚えのある数字だな。


「ああ、行方不明の冒険者だ。奴を入れて15人か。」


「そいつらだいぶ強いからさあ?てこずるんじゃない?じゃあねえ!」


「くそ!逃げるな!」


「エリカ、だめよ、戻って!また戦域を構築するから!私の側に!」


「いや、クバラ、太陽焦熱風ソーラーブレスをお願い!【戦域構築:行幸みゆき】!」


 忠臣蔵に関して重要なネタバレがある。忠臣蔵に登場する悪役、吉良上野介はここで死ぬ!

 ゆえに私の戦域において大将は必殺。生きて逃げ出すことは許さない。

 瞬く間に武家屋敷が組み上がる。アンデッドとなった14人が居るのは屋敷内の長屋。使用人はここで寝泊まりするのだが、討ち入りの際にはまずここを封鎖して敵戦力を削いだ。原作では積極的に殺したり、火を付けたりしないが、死んでもらおう。安らかに眠れ!

 14人は長屋から出ようとしているが、あがいても無駄だ。


「ん?ホシに逃げられた!なぜ?戦域構築が間に合わなかったか?いや、たしかに捉えた気がしたけどなあ。戦域は難しいな。」


「見失っちゃいましたね。」


「でも、魔力は覚えたネ。同じ階にいるか否か、魔力で分かるネ!」


「ホント!で、もう下の階に逃げちゃった?」


「うん、この階にはもういないネ。」


「分かった、追跡しよう。でも慎重にね。」


「いや、ここは休憩しよう。クバラが消耗しているし、上り下りの階段は一か所ずつしかないのだろう?そこを張っておけば、急襲の心配はないだろう。」


「たしかにそうだが、戻り石アリアドネイトを使われたらどうすんだ?」


「使えるならさっき使っていたはずだ。なにか使えない事情があると見るべきだ。逃げても迷宮前線支部、最悪の場合、国軍も直ちに展開できる。さらには大聖堂付きの僧兵までいるんだ。圧倒的物量で潰せるさ。」


「さすがだフローラ、あんた追い込み漁でもしてたことあんのかい?」


「私は騎士だぞ。犯罪者の追い込み漁なら初代教皇にも引けを取らないさ。」


 参謀フローラは不敵に笑った。

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