剣技:紫 ~源氏物語厄介オタク御家人の末裔はその武術で異世界を切り拓く~
戦徒 常時
序章
第1話 突然なのはラブストーリーだけじゃない。
私は
「クソ親父、私、絶っっっっ対に道場は継がないから。簿記取って事務員になるって言ってんだろ」
私の家は道場だ。江戸時代に
源氏物語の厄介ファンで、しかも武術書として読み込んだ変態であったと思われる。
今日も親父と喧嘩した。いまどき武術なんてはやらない。汗臭いし、かび臭い道場なんてまっぴらだった。
しかも技の名前が源氏物語から引用されている流派だ。突き詰めていけば、原典に当たりたくなるだろうことを考えれば、どう考えても15禁の流派だ。
もっとも我が家は代々剣術バカしか輩出していないので、私が高校で学ぶまで、なんでこの技がこの名前なんだろうということに気づいてもいなかった。学がないとは悲しいことよ。
カネにならない技術なんて意味がない。
「あーあ、でも、ちょっと言い過ぎたかな」
予想外に父は何も言わなかった。いつもは「昔はパパって呼んでくれたのになあ、ぐすん」とか言って茶化しに来るくせに。
道場から解放したい気持ちと道場に引き留めたい気持ちと、相半ばしていたような顔だった。なんだかんだ言って引き止めてくると思ってたから、いつものように強い言葉を使ってしまったのだ。
セーラー服を着るのももう一年もないのだと、しみじみとして正門前。
「おう、緋川。なんか元気ないな。はっ! もしかして今日こそ剣道部に入部したくなったか?」
「先生、そんなわけないじゃないですか、葵は柔道部に入りたいんですよ。ね? 葵?」
頭の痛いことに、武術バカはどこにでもいるのだ。特に、インターハイを目指している剣道部と柔道部は入学以来、毎日勧誘してくる。誰だよ、紫苑一刀流には柔術もあるってリークしたの。
「おはようございます。先生、挨拶すっぽかして勧誘しないでください。汗臭いのは実家だけで十分です」
一事が万事こんな感じ。きっとインターハイの予選までこのやり取りは続くんだろうなあ。
「ところでラグビー部の剛田は今日休みですか?」
「いや、朝練でもう来ているはずだが? おっと噂をすれば」
「今日も美しいな、葵君。今からでも遅くない、ラグビー部に入らないか?そして、俺が勝ったら結婚してくれー‼」
「あ、来た来た。【
こいつには【技】を使うしかない。手ごたえを錯覚させるほどの至近距離回避。
「捉えた‼ のうあ⁉ ……ダメだったか」
「うーん、相変わらず剛田の背中は大きくて回りやすい。今日も仕上がりは悪くないじゃない。」
足を掴まれないように、剛田の背中に手を付き前方宙返り。今日の背筋は仕上がりは最高だ。よく鍛えこんだのだろう。
ラグビー部部長の剛田。身長185㎝、体重112㎏。身長は私の20㎝上。体重は私の倍以上だ。何かの日本代表にも選ばれていたラガーマン。
長所は文武両道、品行方正なところ。短所は暑苦しいところと私が絡むと短所しかなくなるところだ。
「おいおい、緋川、剛田、朝から不純異性交遊は良くないぞ」
先生がこんな冗談を言うほどに、日常に紛れ込んでしまった。
あと、不純なのはいつでも良くないだろ!
放課後、気の置けない友人と新しくできたクレープ屋さんに来ている。
「ふむふむ。ここのクレープ、悪くないじゃない。あー、癒される~」
「葵も大変だよね~」
「だよねー。3年生になっても勧誘が続くなんて人気よな? モテ期が2年続くことなんてなかなか無いぞー」
「やだやだ、なんでこんなもの欲しがるかねえ。私は剣の腕よりもっと胸が欲しいよ。母さんは大きかったはずなんだけどなあ」
二人の豊穣なる丘陵に目を奪われてしまう。きっと男の子もこんな感じなのだろうか。いや、私のような恨めしさはないか。
「あらあら、甘えたいの~。いいわよ~」
「しょうがねえな、触らせてやるよ。1回500円ね」
く、持てる奴らは貫禄が違う。どの口がモテ期だと言うか。こちとらかけらも持ってねえわ。ん?
「危ない!」
二人の腕を引っ張って席を飛び退く。直後、トラックが突っ込んできた。居眠り運転か?
「うわ」
すんでのところで躱したトラックはクレープ屋さんの厨房に突っ込んだ。
しかし突っ込んだのは厨房。次にやばいのはガス爆発だ。
「二人とも。ガス漏れしそうだから逃げるよ」
そういって手を引いて外に逃げる。二人とも腰が抜けているのか、引きずるしかねえ。しかし災難だな、あのクレープ屋もできたばかりなのに。
建物の外へ出た直後、頭上からゴン、という音がした気がした。
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