第46話 ムラサキシキブ
「ありがとう、フローラ。あなたのことは忘れない」
最後までフローラは笑っていた。
「さてと、ナオミ。決着をつけようか」
「そうだな。しかし、いい剣だ。名を聞いてもいいか?」
まあ気になるのは分かる。桔梗も名刀だったが、これはさらに美しい。棟は濃い紫色に染まり、反りの湾曲は優美なカーブを描き、死へと誘うようだ。
「冥土の土産に教えてやろう、と言いたいところだけど、無銘だよ。打つだけ打って刻まなかったみたい」
「そうか。お前から奪った後にどんな銘を刻んでやればいいかと思ってな」
「……嘘。私に勝てる未来なんて見えてないでしょ」
「ほざ「【
驚くのも無理はない。私は今、空を蹴ってナオミに肉薄している。
「おのれ、我らの秘術を、こうやすやすと」
あ、今まで魔力で飛んでたんじゃなくて、空を蹴っていたのか。私も頑張れば奴同様に空中で静止できるということ?
「良く反応したね。これはやっぱり【浮舟】でいいんだ」
戦場は空中へ。ナオミの安全圏はもはやない。
「もはや理由は問うまい。【野分】!」
ナオミが腕を振る。親指以外の4本の指から飛ぶ斬撃が放たれた。吸血鬼って爪でも切りかかれるのか。刀を親指に引っかけながらの斬撃。
「【
4つの飛ぶ斬撃はより強力な突きにより生じた竜巻に巻き込まれ、踵を返してナオミに襲い掛かる。
もちろん、【野分】【胡蝶】【松風】も併用している。
「ぐ、やはり天才か、しかし、それは跳ね返せるのだ。【早蕨】!」
そう言うと突きを背負投げするかのように回転切り向きを変えて私に返してきた。そうか、【早蕨】の本質は渦、そしてそれを引き起こすのは円運動だ。が、ここは、奴が向きを変えるべく引き起こした渦を利用しよう。
「【
「!!」
びっくりさせてごめんね。いきなり後ろから切りかかったらそりゃあ腕の一本は落とされちゃうし、落とされなかった腕で持っていた剣も折られちゃうよね。
「なに? なぜ後ろに?」
「斬撃の竜巻に気を取られすぎなんだよ。それより今の【蜻蛉】であってるか教えてくれる?」
【蜻蛉】。陽炎が揺らめくように、空気を揺蕩うだけだ。半分嘘である。空気の流れに乗って移動することで、相手に動きを悟らせない。【夕霧】の移動特化版だ。
「だとしてもだ。速すぎるだろう」
「ま、実力の差って奴でしょ」
嘘である。なんか速すぎるなとは思ってた。もしかしてとは思ってるのだけど——
「もしや、お前【
「え? まあ、戦域効果は感じるけど、これ吸血鬼なら皆に載る効果なの? 道理で」
「いや、強化対象は構築者だけのはずだが?」
「⁇」
首をひねらざるを得ない謎仕様が分かった。やはり戦域は奥深い。
しかし今は検討会を開いている場合ではない。剣闘会の時間なのだ。
「腕は再生しないのかな?」
「ぐぬぬ、させまいとして【蛍】を使ったのではないのか?」
鍔迫り合い。勿論優勢だ。態勢を崩しながらナオミに押し込ませている。
「吸血鬼は火に弱いんだ、今後は気を付けるよ。はい、もう一本」
小手。これで剣は握れなくなったはず。
「さて、本当は剣技:紫とやらの講習会を開いてほしかったんだけど時間がないんだ。君たちの真祖の末路を教えてくれるかな?」
もちろん無駄なことはしない。両足を切り落とし、肩も落としておく。
しかし、ナオミが悲鳴一つ上げないあたり、この戦域痛み感じなくするこうかもあるのか?
「答える理由があると思うか?」
「言わない理由があるの?あなたは言うタイプでしょ。」
「……よくわかってるじゃないか」
ナオミは語り始めた。彼女もまた伝承者だ。一定の実力や人格を認めた者であれば、それが誰であれ、例え敵であっても、伝えたくなってしまうものだ。ましてや、私は遠縁の親戚のようなものだ。
「最後は元の世界に帰ったとされている。しかし、1000年の時を生きる我らから見ても神話時代のお方だ。が、妾は実在を確信したぞ。お前と言う存在を見てしまってはな」
「そうかありがとう。最後に言い残すことはある?」
「最後にか。その剣の名は?」
ナオミは少し悩んでからそう尋ねた。
「いや、無銘だって言ったじゃん」
「ならば、そなたが名付けよ。刀匠も文句は言うまい」
「・・・あえていうなら、ムラサキシキブ、かな」
「なぜその名に?」
「紫苑一刀流の、いや、剣技:紫の、技の名前を付けた人に由来する植物だよ。まあ、名前は真祖がパクったんだけどね」
「そうか、いい名だ。……その剣で死ねることは妾の誉じゃ」
それがナオミの最後の言葉だった。
頭に突き刺し、焼きつぶしていく。各部位にこれを行う。
ああ、肉の焼けた匂いがする。
【
まったく何なんだこの戦域は。
最初から最後まで不可解な戦域だが、外の光景よりはマシだった。
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