第47話 健やかな眠り

「あ、ナオミ、・・・そう。私、また一人ぼっちか。」


 激戦の終わりに、アナスタシアと目が合った。パッと明るい顔をするや、瞬く間に悲愴な面持ちに変わった。


「アナスタシアか、ずいぶん派手にやってくれたね。」


 辺り一帯に、血の海が広がっている。なぜだ。なぜここまでの被害を出した?

 確かに奴は魔王軍将だし、ネクロマンサーだ。物量戦の真骨頂。兵力が実質的に3倍になるようないわゆるチート能力だ。

 操られているのは王国軍のがメインか。そりゃそうだ。戦闘の最中でも死体を運搬あるいは徹底的に破壊する作戦を立て遂行していたんだから。問題はなぜ王国軍を焼かないのかだ。


「クバラ!なんで焼かないの!?」


 人並みの最前線に彼女を見つけた。思いっきり叫ぶ。


「彼らはまだ生きてるの!だから燃やせない。殺された人は燃やしてるけど、混戦になったら分からないのよ。」


「嘘でしょ?」


 ネクロマンサーって何なのよ。死体を操るんじゃないのか?


「驚いた?私の秘術【健やかな眠りサウンドアスリープ】。最高傑作だと思わない?ネクロマンサーの最大の弱点、死体がないと何もできないという点を克服したのよ。」


 覇気はないくせに、あのクソガキはすぐ調子に乗ってべらべらと喋ってくれる。その技の弱点とかも喋ってくれないかな?


「葵、そいつの笛の音に注意ネ。疲労が濃いと乗っ取られるヨ。」


「ええ、近くにいる弱ってる人からやられたから、距離も多分関係あるわ。」


「分かった。ありがとう。」


 向き直ってちゃんと伝えてあげよう。


「全然疲れてないから大丈夫。それとあんまり克服してないね、弱点。」


「きーーー-。むかつく。でもこいつを見ても同じこと言えるの!」


「・・・zzZ。」


「な?」


 奴を囲う人垣から一人の女戦士が前に出てきた。エリカだ。


「てめえ、エリカを殺したのか?」


「いや、よく見て、寝てるだけよ。そのババアとしばらく遊んでてくれる?私は忙しいの!」


 その声は怒気を帯びていた。ネクロマンサーのくせに、魔王軍将を殺されると怒るんだと思ったが、友達をおもちゃにされるのはそりゃ許せないよなあ。私も許せないし。


「【戦域構築:斧の時代スケッギョルド】!」


「!?【戦域脱構築:夢浮橋】!」


 支配下でも戦域使えるのか。すかさず【夢浮橋】。これは時空間を曖昧にする技。だから戦域拒絶としても使えるはず。なんだか牛刀で鶏を捌いている感はあるけど。

 結果、戦域合戦は起こらなかった。でも、エリカの周囲においては戦域効果が発動中か。持ってる斧が新品になってるし、なんだか軽く扱えてるみたい。ゾーンに入ってる感じだろうか?戦域だけに。


「エリカ!起きて!ぐっ!」


「・・・zzZ。」


 一撃が速いし重い。模擬戦は何回もしてたけど、やはり戦域効果の追い風を受けた状態では勝手が違うな。顔なじみの技の一つ一つが、凶悪な様相を呈している。


「ははははは、いくらあんたでも切れないでしょう。死体だったら躊躇なく切れるんだろうけどねえ。平和主義者は長生きするなあ。あーあ。みんな死んじゃった。ごめんねナオミ。私頑張るね。」


「小癪な。【梅枝】!」


「うわ?私を狙ってきた?魔術まで習得してんのかよ。化け物というか妖怪じゃん。良かったー、切り札がいて。」


 【梅枝】の電撃はアナスタシアの藍色の魔力弾が弾いた。そして、奴の持っていた虹の宝珠プリンキパールがナオミの死体を吸い込んだ。


「逃げる気か!おっと。エリカ、起きて!」


「当たり前でしょ。おばさん。さすがにここから戦うほど馬鹿じゃないわ。魔王様をおひとりにはできない。」


 相変わらず罵倒のキャブラリーが少ない。ちょっとイライラしてきた。エリカの動きには慣れてきたが、茶々を入れられるか否かだ。【早蕨】で竜巻を起こすと、傷痍兵を巻き込みかねない。

 虹色の輪が浮かび上がる。前回見た時よりコンパクトだ。使い慣れてきているのだろうか。


「この恨み忘れてやらないんだから。また会いましょう、クソババア!」


「君と気が合うのは癪だけど、私も同感だよ。首洗って待っとけ、小娘!」


 この罵り合いに誉れなんてなかった。まあ、罵倒に誉れがあること自体珍しいのだけど。





 戦闘は終わった。操られていた死体が崩れ落ち、眠らされていた生者は目を覚ました。


「ごめん。逃げられた。」


 二度までも逃げられた。あいつ引き際を弁えてる。一番厄介だ。


「ううん。ありがとう。魔王軍将全部釘付けにしてくれたじゃない。」


「そうネ。葵が気に病むことじゃないね。」


「zzZ。」


 一人寝たまま意思表示のできる器用な奴が居た気がするが、みんな無事か。

 フローラを除いて。


「まあ!葵―!無事ですの?ほら、早くこっちに。ひとまず異常を見ますわよ。」

「良かった!無事か?」


 「月花美人」の二人も駆け寄ってくる。みんな血と泥だらけだ。動くのは何日後になるだろうか。追討しなきゃなあ、と考えを巡らせていると、すとんと力が抜け落ちてしまった。


「あ、立てないや。」


「大丈夫ですわ!」


 乗ってけ、と言わんばかりに、ルナが親指を立てた。その笑顔は太陽の輝きを受けて眩しかった。

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