第48話 戦後処理と遠征

 戦闘は終わった。一応、勝利と言っていいだろう。手近な雑兵は全滅させたし、魔王軍将も5体のうち4体を殺害した。もっともネクロマンサーに死体を持ち帰られてしまったが、アナスタシアの憂い顔からすると、元と同じ戦力と言うことはないだろう。


「悪いな、葵。悪夢を見ててよ、お前のコピーみたいなやつが襲い掛かって来るから、身体が動いちまったよ。」


 とは、エリカの談である。【健やかな眠りサウンドアスリープ】から目を覚まさないと思ったら、切り込み隊長として、5㎞先の予備兵を殲滅した帰りだったそうだ。


「ネクロマンサーに眠らされて襲い掛かってきたときは肝を冷やしたんだから。でも、どちらかというと戦域は惜しまないことね。あんなに動きが速くなるのね。」


「いや、流儀の問題だけじゃねえんだ。どうも常時戦域が欲しくなっちまうんだよねぇ。」


「ちょっと、フローラが死んだのに、なんでそんな対応なのよ。あなたたち人の心は無いの?」


 クバラに怒られてしまった。でも、宗教上の違いと言うやつだ。


「な、クバラ、アタイだって悲しいことは悲しいんだぜ。でもな、あいつはきっとヴァルハラに行ける奴だぜ。だからアタイもあいつのようになりたい。そういう思いが強いね。」


 うん、エリカ、あなたならそう言うと思ってた。


「私もね、誉れ高き死だったと思ってる。加えて、私の命の恩人だしね。」


「いや、それはお前以外にも山ほど居るだろ。フローラが守り通した命は。」


「前衛ってそういうところがいつまでも分からないわ。まあ、私よりもあなたたちの方が彼女のこと分かってそうだもんね。ごめんなさい。ただ、寂しく、てね。」


 クバラまで泣き出してしまった。茉莉?今はギャン泣きの最中だ。さめざめ泣いて、わーわー泣いての繰り返しだ。死別のかみしめ方は人それぞれだ。

 フローラの遺体の前で立ち尽くしているときに、近衛隊長のドレークさんがやってきた。


「ああ、君たちも来てくれたのか。なに、気に病むことはない。フローラはわが騎士団の中の最精鋭だ。判断を間違えたりしない。特に生き死にに関することは、だ。あのとき彼女が【戦域構築:角笛不鳴殿デュランダル】を抜いたのは、なにも間違ってなどいない。・・・私はね、そのことだけを伝えに来たのだ。」


 すまない、まだ警戒を解けないのでねと言い残し、ドレークは去っていった。彼ほど涙の似合わない人もそう居ないだろう。雨はまだ止まない。

 私は雨は苦手だ。報復したいと思う気持ちがどうしても強くなってしまう。


「ところでね、ものは相談なんだけどさ。仇、討ちたくない?フローラの。」


 みんなの目の色が変わった。涙の下にあっても決意の炎は消えないものだ。


「なに?敵の居所が分かるのか?」


「ええ。どこへなりとも行くわよ。」


「う、わだじも、いぐネ!」


「うん、実はね【戦域脱構築:夢浮橋】で、ワープが可能だと思う。」


「「「は?」」」


 3人の声が重なった。


「え?それ魔王しか使えない魔法なんじゃないのか?」


「そうよ。【禁紫魔法】とも呼ばれる、空間魔法じゃない。」


 え?その情報初耳な気がする。が、今はまあいい。


「最後にアナスタシアが逃走したでしょ。その時のワープの出口を捉えちゃったのよ。だいたいこの辺りじゃないかって。」


「え?地図で言うとどのへんか分かるか?」


「いやごめん、【夢浮橋】の感覚を表現する方法が分からない。なんていうかな?遠近法を知らないから紙に立体ぽく描けない?みたいな感じ?」


「良く分からないけど、とりあえず無理なのね?何人くらい輸送できそうかしら?決死隊にはなるだろうけど、私達だけじゃないはずよ。乗り込んで魔王を倒したいのは。」


「ああ、近衛騎士団からも、それ以外からも出るんじゃないか?」


「分かった。とりあえず近距離ワープからやってみるね。2~3日はかかりそうだから、その間に武器の防具の手入れとか済ませておいて。何人でいけるか分からないけど、騎士団には秘密にしておこう。話がややこしくならない?」


「だめよ。近衛騎士団長にだけは話を通しておくわ。」


 話はまとまった。後は鍛錬あるのみだ。





 空間移動を企図して発動した【夢浮橋】は、とても美しかった。どうやら発動者の私にしか見えないらしいが、朱塗りの欄干があちこちに見える。池でもあるのかと覗いてみれば、青空がのぞいているではないか。


 おっと脱線した。問題は移動なのである。

 任意の空間へ移動すること自体は大した苦ではなかった。ただ、人やモノを運ぶのが結構難しかった。最初は物体を移動させていたが、変形したり、破断したりと人間だったら大惨事を免れ無さそうな危なっかしさだった。


「うーん、3人が限界か?あと一人飛ばしたいのになあ。」


 やはり鍛錬と研鑽の積み重ねしかない。何度もやるうちにコツをつかんできた。

 しかも、じれったくなったクバラが私を飛ばしなさいといい、膨大な魔力は空間魔法による破断さえも拒んでしまうことが分かり、ますます加速した。まあ、この場合ゴールが向こうからやってきてくれたからなのだが。


 一方でモノでは分からなかった事態も浮き彫りになった。魔力の多いものを飛ばすのは骨が折れるというわけだ。


「あの、葵。私も夢浮橋の中であなたと歩いちゃえばいいんじゃない?」


 盲点だった。そして同時にブレイクスルーだった。運ぶことしか考えてなかったが、一緒に飛ぶのが人間なら、歩けばいいのだ。物で実験していたからすっかりとその前提を忘れていた。


「え?あ、いけそう!」


 光明は見えた。あとは調整するだけだ。出発は1週間後。あの激戦から数えれば2週間が経つ。

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