第45話 紫

戦域構築:匂宮=蒼月の憂いブルーブラッディマンデイ】の内側では、死闘が繰り広げられて・・・いなかった。


「・・・千日手だな。」


「そうだな。」


「もう!なんで死なないの?いや?もう死んでるの?でもだとしたらなんで私が操れないのよ。」


 アナスタシアの憤懣ももっともだった。

 フローラの攻撃はナオミにとって致命傷とならないのは予想通りであった。予想外なのはフローラの方である。


「血は流れても、再生していくな。」


「誇れ、この状態の私に通る刃はそうない。この肌を切り裂けるほどの業物はな。」


 ナオミの双剣には血が滴っている。二振り同時に血を払う。血は庭園の地面に吸い込まれていく。しかし、血が尽きることはない。


「ねえ、ナオミ、戦域解いて離脱しない?」


「できたらしているのさ。何度か刃を交える間に、この戦域について分かってきた。奴の戦域は私の戦域を強化している。まったく抵触しない。代わりに戦域を解除できなくなった。解除にはおそらく奴の同意がいる。戦域有利を譲ってしまうことにより、構築者もろとも閉じ込めるものだ。」


「じゃあ私も構築するよ。」


「ダメだ!無駄打ちになる。お前は私と奴の2対1で戦域合戦をする羽目になる。必ず負けるだろう。」


 ナオミはアナスタシアに解説を続ける。


「【戦域構築:角笛不鳴殿デュランダル】は、おそらく命を代償にしている。これは『ローランの歌』の具象化。デュランダルはローランの持つ不壊の剣の名前だ。そしてローランは自分の命と引き換えに仕える主人を守り通した伝説上の人物だ。おそらく今は奴の体こそが不壊の剣だ。」


「なるほど。死体じゃなくて不壊かあ。わたしにも打つ手ないなあ。」


「ああ、千日手だな。先ほどからの沈黙、私の見立ては正しいと見えるぞ、騎士殿。」


「・・・。」


 フローラはナオミの表情のわずかな変化を見逃してはいなかった。しかし、その変化の意味を計りかねていた。


「さて、一つ試したいことがある。」


 刹那、ナオミが自分の首に刃を当て、引く。鮮血が飛沫を挙げて飛び散る。吸血鬼は造血能力も桁外れなのだろうか、人間のそれよりもずいぶん長く噴き出し続けた。そして首を再生させた。


「頃合いか、【戦域融合:匂宮=菫咲く庭バイオレットシェードガーデン】!」


 戦域の様相が変わる。咲き乱れていた青いバラ消え去り、月は雲間へと隠れていく。明るい花色のスミレが咲く陰鬱な庭園になった。


「奥の手があると思えば、戦域の塗り替えか?効かないぞ。戦域は解かせない。」


「ただ戦域を塗り替えただけと思うか?これは真祖の妙技。魔王にのみ許された紫の禁術。」


「その割に、変化がないようだが?」


「【戦域脱構築:夢浮橋】。」


 ナオミはただ言葉を発した。それだけに見えた。戦域を内張りして解除させまいとしているフローラでさえそう感じた。


「アナスタシア、もう出れる。そなたは先に逃げておれ、妾は飛んで帰ることもできよう。」


「ばかな?どうやって。」


「冥土の土産に教えてやろう。【戦域融合:匂宮=菫咲く庭バイオレットシェードガーデン】は【戦域構築:匂宮=蒼月の憂いブルーブラッディマンデイ】に【戦域構築:匂宮スカーレットローズガーデン】を加えたもの。異なる二重の戦域により第三の戦域を作り出す。その戦域効果はもはや通常の戦域のその先を行く。一時的とはいえ、かつての魔王にして我らの真祖に匹敵する力を発揮するのだ。一人の命など、取るに足りない。」


 アナスタシアは戦域の外に出かけていた。


「ホントだ。壁はあるけど、素通りできる。でもギリギリまで粘るから、なるはやで切り上げてよね。」


「ほう、殊勝な口を利くようになったではないか?」


「いや、別に、あなたの死体もコレクションに入れたいだけなんだから、勝手に死なないでってだけよ。」


 フローラがアナスタシアに切りかかる。隙をついた形だ。


「うわ!早!ちょっとナオミ、こいつ頼んだ。」


「む、まだそんなに動けたか。」


「ああ、悪いな、誉ある騎士よ。貴様はここで無駄死にしてもらおう。しかし、そなたの忠誠、妾は忘れまい。」


 剣と盾が再び交わる。


「くそ、用があるのはお前ではない。ゲㇹ!ゴㇹ!」


 フローラは血を吐く。


「それが戦域の反動か?さすがに見るに堪えぬ。妾が介錯してやる。」


「ほざけ!情けは無用だ。」


 フローラの突きがナオミの心臓を穿つ。


「無駄だ。この戦域内において、私は死なぬ。」


 私が戦域に突入したのはまさにそのときだった。


「フローラ、お待たせ!」


 ナオミは中空へ浮かび、距離を取った。剣の抜かれた胸から血は流れなかった。


「葵か、後は託したぞ・・・。わがアウグスタ王国に栄光あれ!」


 フローラは力尽きた。

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