第44話 誰がために笛は鳴らず

「ばかな。戦域は消え去ったはず。なぜ花が消えない」


 ナオミは驚愕していた。

 戦域を構築した者が気絶すれば、戦域は崩壊する。実際、【匂宮】は崩壊した。

 しかし、紫色の花々はあでやかに咲き誇っていた。


「つくづく規格外だね、この葵ってやつ」


「ああ、そして囲まれたな」


「最初からよ。おかげで戦域に突入するのが大変だったんだから。まあ、わたしが戦域構築しただけで気絶してくれたのはラッキーだったけど」


 【匂宮】は建築型の戦域である。内側からでは外界の状況を把握することはできないし、逃げることもかなわない。

 彼らが見た景色は、絶望と言ってよかったはずだ。


「生き残りは我々だけか……。人類軍、思ったより強いな」


 二人が目にしたのは、包囲していた人類軍である。

 もはや王国軍ではなかった。服飾、肌の色、耳の長さ、身長、様々な人種的特徴が入り交ざったまさに人類軍であった。

 その先頭にはフローラ=パールの姿があった。


「うーん、これはちょっと挽回は無理かな。わたしの戦域復活まで時間稼げそう? 軍将の死体は持ち帰りたいな」


「分かった。任せておけ。【総角】」


 そういうとナオミは打刀を2本構える。


「【戦域構築:匂宮=蒼月の憂いブルーブラッディマンデイ】!」

 それは同時だった。

「【戦域構築:角笛不鳴殿デュランダル】!」


 ナオミの体から青い光があふれだす。月花に青いバラが咲き宮殿が現れる。

 一方のフローラの戦域は無色透明だ。何が起きたか一見して分からない。


「あ! 葵の体がない」


 異変に気付いたのは、アナスタシアが最初だった。


「私の戦域から逃したというのか。しかし解せんな」


「なぜ戦域合戦にならないかということか?」


「それもそうだが、葵を外に出せた理由だ」


「なんだそんなことか。私が騎士だからだ」


「ねえねえ、このおばさん、会話が苦手なの?」


「まあそういうなアナスタシア。妾も何が理由かは分からん。しかし、奴が何を言っているかは分かる。それらは剣によって語られるべきであるということだ」


「そこの小娘と違って物分かりが良くて助かるな」


「言うではないか、この間とは違うぞ、小娘」


「ああ、そうだな。今回は2対1だからな。前回のようにいたぶることはできないから心しろ。速やかに殺してやろう」


 いっぽうそのころ戦域の外では、はじき出されてきた葵の治療が開始されていた。


「ううむ。これはすさまじい瘴気ですな。それをたっぷりと吸ったことが原因だろうと思われますな」


 王立協会の大司教が診ている。王立協会も王国同様実力主義の組織となっている。魔物と言う脅威の前では、縁故や腐敗が幅を利かすことは難しいらしい。


「あ、葵! 大丈夫ネ?」


「ああ。パーティーの方ですか? 彼女の特性を教えていただきたい」


「え? 私も治療をやるネ!」


「いえ、貴女も魔力の回復に努めてください。敵からの最後の一撃に備えるべきです。ここは回復しか能のないこの拙僧にお任せください」


「うう、分かったネ」





 一方、そのころルナはと言うと、陣頭指揮の真っ最中であった。


「はい、次のトレントを投げ込みますよ。飛び火に注意して。リリー、火力が強すぎます。種火は残してください」


「ええ、火加減難しいんだが」


「ダメですわ。敵はネクロマンサーがいますのよ。ここにある死体はすべて焼き払いますわ」


「はい、次はオークよ。脂肪が多いからよく燃えますわ」


 また他方ではクバラも回復役に回っていた。


「はいエリカ。薬塗るわよ」


「え? 神聖魔法でズバッとできないの?」


「わがまま言わないで。魔力が持たないのよ。それは死にそうな人優先よ。あなたはかすり傷じゃない。我慢なさい」


「うううう、染みるううう」





「んん、剛田、まだ婚約もしてな……は?」


「あア⁉ 起きたネ!!」


「何が起こったんですか? あれ、葵さんもう起きてる? 効き目が出るのはもう少しかかるはずですが?」


 大司教風のローブ?を着た男と茉莉。あれ、私何してたんだっけ?


「え? ああ、刀が折れたんだっけ。ここは野戦病院かな?」


「戦いの最中に気絶したネ」


「うわ、けしの匂い、つよい。それよりも、なんかいい刀の気配がする?」


「え? 頭おかしくなったネ? 大丈夫カ?」


 そのとき野戦病院の特別病室内の扉が開いた。


「誰ネ⁉ ここは立ち入り禁止ネ」


「葵さん、目が覚めましたか!!」


「ちょっとあなたは誰ですか?」


 若い男だった。顔を真っ赤にしながら、息も絶え絶えだが、大声で呼んでいる。どこかで見覚えがあるような?


「あ、刀鍛冶の人! のお弟子さん?」


「え? 覚えてたんですか? そうです、王宮の工房で働いてます。これは師匠の最高傑作です。ついさっき完成して、急ぎ届けるようにと」


「助かる」


 行かねばならない。戦場へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る