第52話 女狐

 アナスタシアの撃破したら、奴の守る門もガラガラと崩れ去った。

 これは戦域ではなく魔術的防御を施していたらしい。エリカの一撃であっけなく粉砕だ。

 さようなら。永劫苦しんで。。

 本物の門が現れる。ここから先が魔王城の本丸だと思われる。


「そうか、アナスタシアさえも破ったか。生意気な小娘だが有能な奴だったのだが、妾が直々に手を下す必要があるとはな。」


「あなたが魔王様とやら?」


「いかにも。ここまで来たのは貴様らが初めてだ。ほめて遣わすぞ。妾が直々に葬ってやろう。【インフェルノーフェ」


「【禁紫むらさきのうえ】。」


 刀を鞘に納める。ただそれだけで勝負は決した。

 赤い龍は身じろぎ一つしなかった。心臓の鼓動も目瞬きも全てが止まった。

 目は見開かれたままだった。

 そして、赤龍の時が流れることはなかった。


「【禁紫むらさきのうえ】、【桐壺】とは真逆か。」


 戦いを避ける。それは初歩たる【桐壺】も究極奥義【禁紫】もまた同じ。

 手段が回避か圧倒するかの違いでしかない。美術館の入口と出口がたいてい同じであるように。


「魔王討伐、完了だね。あっけなかったな。」


 最後の一撃は切ない。それはこれまで積み上げてきた犠牲に比べれば、あまりにちっぽけ死だから。

 こんな矮小な一撃で解決したはずなのに、なんと膨大な犠牲を必要したのだろう。

 しかし、感傷に浸るのは、どうやらまだ早いらしい。


「待って、まだ生体反応があるネ。」


「え?何事?」


「魔王は倒したんじゃないの?」


「龍のお腹の中ネ。」


「なに!?」


「え、なにか生まれるの?」


「みんな、かがめ。私の盾の中に。」


 ローザの死体が爆発した。エリカが土塁を作り上げた。


「みんな無事か。」

「「「うん。」」」


 みんな無事みたい。打ち上げられたクジラが爆発することはあるが、いくら龍でもこんなに早くない。生体反応が原因だろう。


「ぷはあ、長かった。」


 5人目の声が舌した。まるであの少年の声だった。


「え?ジョン君?」


「いいえ、違いますよ。僕は魔王ケイオス。龍王にして前魔王ローザの子どもです。ずっと卵のまま閉じ込められてしました。」


「君が現魔王なの?」


「はい、葵さんは前にもお会いしましたね。そちら側に行ってしまうのは、痛恨の極みでした。貴女をお呼びしたのは、我が母の胎内から私を救出していただきたかったんです。」


「なるほど。つまり、君が私の命の恩人ということかな?」


「葵?何を言ってるネ?こいつを見逃したりしないよネ?」


 茉莉が心配している。大丈夫、私は関羽さんほど人間ができているわけではないんだ。

 しかし、どうやら魔王も曹操ではないらしい。


「まあ、そうなりますか。ですが、回り道が遠大だっただけで、僕が依頼したかったことはすでにやっていただきました。つまり、お互いに命の恩人なわけですから、これで貸し借りはなしですよ。」


「そっか、じゃあ安心して切れるね。」


「はは、まさか、大願叶い母の呪縛から逃れた時には、私の家臣団が全滅しているなんて思いませんでしたが。」


「葵!このマザコン魔王、若いが強力だ油断するなよ。」


「あの、エリカさん!?僕はマザコンではありませんよ。むしろ母が私に譲位することを良しとしなかった。僕が古の魔王と同じ紫の龍だったから。母は胎内で気づき、僕を取り込もうとしていたんですよ。全力で対抗していました。それに実力も買いかぶりすぎです。葵さんの方がよっぽど魔王ですよ。」


「なんだと、失礼な奴だな。」


「・・・ごめんなさい葵。あながち間違ってないような気がするわ。」


「うう、ぐすん。ひどいや。」


「話を戻しましょう。僕はこんななりですが魔物であり、魔王軍の首領です。魔物に対しての命令権を持ちます。僕を殺すと魔物の制御が解かれて、一層凶暴になりますよ。」


「お、命乞いか?」

「ここまで来て殺さないとでも。」

「魔王討伐は人類の宿願ネ。今さら躊躇はしないネ。」


「ですよね。でもどうしようかな。逃げようにも、僕にそんな力は残ってないんですよね。でも、葵さん。あなたなら分かってもらえませんか?僕を殺さないだけのメリットを。」


 ああ、最悪のシナリオが見えてしまった。でもどうやって説明しよう。

 そしてなにより、その答えに私自身納得できるのだろうか。


「ねえ、みんな、怒らないで聞いてほしいんだけど、この魔王殺さない方がよくない?」

「「「「え?」」」」


 待て、魔王。お前までびっくりしてんじゃねえ。私が変なこと言ったみたいじゃない。


「はあ!?葵っ、てめえ!何言ってやがる。こいつはフローラの仇だぞ。」

「・・・私の故郷も魔物にやられたのよ。」

「あの、こんなこと言うのもあれですが、僕も既に死は覚悟したんですよ。それに、今からどうやって生き延びろと?」


 みんなの怒りはもっともだ。でも魔王、君まで驚いてどうする。完全にハッタリだったのか。


「え?なんで魔王君まで自分の生存に反対してんのよ。おめえは自分の運命にもっと抗えよ。」


「葵、急すぎてついていけないネ?説明するネ。なんでこんなことで魔王と私たちが同盟するネ。」


「ええっと分かった。説明するけど、魔王君?君は生きていたいの?どうしたいの?私たちに復讐したくないの?」


「ええ?どうしたいか?僕は母から出してもらいたかっただけで、それ以外のことは考える暇も余裕もなかったんですから。」


「いや、君はどうしたいのか?は重要じゃん。私は、魔王領を維持し、人間領が広がりすぎないようにしてほしいと思ってて。いやまどろっこしいな。ちょっと時間頂戴。考えをまとめるから。」


「「「「ええ・・・?」」」」


 やっぱり私の方が魔王に向いてるのかな?

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