第51話 六条

 不自然だ。アナスタシアの首は刎ねた。腕も切り落とした。足もない。

 しかし、なぜ戦域が崩壊しない?


「警戒解かないなんて最悪。不意打ちができないじゃない!」


 おもむろにアナスタシアが立ち上がる。いろいろ切り落としたはずだが、どこから生えてきた?

 ならば腹を括るか。あまりやりたくないのだが。


「あなた本当に不死身なんだ。なら、止めるしかないよね。【六条】」


「え? あなたも死の魔力を帯びているの?」


「君から散々吸ったからだよ、お嬢さん」


 ああ、実におぞましい呪殺の剣だ。


「一太刀受ければ 春風光る 天上人の 身はかろく」


 馬頭の死骸に一太刀。実は切断の必要は無い。大事なのは奴の魂に触れること。アナスタシアの操るゴーレムには奴の魂が乗っている。だからこそ直接切る必要がない。


「え⁈ からだが軽すぎる? あ、ちょっと、空に浮かんじゃったじゃない」


 大地を蹴った力が強すぎて、空に浮かぶアナスタシア。質量が100分の1にまで落ちている。


「再び切られば 楽地落胆 空の忘れ路 人の性」


 今度はゲオルグだったものを切る。


「うわ、いきなり重く、ブベラッ!」


 重力は元通り。浮かんでいられるはずもなく、アナスタシアは地に落ちた。


「三条断たれば 憤怒憤懣 悪鬼羅刹の 修羅の道」


 次は牛頭の魔人、ドン=ギュウだったものを切る。お前との漫才、悪くなかったよ。


「ぬあー!もう許さない!よくもコケにしてくれたわね!【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】!」


 うわ、それ奥の手って言ってたじゃん。濫発可能なのかよ。どんな魔力量してんだよ。その平たい体で。

 しかし、直線的で無誘導、起こりさえ見切ってしまえば当たる方が難しい。みんな、流れ弾にだけは注意してね。


「四度斬られば 天駆ける翅 再び得るも 籠の鳥」


 鹿頭のゴーレムを切る。この段になってまだなにかやろうとしていたのか?

 アナスタシアの力量を舐めてたな。


「え? また軽くなって、いや? 何この糸、いや気持ち悪い、絡みついてくる、いや! 離して!」


 へえ、蜘蛛の糸が見えてるんだ。あいつ蜘蛛苦手なのか?それはもはや幻覚なんだ。

 私も流れ弾に気を付けないと。奴が見ている幻覚の上で、私がここにいるとは限らない。


「五回受ければ 傍ら苧殻おがら 濡れ手に粟の 餓鬼の道」


 今度はフェルディナントだったものを断つ。立派な最後だよ。


「あ、魔力切れ、うそ、……やだ、死んじゃう、死んじゃうよ」


 魔力は切れてない。全然ある。しかし、身を焦がすほどの欠乏感に襲われているはずだ。何もかも足りない絶望が襲い掛かるはずだ。


「六条祟れば 望み消え果つ ゆえに六条 地獄落じごくらく


 最後は、すでに動かなくなったナオミを切る。


「……いやだ、死にたくない」


「……殺して、じゃないんだ。アナスタシア、君意外と強いね。安心して。死ぬことはない。永劫の地獄を生きるだけだよ」


「いやだ、こんなの嫌。寒い、痛い、お腹空いた、もうやめて。来ないで、ああ、お前は⁉ ごめんなさい、許して、止めて、いじめないで、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 あ、う、ぁ。とだんだん声は小さくなっていき、最後には動かなくなった。


「……うん、堕ちたね」


 戦域が崩れ落ちていく。魔王軍将の色が散りばめられた伽藍堂は、塵芥が風に流されるように消えていく。諸行無常の風情があるが、彼女だけは独り永劫の地獄を味わうのだ。寿命があればよかったのにね。


「葵、大丈夫か? うわ、こいつまだ生きてる?」


「大丈夫。ただ生きているだけ。意志は砕け散った。もうどんな刺激にも反応しないよ」


「ごめんなさい。また独りで戦わせちゃったわね。外からも壊せない戦域なんて初めてだったわ」


「ううん。戦闘後に仲間がいるのは心強いよ。ありがとう」


「あら、また胸触って。甘えんぼさんね」


「ごめんクバラ、でもちょっと心のデトックス。人なんて呪うもんじゃないよね」


「デトックスなら私に言うネ。相変わらず強力な死の影があるネ」


「いやいや。しゃあないって、ネクロマンサーの戦域にいたんだよ」


「エリカ、クバラ、警戒頼むネ。タオ!!タオ!!タオ!!タオ!!」


「そんな、3日前の油汚れみたいに……」


「いや、1週間は経ってるね」


「ええ、そんなあ。あ、でもね。奴の死の魔力を吸ったことで、もう一つ私の殺気の威力が上がった気がするな」


「え? あ、本当ネ。もう気を向けるだけで、殺せちゃうネ」


 などと雑談していると、遠方からエリカの声。


「おーい、葵。本当にこの先なんだよな。魔王の気配って。じゃあ、ぶっ壊すぜ!」 


 そういうとエリカが大斧を振るった。爽やかな音がした。

 いや、処置が終わるまでの間は見張りするって言ったじゃん。

 十分癒されたから結果オーライだけどさ。

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