第50話 虎の威を借る狐

「へえ、貴女が本物の番人なの? アナスタシアちゃん」


 魔王城の最奥に空間魔術でコーティングされた場所がある。

 十中八九、魔王はそこにいるはずだ。そしてその直前の広間にアナスタシアが待っていた。


「ほかの魔王軍将の死体は持っているでしょうに、お人形はどうしたの?」


 クバラが珍しく煽っている。怒り冷めやらぬ面持ちだ。当然か。彼女の故郷は魔物にやられたのだから。心はいつだってあの砂漠にあるのだろう。


「ああ、やっぱり来たのか。葵、とその取り巻きのババアども。寄ってたかって美少女をいじめて恥ずかしいとか思わないの?」


「へえ、やっぱりあんたいじめられっ子だったんだ」


「はあ⁉ そんなわけないし。かわいいこの私がいじめられるわけないじゃん。むしろいじめてやってたし」


 この子は嘘が下手だな。


「あのねえ、アナスタシアちゃん。いじめっ子は「いじめてる」なんて言わないじゃない。彼らは青春を謳歌したとしか思ってないのよ。一時の享楽に耽っているだけなんだから」


「はああ⁉ そ、それは馬鹿どもの話に決まってるの。私は賢いの。だからいじめてやったことだって認識してるのよ。あんな馬鹿どもと一緒にしないで!」


「あなたをいじめていたのが馬鹿どもってところかしら。普通「そんな」っていうよね。「あんな」っていうことは君やっぱりいじめられっ子だったでしょ。」


 ああ、また口撃が始まったよ、て顔しないでよ。戦力は漸減させるに限るじゃない。言霊だって矢弾の一つなんだから。罵詈雑言で戦況が有利になるならいくらでも使うわよ。


「ぐぬぬぬぬぬ!! それは昔の話よ!! 魔王様に呼んでいただいて、私はいじめる側になったの。殺しておもちゃにしてやったわ。元の世界ならできなかったことがここでならできる。そして魔王軍将って本物の家族もできたの。なのに、なのに、なのになのになのに葵、お前と言うやつは、みんなを殺したんだ! 私の家族を、奪ったんだ。許さない! 絶対に許さない!」


「いや、奪ってはないよな、お前の力でおもちゃにしたんじゃんなあ? アタイもばっちり見届けてたぜ。これからもずっと一緒にいてくれるから、夜のトイレも怖くないよねえお嬢ちゃん」


 あ、エリカの口撃も良さげだ。あれ、そのときエリカは寝てなかったけ?


 でもここで重要なのは、「元の世界」だ。こいつももしかして呼ばれたクチか?


「あああああああああああああああ!!!! うるさい!! 【壊死の魔弾】! 【壊死の魔弾】!」


「おっと、葵、受けるなよ。死んでも操れなくなる代わりに破壊力を増した、ネクロマンサーの秘術だ」


「あれを連発するなんて魔力量が尋常じゃないわね。【太陽焦熱風ソーラーブレス】」


「ううああああああああああああああああああああああああ!!!!! 許さない!! 私の居場所を壊す者は、もう許さない!!! ぎゃっ⁉」


「【松風】。こんなに魔力を噴き荒らしちゃったら、その波を逆用されるとは思わなかったのかな」


 渦巻く魔力を刃に変える。【総角】でやったことの応用でもある。


「ぐううぬぬう。みんなやっておしまい! 

戦域融合:蒼月灯橙日如雷黄厳緑風浄瑠璃殿わたしはひとりぼっちなんかじゃない】!!」


 魔王軍将の亡骸が、石棺から飛び出す。その目に生気は無く、操り人形のそれである。

 しかし、その戦域にこそ彼らの面影が宿っていた。

 刹那、4体の旧魔王軍将が襲い掛かる。別途2体のゴーレムも操っているようだ。

 鹿頭と馬頭だ。かつての軍将なのか?


「【戦域構築:斧の時代スケッギョルド】」


 よし、ドン=ギュウ以外の態勢が崩れた。突然の武器種変更は強い。

 しかも、アナスタシアの操縦のせいか、武術の練度が低くなっている。接近戦の不得手なクバラでも悠々躱せるくらいだ。


「【宿木】! 【総角】!」


 マリオネットの糸を断ち切るべく斬撃。しかし、どうせただでは切れないので魔力を吸いに行く。藍色の死の魔力が入り込む。しかし呪殺に使うのにはうってつけの魔力だ。

 そして、一瞬でも電池切れを起こせれば、破壊できないメンツではない。


「お人形遊びはここまでだよ」


「うそ、そんな、無法すぎる。やめて、壊さないで。私の家族」


「はい、隙あり」


 腕を切り落とす。しかし無反応。

 魔術対策で喉を一突き。足ももらっておく。

 決着したか?


「あなたも私と同じ世界からきたなら返してあげるけど?」


 返答は緋色の唾だった。


「さよなら。お嬢ちゃん」


 首を刎ねる。血は噴き出さなかった。静かに静かに流れていくだけだった。

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