第32話 戦域拒絶。

「あ。ナオミじゃん?元気?命令はばっちりこなしてくれた?」


 ナオミは今どうでもいい。問題なのは【無葬骸甲ぶそうがいこう:デュラハン】に戦域効果が及んでないこと。理由を知りたい。時間を稼ぎたいな。


「ちょっとナオミ、どういうこと?あいつにボコられて裏切ったってこと?」

 ちょろいお嬢ちゃんだ。この隙に茉莉が昼の砂漠に固定したぞ。


「馬鹿め、そんなわけあるか!わが忠誠は魔王様に捧げているのだ。敵の妄言に惑わされるな。シズカは情報戦もできると伝えたとおりだ。奴は勝つためなら何でもするし、それができる化け物だ。」


「誰が化け物じゃい!誰が!【明石】!」


 まったく効かねえでやんの。吸血鬼なら効くと思ったんだけどな。


「シズカめ、愚弄しおるわ、妾に目くらましなど聞かぬわ。」


「くそう、今度はニンニク試すか。・・・ああ、耳がいいんだっけ?目を奪っても足りないか。【松風】【野分】!」


 すごい、砂漠でやると砂塵を巻き込んで威力が跳ね上がる。もちろん、一太刀で二度おいしいよ。


「うわ、なんでこっちにまで斬撃が来るのよ!」


【野分】で作ったのは疎。密なる風の刃は疎の両端に形成される。


「そういうことをやる奴だ。お前は先に行け、殿しんがりは妾が務める。」


「馬鹿言わないでよ。私もやられっぱなしは嫌なんだから。ここで殺すよ!この【デュラハン】なら戦域効果を無視して攻撃できるんだから!」


 巨人騎士の一振り。先端から出るのは衝撃波か?


「アタイが相殺するよ!」


 長―い尾の斧を一振り。こちらも先端から衝撃波?エリカもたいがいおかしい。凪いだ。


「任務を忘れるな!アナスタシア!虹の宝珠プリンキパールを魔王様に献上するのだ。行け!」


「分かったわよ!絶対に足止めしてよ絶対よ!」


 そういうとアナスタシアは逃走を開始した。しかし、戻り石アリアドネイトは使わないらしい。


「ああ!ダンジョンの魔物を殺して配下にしてから強襲をかける気だ。追うよ、みんな!」


「妾も甘く見られたものだな。【戦域構築:匂宮スカーレットローズガーデン】!」


 戦域構築。白亜の城が出来上がる。ベルサイユ宮殿の鏡の間か?と思うほどに絢爛豪華な装飾の柱だ。そこかしこに薔薇の意匠が彫り込まれている。

 しかし、本物の薔薇より格段に匂いが濃い。香水工場が爆発でもしたかのような薔薇の匂い。

 あ、剛田センサーがバロックとロココ両方の影響があると言っている。・・・あいつ何でも知ってるんだよな。さすがT大模試1位だ。


「スカーレットというわりに真っ白じゃない?」


 一面の白大理石なのだ。色を塗るのが忘れられたとかではない。意図的に白で塗りつぶしたように、徹底的に白い。


「これから深紅に染めるのだよ。貴様らの血でな。」


 言い放つがいなや、フローラが動いた。


「面白い、殿しんがり対決と行こうじゃないか。【戦域構築:獅士王宮レグルスレルム】!」


「フローラも戦域使えるの!?」


「ああ、本当は奥の手だから極秘で頼むぞ。行け!」


 戦域の壁は私たちを素通しした。


「戦域構築とは名ばかりだな。【戦域拒絶】、自分の戦域効果を捨てる代わりに、敵の戦域効果から身を守る術。いかにも弱者の技だ。」


「お前の相手など、この弱者たるフローラ=パール一人で十分ということだ。戦域効果など無用の長物。髪を切るのに剣が必要か。」





 かくして私たちはアナスタシアを追うことになった。フローラなら時間稼ぎはできるだろう。戻り石アリアドネイトは持ってるし、最悪返す刀で救援に向かえばいいか。


「いたヨ、巨人の騎士ネ。」


「あー、しつこい。おばさんたちと戦ってる場合じゃないの!」


「今の奴に戦域効果は効かないから、するだけ無駄ネ。」


 とりあえず足を奪うか。


「じゃあ、ぶった切るだけよね。飛ばして、クバラ。」


「頼むぜ!」


 クバラの水魔術で足場を作り、飛ばしてもらう。エリカも一緒だ。

 

「馬鹿ね!刀でこの装甲を切れると思っているの?厚さ50㎝はあるのよ。」

 ならばこれを使おう。はじめて使うけど、


「【蛍】!」


「え?なんで鎧に刀が突き刺さってるの?うわ、なんか右足がドロドロになってる。」


「教えないよ、お嬢ちゃん。お姉さんの技は15禁だからね。小娘はおねんねの時間だよ。」


 声はせで 身をのみ焦がす 蛍こそ いふよりまさる 思ひなるらめ 

 源氏物語 蛍巻

 

 【明石】が燃える太陽ならば、【蛍】こそ純粋な熱の剣。炎の剣、成ったな。


「アタイも忘れてんじゃねえぞ!」


 エリカはエリカで騎士の左腕を自分の魔力で染め上げて、自分の巨大なバトルハンマーにしてる。


「派手に鳴りやがれ!」


 豪快な一撃!

 右足が溶け、左腕をもがれた騎士はゆっくりと右側に倒れこんでいく、ように見えるが実際は速いんだった。


「危っぶな!潰されるところだった。」


 回避が間に合った。

 さて、アナスタシアちゃんはどこかな?


「追いかけっこはここまでにしようか。」


「おう、そうだぜ。もう幽霊騎士の右腕左足もアタイの得物さ。」


 うわ、エリカも良い性格をしているな。鉄くずで2メートルくらいの騎士型ゴーレム作ってる。とんでもない当てつけを見た。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!いやよ、私はまだあきらめない!やっておしまいなさい!アシュラーボーン!」


「6体!まだこんな戦力が・・・」


「はははははっはは!どう私の傑作は「【夕霧】」・・え?」


「ただただ不愉快。死んで。」


 アナスタシアの首が飛ぶ。


 戦技【夕霧】。何の変哲もない一撃。

 ただし、虚をつく一撃。直感以外に回避方法は無い。

 切られた後でさえ、切られたことが信じられない。戦域構築などよりもよっぽど武の極致だと思う。


「本当に恐ろしいのは見えない攻撃、か。」


 へぇ、エリカの武術にもこの手の技はあるみたいだ。今度教えてもらおうかな。


「【御法】。【御法】、【御法】。【御法】【御法】【御法】。」


 しかし、不愉快だ。

 安らかに眠れ。

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