第40話 ワンフォーオール、オールフォーワン
「は? 仲間の命を回復手段に使うの?」
「当たり前だ。これぞ【オールフォーワン】。我々は魔王様のために文字通りすべてを捧げる。当然のことじゃないか? まさか血を捧げるだけでよいとでも思ったか? まあ、今回は魔王様の優れた配下である【ワン】、ドン=ギュウに捧げてもらったがな」
「よくそれで私を勧誘できたな? 私も使いつぶす気満々じゃないか」
心の中の剛田もぶちぎれている! あ、でもお前が怒っているのはラグビーを冒とくされたからか。私が理由じゃねえのかよ。
「なぜ怒る? このフェルディナント様にはよくわからないな。魔王様に殉じる、光栄なことではないか?」
「ふっかーつ。このドン=ギュウの腕、二度も切り落としたことはほめてやる」
ああ、またガヤガヤうるさくなってきた。要するに殺してもアナスタシアが、殺さなければフェルディナントが敵戦力の増強回復手段にしちまうってことか。
「【
「その首貰ったぞ! 葵!」
フェルディナントの大剣を凌いでいたら、懐かしい顔が
「ぐわああああああああああああ!」
「な、ゲオルグ! なぜここに来た! 切ってしまったではなないか!」
「懐かしい顔だねおじいちゃん。おニューの腕を見せびらかしたかったんだろうけどさ、不意打ちってのは仲間を欺きつつ敵に悟られてたら、こんな目に合うんだぜ」
影狼の首領だろう魔王軍将級。名をゲオルグというらしい。メカメカしい両腕を引っ提げての再登場である。
こちらも【空蝉】の奥義でお出迎え。何ということはない。身代わりに切られてもらうだけだ。源氏物語にもそう書いてある。
敵が集団であればこそ、回避だけで鎮圧は可能なのだ。
「おのれええええええ、シズカ! 生かしておかぬぞ。【
一面の森、ん? ただの森じゃない。
「こいつら全部トレントネ。襲ってくるヨ」
「ほかにもおるぞ! 魔獣化したイノシシ、シカ、クマ、カラスそしてオオカミ。この森のすべてがおぬしらの敵だ」
そうかこいつも戦域を使って森の中を急速に進軍してきたのか。木々が進軍の邪魔になるが、木々ごと行軍させればその限りではない。
森とは食料の宝庫。この食糧庫が敵陣に突撃する。実に無駄のないことだ。
「こいつ! やってくれるな、死にぞこないが」
ドン=ギュウ、フェルディナント、ゲオルグの三方包囲だ。黄、
「葵、ごめん、私足手まといネ」
「気にしないで。避けられるものは避けて!」ガギン!
まずい、茉莉が転んだ。しかしチャンスだ! 【花散里】で刻む心配がない。
「茉莉、そのまま伏せる! 【蛍】【花宴】【花散里】【野分】【葵】」
季重なりも甚だしい、夏春春秋夏どうやって詠めと。
蛍火の 花の宴も たけなわに 凶器嵐舞の 私は葵
回転切りで円を描く。
歌の出来は、うーん。キモい。
しかし、威力は絶大。辺り一帯、火、火、緋。
炎の斬撃が木々を焼き、荒れ狂う風は火を広げ、逃げ惑う魔獣を焼き払っていく。
「ばか……な。わしの戦域を丸ごと焼き尽くした?」
ゲオルグは茫然自失といった様子だ。
戦域を戦域以外で破壊されるのってそんなに珍しいのか?
「なに、ゲオルグ。これは戦域合戦ではないのか? これが、これほどの炎が戦域ではないだと? やはり化け物か」
「ぐ、動かんな。フェルディナント、助けてくれ」
ち、魔王軍将は無駄に硬いな。やれたのは狼のおじいちゃんだけか。
ドン=ギュウは木々の下敷きに、ゲオルグは後ろ足を失い、義手は仕込んでいた油が発火していた。
比較的マシなのはフェルディナントか。あいつは炎タイプだから、そんなに熱攻撃は意味がなかったかな。まあ、それでも切り傷はいくつも刻んだけど。
上々の戦果か?
「ああ、ゲオルグも待っておれ、今治す。ゲオルグ? ……助からなかったか」
「しかし、あと一歩だ。奴も疲労の色が見える」
「……へへ、いい歌が詠めないと反動がでかいね」
「
「いや、茉莉。それはできない。あなたと私二人で魔王軍将3体を釘付けにしてる。粘ってほかが片付くのを待つよ」
クバラもエリカも遊んでいるわけじゃない。数に任せた大軍相手なら二人の方が適してる。フローラもどこかで臨時の指揮を執っているはずだ。こちらが死なないことの意義は大きい。
そして待っていれば補給戦は、我らが勝つ。これだけの機動をしてきた敵遠征軍に、補給は期待できないだろう。
時間は私たちの味方だ。
「待たせたな。さすがは葵だ。3体がかりで討ち取れないとは」
お、聞き覚えのある声じゃん。聞きたくなかったけど。
「うわア。もう一体ネ」
「はあ、茉莉、絶望はまだ早いヨ」
「ふざけてる場合ネ? ナオミまで、吸血鬼まで来てるヨ?」
「遅いじゃないかナオミ。どこで油を売っていた?」
「いや、【
こいつら魔王軍将がもう一度3体集結したぐらいで勝利を確信しているのか? 舐められたものだ。
いや、よく見ればフェルディナントが自身の回復を優先しているな。おそらく奴の回復能力の核は耳だ。優先的に治している。舐めてるわけでもない。本気の殺意を感じる。
「何を言うかお前とて魔王軍将ではないか? たかだかガキにてこずるだと?」
「勝手なことを言うなよフェルディナント。空を飛べないだけで私と同じ回避能力を持つガキを4体同時に相手取るんだぞ。苦戦しない方がおかしいだろう」
ん? ガキ、4体、奴と同じ回避能力。ジョン君たちか?
実は騎士たちにも回避動作は教えてるんだよね。
「どうせお前が教えたんだろう、葵。困るんだ。剣技:紫は我ら吸血鬼族の秘伝だ。そうそう、ちょうどこんな顔の少年だったぞ」
ナオミがニタリと笑いながら顔を作り変える。
ああ、今日も燦然としている。かわいいジョン君の笑顔がそこにあった。
私の顔を見てジョン君は猟奇的な笑みを浮かべる。
「葵さんが僕たちに回避術を教えなければこんなことにならなかったんですよ!」
声まで真似できるらしい。挑発、不意打ちにはうってつけだな。
「貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「茉莉、落ち着いて。私は大丈夫」
「許さなイ! ジョン君は葵の大事な人ネ!」
「茉莉、待って、罠だから! 私は大丈夫」
どちらかというと、その言い方はちょっと……
まるで私が子供に手を出すやばい奴に聞こえるじゃない。
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