第25話 近衛騎士フローラ=パール

 フローラは半身に構えている。武器はブロードソード。もっとも刃引きした模造剣であることは言うまでもない。

 私は木刀を借りられた。この応答アウグストゥには打刀を打てる鍛冶屋もいるらしく、木刀も出回っていた。あとで見に行こう。


「フローラさん、あなたお強いですね。本気で行きますよ。」


 開始の合図の瞬間から、フローラが飛び出してきた。本当に近衛か、攻撃的すぎるだろう。

 パシパシと小気味いい音が響く。体重の乗った良い剣だ。

 しかし、私、あるいは日本の剣術と比べると中途半端。こちとら攻撃特化なんでね。


「実力が近いもの同士の場合、どうしてもせんになりがちです。たとえば、こう。」

 軽く小手を咎める。動けば隙が生じる。後手が有利だ。


 おおうーという歓声!フローラしっかりやれーというヤジ。和気あいあいとしすぎじゃないかこの騎士団。なんか部活動みが強い。


「!?お強いですね。もう一本お願いします。」


「え?続けるんですか?」


 司会のドレークさんに目で確認する。


「ええ、お願いできますか?区切りがいいと思いましたらこちらで合図します。」


「・・・謹んでお受けいたします。」


 こいつら強さに貪欲なのはいいのだが、別途褒美を要求したいところだ。私を働かせすぎじゃない?ちょっと苛立って来た。少し本気出そ。


「ええ、彼女の技も見ましたので、今から私、木刀では受けません。攻めるなら攻め、守るなら守ってください。今の剣は私の目には中途半端です。もっとも敵よりも早く切ってしまえば守りなんて要らないことには同意しますが・・・」


「その余裕崩して見せましょう。」


 ちょっと発破をかけてみた。デモンストレーションだからと言って、本気出せないのは可哀そうだし、今ので完全に本気になったな。


 でもごめん。勝ち方は何通りも見えるが、負け筋が見えない。

 間合いを見切って、前!


「慌てましたね。首です。」


 「掌底ですね。」「左の手刀が入ります。」「ここで肩を極めます。」「投げます。」「膝ですね。」「肘で顎。」「裏拳ですね。」


 互いの剣は空を切るばかり。片や当たらず片や寸止め。剣を振るたび紙一重で躱し、直後に一撃を寸止めする。


「槍でもいいですか?」


 フローラは槍が一番得意らしい。いいですよと答える。私の分も持ってこようとしたので、私は剣がいいですねと言い、剣で応じた。

 一般的には舐めプである。リーチの差は大きい。段位にして三段分くらい槍の方が強くなる。


 静寂の中、響くのは私の声とフローラの受身の音だけだった。

 ヤジを飛ばしていた近衛も司会の騎士団長も王様もみんな静まり返ってしまった。口を噤むことしかできない厳粛な空気が支配し、呼吸さえも憚られているようだ。

 その空気から自由であったのは、元凶たる私ともっとも私の殺気を受け続けているフローラだけだった。


「もういいですか?私も未熟者ゆえ図らずも殺気を出してしまいましたので、フローラさんもお疲れかと。槍を振る腕に疲れが見えます。」


「まだいけます!」


「いやいや、フローラさん。あなたが良くてもほかの皆さんが持ちませんから。見てください、あのルナの顔。今にも吐きそうな顔してるじゃないですか。」


「は!?ああ失礼、ほれぼれする演舞でした。皆々様二人に盛大な拍手を!!!!」


 おい、司会。お前まで雰囲気に飲まれてどうする。







「あー、地獄にしちゃったな。」


「俺らまで緊張しちまったよ。残酷で美しい演武だったぜ。」


「ええ、あれ以上続いていたら、本当に戻すところでしたわ。呼吸すらままならない。」


「いやあ、でも、フローラさん強かったな。あの殺気を浴びて、34回も臨死体験して、まだやろうとしてたからなあ。巻き添えを食らったオーディエンスのみんなの健康が心配だよ。」


「あの騎士もだいぶ異常だろ。負けたってかえって評価が上がるわ、あのガッツは。普通立ち上がれなくなるよ。」


 おそらく近衛騎士で一番強いのがフローラなのだろう。多分じゃじゃ馬なんだろうなあ。騎士団長も手を焼いていて、お灸を据えてほしかったのかもしれない。

 剣の腕は悪くないが、近衛騎士としては防御がおざなりなのは良くないよなあ。それを咎めようにも誰も防衛対象のいる彼女相手に勝てなかったのだろう。


 まあ、受けたり引いたりすると戦いが長引くだけなのは本当なので、躱しながら仕留める方を覚えてくれてもいい。

 最上の防御は、敵の攻撃が届くよりも早くに、敵を斃しておくことなのだから。


「でも気前のいい王様で良かったよ。最上級の刀をもらっちゃったもんな。」


「えへへっへへへっへへ、頑張った甲斐があったよ。いやあ、良き王様よなあ。えへっへっへっへっへへへへ。」


 パブロフの犬みたいに涎をダラダラと垂らしてしまう。いや、だって見てよこの刃紋。この反り。この打除け。天下五剣が一振。三日月を打刀にしましたと言わんばかりの優美さ。そして鎬地には夕暮れを思わせる薄紫色。


「「いや、顔。」」


「それ国宝の武器だってことと、陛下から直々に地下迷宮の探索を請けちゃったことを忘れるなよ。」


「はーい。国宝「桔梗ききょう」ね。」


「いや、もう一個も国宝ですわよ。地下迷宮最奥部の秘宝「虹の宝珠プリンキパール」ですわ。」

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