第20話 増改築、新築よりも難しい

「【戦域増築】とはまたいぶし銀だな、トーマス殿。俺の【戦域効果】に干渉しない代わりに、貴殿の【戦域効果】を追加する、【戦域構築】以上の高等技術。天晴だ」


「ああ、【戦域】持ちの魔物を狩るときによく使っていたのさ」


「嘘だな。これは狩るためではない。真実は仲間を守るためだろう。現にあの小娘に止めを刺そうとしても、雷が届かぬ。おおかた、観客席に居る者は戦闘できなくなる代わりにいかなる危害も受けなくなる、そのような効果だろう」


 うわあ、俺のハッタリがばれてるじゃん。そういやこいつ嘘を見破れるんだったか。しかし、じり貧なのはこちらだ。【闘技場の誓いグラディエーター】は、俺の能力増強効果は薄い。本質はタイマンを強制する戦域だ。つまり、俺が死ぬまでに嬢ちゃんが戦闘復帰してくれねえと勝てねえ。


「ほう、小娘と違って、【雷斧らいふ】を避けるか?」


「【戦域】経験の差ってやつよ。空間から攻撃が飛んでくるなんて、素人は考慮しねえだろ」


「小娘、名をアオイと言ったか。脅威だ。ここで息の根止めさせてもらうぞ」


「させねえよ。まだ奴にはたんまり金を落としてもらわねえといけないんでな」


 しかし【戦域】から発生する攻撃を躱しつつ、敵将の2本の斧槍を凌がねばならないトーマスが防戦一方なのは当然のことだった。




 あいつら、私に聞こえてないと思って、好き勝手喋ってるな。

 でも、このままだとギルマスの敗北は時間の問題。

 だけど奴の【戦域】を奪えれば、勝利の天秤はこちらに傾く。


 状況を整理しよう。

 まず【戦域構築:黎冥厳陵宮ラビリントス】。

 これは2階建てだ。一つは牛鬼の能力向上。酔いつぶれていた配下が復活したのはこれのせいだろう。ますます刃が通らなくなる点も注意が必要だ。


 もう一つは【雷斧】。これは空間が発起点となって魔術をぶっ放してくるようだ。

 つまり、この時見るべきは敵影ではなく、魔術の起こり。

 ゆえに空間全体を俯瞰するか、ここで攻撃が来るはずという戦況で判断する必要がある。

 そして副次的効果として薄暗いといったところか。これは双方にデメリットとして効いているな。


 次に【闘技場の誓いグラディエーター】。

 これはタイマン強制だ。剣闘士から観客へ、観客席から牛鬼へと攻撃はできない。今は私以外の観客もいないが、おそらく観客同士でも攻撃ができなくなるはずだ。

 うん。壊すべき効果は見えた。

 既に二度見た技。できない道理はない。匠の技、とくと御覧ごろうじろ。


「お待たせ、ギルマス。【戦域改築:行幸みゆき】。」


 うお、がくっと力が抜けるな。いや、落ち着け。うちの流派に力は要らない。


「月?」「雪?」


 二人の声はほぼ同時だった。


「やっぱり血は争えないねえ。源氏物語を武道に落とし込んだ奴の末裔が、忠臣蔵を取り込まないわけないじゃない」


 月明かりの下、雪化粧した武家屋敷。四十七士討入りの夜。


「まさに天晴。先ほどまで【戦域】を知らなかった奴が、ここまでやるか。その才能が恐ろしい。しかし俺の【雷斧】の効果は打ち消しきれなかったようだな」


「どうだろうね? やってみる?」


「強がりはみっともないぞ! 今度こそ止めを刺してやろう。【濃雷斧ノーライフ】!」


 さっきよりも威力がでかい。しかし、本質は一緒。初見殺しは食らったが、タネが割れれば何とかなる。


「嬢ちゃん、避けろ!」


 避けない。受ける!


「【澪標みおつくし】、【梅枝うめがえ】!」


 【梅枝】は手裏剣術として伝わっているが、「雷の如く穿つ」ものがその本質だ。

 とんだロマンチストだと思ったが、とんでもない。この上なく実写的じゃない。ご先祖サマは、我々の想像力のその先に辿り着いていたのだろう。

 あと、たぶん飛梅伝説が習合してる。梅→道真公→雷の連想ゲームな気もするぞ。


 強化された雷の魔術を受け入れ、巡らせ拳から放出する。狙いは奴の心臓。

 そして、掴んだ【澪標】の極奧。剣が通らないなら、剣など不要。

 私の身体のことごとくが、敵を貫く剣となる。


 黄色い雷光を放つ。狙いは心臓。正拳突き。


「なに⁉ グオオオオオオオオ⁉」


 ちっ、腕でガードしやがったか。しかし、奴を戦域外にぶっ飛ばした。


「嬢ちゃん、よくやった。戦域が崩壊するぞ」


「マシマシ違法建築だからね。しょうがないね」


「いや、構築者を場外にぶっ飛ばしたからなんだが……、まあいいや」



 ガラガラと音を立てて戦域は崩壊しているかのように見えるが、実際に建築物があるわけではないので押しつぶされる心配はない。光量の変化がきついくらいか。月明かりが夕焼けに変わる。


「トーマス、葵、見事なり。魔王軍将ドン=ギュウをここまで追い詰めるとはな。その名、覚えておこう」


 幻想的な風景に似つかわしくない野太い声。太い腕は雷光に貫かれ、今にも取れそうになっている。


 刹那、赤い雷が上空へ走った。ドン=ギュウと名乗った牛鬼は、姿を消した。


「奴はどこ?」


「多分、帰ったんだろう。来るときは赤い雷が落ちてきたから。時空間魔法は乱発できないはずさ。当分の間来ない。とりあえず、帰ろう。その前に、この布纏っておけ」


「え?」


「雷に打たれたせいで、痴女みたいな恰好だからな」


「うぇ⁉ ほんとだ。というか返り血浴びてんじゃん。不覚だわ」


「え? 嬢ちゃん、ショック受ける方そっちなの?」


「うるせえ、どっちも嫌に決まってんだろう。それより漏らしてる変態に言われたくないわ」


「しょうがねえだろう、トイレに行けないうちに次から次へと酒持ってくるんだぜ。断ったら敵対と取られかねないし、そのまま大太刀回りなんだからよう。そもそもおじさんはトイレが近くなるもんなの」

 

 そのまま二人して帰ったら、酒を飲まされた。未成年ガードは無視されました。影狼は少量のアルコールで姿を変えられなくなることが判明したので、偽物対策らしい。


 何やかんや、てんやわんやしていると「月花美人」の二人が迎えに来てくれたので、安心してしまった。そのまま泥のように眠ったじゃない。

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