第3話 円と縁、弧と孤

「「申し訳ありませんでしたー」」


 開幕謝罪会見。2つの異なる謝罪が互いに平行に行われるのは、たぶん世界初。なんて数学的なんだ。

 彼の名前はジョン。男だけど華奢で整った顔立ちのため、よく女の子に間違われるらしい。かわいそうに。君は同志だ。


「で、ジョン。なぜ君は囲まれてたの?」


「あ、それはこのお宝を拾って帰る途中だったからですね。因縁つけられてカツアゲされそうになってたんです」


「ふーん。打刀か。こっちにもあるんだ。あ、刃紋がきれいだねえ。反りも美しい。うんうん、悪くないじゃない。江戸前期くらいかな? 銘は、縁か。えんって読むのか? ゆかりか? ゆかりだな」


「え? あれ? なんであなたが持ってるんです? ちょっと、僕が先に見つけたんですよ」


「あ、ごめんごめん。故郷の武器に形状が瓜二つでね。気になっちゃった。大切なものはちゃんと持っておかないとダメだぞ。っと言いたいけど、ちょっと借りるね」


 野犬が7匹接近。会敵まで4秒。何してるの保健所と思ったが、ここ異世界なんだった。無粋、不作法、無様の3拍子揃った3人衆だったものの血の匂いに引き寄せられたか。ちなみに死んではいない。出血は鼻血だけだ。


「げ、囲まれた。」


 2匹切り伏せたところで、残りの5匹に包囲されてしまった。しかも血の匂いで興奮してるし。


 ジョンの態勢を崩して仰向けに転ばせる。


「ジョン。私の膝より下に伏せてて! 切られたくなかったらね」


 こくこくとうなずくジョン。切れ味が鋭くてびっくりしちゃったかな。いや、私と同じくらいの体重のワンちゃんに襲われたら普通怖いよね。どうもこの辺の感覚が分からなくなるんだよな、武術をやると。


「【あおい】」


 私を中心に刃で円を描く。きれいに円が描ける人はそうそういないと親父は言っていた。紫苑しおん一刀流の基礎にして奥義だ。5匹まとめて切り伏せる。

 もっとも、この技の神髄は場所取り、つまりポジショニングにある。円を描くだけで全員が切られてくれるように敵を誘導する。うーん、まさに「輪を以て尊しと為す」。


「大丈夫? 怪我はない?」


 ジョンが放心している。おーい。


「は⁉ いや、ごめんなさい。あまりにきれいだったから、ぼーっとしちゃいました。」


「ぐはあ⁉」


「葵さん? どうしたの?」


「ジョン君。気を付けて! かわいいは人を殺せるんだ。鼻血出るかと思った。いけねえ、捕まる」


「え、かわいい? 僕、男ですよ。それはちょっと嬉しくないです」


「ああ⁉ ムッとした顔もかわいい。やば、かわいさ濃度が急上昇して酸欠。なんか話題を変えよう」


「え? ええ? 分かりました。身の危険を感じるので、従います。葵さんと同じ名前なんですね。あの必殺技」


 ジョン君、かわいさ濃度がむしろ上がっているじゃない。そんなに目をキラキラさせて。やっぱり男の子なのね。


「よく気づいたわね。親父がね、うちの流派の奥義から名前を取ったのよ」


「そうなんだったんですね。すごいなあ、あの動き。僕も強くなりたいです」


 ふう。なんとか落ち着いた。


「なんで強くなりたいの?」


「? 強くなければ生きていけないんですよ。当たり前じゃないですか。特に冒険者なんていつ死ぬかも分からないし。」


「そっか大変なんだね。じゃあ取引をしない?」


「取引?」


「うん。私にこの刀をくれたら、私の武術を教えてあげるよ。どう?」


「いいんですか?分かりました。お願いします先生」


 よっしゃああああああああ!いい。すごくいい。ヤンキーどもの野太い「おねしゃーす!」より千倍もいい。


「あ、でもとりあえずいったんベースキャンプに戻りますが、先生も一緒に来ますか?」


「うん、もちろんさ」

  

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