第5話 答え合わせ 言葉の魔力、言霊の魅力、時として無力

「おはようございます」


「あ、おはようございます先生」


 ジョン君の笑顔は今日も眩しい。太陽は拗ねて曇り空である。


「ジョン君、君に先生として告げねばならないことがある」


「はい、何でしょうか?」


「昨日教えたこと、覚えてる?」


「昨日? 昨日は特になにもなかったと思いますけど」


 うんうん。やはりだ。学習回路が働いていない。スイッチ入れ忘れた。


「武術とは、一挙手一投足なんだよ。なんならたたずまいさえ武術だ。日常の所作から無駄を削っておくことが強くなることの早道だからね」


「なるほど。分かりました」


「そのうえで、私の振る舞いについて気づいたことはあるかい?」


 真剣に考えるジョン君。立ち聞きしていたジョアンナも考えているっぽい。


「あ、わかりました! 黒髪がつやつやしててきれいなことですね。」


「ぐはぁ⁉」


「え、先生、血⁉ 血を吐いて、そんな、誰がこんなひどいことを。」


 まったく罪な男だ。


「ふう、でも、はあ。はあ。だんだん耐性がついてきた。」


 まさかラグビー部の剛田に感謝する日が来るとは思わなんだ。あいつ歯の浮くようなセリフを吐く練習を、私相手にしていたからな。赤面ゴリラを間近で見る羽目になる私の身にもなってくれ。

 しかし、おかげで失血死は免れそうだ。

 あ、ジョアンナさんの嫉妬の視線が突き刺さる。真面目モードに戻ろう。


「ということで、私の動きをコピーしてね。これを【絵合えあわせ】というから覚えておくんだぞ」


「はい、先生。でも、先生の動き、無駄がないのは分かるんですが、どうやってるのかイメージできなくて」


「骨を使うんだよ。あー、もっと言うといかに筋肉を使わないかを意識するといいと思う。殴るにせよ、投げるにせよ、力を100%伝えてあげれば、人を壊すには十分なエネルギーになるから、いかにエネルギーロスを減らすかが大事だね」


「分かりました。やってみます」


「そうだね、実践あるのみさ」


 このへんでいいかな。あ、基本のキを伝えてないや。


「まずった。紫苑しおん一刀流のはじめを教えるね。【桐壺きりつぼ】。基本謙虚に低姿勢を保ち、和を重んじること。戦いを求めないこと」


「え、武術なのに戦わないんですか?」


「極力戦わないよ。戦いもまた、削るべき無駄だからね。戦いは手段に過ぎないんだ。戦いを目的にしたら命がいくつあっても足りないよ」


「わかりました。でも、なめてくる奴とかカツアゲしに来る奴もいますよね? そういう時はどうするんですか?」


「逃げるか潰すか、だね。その時に戦う力が弱いと逃げる選択しかなくなる。逃げることもできない場合、いろいろ奪われることになる。だから逃げるにせよ、潰すにせよ、そのための訓練をしておくんだよ」


 よくいるんだ。力をつけると戦いたくなっちゃう人。あんなの厄介なだけで何が楽しいんだか?

 平和が一番じゃん。





 さて、今日は総出で昨日潰したゴブリンの砦に行くことにした。落穂拾いである。


「やっぱり敵の戦力はもう残ってないね。別動隊がいるかもと思ったけど、煮炊きの火も匂いもない」


 警戒を緩めて、戦利品を回収する。駆け出し冒険者の財布がほくほくになるかと思いきや、ジェームズが暗い顔をしているな。


「ジェームズ、どうした? 気分悪いのか?」


「いや、ここにあった武器・防具の大半は駆け出し冒険者の物だ。こんなにたくさんあるってことを考えると、ちょっとね」


 良い洞察だと思う。彼らは狩人だった。昨日はたまたま私に狩られたに過ぎない。狩人の視線の先にあるものが獲物とは限らない。敵を狩るとき、敵もまたこちらを狩りに来ている、こともある。


 昨日来たときには浅い部分しか漁ってないので、深く探索をすることになる。予備の日本刀とか落ちてないかな? さすがに落ちてないよな。


 おっと、うなだれている場合じゃなさそう。抜刀。


「おやおや、定時連絡が無いと思えば、あやつ、こんなガキどもに後れを取ったのか」


 一目でわかる吸血鬼。白い肌、紅い唇、長い牙。ハロウィンで見たことあるやつが、明らかに揚力足りないだろという小さい羽で、中空に佇んでいた。せめて羽ばたけ。飾りじゃないと証明せいや。


 しかし、いったいどうして叫ばずにいられようか。

 いや、ない!


「いったい何を食べたら、そんなに胸が大きくなるんだ⁉」

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