第6話 きょうてき、あらわる。

「いったい何を食べたら、そんなに胸が大きくなるんだ!?」魂の叫び。


 発達した犬歯、打刀の剣士、そんな要素はどうでもいい。良くはないけど。


「先生!いくら先生が女性だからって、初対面のお嬢さんにそんなこと言うのはセクハラですよ。」


 あれ、ジョン君。奴の殺気に気付いてない?礼儀大事フェイズはとっくに終了している。


「ははは、面白いな小童、妾をお嬢さんと呼ぶか?殊勝なことだ。楽に殺してやろう。」


「【胡蝶こちょう】。」


「!?」


 吸血鬼の剣がジョンの脳天に迫る。が、割って入って両腕を断つ。


胡蝶こちょう】は本来、相手の剣のガードを一瞬で迂回して切りつける妙技。他の流派では「影抜き」と言ったりもするらしい。私の場合は敵の警戒網を迂回するところまで拡張した。


「小娘、貴様、その技を知っておるのか?いや、偶然か?・・・おい、それより何を泣いておる。」


「いやあ、一目で女って見抜いてくれるのが嬉しくてえ、」


「・・・は?先の小童が女と言うたではないか。」


「あ、そっか、なんだ。私の感涙を返せ。」


「ち、時間稼ぎか小賢しい。」


 ジョン君はこのやり取りのうちに皆をまとめて逃げてくれたようだ。【桐壺きりつぼ】の話をしておいた甲斐があった。


「!?」


 切り落とした腕が刀を持ったまま飛んできた!


「ほげっ?」


 変な声出たじゃないか。なんかこの痴女、全然痛そうにしないと思ったらそういう体質かよ。


「小賢しいのはお互い様じゃない。お嬢さん。」


「・・・そんな怪し気な目で妾の胸を見るな。飛び出したりしないぞ。」


「なるほど、胸は偽物だから操れないってことか。安心したよ。」


 とりあえず煽っておく。しかし信じないぞ。そういってミサイルのように打ち出してくるに違いないんだ。

 そういう吸血鬼は私の胸を憐憫の目で見ている。覚悟しとけよ。


「うーん。目撃者は消しておきたいが、さて、どうしたものか。お前を無視するのは危険すぎるな。【澪標みおつくし】!」


「なんでその技を知っているの?」


 うちの流派では。【澪標みおつくし】は捨て身の前進切りだ。タフなこいつが迫ってくるのはうっとうしい。


 それにもう少しだけ時間を稼ぎたい。ジョン君たちの安全確保もだが、こいつ紫苑一刀流を知っている。どのルートで知ったのか知りたい。殺すにはまだ早い。

 待てよ、そもそもこいつ殺せるんか?切り落とした腕がくっついてる。いや、効いてはいる。私を無視してジョン君達を攻撃できないのが証拠だ。


「それはこちらのセリフだ。その回避【帚木ははきぎ】だろう。恐るべき練度。いったい誰に師事した。裏切者には血の代償を与えねばな。」


 こいつ喋りすぎじゃない?独り言大きいタイプかな。技使うときに声が出ちゃうのは、動きが滑らかになるからいいけどさ。


「平行線だね。じゃあ、質問を変えるよ。君は【澪標みおつくし】の何を知っているのかな?」


 回避に徹していたのをやめて、こちらも前に出る。前に避けるついでに切るのがこの技の神髄だ。


「!?」


「【須磨すま】。」


 両腕を切り落とし、敵の剣を奪う。今度は敵の刀で両腕を串刺し。こいつはあやかしの類だ。続けて浄霊の刃で切り刻む。古来より刀剣は妖を切る。武は礼により霊に通じる。

 動脈を狙いやすいところは切った。左右反転体質も考慮して切った。

 しかし、刻んだ部位が回復する。一方で、吸血鬼の表情は暗い。空に逃げ距離を取る。腕は生えてこないのか、


「ダメか、いや、少なくともメンタルには効いてるみたいだねえ。ねえ、どんな風につらい。どっちがつらい。切られた痛み?剣の才能が無いこと?」


「侮るなよ小娘。煽りに乗るほど妾は若輩ではない。妾は魔王軍将、月刃げつじんのナオミ。」


「魔王軍将までが苗字ですか~?」


「乗せられんぞ小娘。ナ・オ・ミ だ。お前も名乗れ。互いに似た技を使う打刀の剣士だ。また会うこともあるだろう。」


 ナオミ?日本人か?いや、聖書にもこの名前あるらしいから西洋系ということもありうるか。


「そういうのはね、一端いっぱしの剣士になってから言うんだよ、お嬢さん。」


 吸血鬼の腕が生えてきた。今度は爪が長いのね。


「生かしてはおかぬ!」


 打って変わって凄まじい気勢。突っ込んで、、、、こない。やられた。


「・・・見事な【雲隠くもがくれ】。月刃のナオミか覚えておこう。」


 吸血鬼が霧になって逃げるのは本当だったんだな。月刃という名前もあって、私の流派より芸術点が高いじゃない。

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