第9話 ギルドの悲喜こもごも

 冒険者ギルドの朝は早い。


 朝7時、クエストの更新を行い開場。ギルド前には既に冒険者たちが集まっている。戦いで日銭を得る連中が集まるのだ。けんか騒ぎなど日常らしい。ガチムチマッチョスキンヘッドことギルドマスターが鉄拳制裁に出て行った。

 やはり筋肉は裏切らない。


 なぜ私が早起きをしているのか?それはここに来る連中の強さをチェックするためだけではない。今朝魔術の練習をしていたらカーペットを焦がしてしまったので、弁償代わりに経理仕事をやらされている。

 やってて良かった複式簿記。500年の伝統は裏切らない。


「昨日の仕事は昨日のうちに終わらせておかないのはやばいでしょ。「明日できることは明日する!」は、経理に適用したらダメじゃない」


 などと愚痴りながら支払状況を整理していく。あ、当然の如く、私の口座への入金処理もまだじゃねえか。200万ゼルドって結構な価値か? ゴブリン討伐1匹2千ゼルドということを考えると、結構破格なのか。


「いやー、葵ちゃん助かるわ。読み書き計算がばっちりなのはなかなかいないからね。あ、これは、そっちの酒場の分なの。これが治療施設の束ね。ここのギルドはいろいろ経営してるから、いろんな書類があって大変なのよ」


 お局さんが持ってきたのはまたしても書類の束。しまった、時給で仕事を引き受けるんじゃなかった。これ幸いと押し付けられてる。


 しかし、経理の仕事ができたのは、けっこうメリットがでかい。ギルドが様々なサービスを提供しているせいで、書類は煩雑だが、だいたいの物品の相場が分かるようになってきた。

 食料品、日用品、医薬品はもちろん、出入りする業者への支払金額。決済慣例。ここ情報の宝庫じゃないか。

 ほかの職員はというと、依頼の発行手続き中だ。脳筋相手の説明は面倒そうだなと思いつつ、保険に勧誘するなどの業務も行っている。お姉さん方、したたか。


 朝は忙しいが、10時ころには上級冒険者向けの依頼が張り出され、ピークはもう一山あった。

「お忙しいところすみません。ケイリーヌさん、言われた仕事全部終わりました」

「え、もう終わったの。じゃあもう今日は仕事ないから休んでて」


 現在午前11時。働くのは12時まで。そういわれても暇なんだよなあ。魔術の練習は禁じられてしまったし。


「おう、嬢ちゃん。苦戦してるかい?」


 お、ギルドマスターじゃん。


「そうですね。大変苦戦中です。仕事が片付いちゃって暇なんですよ」


「え? まじかよ? 冒険者なんてやめてうちで働かないか? いや待てよ、冒険者としても働いてほしい」


「嫌です。お家に帰らないといけないので」


「くそう! こんな人材めったにいねえのになあ」


「お褒めにあずかり光栄ですね。ところで、カーペットの相殺分以上に働いたはずので、臨時ボーナスを求めます」


「手厳しいな。そうだな、じゃあ今日無料で風呂に入れてやるよ」


「……もしかして、変態?」


「ちげーよ。ギルドの衛生施設の一部だよ。公衆浴場もあるが、上級冒険者専用の会員制浴場な。120分のマッサージ付き。サウナも作った。整うぜ」


「……ちゃっかり自分の趣味を追求してませんか? まあ、全部黒字っぽいので問題はないんでしょうが。それでは、足りないですよねえ。どうせ明日ギルドのお偉いさんとの取り調べがあるから身ぎれいにはさせるんでしょう? マッサージにしても、よからぬものを隠し持ってないかのチェックでしょうし?」


「その年で、なんでそこまで読めるんだ? 降参だ? 何が欲しい?」


「帳簿は嘘をつかないので。前回のオーガ討伐報酬も、その支払い日の翌日に衛生部門でマッサージの無償提供がありました。偶然にも、中央ギルドからの訪問者が来る日のことでした」


「よく気づいたな。なんでもは無理だが、できそうなもので頼むぞ」


「では私レベルの冒険者が着ていても違和感のない服を一式ください」


「う、少し高いな。いや、分かった」


「あ、香水もお忘れなく」


「分かったよ。しかしこちらにも条件がある。これは未確定だが、オーガの群れが確認された。ついては討伐隊に加わってほしい。報酬単価は2割増しになる」


「なるほど、それで「投資」ですか。まあ、いいでしょう。でも、女の子と組ませてくれますよね?」


「もちろんだ。」


「……あ⁉ その即答ぶり。もしかして、ここまでの出費は投資として見越してましたね?」


「いやいや、香水一瓶は俺の負けだよ」


「ぐぬぬ、香水はいい奴にしてもらいますからね」


 つくづく食えない男だ。あのギルドマスター、さては経理の仕事をわざと残しておいたな。だが、悪くないじゃない。


 商魂のたくましさはあるけれど、マージンは良心的。帳簿を通じて誠実な人柄を私にアピールした。と同時に、私に通貨ゼルドと商品の相場感覚を身につけさせた上で、取引における金銭感覚、公平感覚をテストした。

 これを踏まえると、奴の方がまだ得をしている気がする。

 その商才が功を奏し、人口増大、商圏拡大、街も大きくなっている。


 そこに魔王軍が近づいている? これは偶然か? この街を前線都市として機能させるべく経済力を上げていたとみるべきか?

 いや、今はよそう。どうせ予想の域を出ることはない。イフにイフを重ねても、真実から遠ざかるだけなのだから。

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