第10話 血行の促進、血流の分配

 日を跨いだ。今日はギルド本部からお偉いさんが来る日だ。


「あー、やっぱりお風呂はいいねえ」


 湯の温度は41度にしてくれと言ったら引かれた。もっと体温に近い湯を使うのかな。


 上級冒険者専用の貸切浴場マッサージ2時間付。取調の直前じゃないとダメらしいので朝風呂中。

 あー、これは体の隅々まで「綺麗」にされるやつじゃん。

 逃げるわけにもいかないので、マッサージを受ける。もちろん全裸だ。

 マッサージに来てくれた人は40代くらいの女性。セリーヌさん。柔和な笑みを浮かべて一言。


「施術中に気絶してもいいからね」


 もし天使がいるならこんな優しくて柔らかい声なんだろうと思った。

 そして言に違わず、マッサージの腕は最高だ。


「あら、こんなに脱力の上手い人は初めてね。指が吸い込まれていくわ。お嬢さん、もしかしてとっても強いのかしら?」


「どうでしょう、そこそこ鍛えてはいます」





 ……までは覚えてる。いつの間にか服を着て、脱衣所の外の椅子に座っていた。いつものセーラー服ではなく、街に溶け込めそうな服だ。深紅のワンピース。東欧の田舎娘感を演出してるのかな? よく分からないけど、かわいいからいいや。


 いや、よくない。腰が抜けたように立てない。なぜ?

 ん? よく思い出したら、セリーヌさんの「気絶してもいいから」って変じゃない? 「眠ってもいいから」じゃないのか?

 ……あ、思い出すんじゃなかった。せっかく火照りの引いた顔が、再び茹で上がる。



「よ、嬢ちゃん。遅かったから迎えに来たぜ、湯加減はどうだった?」


「ごきげんよう、変態。あなたも一緒に取調ですか?」


「そんなひどいこと言うなよ? こっちにもいろいろあんのよ。で、のぼせちまって立てない感じか?」


「ええ、ていうか、元はと言えばあなたのせいなんですから、おんぶしてください。変態に頼むのは癪ですが軽々とおんぶできるのはあなたしかいないので。あ、重そうに運んだら蹴りますからね」


「そんなに怒んなよ。その様子じゃあ、次回ご利用5%引き券は要らなかったかなあ?」


「いいえ! 貰っておいてあげます。しかし、よくセリーヌさんみたいなお姉さまリクルートできましたね?」


 彼女、私の知らないツボを知ってたな。うちの流派のツボまだ全部教わってないんだよなあ。親父が教えたがらない気持ちは今回のことで分かったけど。


「はっはっは。すっかり気に入ってるじゃねえか? ほら、もう取調室だ。逃げるなよ」


「まだ逃げられねえよ! 変態」


 お偉いさんの関心は吸血鬼の方だったらしい。身元不明だとめんどいかと思ったが、そんなのこっちじゃザラらしい。

 どちらかというと無傷で生還したのが向こうの理解を超えたらしく、でっち上げを疑われていたみたい。

 そしてもっとも時間を食ったのが今後の対策についてだった。もっとも吸血鬼の足取りは追えていないので、警戒態勢を強めて上級冒険者を張り付けるくらいしかできない。

 一方、オーガの拠点がこの街の近くにできていたのは間違いないようだ。


 あ、話はまとまった感じか? しばらくするとギルマスとお偉いさんで話し込んでしまって完全に置物だったのだ。

 吸血鬼は放置。どこにいるかもわからないからどうしようもない。

 なのでまずはオーガ集団の討伐。討伐隊の編成と集結を急ぐ。私と組む2名は10日後にこの街に来るらしい。


「それじゃあ、10日後まで自由行動でいいぞ」


「やった。これで自由の身だ」


「あ、でも、君は街から出ないでください。有事の際の余剰戦力として控えていただきたい。もちろん待機も仕事ですから、報酬は支払います。それに吸血鬼が闇討ちに来るとなればあなたでしょう」とお偉いさん。


「ジョン君たちはどうなるんですか?」


「あの4人はもう自由だ」


「吸血鬼が消しに来るかもしれないのは同じじゃないですか?」


「それもまた冒険者だ。強くなければ生き残れない。修羅の道さ」


 なるほど。彼らにギルドが守るほどの価値は、ないということか。


「そうですか。分かりました」


「噛みついてくるかと思ったが、意外だな。君の魔術の師なんだろ」


「いや、ジョン君も言っていましたから。「強くなければ生きていけない」と。ま、弱くとも生き残るための回避方法は教えましたから、彼らを信じるしかないですね」


 ギルドから出ると、日は西に傾いていた。相変わらずセーフハウス(ギルドの3階)で寝起きしろと言われたので戻る。


 ああ、ジョン君たちに挨拶をしそこなったな。

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