第58話 お注射の時間ですよ
俺はアキを含めた部隊全員にドラゴンの誘導を頼んだ。
できるだけ一帯の民家や民間施設から遠ざけ、今現在要請しているであろう海外の軍事作戦で被害を少なくするためだ。
俺の方は十和田とこれから一対一の戦闘になる為、使用許可をもらった薬が入った注射器を腕に突き刺した。
「悪いな、十和田。折角手土産までもらったが、期待に添えることはできないようだ」
手土産とは俺の目の前に転がっている剣干の首の事だ。
アキが倒し損じた剣干の首を持ってきた。相当強いはずだ。
さて、薬の効果が出てくるまでどんな汚い事をやってでも時間を稼ごうと決意していたのだが――
「まあ、期待はしていなかったからいいよ。でもいいの?オギツキアキのお父さん一人になっちゃって」
こちらの話に付き合ってくれるようで少し安心した。
「よかねえよ。だからちょっとドーピングさせてもらったよ」
薬の効果が出始めは頭痛がすると聞いていたのだが、俺にはその感覚がない。
「僕は別に戦闘することが目的じゃないのだけどねぇ……さっきの話を盗み聞いていたのだけど、なんかドーピングなんて可愛く見えるようなヤバイ薬じゃないの?それ。ちょっと興味があるから効果が出るまで見ていてあげるよ」
やはり強者の余裕を見せてくれている。体の方は徐々にだが酒に酔ったように視界が歪む。
「それはありがたいな。この薬がキマってくると話ができなくなってしまうから、俺が無口になったら戦闘を開始しよう」
「いいよ~」
十和田はそういうとこちらに興味がなくなったのか自前のデバイスで何か見始めた。
俺の方は嘔吐感に加え、聴覚に変化……耳にムカデが入ってくる感じ…と言っても人には理解されないような気持ち悪い感覚になる。高音の耳鳴りも始まる。
そして何度か嘔吐を繰り返した。
「十和田、お前の本当の目的は何だ?SAVに入りたいと言うのは嘘なんだろう?」
ゲロで汚れた口を吹きながら聞く。
「辛そうだね。大丈夫?まあSAVへはあわよくばと思ったんだけどね~」
なるほどSAVに入りたいと言うのは重要ではなかったのはさっきの話で何となく分かっていた。
それなら腑に落ちないことがある。
「じゃあなんで剣干を殺す必要があったんだ?」
「それは君たちに見せておきたかったんだよ。こいつらとは俺は違うところをね」
ちょっとこいつの本当の目的までは聞けそうにないな……徐々に意識が別の何かに乗っ取られそうな気分になってきた。
もうすぐ戦闘が始まるだろう。さっきまで最悪の気分だったが今度は気分が多幸感に包まれて、先の事などどうでもいい気分だが、俺は気持ちを押さえて装備している武器の確認をする。
俺は生き残って意識を取り戻すことができるのだろうか……。
覚悟を決めたつもりだったがそんな事を考えていた。
「…………」
「ちょっとー、オギツキアキのお父さん?もう始めちゃっていい??」
「…………うぇへ~」
「おお?もうキマってきちゃったかな?――じゃあはじめますよ」
꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°【セイカ視点】
十和田と薬を使ったお父さんの戦闘が始まった。
私は複数のカメラが付いたドローンを操作して二人の戦闘を観測する。
お父さんは十和田に人間離れした速度で襲い掛かりに行くところだった。
「――何が起こった?」
独り言を言う十和田は鼻から血を流し、何が起こったのか分からないのか呆然と立ち尽くしている。
数十メートル離れていたのに何故攻撃を受けたのかとでも考えているのだろう。
お父さんは薬…3HP-4で覚醒した瞬間、離れた場所からピンポイントで十和田の顔面に攻撃を放ったのだ。
――これが3HP-4の力の一部。遠く離れた目標に不可視の攻撃ができる。
この薬には脳の潜在領域を約10%引き出して使用することができる。
初めてこの技を見た時、念動力やサイキックの類だと思ったのだけど、検査が進んだところで、人に出せない領域の気功に近いものだとわかった。
使用領域が解放された脳は、超常の力が出せると言われているのだけど、こんなことができるようになるというのは予測できなかった。
そして、今お父さんの身体は常軌を逸した動きに対応するために、自分の筋肉を成長操作している。
必要な部位に必要なだけの筋肉を自分の意志で肥大させている。
お父さんがこの薬を使用した事は今回が二度目で、一度目は仮想世界の中だ。
今回、現実世界での使用は初めてなのだけど、これはとんでもないものを開発してしまったと思う。
私はこの薬…3HP-4に関して、軍事転用を懸念して副作用のある不完全な物として公開したが、本当はを副作用が発生しない完全な形のレシピも持っている。これを見て、世の中に公開することは今後もしないと誓った。
ただこんな薬を実の父親に使うなんて、客観的にみると私もイカれているとしか思えない。
では、副作用とは……
「へゃ……しひひっ」
お父さんは粘っこい唾液を口の端から流しながら奇声を発している。
自我、自制心が無くなり、目的を達成するまで体が動く限り攻撃の手を止めない。
ただ、目的とは関係なしに辺りに居る人間は敵味方見境なく攻撃してしまう。
ハッキリ言うと制御不能だ。先程は気功のようなものを使っていたが、能力について未知なものもあるはずなのだ。
これがお父さん一人がここに残り、全員ドラゴンの方へ配置した理由だろう。あとは自分の娘に変わった自分を見せたくなかったという事もあるかもしれない。
喜びの表情を浮かべながら、お互い攻撃の間合いに入った。
「ひああ!!ああいい!」
お父さんはナイフで、十和田はどこから出したのかわからないが、禍々しい形をした剣で打ち合いになる。
――実際戦闘が始まり、帰還者とは戦闘力の差があるかと思われたが、お父さんは善戦しているように見える。
お父さんは体力のリミッターが壊れたように休みなく攻撃を繰り出し、十和田はお父さんの攻撃の圧力に押し負けている。
それに脳から筋肉への反応スピードが何倍にもなっているので回避行動も早い。
私の視覚であるドローンの高性能カメラでもフレームレートが追いつかず、戦闘している二人の動きは残像でしか見えていないが、録画した情報を今後の記録の為にスローや停止しながら確認している。
そしてアキが今攻撃している衝撃波であちこちのカメラ画像が乱れだす。
ハッキリ言って戦闘スキルはお父さんのほうが圧倒的に経験で優っていることもあり、近接戦闘ででこのまま押していけばきっと勝てる。
十和田もそう思ったのか、十数メートル大きくバックステップして間合いを取った。
「ちょっとちょっと、オギツキアキのお父さん。あんた薬の力だけじゃないくらい、何かチートしてないか?」
会話すら成り立たないお父さんに話しかけるなんて、十和田はまだ余裕があるのだろうか。
「これはちょっとは実力を出さないと、こっちがやられちゃうな」
間合いが離れると今度はお父さんは間髪入れず、気功で遠距離攻撃を繰り出している。
お父さんの気功は繰り返しになるが不可視の為、強さや大きさ、スピード、すべてが見えない。だから回避も難しい。
十和田は体のあちこちにお父さんの気功を受け、ダメージを負っているが、十和田は細かく動いて急所を外し、決め手に欠けている。
「殲滅炎球!!」
十和田が音葉と共に魔法の名前を叫ぶと、三メートルほどの真っ白な球体が現れ、お父さんに向かって飛んでいく。
飛んできた白い球体を何度か気功で攻撃したが効果がない事を確認して、お父さんは受け止めるようなポーズで両手を前にかざし”何か”した。
”何か”とは見たことのない、何をしたのかわからないからそう言ったのだけど、白い球体は軌道を空に向かって軌道を変えて消えていく。
攻撃を弾かれてしまった十和田は元居た場所から居なくなっていた。
逃走したのかと思われたが、複数あるドローンカメラでサーチしたところ、十和田は上空高くに居る。白い球体を再度打ち込もうとしているのだが、先程の数倍の大きさがある。その大きさが育っていることから、お父さんに弾かれないようにしているのだと思われる。
「この魔法を弾くっておかしいよ!?薬だけでこんな力が使えるなんてヤバすぎるでしょ……極力周りの人は巻き込まないように力を抑えていたけどそんなことも言ってられないね」
十和田のそのセリフから白い球体はきっとすさまじいエネルギーなのだろう。十和田を映しているカメラの映像が乱れだした。あれが地上に落ちたら辺り一面どうなるかわからない。
お父さんに警告したいのだが、生憎私の声は届かない。
そのお父さんは攻撃を仕掛けている十和田を目視し、さっきと同じ対処をしようとしているのか両手を巨大に膨れた白い球体に向けてかざしている。
本当にあの白い球体を弾くことができるのか?
そう考えていたところでお父さんと十和田の間に物体が割って入ってきた。というか突然現れた。
「え?なんで??」
アキとSAVで誘導していたはずのドラゴンだ。
ドラゴンが大きな口を開き、音葉が聞こえたと感じた頃には複数あったドローンのカメラから映し出される映像が真っ白になった。
俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺すことだ【フルダイブVRに50年。目覚めた俺は最強だと思っていたけど、50年後に再会した娘の方が強かった話】 宮社 @miyashirosan
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