第55話 記憶喪失……にはならなかった

 

 ――どうやら隕石の直撃から俺は生還したようだった。


 今は謎が多く、混乱している――



 ――と、思ったのだが、最近は超常現象の現場に数多く立ち会った…と言うか、ウチの家族全員超常現象みたいなものなので案外普通だ。もう何が来ても驚かないぞ。



 今ある少ない情報を整理しよう。


 目覚めてから二時間、隕石が落下してから五時間が経った。


 ここは元居た関西の施設。情報漏洩の観点からケイカのオフィスにある仮眠室で、もろもろ許可がないとここから出られないらしく、俺は今、ベッドで横になっている。加えて自分のデバイスの使用を禁止されているのでニュースなどの情報収集ができない。ゆえに手持ちの情報がほぼない。


 まずは俺の体の状態だが、不思議なことに、これといった怪我はない。


 なんでもアキがオフィスで仕事をしていると、突然意識のない俺が空中に現れ、落下したところをお姫様キャッチしたと聞いた。


 そして驚くべきは、俺がいた関東の現場で隕石が落下した時刻から関西のオフィスに俺が現れた時刻が一致しており、一瞬で移動したと考えられるとのことだ。


 隕石落下の衝撃で関東から関西へ吹き飛んだり…はないだろう。普通に死んでる。


 普通じゃない考えだと、俺はワープでもしたのかと思ってしまうところだ。


 まだその辺の事はケイカとセイカを交えて話をしないと、どうなったのかわからない。



 結局、走馬灯だと思っていたハルとの再会、アキとの出会いは一体なんだったのか。俺が生きてると言う事は、ただ意味のない夢だったのか。



「アツシさん、具合はどうですか?痛いところは無いですか?」


 心配げな表情でケイカが水をもってきてくれた。


「ありがとう、ケイちゃん。心配しなくても俺は何ともないから。検査でも異常なしだったのだろう?」


「はい……わかってはいるのですが、状況が状況ですので」


 ケイカが持ってきてくれた水の入ったグラスを飲んでいると扉が開き、ロボットのセイカがやってきた。



「ふぅ……ようやく解放されたわ。まあ状況が状況だからしょうがないけれど、非効率な会議だったわ。これだから老人と決め事するのは嫌なのよ」


 ……老人って、実年齢は自分とあまり変わらないぞ。と思ったが口にするのは厳禁だ。



「セイちゃんお疲れ様。苦労をかけるね」


「――? ああ、ごめんなさい。お父さんは巻き込まれた事故のようなものだから、そこに関しては何も思ってないのだけど、隕石落下災害と突然の司令官の失踪で組織の指揮系統が乱れていて、意見がまとまらないのよ」


 俺が面倒をかけている事に対して申し訳ない気持ちを言ったが、セイカの不満の方向は違うところにあった。


 そして、セイカは「でもね」と付け足して話をつづける。


「本部の混乱で機関が麻痺しているところもあるから、とりあえずお父さんに対する拘束は今日で解放されるわ。ただ、どうしても司令官が失踪するときまで二人きりだったこともあって、これから私とケイカで取り調べして調書を作成しないといけないけど」


「それは助かるな。さっさと終わらせて、今日の夕飯の準備がしたい。ケイちゃんも一緒に食べるよね?」


 ケイカの方を見ると少し浮かない顔をしている。


「……ごめんなさい、アツシさん。さっきセイカちゃんが言ったように、司令官の死亡、または失踪により、私とセイカちゃんが中心となって本部の指揮を執ることになったの。詳しい事はまだ話せないけど、私たちはしばらく実家の方へは帰れないと思うから、アキちゃんと――あと、小さいセイちゃんも一緒に施設内の居住スペースで暮らしてほしいの」


「そうか、わかった。じゃあ拘束が解け次第、実家から必要なものを取りに行きたい」


「それは大丈夫よ。アキがある程度終わらせているようだから」


 セイカは忙しいと言いながら、アキへ段取りするように指示していたようだ。手際がいい。



「――では、東京指令室まで報告へ行ったところから話してもらえるかしら」


 俺はあった事をすべて話していった。


 とくに司令官に関しての事柄に関して二人は細かく聞いてきた。そりゃ最高責任者が俺と同行して隕石が落ちてきて消息不明になったのだ。もっと大人数で尋問されてもおかしくなかった。



「――それで最後に司令官が言ったのが、たしか……『次のステージの準備をしなければいけない、私は普通の生活を送ることを諦めていない、そのために行ってくる』と」


「そして、目の前に隕石が迫った時、何故だかわからないけど、彼女を抱きしめた。どういう気持ちだったのかわからなかった。でもそうしたいと思った」



「――――っ!!」



「……お父さんは司令官を守るためにそうしたの?」


 ケイカはうつむき、手で口を抑えて動揺を抑えている。代わりにロボットのセイカが無表情で聞いてきた。


「いや、護衛として彼女を守らなければという感じではなく……なんだろうな。あ、司令官って顔隠してたけど、もしかして知り合いだったり?」



「お父さん、ごめんなさい。続きは――また今夜に」


 セイカがぼろぼろと涙を流しているケイカの肩を抱いて退室した。……え?泣くほどダメだったか?いや見方によってはセクハラだったかもしれん。いやセクハラだろうな。





 。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。【アキ視点】


 今日から施設内で生活する事となり、必要なものを実家から持ってきたのだけど、しばらく外へは出ることができないそうだ。おとーさんが「行きたいところがある。すぐに帰ってくる」とケイカ姉さんに許可を得て、あたしも一緒に同行することになった。


「すまんな、俺のせいでしばらく不自由にさせてしまって」


 今日はビックリさせられた。


 東京に行ったはずのおとーさんが、仕事中に大型の隕石が落下したと緊急速報が流れた瞬間、あたしの目の前に現れた。


 事件に関する詳しい内容は教えてもらえなかったのだけど、どこも怪我無くあたしのところへ帰ってきてくれたし、心配する暇もなかったので不満はない。


「まあ、しょうがないよ。てゆーか、あたしのところに瞬間移動してくるなんて、よっぽどあたしに会いたかったの?ねーねー」


 少しからかう感じでおとーさんのほっぺを指でツンツンした。


「そうかもしれん。俺、隕石が衝突して死んだと思っててさ、意識が無くなってからアキとハルに初めて出会った頃の夢を見ていたんだ。ああ、これが走馬灯かってさ」


「えっ!?そうなの?」


「ああ、アキと出会ってからの一週間くらいまでの記憶が蘇っていた」


「ふ、ふーん。その時のあたしに出会ってどう思ったの?」


 ちょっと、いやかなり気になってたことだったので、良い機会だと思い聞いていみる。


「おう、アキは可愛かったぞ。突然ハルから「あんたの子だよ」と言われてびっくりしたけど、アキに出会えて嬉しかった気持ちを思い出したよ」


「あたしも急に「お父さんに会うから準備して」っておかーさんに言われてさー、心の準備もできずに連れていかれた事を思い出すよ~」


 実際おとーさんに会って、おかーさんより若かった事にも驚いたけど、そんなことよりあたしはおとーさんを初めて見た時、かっこいい大人としかみれなくて、父親と認識……多分今もできてはいないだろうな。


「まあ、そんな感じだったよ」


 まだ記憶に新しい感じでおとーさんはそう言った。



「ところで行き先聞いていないのだけど、どこへ行くの……って暑っ!」


 建物から外へ出ると体温を上昇させるような湿気と肌を焼くような夏の日差しを受ける。


「行き場所はここからそんなに離れていないな。今日は暑いし、セイカの車を借りるか?」


 そうだ思い出した。こんなときこそ――



 ・・・・・・


 ・・・・


 ・・



「うおおおおーー!!」


 おとーさんはあたしが渡したもので感動している。


「どう?気持ちいい?」


「最高に気持ちいい!!!久しぶりの感覚だ!」


「じゃあもっと飛ばしてみてよ~」


「おう、じゃあちゃんと俺に捕まっておくんだぞ」


「あん♥ あたしも久しぶりだ~」


 施設の倉庫でセイカ姉さんとコツコツ直したおとーさんのバイクに二人乗りをしてで出かけた。


 行き先はおとーさんがわかっているようなので任せているのだが……



「おとーさん、この道って……」


「ああ、おまえと来たかったところだ」



 着いた先は山のふもとにある見晴らしの良い霊園。


「……おとーさん、知っていたの?」


「もちろん。もうすぐハルの命日だ」


 ここはおかーさんのお墓だ。命日に関してはあたしは一度もおとーさんに言ったことがなかったのだけど、ちゃんと知ってくれていたんだ。


 あたしとおとーさんが初めて出会う前に、おかーさんは大病を患っていた。


 当時あたしは知らなかったのだけど、おかーさんは自分の余命を知っておとーさんにあたしを託そうとしたのだと思う。


「あたし、桶とひしゃく借りてくるね」



 お墓の掃除が終わって線香をあげ、おとーさんと二人で並んで手を合わせる。


「おとーさん、アタシと出会った頃の事、夢で見たのなら、おかーさんが店の近くで泣いていた事覚えてる?」


「ああ、つい先日夢でみたばかりだからな。覚えてるぞ」


「あの頃さ、おとーさんの事「アッくん」って呼んでいたのをおかーさんが気に入らなかったみたいでさ、あたしに「お父さん」と呼びなさいって言われたのだけど」


 少し間を開けて話を続ける。


「なんで?って聞いたら、おかーさんは「アツシはアタシの男だ」ってハッキリ言われたんだよね。普通娘にそんなこと言う?」


「…………ああ、そういう女だったからなハルは」


 おとーさんは手を合わせたまま目を閉じてうつむき、口は少し笑っていたように見えた。



 フルダイブVRから目覚めて、あたしからおかーさんの事を聞いた時、おとーさんはひどく落ち込んでいた。


 でもそれから時間が経ち、少しづつだけど二人でおかーさんの話をすることができるようになった。



「おとーさん」


「ん?」


「まだおかーさんの事好き?」


「好きだった。いい女だった。アキはどうだ?いい母さんだったか?」


「うん。大好きだった。おとーさん、今日は連れてきてくれてありがとう」




 ………………‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥………………



「――で、結局俺と司令官を狙ったあの隕石は何だったんだ?」


「アキに聞いたところ、隕石に見せかけた土魔法だって言っていたわ」


 今は施設の一室、セイカと二人っきりで事件の詳細について説明を受けている。



「という事は帰還者の仕業か?」


「あの規模の土魔法は誰にもできる事じゃないって言っていたから、帰還者の可能性は低いそうよ」


「……セイカ、えらく消極的な説明じゃないか。何か知っているんじゃないか?」



「……そうね。言葉を選んで説明しないといけない事柄なのよ」


 という事はあれ隕石落下は予定調和だったということか。これ以上聞くことは藪蛇かもしれない。


「俺が真実を知ることはできないという事か。俺の瞬間移動含めて」


「……ごめんなさい。そう言う事になるわね」


 セイカが”真実を知っている”と暗に教えてくれただけでもいいか。ひとまず安心した。



「これから俺達はどうなるんだ?いや俺はともかく、お前たちに何か危険が及ぶことは?」


「お父さん」


 セイカは俺の手を取り……自分のたわわに実った(作った?)胸に押し付けてきた。握った手からこぼれそうなくらいの物量だ。すごい柔らかい。


「……何してるんだ?」


「いえ、お父さんの顔が怖いから私のおっぱい揉めば落ち着くかなと思って」


「じゃあ、遠慮なく――ってそんな雰囲気になれるか!」


「そういう割に今、三回揉んだわね」


 セイカの胸を揉んだ手に違和感に気付き、手のひらを確認するとQRコードが書き込まれていた。


 セイカの顔を見ると目を閉じて黙っている。これは何も言わず、後で確認しろという事だろう。



「ま、まあ大きく柔らかく成長したな。セイちゃん」


 そう言って俺は手を握る仕草をした。


「アンドロイドの胸を揉んでその感想は娘として心配になるわよ」


 揉ませたのはお前からなんだけどな。


 ともかくセイカに出された課題QRコードを確認しないといけない。



「お父さん、今日は大変な任務だったのだけど、三日後はU-6帰還予定となっているわ。そのための準備で忙しくなるわよ。だから早く休んで欲しいの」


「ああ、わかった。気を使ってくれてありがとう」



 ――U-6


 もう結構前の話になってしまったが、ケイカが北海道へ調査へ行き、剣干ら帰還者グループに襲撃された事件があった。


 セイカらの話では強力な帰還者が転移されてくるとの事だ。


 気持ちを切り替えて任務にあたりたいところだが、今日は何も考えずに休んだ方がいいだろう。


 自分が思うより体は疲労しているはずだ。



 ――俺の長い一日はようやく終わる



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 ある山岳の地中深く


 高密度で音も伝わらない中、身動きがとれずうめき声をあげる甲冑が一体。



 「剣干君、剣干君」


 道に合った知り合いにかけるような声が聞こえた。


 「――!――!」


 その甲冑は恨み節のように声を上げるが相手には伝わらない、ただの叫び声だった。


 「うんうん、一週間、地中の中に居たのに元気があっていいね。ただね、君は弱すぎる」


 「――! ――!」


 「僕が誰かって?そんなことはどうでもいいんだよ。このまま君を放置していてもいいのだけど、左藤なんとかさんが迎えに来られては面倒だし、そもそも僕は綺麗好きなんだ」


 会話が成り立っているように思われるが、実際は甲冑が何を言っているのかわかっていない。


 「しばらく君を見ていたけど、何も用を果たせずにいたから見限ることにしたよ。それにしてもひどいのはオギツキアキだよね、彼女がその気なら君なんて簡単に肉塊にできるはずなのにね。そうしてくれていたら、わざわざ僕こんなところまで来る事は無かったのにさ」


 「――!!――」



 声の主の黒い腕をかざすと、甲冑はひしゃげて、中身にあったものはつぶれたトマトのようになった。

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