第4話 うちの家庭事情①
――先述言わなかったが、うちの家庭は複雑だ。
俺には三人の娘がいる。ただし母親が二人。ほらもう複雑。
ただ二人とも他界してしまっている。
さて、現在ダッシュボードに足を投げ出して助手席に乗っている、この行儀の悪い娘は三女のアキだ。
直接育児に関わったことのない為、行儀の悪さは母親譲りだ。
俺の愛車にこんな乗り方を娘に教えた事は無い。
まあ育児をしていないなどと自分の事を棚上げして、親としてこんなセリフを吐くのはどうかと思うが。
そして先ほどの戦闘だが異世界帰還者に氷の槍で致命傷を負わせたのがこいつだ。
そう。俺の娘、アキ正体は異世界帰還者なのだ。
異世界帰還者は絶対殺すマンと提唱していたのだが、彼女は“制約付き”で存在を許されている。俺の娘だから特例なのだ。というわけでもないが特別なのには変わりはない。
もし、今所属している組織にアキを始末しろと言われたとしたら誰を敵に回しても抵抗するし、ダメなときは一緒に死ぬ覚悟だ。これは現状を知った時にもう決めている。
『で、さっきの続きなんだけど、聞いてる?お父さん。部隊の前でああいう態度は私達、組織として軽んじて見られるお手本に……』
そして、今小言を言っているキット……もとい次女のセイカ(AI)だ。
娘がAI?なにそれ寂しい独身男性の妄想……と聞かれるかもしれないが、実の娘だし、AIだ。事情は複雑なのだ。
セイカは俺に似ず、頭がとても良い。AIだし。先ほど会話していた部隊のHQとして仕事してくれている。仕事自体はそれだけではなく、その範囲は組織の多岐に渡る。
しまこがドクターと呼んでいたのも彼女の事だ。
ちなみにケイカ・セイカとアキは母親が違う。腹違いの姉妹だ。
セイカは自分に妹ができたと知ってからアキには激甘だ。アキもそれがわかっているからよくセイカに甘えている。まあ、姉妹仲がいいのはいいことだ。
「そこは部下の命を預かっている俺のガバナンス維持のためだ。何でもかんでも反論するつもりはないから、多少はお目こぼしいただきたいな。結局、現場の責任は俺なんだから」
『お父さんの責任者は私とケイカよ。わかってるくせにそんな昭和のおじさんみたいなこと言ってケイカを困らせないであげて』
ケイちゃんに苦労かけさせていると聞き「すまないねぇ……。それは言いっこなしだよおとっつあん」甲斐性なしの父親が娘の世話になっている定型文的なセリフが頭に浮かんで大変申し訳ない気持ちになった。
「わかった。気を付けるよ。娘に苦労を掛けさせるのは時代的に年中黒シャツ、腹巻の彼くらいで最後にしておきたいもんだ」
横にいるアキがそれって誰よと言っているが、さほど興味がないような感じだったので一旦は無視しておこう。
『……まあいいわ。で、今日はどっちの家に帰ってくるの?【私】はずっと待っているみたいよ』
「うん。実家でシャワーを浴びたら寮の方でセイカのご飯を作る。寝静まったころにまた実家に帰るよ」
『そう。今日はいいことがあったみたいでお話聞いて欲しそうにしていたわよ。帰ったらちゃんと聞いてあげる事』
「わかった。教えてくれてありがとな」
『私は自分を甘やかして他人には厳しくするタイプなの』
「家族は他人じゃないよ」
そう言って異母兄弟であるアキを気にしてそちらを見たが、どこ吹く風か鼻歌を歌いながら外の流れる景色を見ている。
『言い直すわね。じゃあお父さんには厳しくするタイプに変更するわね』
AIセイカがペロリと運転席のモニターの向こうで舌を出してぶりっ子をしている。
「んじゃセイカ。今から言う食材を買って寮に配達してもらっていいかい?」
『ええ、どうぞ』
今晩の献立は何となく考えていたので食材を伝える。この時代は配達技術も発達しており、近くのステーションから地上か空中かのドローンで運ばれ、ほぼスーパーで買い物に行く事はなくなった。
「ねえ、おとーさん、今日何食べたい?」
話を聞いていたのか聞いていなかったのかアキが話しかけてくる。
「うーん、和食がいいな。いつも通りなやつで」
「わかった!セイカ姉さん、あたしも実家の方に食材送ってくれる?」
そう言ってアキも欲しい食材をセイカに伝えている。俺のメシはアキが作ってくれている。よくできた子だ。
さて、うちは同じ家族なのに一軒の家で生活していないことがおわかりだろうか。
まあ、長女のケイカと次女のセイカは組織の重役なので、危険人物として扱われている俺とアキは同じ屋根の下で暮らせない。血が繋がっていてもそこはダメらしい。
今は元々俺の戸建ての持ち家があるのでそこにアキと二人で暮らしている。
とは言え家族なのでケイカとセイカの家に行ってはいけないという決まりは……あったが、またもやの特例で遊びに行って会うくらいの許可は得ることができている。
大体この辺の都合の良いレギュレーション変更は裏でセイカが行っているのだろうな、と考えている。
もうすぐで家に着く頃合だ。その前にすることがある。
「アキ、着替えるからむこうを向いておくれ」
「なんでよー。別に気にしなくていいじゃん」
「そう?ま、いっか」
これはいつものやり取り。ルーティン。親子とは言え、いきなり脱ぎだすより一応聞いておくことがマナーだろう。車は自動運転なので車内で着替える事もできる。すごく便利な世の中になったものだ。
先程の戦闘で使った仕事着であるこの真っ黒なスーツは機密情報がてんこ盛りにあるらしく、着たまま家に入ることは禁止されている。
なので、車中で仕事着を脱ぎ、家の前で待機している組織の人間に渡さないといけない。
生活することも制限があり、普通の一般家庭と呼び辛い状況だけど、今は全然幸せだと思う。
「……で、なんでお前も入ってきているんだ?」
俺は“仕事“後、必ず職場でシャワーを浴び、寮に行くようにしている。
大半の理由が、返り血や汗を流す為だが“仕事”を終わらせた後の匂いを俺の仕事を知らない家族に気付かれたくない為でもある。
戸建ての浴室とはいえ、さほど広くないスペースに男女が二人……いや言い方がダメだ。娘と二人でシャワーを浴びている。
アキは出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。母親譲りの色黒な肌がエキゾチックだ。
「え?子供のころに風呂も入れたことのなかった親がそれ言っちゃう?ほっほー、随分と都合の良いことですねー?ほら、シャワー当たんないからちょっと詰めてくれる」
アキは肩で俺を押しのける。
抵抗なく押しのけられた俺は
「いや待て!子供のころのお前じゃないし!――年頃……でもないしな。……じゃあいいのか」
特に手を止めることもなく頭を洗う。
コッテコテに髪に付いた迷彩塗料が洗い流され、俺の地毛…白髪と黒髪と半々の髪が現れた。
「ひどい!こういう事ってわかっていても言っちゃダメなんだからね!」
報復とばかりにアキは氷の魔術でアツシの足元を凍らせてきた。
「うお!!!冷たい!!お風呂を冷たくするな!お尻が寒い痛い!!――おらぁ!」
自分の手にちょうど収まる位の大きさのアキの胸を鷲掴みにした。
「にゃぁぁあああー!?あんた実の娘になにすんのよー!」
「あぁ!?お前が子供の頃にやれなかったから今やってんだろうが!しかも何でちょっと嬉しそうな顔してんだ!?」
・・・
――傍から見ると会話の内容はともかく……見た目は風呂でじゃれあっている同年代のバカップルのように見えるかもしれない。
いや、いい年した親子が一緒に風呂に入るなんて気持ち悪いと思われるかもしれない。
それは俺もそう思う。
ただ、アキと見た目、同年代という事に関しては皆同意してくれると思う。
――うちの家族は全員二十歳くらいで加齢が止まってしまったのだから。
だからうちの家族は複雑なのだ。
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