第3話 俺の仕事

【俺の仕事は異世界転移から現代社会に帰還した勇者を殺すことだ】




 いきなりこんな仕事の紹介をされて、どう思われるだろう。




 普通にファッキンサイコパス野郎とか嘘つき野郎とか現実に帰って来れないファンタジードリーマーやらだろう。




 そもそも異世界召喚なんて夢物語が起こっている事自体がおかしいのだけど、実際に日本各地でこういった事象が確認されている。




 月に約一万人近くの行方不明者の中から一人くらいの割合で現れる。




 軽く説明すると、行方不明か異世界召喚か見極める手順は比較的簡単で、行方不明者のリストからビックデータ解析、AI選別後、行方不明になった場所で微弱な放射線が観測される。なのでAIが割り出した数件の場所に出向き、検査すれば大体当たる。


 面白いことに寝ている隙に異世界召喚されることが大半、と言うか今のところ建物の中でしか起ってはいない。




 まるで勇者様のたたき売りだ。ゲームショップでワゴンに入っている、売れなかったRPGの在庫処分セールように勇者が湧いてくる。




 現実世界では異世界召喚されてしまった者は即時、家族の意見など関係なく政府に強制的に戸籍から消去される。戸籍がなくなり、居ないものとされる。




 そして転生者を出してしまった家は立ち退きとなり、物件は政府の管理下に置かれ、24時間体制で勇者の帰還に関する監視を行う。




 人の口に戸は立てられぬと判断された場合は家族全員処分される。大体はこのパターンが多い。




 そのひと月に大体一件発生した異世界召喚者を監視し、帰還後は処分するという聞いただけではすごく楽そうな仕事だと思われるかもしれないが、どっこい骨が折れる。というか異世界で超越した力を持った相手に、こちら側は訓練された部隊ではあるが武器は銃火器などで戦わなければいけない。一人例外はいるのだけど。




「隊長。対象の死亡を確認しました。HQヘッドクォーターに引き継ぎの連絡をお願いします」




 部下からの報告を受けた。俺は事後の仕事をしなくてはいけない。




「了解、状況は終わりました。みなさんお疲れ様です。引継ぎ完了後、撤収します」




 管理者へ通信……といっても映像、音声ともに全部監視されているので報告もへったくれもないのだけど。




「HQ、こちらマルイチ。報告いりますか?」




 MRゴーグルで見える通信対象にそう話しかける。




『全容は把握しているつもりだけど一応お願いします』




「目標の処理は完了。これより後片付けに入る。周辺のエリアモニタ、及びモニタリングポストの計測値は正常化している。状況は完遂したと思われる為[ハウスクリーニング]に引き継ぎ後、デッドヘッドは撤収する」




『今回もC01がお手柄だったようですね。貴方が加入してからミッションの達成率は78.2%です。今期は処分達成率80%以上じゃないと我々の活動に制約が厳しくなるからその辺の管理もお願いしますね』




 ノルマの達成できない営業マンになったような気分だ。聞いていてあまりいいものじゃない。それより俺は帰ってシャワーが浴びたい。




「こちらマルイチ、ひとまずお小言は明日報告書と一緒に伺います。通信終わり」




『ちょっと、まだ言いたいことは――』




 強制的にMRの電源をOFFにして通信できないようにする。




 後ろでは、今回参加してくれた部隊のメンバーが先ほどの通信を聞き、こちらの様子をうかがっていた。




「はい。今日も全員生き残れてよかった。本当にお疲れさまでした」




 撤収を促すと、隊員の緊張感が解かれ、肩をなで下ろし「疲れた」だの「眠い」だのさっきまで死線をくぐったとは思えないような雑談を交わしながら建物から出ていった。




「たいちょー、ドクターに怒られたのですか?アキさんも一緒に怒られたりしますか?」




 まだ隊員が一人残っていたのか。こいつはしまこ、年齢は結構いってる割に見た目は幼く、小さいボクっ子の女だ……よくよく考えるとこの女、属性情報多いな。まあ名前を含めて忘れようがないので、これでいいのだろう。






「いや、誰も怒られないぞ。心配は無用だ。またこの前みたいにしまこだけ置いて行かれるから早くみんなと合流しろよ」




「ボクの事置いていくのはいつもアキさんなんですよ!たいちょーからもよく言っておいてくださいね!」




 とは言え、自分だけ置いて行かれるのは嫌なようで、駆け足で建物から外に出ていった。




 俺は視線を死体に移す。死体に刺さった氷の槍っていつ溶けるのだろうとかくだらない事を考えていたら[ハウスクリーニング]の皆さんが到着したので引継ぎを済ませ、軽く会釈をしてソウマは玄関を通り外に出る。




 では何故、異世界で苦労して現代世界に帰ってきた彼ら、彼女らを殺すのか。




 さっき死んだ彼にも言ったが考えてみてほしい。




 帰還した異世界転移者は決まって魔法を代表とする超能力を身に付けて現代世界に帰ってくるのだ。




 武装した人間を世に放つわけにはいかないだろう?




 例えば銃所持が許可されている海外でも、街中でピストルをちらつかせたまま立っていれば、何もアクションしなくても通報されるし最悪警官に射殺される。




 さっき武装といったが、この異世界帰還者は存在自体が武器のようなものなので、ちょっとイライラしただけで魔術を使い、人を傷つけたり、都市ごと破壊することも可能だ。法で規制できても彼らを超える武力は今のところない。よくわからない個人のモラルに人命を預けることはできないということだ。




 そもそもテロだとか過激勢力だとか、管理のできない脅威は排除される世界なのだ。




 ということで、帰還した勇者はできうる限りの奇襲やどんな卑怯な手を使ってでも処分する。






 結局今回の勇者はケツから頭まで氷の槍で死にかけて、俺がとどめを刺した。




 生憎こんな武器使えるわけもないし、俺は特殊な能力……はあるが、普通の成人男性だ。




 では誰がこの氷の槍は以外が放った事となるが……先ほど言っていた例外の一人だ。






「お疲れ~コ〇ンの犯沢さん。真実はいつも一つ」






 外に出ると、夜風に黒くウェービーな髪をなびかせ、かき上げながらそう言った少女がいたのでそちらに視線を移す。






「犯沢さんて誰だよ。ってか匂いでわかるのか……。今度オカミに報告しておかなきゃな」






 そう言って俺は顔を黒く染めていたシリコン状の黒いパックのような迷彩をはぎ取る。素顔に感じる風が気持ち良かった。




「てゆーか、今日ちょっと危なくなかった?いつも遠くから見ていてくれって言うからギリギリ魔術の届く範囲にいるのだけど、あたしが居なかったら何人か死んでたと思うのだけど」






「アテにしちゃダメなのだろうけど、きっとフォローしてくれると考えていた。いいタイミングで魔術を使ってくれてありがとう。判断もよかった」






 俺の言い分は聞いてくれていたのだろうか。少女は空を眺めながら俺のほうへ近づいてきた。






「ほら、残ってる」






 そう言って剥ぎきれなかった顔に残った黒いパックをその少女は乱暴に取ってくれた。




 俺の顔を見るその少女の表情は表現しにくい。悲しげな、困ったような読み取りにくい。そんな顔をしている。




 このまま何も言わないのが気まずいのか、声をかける。






「今更こんなこと言えた立場じゃないのだけど、俺の仕事にお前を関わらせたくないって、いつも思っているんだよ」






「うっわ~。それ自分の事は棚上げにして全然行動が伴ってない人が言う常套句みたいなものじゃん?中身の薄い言い訳だよ」






 少女は暗い景色には合っていないだろう、今は深夜だが晴天のように青いターコイズのピアスを揺らし、ケラケラと茶化す。






「……アキ、お風呂入りたい、おうちに帰ろう」






「うんっ!帰ろう~おとーさんっ!」




 この少女は俺の娘のアキ。格好はタンクトップにスリムのデニムを履いている。母親に似て色黒だ。見た目は大人、でも中身はもっと大人!


 つまり結構年をとっている。詳細に言うとブチ殺されるかもしれないので今は伏せておく。




 移動を促してきたアキは俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。そして少し離れた場所に駐車していた黒いスポーツカーへ向かった。






「ようキット。ホームまで帰ってくれ」




『任務ご苦労様でしたマイケル。ホームまでのルートを設定完了しました。これより帰還します。あとK.I.T.Tと呼称するのはおよしください。私の個体名はナイト○イダーです。それとアキ。車の中も見られているのだから堂々とお父さんにくっつくのはやめなさい』




「キット、いやセイカ。このやり取り何回目だっけ?」




『二回目から先は面倒だし数えていないし、調べるのも面倒だもの』




 この子こんなぐーたらな事言う子だっけ。まあいいや。




「おとーさん、セイカ姉さん。あたしその子芝居はもう飽きたからさっさと出発してね。それとこれは親子のスキンシップなんだから見られたって平気ですぅ~」




「『……』」




 ちなみに一応ナイ○ライダーはタイトルで車の個体名はナイト2000、キットはAIの呼称だ。




 キットと呼んでいたが本名は【セイカ】俺のもう一人の娘だ。もう一人双子の姉でケイカという長女がいる。




 うちの家族は三姉妹だ。






 この車の中身は自動運転、自動制御の電気自動車なのだが、ボディーは俺の趣味で黒のトランザムに換装している。そのせいもあってか俺はナイト○イダー呼びしているので、車に搭載されたAIのセイカがこの茶番に付き合ってくれている。




 今どきは自動運転といっても珍しくはない。




 だけどこの車は俺のもう一人の娘、セイカの意識で運転している。




 本来ならアメ車独特の大排気量エンジンの野太い排気音が聞こえてきそうな雰囲気をまとっているが、残念なモーター音を残して現場を後にした。


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