第12話 三姉妹混浴ミッション①

 さて、今はケイカとケイカが暮らしているマンションの寮の前だ。


 寮は組織である特殊能力管理安全国際機構(IO-MOSA)の敷地内にあり、セキュリティが尋常じゃないほど手厚く、離れて暮らしていても安心だ。


 さっきを車でゲートを通過する際、ビール缶を持っていたら警備に取りあげられてしまった。


 まあ当たり前か……。


 先程、ケイカからセイカを連れて戻ったと連絡を受けていたので足早にエレベーターに乗って部屋に到着した。


 ドアノブに(と言っても指紋認証の自動ドアでノブはない)手をかけようとした時、背中に拳銃、細い腕が回ってきて喉元にナイフが突きつけられた。



「警備活動ご苦労様、ソゥ。風下から近寄ってきたのは良いけど露骨だ。どこから襲ってくるか教えているようなものだからもっと工夫をしろ」


 俺は高速回転して左手で拳銃を弾き、ソゥと向き合った時には弾いた後の左肘でナイフを持った手を打ちナイフを地面に落とさせた。



「まだ俺が片腕でもお前は勝てない。今日はもうシャワーを浴びた後で汗をかきたくないのでまた明日から訓練頑張ろうな」


 薄青い髪が綺麗なソゥのポニーテールを撫でてやった。


 彼女は通称ソゥ。俺の部隊にいるソーニャ・エレメイ・ヴォロビエフというとっても強そうな名前の女だ。基本的に作戦中は仲間を番号で呼ぶが、終わればちゃんと名前で呼ぶ。


 じゃあソーニャと呼んでも良いと思うけど仲間内では出来るだけ短いあだ名にしようと提案を受けたので採用してこうなった。俺は「たっちょ」



「――普通の人はあれで死んじゃうデスヨ。たいちょが早すぎてタだけ」


 ソーニャは日本語が片言だ。ぶちゃけデバイスの翻訳機能を使えば他言語の学習なんて必要がない世の中だ。タイムラグなしで音声通訳してくれる。ただソーニャは将来日本でやりたいことがあるとのことで日本語で慣れる為、作戦中以外翻訳機は使っていない。


 こんな仕事をしながらでも目標を持っているのは良いことだ。


 ソーニャに警備に戻ることを指示し、俺はMRゴーグルを装着して空に向かってハンドサインを出す。ポケットに入っていた予備の缶ビールを取り出し、建物を破損させない位置に缶ビールを掲げる。



『エイム』


 部隊で使っている通信チャンネルで指示を出す。


『ショット』


 缶を持ったまま人差し指を横に出す。


 すると缶ビールが爆ぜた。


『ヒット』


 銃声はない。サイレンサー装備のライフルだろう。


『アメ~ジング、ロジャー、警備活動ご苦労様。相変わらず着弾位置に狂いがないな。ただしその狙撃ポイントは空中から現れる敵からの視界も良いから狙われやすい。警戒を怠らないでくれ』


『やれやれ、俺がどこにいるのか把握されているのが気持ち悪いぜ。ここから見ている分にはあんたんとこのお嬢様方に不埒をする輩は現れていない。覗きをする趣味はないから家族サービス頑張れよ。通信終わり』


 一方的に通信を終えたのが、狙撃の名手、ロジャーボーンだ。気さくな黒人のおっさんで、部隊のムードメーカーでもある。


 今日の施設の巡回業務はうちの部隊から2名だけだったかな。他の連中は寮でゆっくりしている事だろう。


 ようやく家に入れる。自分の家じゃないから遠慮気味に帰宅の挨拶をする。



「ただいま~……」


「あーししゃん!おかり~!」


 3歳児のセイカが走って迎えてくれる。


 セイカは俺の事をおとーしゃん、もしくはあーししゃん(アツシさん)と気分で変えて呼ばれる。今日は機嫌がいいのだろうか。



「うわぁー!セイちゃん!ただいま~!」


 満面の笑顔でセイカが迎えてくれた。このやり取りはセイカが以前3歳だった頃と同じだ。


 もう二度目の育児だけど嬉しい。


 セイカは笑顔のまま両腕を万歳のポーズでこちらに「抱っこして」のアピールをしてくる。


 うん?なんかセイカが焦っているようだけど、ご要望にお応えして大事にセイカを抱きかかえてお腹のあたりに顔をうずめてグリグリした。


 セイカは「ゲッゲッゲ」とくすぐったいのか、ちょっと変わった笑い方で反応する。


 あれ?違和感がとあるなと頭上まで持ち上げると下半身が丸裸だった。



「アツシさん!そのままセイカちゃん捕まえておいて!!」


 セイカの双子の姉、ケイカが前下がりボブの黒髪を乱して現れた。



「やっ!ぱんつやっ!」


 昔を思い出す。そうだった、何故かセイカだけパンツをはくのを嫌がった。


 ケイカは全然嫌がらなかったのに。双子と言えど性格が違っていた。



「忙しい時にすまんな、ケイちゃん。ほらセイちゃん、パンツ履かないとおいしいもの食べられないよ。良い子にしていような」


「あーししゃん、おなかすいたの。おいしいものの~」


「よし任せろ!ただセイちゃんパンツ履かないとお父さんご飯作れないよ?」


「む~……」


 ……もう一押しかな?



「セイちゃん、パンツ履かないならお父さんもパンツ脱いじゃうぞ?」


 ガチャガチャとベルトを緩めて片手でズボンを脱ごうとした。


 すると「おとしゃん、それはやめてくだたい」と手のひらをこちらに向けて制止させられた。


 素で幼児に正論を言われると寂しいものがある。かつてセイカは二面性があった事を前回の育児で思い出した。


 当時は「やだ、この子天才かもしれない」と親バカのテンプレート用語の様な事を考えていたが、将来天才になっている事を知っているので、俺の親バカはバカじゃないことが証明されている。


 ただ、学力の部門では俺のはるか向こうにいることから、親としての威厳は崩れ去っている。つまりバカな親なのだ。


 そんな無駄な想像をしていたら腕に抱いているセイカがブルブルと震えた。



「お?おおおおおおおおぉぉぉぉ!?」


「お父さん!お風呂!そのままお風呂行ってー!」


 ノーパンセイカからダイレクトゴールデンウォーターを食らってしまって結局もう一度娘と一緒にお風呂に入る事になった。



「おとしゃん、きょうなーせいちゃんなーじっけんでなー……」


 今日はご機嫌さんなのだろうか、端折れない話し方が本当に可愛い。


 セイカの話を聞きながら一緒に湯船いる。普段日中(にっちゅう)は組織の施設で預かってもらっているので二人で過ごせる時間は俺も嬉しいし貴重で大事だ。


 聞いた話によると、なんでも施設内でAIセイカが授業をしてくれているらしく実験で爆弾を作ったと言った所でAIセイカに「何危ない事させているんだよ!」と焦ったりもしたが、安全は確保して行ったとの事。本当に大丈夫かしらと心配しながら聞いた。


 今、セイカを取り巻く観光と経験はセイカにとって一般の親では与えられない。


 爆弾の実験はともかく、高度な教育を受けられていることは頭のいいセイカにとって良い事なのかもしれない。



「……で、なんでお前も入ってきているんだ!?」


「え?いいじゃない。元々セイカちゃんと入るつもりだったのだから」


 ケイカが風呂に入ってきた。この家は浴場が広いので三人くらい入ってきても手狭になる事は無い……ってそういう事じゃない。



「そういう事じゃないだろう、父親とはいえ俺に対して羞恥心とかないのかよ」


「……もうそういう年齢じゃないのよ」


 聞き取りにくい声だったけど、俺にはそう聞こえた。


 聞こえたままの意味だったら、俺は今この時点で問いに対する正解を持ち合わせていない。


 しばらく沈黙の時間があり、湯船に浸かっているセイカを見ると、顔がほんのり赤く火照ってきたのでこれ以上長湯はしないようにして風呂から出た。


 こうして俺は一日で三姉妹との混浴コンプリートした。



「おいしいものの~♪おいしいものの~♪」


 風呂から上がった俺は食事の準備をしている。


 セイカは自分のランチプレートを出して夕飯の手伝いをしてくれていた。ケイカはリクライニングシートで仮眠をとっていた。ケイカを見ながら、この子には苦労を掛けないように気を付けようと自分に言い聞かせた。



「よしできた。ケイちゃん、セイちゃんご飯を食べよう~」


 今日の献立は、ささみとカッテージチーズのサラダ、オートミールと野菜のスープ、あとは二人が好きなベーコンとアンチョビのパスタだ。パスタの味が少し濃いのでバランスよく食べるように言っておいた。セイカのパスタは少し長めに茹でて柔らかくしている。



「いただきまーす!」


 俺は実家でアキが夕食を準備してくれているので自分の分はない。今は熱いスープをふーふーしてセイカに食べさせている。



「ケイちゃん、不躾な質問なのだけど仕事の方がどう?最近疲れてない?」


 ケイカは組織の幹部だ。今いる施設の長をしている。


 ……こうやって聞くと”悪の組織女幹部”っぽい響きだな。



「そうねぇ、AIセイカちゃんが誕生してから20%以上業務効率化を達成したのだけど、40%くらい仕事が増えて苦労も増えちゃったよね~」


 首を傾けて自分の肩を叩き、疲れているジェスチャーをする。


 毎朝、出社前に実家でケイカとセイカの弁当を作って施設まで届けているが、ケイカは施設の仮眠室でギリギリまで寝ているので心配だったのだけどやっぱり大変そうだ。



「そうか。もし俺に手伝えることが……あるかわからないけど、何でも言ってみてくれ」


「ううん、今この家の家事やってもらっているだけでも十分助かってるよ。それに昨日の晩、セイカちゃんに”バイト”頼まれてたんでしょ?あんまり無理すると怪我する仕事だから断ってもいいからね。お父さんもほどほどにしてね」


 ケイカには言ってなかったけどバレていたのか。まあ責任者だし知っていたのか?


 ”バイト”とは汚れ仕事だ。たまにAIセイカから指示が来る。


 基本俺は回ってきた仕事は断らないようにしている。俺がやらなければアキにお鉢が回ってくるかもしれないと考えての事だ。


 多分アキにも気付かれているだろうけど、今のところは黙ってくれている。



「うん、そうだね……」


 食事が終わるとセイカを連れてケイカは職場へ戻ってしまった。まだ仕事するのか……。


 仕事が立て込んでいる時はケイカのオフィスの裏にある仮眠室でセイカは寝ている。


 俺は洗い物をしながら、家族全員で暮らせることを考えていた。


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