第11話 回想⑥ 決意
ひとしきり泣いた後、ケイカとセイカに今日、俺が始末した人物について話を聞いた。
泣いてすっきりしたら急に頭の回転が戻ったように感じている。本当に薬は効いていたのだろうか。まあ、混乱していた事柄を理解してきたからだろうか。
名前は萱沼庄八(かやぬま しょうはち)と言う異世界転移からの帰還者だった。
帰還者とは読んで字のごとく、異世界から帰ってきた勇者(大体の転移者は異世界で勇者と呼ばれているらしい)の総称だ。
萱沼とは過去に一度、アキとも戦ったことがあったらしく、戦闘データーはすぐにVRのION(イオン)へ反映されたそうだ。
道理で弱点など俺が知っていた訳だ。
何度死んだか覚えていないが、仮想世界の中で何度か戦闘して学んだ。
ただ、正面から戦って帰還者を処分できたのはアキ以外では俺は初めてらしく、組織内ではこの話題で沸いているそうだ。
沸くのはいいが、こちらの敷地内に入られることをもっと考えた方がいいのでは?と思ったが話題に水を差す感じになったので、ひとまず俺の気持ちは押し殺すとする。
それはそれとして、この帰還者というのはケイカ、セイカ達組織の手を逃れた勇者が多数存在しているらしく、帰還者同士で徒党を組んでいるという話だ。
この萱沼もその帰還者の集団の一人らしく、俺がちょうど目覚めたタイミングで襲ってきたことから俺をどうにかする目的だったのかも、という話になっているらしい。
また、帰還者集団は某国が匿(かくま)っていて追跡が難しい面もあるそうで、政治的なきな臭さも感じている。
以上の話を聞いた時、俺が疑問に思ったのは”奴らの狙いは本当に俺だけ”だったのかという事だ。
奴らの脅威とは同じ力を持つアキや、対抗勢力のケイカ、アキをおいて他にないと考えるのが普通だろう。俺なんて所詮は一般人に毛が生えたほどの取るに足らない存在でしかない。
まあ、俺が考え付く位だからケイカ、アキについても油断はないはずだ。
そして今、順序立てて話をまとめているが一番俺がまくし立てて聞いたのは、セイカが何故3歳児になった事、記憶は何歳まであるのかという事、アキが何故異世界に転移されてしまったのか、また、今後もアキの身の安全は保障されているかという事だ。
まずセイカの状態だが、俺達一家の肉体は20歳位で加齢が止まると言う話だったが、ケイカ、アキは20歳で加齢が止まったそうだ。
一方俺は20歳まで若返って、そして加齢も若返りも止まった。
……セイカだけ20歳への加齢をせずに、逆に若返った。
若返りは止まらず、3歳程になってしまったそうだ。
赤いキャンディーを食べたとしても計算が合わない。
何がどうなってしまったのか現在解析中とのことだが、今後、どこで若返りが止まるのかすらわからないという事だった。
だとしたら、セイカはどうなってしまうのか。幼児から乳児になってしまうのだろうか。と言うか深刻な話、このままでは後3年でセイカは居なくなってしまう。
セイカの知識や意識については肉体の若返りを認識した頃、この施設のサーバへ脳のコピーを行い、今はAIとして保持したという話だ。
人と同じ脳型AIだなんだかんだ言われたが理解できず、聞いたふりをしてごまかした。
当時の姿を似せて作ったロボットで現実世界の対応を行い、またサーバ上、ネット上でも仕事しているそうだ。
情報量が多くて頭がパンクしそうになったが、概要はこんな感じだ。淡々と語っていると思われるかもしれないが内心は焦っている。
ある程度生きてきて世の中の理不尽に耐性がついたと思っていたがなぜ何の取り柄もない、ごく普通の一般人である俺が起因して家族がこんな目にあわなければいけない。理不尽に理不尽が重なりすぎているだろう。
そしてアキだ。
親のエゴかもしれないが、よりによってなんでうちの子が異世界に転移してしまったのか。
それも特段どんな人間が異世界に転送されるのか良くわかってないそうだ。職業、年齢、性格、性別、生い立ち等、統一性なく転移するらしい。
ただ、アキが特殊だったのは、帰還者は大体5~6年ほどでこちらに帰ってくると言われているが、アキは14年異世界に滞在したと聞いた。
やはり長い年月異世界に滞在した事から、他の帰還者と違い能力が桁違いという事だ。
まだケイカもセイカもアキの能力、実力の底が見えてないと言っていた。
どうやら説明を受けている今も俺の傍に居たいことから、能力でこの会話も聞かれているはずだと。アキのことを話すべきではないとセイカが言ったところで、アキが無言で病室に戻ってきて膝には幼女セイカが座っている為、俺の背後に回り抱っこちゃん人形のようにくっついた。
やっぱり離れていても魔法のようなものを使って聞いていたようだ。
魔法なんて現実世界にないものを目の当たりにして実感がわかないものだが、先ほど手術後の腕を直してもらったことから徐々に受け入れ始めていた。
そして、俺にへばりついているアキをAIセイカが引きはがそうとしたら「フーッ!」と威嚇されていた。
もう無駄だと思ったセイカは「そのまま黙って聞いておくように」とアキに念を押し、話はケイカから続けられる。
次は俺のことだった。
俺は現在の年齢で100歳を超えるため、かなり前に死亡届が出されていた。
身分証、免許書兼この施設の入門証の新しいIDを渡された。書類上、俺は生まれ変わっていた。名前住所等はそのままだったが年齢が20歳になっている。この身分証は特殊で20歳から年齢が更新されない仕組みになっているそうだ。公文書偽造とかでしかるべき機関にご厄介にならないか心配だ。
あと、ウェアラブルデバイスというMR(複合現実)ゴーグルと呼んでいるが、形は眼鏡だ。身分証と一緒に渡され、説明を受ける。
これは俺が知る記憶の中でスマホの進化した形だそうだ。
実際使ってみると視界にPCのデスクトップのようなアイコンが複数現れた。
視界にあるアイコンを手で触るとアプリが起動した。
話の途中だったので一旦ゴーグルを外そうとしたとき、MR画面にデフォルメされたセイカが現れて「操作が分からなかったら呼んでくれたら説明するから!」とゴーグルから音声が流れた。めちゃくちゃ可愛い。
周りに音声が漏れていないことから骨振動イヤホンみたいなものかもしれない。
視界の向こうにいるロボットセイカを見るとニヤニヤしていたので俺が何を見ているのか知っているのだろう。
AIセイカはネットワークにも同期しているという話は本当らしい。
このゴーグルを操作して電話、ネット検索、業務アプリで仕事ができるオールインワンだそうだが、ケイカとセイカ×2、アキを見ると誰も装着していない。
聞けば、全員ネックスレス型のデバイスを使っており、ネックレスから網膜へ信号を飛ばして視界に操作画面が現れるタイプの、網膜投影型デバイスと言っていた。さっぱりわからん。
俺がもらったこれは軍用デバイスだそうで、まずはこれに慣れて欲しいそうだ。
「さて、これからの話をしましょう。お父さん、セイカちゃんから聞いた話で理解してもらったと思うけど、はっきり言って拒否権はないよ。これから帰還者を始末する仕事をしてもらいます」
ここは責任者としてか、ケイカが真面目なトーンでそう言った。
今の話を聞いて俺に拒否権がないのはよく理解できた。
根本的に家族全員がんじがらめな現状に納得はしていない。
だけど、ケイカもセイカも俺とアキを生かすためにこの境遇に身を置いてくれていた。しかも50年もの間だ。
それに今膝に乗っている小さいセイカ見つめると目が合った。彼女はこっちに向き返り短い両腕で抱きしめてくる。負けじと後ろにいるアキのくっついている力が更に増した。
俺は幼女セイカの頭をなでながら考える。
この子の若返りを止めなくてはいけない。ここに居て解決方法はあるのだろうか。
こんな科学で証明できないような現象は日常で起こっているこの場所は特殊だ。
おそらくここでしか解決できないだろうと考える。
俺はケイカに向かって思っていることを聞く。
「ケイちゃん。ここまでみんなを守ってくれてありがとう。これからは俺も手伝えることがあれば何でも言って欲しい」
流石お姉ちゃんだと、家族のために頑張ってくれてありがとうと気持ちを込めて言ったが、伝わるかどうかは今後の行動で示すしかない。
腹の中にあった50年分のわだかまりも今はない。この仕事をすることこそ、複雑な問題を抱えている俺の家族の生存戦略だ。
· · • • • ✤ • • • · ·✤· · • • • ✤ • • • · ·
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます