第27話 幸せな通勤

 

「――ししゃーん」


 ……ん?


「あーししゃーんおきてー――」



 ……



「あししゃーん、おきてー、おきるのじかんですよー」


 顔をペチペチと叩かれる。


 しまった寝すぎてしまっていたのか。


 これは、幼児セイカが俺を起こしてくれている声だ。でもなぜこんな早朝に?


 まあ、幸せならOKです。


 理由があってこちらの家に来たのだろう。



「セイたーーーん!」


「きゃ!?」


 俺はセイカがいるであろう気配に抱き着いて布団に倒し、一緒にごろごろ転がった。


 転がっている途中で「ぐえっ」とカエルをつぶしたような声がしたが気にしない。


 昨晩勝手に俺の布団に入ってきたアキがいたのだろう。俺のローリングに巻き込まれて踏まれたようだ。



「……あ、あのっ!」



 ん?なんかいい匂いがするし抱き心地がセイカと全然違う。大人のように長身で幼児にしては重量もある、なにより顔に二つの大きく柔らかい且つ、弾力を感じる。これは……。


 自分の中で確信めいたものもあったので、二つの柔らかい物を鷲掴みにした。後先はとりあえず考えない。



「あっ!?……んっ!」


 そうだ。これはおっp……あれっ?すぐ近くに感じる殺気の圧力も感じるよ?



「あの、アツシさん……」


「あ、ああ、おはようケイちゃん」


 真相を知った俺は色々とどう言い訳していいのか分からず、ケイカの胸に顔をうずめたまま、朝の挨拶をした。この状態で話すとケイカはくすぐったいのかピクンと反応する。



「おはようございますアツシさん」


「今朝は早いね。どうした?」


「とりあえず放してもらえませんか?横に居るアキちゃんがすごく怖いので」


「……あと五分」



「早く離れろーーー!」


 怒りが限界をむかえたアキに引きはがされてしまった。



。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。


おとさんがケガをしたけどダイジョウブときいてしんぱいした。

やさしいおとさん、けがしちゃダメ。

だけどさっきはケイカちゃんをだっこするくらいはげんきだった。

わたしはおとさんのおしごとでつかっているふくをさがしている。

いまのおうちにあるおとさんのふくにはぜんぶそうちゃくしたんだよ。

「あった」

「これでさんこめ」

おとさんのふくにおおきくなったわたしとつくったかくちょうきっとをそうちゃくした。

「……あししゃん…だいすき」


。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。



 今朝のランニングは無しだ。


 ケイカと幼児セイカが実家にやってきた。


 理由を聞くと朝ごはんを作る手間が減らせると思って、こちらに来て一緒に食べると言う。


 俺は四人前の朝食を作りながら、お弁当の仕込みをしていた。



「ケイちゃん、こんな朝早くに大丈夫だった?昨日は疲れてなかったの?」


「はい、いつもと比べてゆっくり体を休められたので。と言うかアツシさんこそ大丈夫なのですか?」


「ああ、問題ない」


 朝から顔に幸せな感触があった後、不幸な感触もあった。


 ケイカから離れた後、結構強めのビンタをアキからいただいてしまった。ごっちゃんでーす。


 口内が切れ、話をすると口から血が流れていた。


 今俺が弁当を詰めている横でアキは不機嫌にベーコンエッグを焼いてくれている。



「アキ」


「…………」


「アキちゃーん?」


「……何?」


 非常に低く尖った声で返事をしてくれる。


 相当怒ってるな。


「機嫌なおして?」


「……じゃあ、あたしもギュってして」


 フライパンの火を止めてうつむき加減で両手をこちらへ伸ばしてくる。


 しょうがないか……



 弁当のおかずを詰めていた手を止めてアキの頭を自分の胸あたりに抱き寄せた。


「これでいいか?」


「……あと五分」


「そんなに時間をかけたら卵に火が入りすぎてしまうよ」


「……ダメ」


 今朝の意趣返しをされてしまった。嫌でも何でもないのだけど、今俺の足元で幼児セイカが「セイちゃんも、セイちゃんも」とズボンを引っ張り要求してくる。


 セイカを抱えるためにアキを抱きしめる力を緩めてしゃがみ、片腕でセイカを抱えまた起き上がろうとした。


 ――起き上がった際、俺の頭がアキのシャツの中に入ってしまい、アキの胸のあたりまで来た時に気が付いた。


 目の前にはアキの生乳が……。


 朝からセクハラフルコンボだドン!


「そういうのは誰もいない所でしてっ!」


 一応抱きかかえたセイカには気を付けてビンタしてくれたからいいけど、朝から両頬に紅葉マークを付ける事となった。


 あと、アキと二人っきりでも別にそういうことしないからな。誤解されるような言い方はやめて欲しい。



 · · • • • ✤ • • • · ·✤· · • • • ✤ • • • · ·


「あの、アツシさんこれからの事なんだけど」


「ん?」


 ケイカが遠慮気味に話しかけてきた。


 朝は家族そろって朝食を摂り、四人分のお弁当を持って通勤の車の中だ。


 ケイカは先日の作戦以来、様子が変わった。特に態度と話口調、あと俺の名前の呼び方だ。


 こんなしおらしい性格だったっけ……?


 俺との距離感を測りかねている感じなのだろうか。


 ならばと俺は一切態度を変えないようにしている。



「毎朝実家の方に帰ってきてもいいですか?」


「ああ、いいよ、毎朝おいで。みんな一緒にご飯を食べられるのはとても嬉しい事だからね」


「そっか……はい。わかりました!」


 ぱあぁぁと花が咲くような笑顔を返してくれた。



「こっちの家は部屋も余っているのだから、こっちで一緒に住めればいいのだけどな」


「そうですね――私とセイカちゃん帰還者から狙われてるから、そうしたいのだけどまだハードルは高いです」


 二日前に拉致されたケイカと帰還者から恨みを買っているセイカは警護がない所には住めない。安心して生活できるようになりたいものだ。



「そうだ、スケジュールは更新されていると思うけど、今日は人事について報告があるから私のオフィスに来てくれますか?」


「わかった、朝一番に行くようにするよ。アキ、オフィスの出入りに付き合ってもらっていいか?」


「うん、いいけど……」


 アキは何か言いたげに返事をしてくる。やめてね、ケンカとかしないでよ?



「あ、アツシさんのIDで私のオフィスに入れるようにしておいたので、今度から一人で来てもらって大丈夫ですよ。それと……あの…私、昨日敵に捕まったことがまだ怖くて……時間がある時でいいので、いつでもオフィスに来てほしい……です」


 ケイカは目を潤ませてこっちを見ている、まあ今まで戦闘の現場からは縁の遠い仕事だったしね。昨日の事がさぞかし怖かったのだろう。



「――んなっ!やっぱり!」


 アキが懸念していたことが当たったのか、ケイカの言葉にすぐ反応した。



「ケイカ姉さん?昨日からおとーさんに対してちょっとおかしくない?」


「うん?どうかな~?まあ、昨日アツシさんに私と一緒の時間を過ごしたいと言われたから、それもあるかな」


 嬉しそうにケイカが言った。



「何それ!あたし知らないんですけど!?ケイカ姉さん、あからさまにデレてるよね!?おとーさんもわかってるでしょ?」


 俺に振るなよ……


「別に悪い事じゃないよ。お父さん的には娘と居れる時間は嬉しい事だし」


「あたしの都合が悪いの!」


 ええ~……アキさんまた本音が漏れてるよ?


「アキこっちへ来なさい」


 俺は自分の膝を叩いてこっちに来いとジェスチャーをする。


「はい」


 迷いなく俺の膝に座った。しかも対面座位の形で。


「わがままばかり言ってお姉ちゃんを困らせてはダメだよ」


 そう、アキの耳元で囁く。


「え?んっ!?ちょっと――」


 そしてアキの耳を甘噛みした。


「ふぁ!?きゅう~~~~~~」


 アキは気を失ったのか力が抜け、膝への重みが増した。



「ふぁっ きゅー!」


 チャイルドシートに座っている幼児セイカがアキの気絶芸を真似した結果、海外で絶対言ってはいけないスラングを使った。


「こらセイカ、今のセリフはダメよ。正しい日本語を使うように気をつけなさい」


 一番に反応したのは本人(AIセイカ)だった。


 そりゃ自分の口からファッキューとか聞きたくはないはずだ。


「ふぁ きゅ~!」


 これはダメだ。子供は大人が反応すると覚えてしまい、面白がって繰り返すパターンだ。


 そう、ここは……


「ファッキュー!」


 俺も付き合う事にした。


「ふぁっきゅー!ふぁっきゅー!」

「ファッキュー!ファッキュー!」


「げっげっげ!」


 車中は親子愛と言う名のスラングであふれていた。


「こらー!!!やめなさーい!」


 わかってたけど、収拾がつかなくなったところでケイカとセイカにめっちゃ怒られた。


 ・・・・・・


 ・・・・


 ・・


『……お父さん、うまくアキをコントロールしているように見えるけど、明らかにエスカレートしてるわね、これは最終的にどうなるわけなの?』


「正直もうこの辺が限界だ。これ以上やったら娘でもセクハラになりかねない」


『お父さん……今のも十分セクハラよ』


「だよなぁ」


 目の前にいるケイカと目が合った。


「ん?どうした?」


「いえ、アキちゃんには遠慮がないのですね」


 うらやまし気な視線で俺を見られても……何?耳噛んでほしいの?



「そんなことないぞ。お前たちがまだ赤ちゃんの時、鼻水が出てたら俺が直接口で吸ってたからな。耳も鼻も一緒だ――」



「――うおぉぉ!?」


 車が急ブレーキした。膝の上に居るアキが落ちそうになるので強めにホールドした。


『お父さん!?そういう事はあまり当事者に言ったらダメなんだからね!?気を付けてちょうだい?』



 珍しくAIセイカが慌てていた。


「お、おう。俺が悪かった」


 こんなに賑やかな通勤をするのは初めてかもしれない。


 家族揃って就業先までの道中を幸せを噛みしめた。


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