第26話 家族風呂へ②

 ただ今、一家そろって温泉地の家族風呂に来ている。


 つまりどういうことかと言うと、混浴という事だ。


 そりゃ家族で混浴なんてよくある事でしょ、でないとこの世の中に家族風呂なんぞ存在しないはずである。


 ただうちの家族は特殊なのである。


 俺含め(幼女セイカとロボットのセイカは除く)家族は肉体的にピチピチの20歳のままで、言わば高校生の修学旅行[混浴]みたいなものか?いや違うか。


 ともかくよそ様の家族と違い、ウチはそれなりに羞恥心と言うものが発生するのだ。


 考えても見てくれ⇒[無限ループ]






 ――と思ったのだが……


 前言撤回、俺の娘たちに羞恥心というものはないのだろうか。


 抵抗なく俺の娘たちは全員全裸(タオルと謎の湯気&光線あり)だ。


 俺に裸を見られることに抵抗があったりしていないのか?いや、俺の遺伝子を受け継いでいたら多少羞恥心については壊れているのかもしれないけど、そう言う事じゃないそうじゃない。


 今更「おい恥ずかしくないのか?」なんて聞いたら、まるで俺が恥ずかしいと思われるかもしれないので、聞いたら負けだ。



「――アキは恥ずかしくないの?」


 お、セイカ(ロボ)が聞いた。と言うかアナタ機械でも温泉入るの??


「恥ずかしいわよ!セイカ姉さんはロリ巨乳だし、ケイカ姉さんはすらっとしてるくせに結構でかいし!あたしが一番小さいじゃん。なにこれセイカ姉さんこれちょっと盛ってない?」


 え?胸の話かよ。そしてロボ巨乳セイカ、盛りを疑われる……!


 アキはロボ巨乳セイカの乳をペチペチ叩いている。


「ロ……あなた聞き捨てられないことを言ったわね。これはもともとのサイズ、弾力共に忠実に再現した、お父さんが大好きなおっぱいなのよ」


 この温泉は温度が高いのかな?湯気が多くて何にも見えないし、聞こえなーい。


「何が忠実よ。昨夜もおとーさんをその乳で誘惑しようとしてたでしょ!?あたし知ってるんだから!」


(き、気が休まらない……)


 横で幼児セイカが早く湯船へ行こうとつないだ手を引っ張ってくる。


「ほら見て見なさいお父さんの下半身を、ぴくっと反応したわよ」


(すー……)


 ――俺は目を閉じ息を吸って、天を仰いだ。


 決して生体反応を治めるためではない。それに腰にタオルを巻いているのでテントレベルならともかく、ピクリくらいなら確認できないはずだ。


「お父さん、セイちゃんが風邪ひいちゃうから早くお風呂に入りましょう」


 頭と全身にタオルを巻いたケイカが湯船まで空いている俺の手を引いてくれた。






≪ケイカ視点≫◇*゜*:;;:*◆*:;;:*゜*◇*゜*:;;:*◆*゜*:;;:*◇*゜*



「あ、ああ。ありがとうケイちゃん」


 私はアンドロイドのセイカちゃんとアキちゃんの言い争いに巻き込まれていたお父さんの手を引いて浴槽に入るように促した。


「いいのよ、あのまま棒立ちされていたらセイちゃん風邪ひいちゃうし」


 お父さんは自分を小さいセイちゃんの身体を流してから湯船に浸かり、セイちゃんを膝に乗せる。


「あ“あ”~~~~」

「ああー!」


 お父さんはおっさん臭いセリフを吐きながら腕をあげて背筋を伸ばした。セイちゃんはお父さんの真似をしている。


「ふふ、何?そのおじさんみたいなセリフ」


「おじさんどころか年齢的にはおじいちゃんだぞ。それはそうと湯船につかると自然と声出ない?」


「自分でおじいちゃんとか言わないの。でもそうね、最近そういう感じでお風呂に入ってこなかったのかも」


 私も湯船で両手を上へ伸ばして背筋を伸ばす。


「ん~~っ!」


 胸に巻いていたタオルが緩み内容物が見えそうになった。


「きゃ!」


 私は慌てて胸を押さえた。流石に親相手でもそういうところはちゃんと気を付けたい。



「あーししゃん!セイちゃんフルーツにゅうにゅうのみたいです!」


(そういえば子供の頃、私もお父さんの事「アツシさん」って呼んでたわよね)



「――アツシさん」


「なんだ?」


 お父さんの呼び方を変えても普通に受け入れてくれてる。


「私も……フルーツ牛乳飲みたいです」


 妹と同じ要求を聞いて笑顔になったお父さんは答えてくれる。


「ああ、ちゃんと肩までお風呂に10秒間浸かれたら一緒にフルーツ牛乳を買おう」


「「はーい」」


「「「いーち、にーぃ、さーん……」」」



 おぼろげに覚えていたお父さんとの幸せな思い出。


 だけどまだ幼い頃にお父さんに裏切られた。


 お母さんを裏切った。


 それが許せなくて長い間……本当に長い間、お父さんを恨んでいた。



「アツシさん」


 湯船に10数えるまで浸かった後、お父さんはたくさん泡立てたボディーソープでセイちゃんの体を手洗いしてくれている。


「どうした?」


 裸の私に気を使ってか、余りこちらに視線を向けないお父さんを少し微笑ましく思う。


「背中流すね」


「いや、無理しないでいいぞ。まだ指使うの怖いだろ?」


「ううん、大丈夫」


 そう言ってお父さんの後ろにバスチェアを置き、座る。


 ボディーソープを泡立てたタオルで、お父さんの背中をぎこちなく擦っていく。


 昨日、私を銃弾から守るために私に覆い被さった体。


 まだお父さんの体温、火薬と汗と血の匂いが記憶に残っている。


 お父さんに守られている間、私なんて指を切られた痛みに悶え苦しんでいただけだ。


 だけどお父さんは片腕を無くして平然としていた。


 痛みがないから私の気持ちなんてわかりっこ無いと思っていた。


 だと思っていたのだが違ったのだ。


 大量の血を失って顔色も悪く、満身創痍の体で立ち上がり戦闘を続けようとした。


 私を守る為だけではなかったのだろうけど。


 私は戦場に立って初めて知った。


 怪我する事の痛み、銃声の恐ろしさ、当たり前の死の現場。


 そんな場所からお父さんは身を挺して私を救ってくれた。


 その時感じたのだ。


 お父さんに守られていることの心地よさを。




 赤の他人ではそんな事絶対できない。


 そう、恋人や友人でも私の事を置いてきっと逃げ出すだろう。


 そんな事は無いと思うだろうが、現実はそんなに甘くない。


 それくらい私は長く生きて人の本質を知っている。


 こんな地獄で他人の為に命を投げ出せるなんて夢物語…ファンタジーだ。


 だけど今回の事で信じれることができるのは家族だけだと知った。


 私のお父さんは私の窮地から逃げず、臆さず、私のために体を張った。


 心が救われたし、私の中にお父さんとの絆を知った、いや芽生えたと言うべきか。


 今私が洗っているこの人…この大きな背中は私の事を裏切らない。




 ――そしてお父さんの背中を見ながら思った。


 以前はやせ型だったけど、今見ている背筋はボコボコと隆起した筋肉質な感じになっている。


 本人は嫌だったかもしれない。お父さんの意志など関係なく、私たちの都合で薬を使い、戦闘向きな体にさせられて、何十年もフルダイブVRの仮想世界で精神的に追い込まれて……アキちゃんが怒るのも無理はない。


 それだけのことを実の父親にしてきた。


 今はお父さんへの罪悪感と恨みやら感情が入り混じっていてどう接すればよいのかわからない。




 ――わからないけど、今後向き合っていこうと思う。


 だってフルダイブVRで寝ているお父さんは何十年も眺めていたけど、親子として過ごした時間はまだ一年にも満たないのだから。


 



「お客さん。初めて?痒い所はないですか?」


「その言い方はやめてくれ、反応する奴が……」



「……おとーさん、ケイカ姉さんに何をさせているの?」


「ほら……」


 やきもち焼きなアキちゃんが割って入ってきた。この子のファザコン具合は異常だ。



「ケイカ姉さん変わって!あたしがおとーさんの背中流すんだから!」


「お前は全身使って洗ってこようとするだろうが、色々アウトなんだよ」


 え?二人でそんなことしていたの!?



「それはおとーさんが変なお店行かないようにあたしがやってあげているんでしょ!」


 もう言い草が破れかぶれだ……大丈夫かしらこの子、手遅れじゃないわよね……?


 アキちゃんは私が座っているバスチェアをお尻を押し付けて奪おうとしてくる。



「ダメよ、アキちゃん。今日は私が御指名なのよ」


「なっ……!」


 アキちゃんは私が言わなさそうなセリフに引いた。


 いや引きたいのは私の方なのだけど。



「アキ、今日は諦めなさい。姉妹は三人いるのだから今日は長女の日みたいね」


 長女の日とはなんだ。無理やりな言い分に笑みがこぼれてしまう。

 

 アンドロイドの方のセイカちゃんが援護してくれた。


 セイカちゃんはいつも私にやりたい事を優先して動いてくれている。


 本当にどちらが姉なのかわからない。



「そうよ、アキちゃん。後でアキちゃんも背中流してあげるから、今は我慢してて」


「そう言う事じゃないのよ?おとーさーん」


 ちょっと涙目になってお父さんに泣きつこうとしている。


「わかった、後で一緒にフルーツ牛乳買ってやるから」


「だからそれも違うんだって!ばか!」


 アキちゃんはすっかりへそを曲げて風呂場から出て行ってしまった。


 ……フォローは全部お父さんに任せよう。




「ケイちゃん」


「はい?」


 体を洗い終わり、混浴にも慣れ、浴槽でリラックスしていたらお父さんが真面目な顔で話しかけてきたので身構えた。


「こんなこと言うと自分が親として情けなくなるのだけど、もっとケイちゃんの事が知りたいんだ」


「……はい」


「それと、聞いて欲しい話があるんだ…ちゃんと話したい。その……お母さんの事」


「…………」


「悪い事…ばかりではないし、嫌われたくはないけど、だけどケイちゃんに知ってほしい」


「はい、聞きます。そして私の話も聞いてほしいです」


 そうだ、私はお父さんの事何も知らないし知ろうともしなかった。


 そして自分の事を何も話してこなかった。


 お父さんはこっちに歩み寄るタイミングを見ていたことはわかっていたくせに、私は拒否し続けていた。


 今回、お父さんに助けてもらった事でなんというか、素直になる事ができた。


 この機会を失うとずっとお互い分かり合えないかもしれない。


「だからさ、今後俺との時間を取ってほしい」


 機会はお父さんが作ってくれた。私は応えたい。


 そして私の知らない話……お母さんの事が聞きたい。


「……わかりました」


「ごめんな、俺不器用だからあんまりうまく話せないけどさ」


「…………」



「もっとケイちゃんとの距離を縮めたいと思っているんだ」


「ふふ、何か告白みたいなセリフですね」


 本人も言っていたけど不器用な物の言い方に少し笑ってしまった。


「そうだ、告白みたいなもんだ」



「……アツシさん」


「なんだ?」



「昨日は助けてくれて、ありがとう」


 まだ溶けていない思いはある。


 だけどお父さんの話を聞く事から始めよう。


 私は、とりあえず昨日言えなかった素直な気持ちを伝えた。

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